堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー渋谷・喫茶店ーーーー
イチさんからの情報によると、花房正藤には行きつけの喫茶店があるらしく、私はその店の前にいた。
近年、喫茶店がブームということもあって渋谷にも続々と開店している中、大きな通りから少し入ったところにあるところに、その喫茶店はある。
喫茶・サルビアと書かれた看板を見上げ、私はそのまま店に入った。
カランコロンとベルが鳴る。
内装はよく見る落ち着いた雰囲気の喫茶店。カウンター席が何席かあり、4人がけのテーブル席もある。
喫茶店の店主らしき男性がお好きな席へどうぞ、と告げた。
周囲を見渡し、それらしき人の近くへ。
「あんたが花房正藤?」
「…………そうですが、何かご用でしょうか?」
カウンター席に座り、珈琲を啜るその男は私の質問を肯定した。
この男が花房正藤。ユキの兄で、ユキを殺そうとしている呪術師。
ぱっと見、そうは見えない。穏やかな笑みを静かに浮かべながら、受け答えできる理性的な青年に見えた。
だが、その実はーー
「…………」
「中々の呪力量ですね」
本来ならば、ここで殺し合いを始めてもいいんだけど、客が少ないとはいえ人目がある。事情の知らない人間からしたら、私はただの殺人犯になってしまう。
ユキと一緒にいられなくなるのは、困る。
やるなら見つからないように、そして確実に。
「私は草木美澄。ユキの友達」
「あぁ、草木家の……養子に入られたという」
どうやら私のことは知っているらしい。
なら、話は早いか。
「話がある。着いてきてくれる?」
「構いませんよ」
一見にこやかに見える表情のまま、それだけを答えると、正藤は席を立ち、店主に声をかけた。
「また来ます」
お待ちしております。
そんな言葉と共に丁寧に一礼する店主を背に、私と正藤は喫茶店を後にした。
ーーーー神社ーーーー
渋谷の裏路地を通り、さらにその奥。
渋谷にも関わらず、人気がまったくといっていいほどない寂れた神社に私は正藤を連れてきた。
その道中も、正藤は抵抗する様子もなく、ただただ着いてきた。呪力の揺れも波もない。穏やかなものだった。
「これはこれは……中々に立派な神社ですね」
こんな場所があるとは知りませんでした。
正藤はそう言って、苔むした鳥居を眺めている。その様子に、私は少し苛立っていた。
「……話の内容分かっているでしょ」
「さて。私には皆目検討もつきませんが」
あくまでも、白ばっくれるってこと?
そう聞くと、正藤はクスリと笑った後に言った。
「愚妹のことでしょうか」
愚妹……?
「あぁ、いや。愚妹というのも嫌ですね」
「……ユキはあんたの義妹でしょ」
「いえいえ。止めてくださいよ、気持ち悪い」
「愚かで弱くその上邪悪なーー人と呼ぶのも反吐が出るーーそんな生きる価値もない人間擬きのこと……妹なんて呼べるわけないでしょう?」
正藤はにこやかにそう言う。
次の瞬間には、私は奴の懐に入っていた。
そして、
ーーバギッーー
呪力を纏わせた蹴りを、奴の側頭部に叩き込む。
完全に捉えたはずだった。
だが、奴の頭と私の足の間には水が割り込むように存在し、それに私の蹴りは止められていた。
『流体操術』……聞いていた通りだ。
「物騒ですね。よくありませんよ」
「うるさいッ!!!」
連撃。
鳩尾へ、脇腹へ、膝関節へ、顎へ。呪力を廻し、ひたすらに蹴る。
けど、そのすべては奴に届いていない。
「うっとうしいッ!」
「……おや、少し呪力が上がりましたね。そんなに愚妹のことを気に入っているのですか」
「らぁッ!!」
ーーギリギリギリギリーー
「!」
『廻』を解放し、足に触れている箇所の水を削り取る。
それを見た正藤は後方に跳び、距離をとった。
聞いていた対処法が通用している。それが分かれば十分だ。
「殺すッ」
一気に距離を詰め、呪力を廻した足でその首を刈り取ーー
ーーザクッーー
「っ!?」
間合いに入ったその時、攻撃のために一歩踏み込んだ左足に激痛が走った。
「~~~~ッ」
普通の痛みではない。ただの刺し傷では私は止まらないはず……ということは、
「『流体操術』。どうやら私の周りの壁を削り取った様子を見るに、私の術式への対処法をご存じのようですね」
「しかし、詰めが甘いですよ」
そう言って、正藤は地面からあるものを拾い上げた。
それは無色透明な刃物のような物体。頭に血が上っていたとはいえ、視界は良好だったはずだ。
「そんなものは、なかった……」
「不勉強ですね。流体……簡単にいえば、力を加えることで簡単に形が変わる物質のことです。つまり、この刃は……」
無色透明な刃物は奴の手の上、空中で形を変える。刃から球体へ。
それは液体だった。
「種明かしをすればこんなに簡単なこともありませんが、傷痕を見れば分かるでしょう」
傷痕は刺し傷。血も流れてはいる。
だが、あの液体と触れた部分はまるで火傷のような状態になっていた。やっぱり普通の水じゃない。
「濃硫酸ですよ。私の術式は水以外も操ることができますから、液体自体の殺傷力が高いものの方が殺しやすい」
「呪詛師も、呪術師も、化け物も」
「…………」
奴はにこやかに嗤う。
不愉快な笑みだ。こんなものでユキを殺そうとしているのか。
こんなに痛い思いをユキにさせようとしているのか。
それは実に、
「腹立たしいっ」
「それはこちらの台詞です。いきなり攻撃をされるなんて心外です」
「あんたがユキを殺そうとしているからだッ!!」
「どこからその情報を……兄様でしょうか。それともーー」
「うるさいっ!!」
左足の痛みにはもう慣れた。
こんな痛みでは、私はもう止まらない。
ーーバギッーー
「ぐっ……!?」
そのまま、左足で奴の腹部を蹴り抜いた。
奴はそのまま後ろに吹き飛び、神社の賽銭箱に体を打ち付けられる。
「流石は草木家の呪術師……。事、結界術に関しては他の術師から頭一つ抜きん出ていますね」
奴の刃への対策。
それは体全体に纏った呪力の膜。この膜は結界術の応用で、呪力を感知する効力をもつ。膜に他の呪力が触れた瞬間、体を強制的に反らすことができる。その上で、『廻』を使えば、あの硫酸の刃は通じない。
今度こそこのまま……。
そう思い、もう一歩確実に『廻脚』が奴の首をへし折れる間合いまで入ろうとしてーー
ーーバチンッーー
弾かれた。さっきまでの水を削るような感覚ではない。
見れば、正藤の周りを囲うように薄黒い膜が張られていた。
「これは……」
正藤自身はそれを不思議そうにしている。
ということは……いや、その膜には覚えがあった。
瞬時に展開し、内外からの出入及び干渉を一切受け付けなくする結界術。そんなものを展開できる術師を、私は一人しか知らない。
神社の鳥居の上。
罰当たりにもそこに立つ人物を私は知っている。
自分以外を小馬鹿にしたような振る舞いと態度。軽薄な口調も聞き飽きている。
その上、切れ長の目や高く通った鼻。日に焼けた褐色の肌と特徴的な八重歯、などと妙に女受けのいい要素を詰め込んだ遊び人。
「よぉ、妹!」
「……咲人」
草木家長男・一級呪術師草木咲人がそこにはいた。
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本誌が刺さってしょうがない。御家騒動いいよね。