堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
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「咲人! 何の真似!!」
鳥居の上に立つ兄・咲人に向けて叫ぶ。
ユキを殺そうとしているこの花房正藤を庇うなんて……。
正気の沙汰じゃない!
「落ち着けよ、妹」
「っ、落ち着いてられるか! こいつを殺さなきゃユキがッ!」
「ん? 雪ちゃん?」
気がつけば、一瞬で咲人は私の隣に移動していた。
「なんだ? 雪ちゃん絡みなのか。よく分からんが、お前は雪ちゃん絡みのことになると必死だなぁ。まぁ、雪ちゃんは可愛いから気持ちは分かるが」
「お前に、分かってたまるか……!」
「分かるさ。ありゃあいい女だ。やっぱり兄妹だけあって、女の好みが似ているなぁ」
「っ」
「まぁまぁ、クールになれよ。俺が止めてなきゃ、お前死んでたぜ」
軽薄に笑いながら、咲人は私の肩に腕を回してくる。
こいつはっ!
「っ、触るな!」
「おー、怖い怖い」
「咲人、その辺にしておけ」
咲人と言い合いをしていると、鳥居の向こう側から男の声がした。
男は鳥居をくぐり、堂々と境内の中心を歩いてくる。
私には聞き覚えのない声だった。だが、その風貌は咲人が今、結界に閉じ込めている正藤にどこか似ている。
「結界術への集中がぶれるだろう。今優先すべきことを間違えるな」
「あー、すまんすまん。高専に入学して家を出た妹に久しぶりに会ったもんでな」
そうか。この人がユキのもう1人の兄、花房家長男・花房在藤。
正藤を追っているという一級呪術師か。
「兄様、やはり貴方でしたか。彼女に私のことを教えたのは」
「……何の話だ」
「とぼけないでください。貴方が、私があの人間擬きを処分しようとしていることを教えたのでは……?」
「私がここに来たのは、アイヌ呪術連の一級呪術師・早雲薙臣氏の殺害と特級呪物『両面宿儺の指』に関する件だ」
「あぁ、それだけですか」
正藤の前に、その兄・在藤が立ち、何か会話をしていた。
ここからじゃその内容は詳しく分からないけど。
「おー、正藤。昨日ぶりだな」
「……咲人くん、昨日確実に殺したと思ったのですが」
「お生憎様、俺は相当にタフなんでな。同級生なんだからよ、高専時代から知ってるだろ? その上、在藤の反転術式でこの通り! なんだったら、いつもよりも体が軽いくらいだ」
これもお前がいい感じに瀉血してくれたお陰だな。
そう言って、咲人は得意気な顔を正藤に向けている。
奴のにこやかな笑みにほんの少し陰りが見えた気がした。
「さて、正藤。これからお前を本家へ連行する。異論は一切認めん」
「……それは困りましたね」
困ったと言う割には、正藤は落ち着いた様子。そして、何かを懐から取り出した。
赤色の球体。あれも何かの液体か?
でも、それがどんなものであれ、咲人の結界を破れるほどの力があるとは思えないけど……。
それでも咲人と在藤は動いていた。
「在藤!」
「分かっている。結界を解け、ここで正藤を拘束する」
ーーバシュッーー
「もう遅いですよ」
咲人の結界が解除されると同時に、正藤はその赤色の球を足元に向け、投げつけた。
瞬間、辺りに赤く染まった煙と強い匂いが立ち込める。
なんの匂い? 甘くて焦げ臭い、まるで花が焼けるような匂いだった。私は思わず鼻を手で覆う。
煙幕? それとも毒性のある煙?
それには咲人たちも思い至っていたようで、彼らも鼻を手で覆っていた。
「…………来ましたか」
赤の煙が広がって数秒後、その気配が近づいてきた。
それは呪霊のものだった。ただ、一体や二体じゃない。十体……いや、裕に二十は超えている。
「呪霊を引き寄せる類いの香か」
「『耐呪結界』!」
煙がこれ以上広がる前に、咲人は広域に呪霊を閉じ込める結界を発動する。
「っ、奴は!?」
気づけば、正藤の姿はない。
その場にいる人間の意識が呪霊に向いたその数秒で、正藤の呪力はこの場から消えていた。
「くそっ!!」
奴を、ユキを狙う
これは……大きな失敗だ。
ーーーー草木家・広間ーーーー
神社に集まった呪霊を祓除した後。
咲人に連れられ、私は草木家に戻ってきた。
花房在藤も同行している。
ちなみに、広間にはお父様の姿はない。咲人曰く、お父様はまだ病院からの帰り道とのこと。どうやらお父様をここから連れ出すために病院にいるなどという偽の情報を流したらしい。
「いや、病院にいたのは本当だぜ? 30分くらいで在藤が着いたからとっとと出たけどな」
「それより、どういうつもり?」
咲人へ訊ねる。
なぜ私を邪魔したのか、と。
私の問いに、悪びれる様子もなく咲人は答える。
「いやいや、言ったじゃねぇか、妹よ。あのままだとお前死んでたんだ。結界術も中途半端、『廻』なんて弱い術式しかのないお前じゃ、殺されることはあれ正藤を殺すなんて出来るわけがねぇだろ」
むしろ助けたんだ。感謝しろよな。
本当にこの男は苛つく。文句の一つでも言おうとして、
「……我が家の不始末に関わらせて申し訳ない」
在藤の言葉に止められた。
我が家の不始末……それは正藤の行動そのものだろう。
「早雲薙臣氏の殺害の情報が入ってきた時、既に私と咲人は動き出していた。刺殺にも関わらず血液がその場に残らないなどという奇妙な状況を作り出せる人物は限られているからな。そして、咲人が襲撃され、正藤本人を目撃したことで、その犯行を確信した」
その後、すぐに咲人を反転術式で治し、正藤を探している途中に呪力を感知し、あの神社に馳せ参じた。
在藤は事のあらましをそう語った。
「君は、雪の友人だったな。雪から話は聞いている。仲良くさせてもらっていると」
「…………」
「君を巻き込んでしまったこと。重ね重ね謝罪しよう。なぜ君が正藤と戦っていたのか、正藤が何を考えているのかは分からない。だが、後は私がケリをつける」
これは花房家の汚点だ。
在藤は苦虫を噛み潰したような表情でそう言う。
…………なるほど。
この件から他の一級術師や私を引かせて、秘密裏に葬り去り、事実を正藤ごと抹消しよう算段というわけか。
平安から代々続く呪術師の家系である花房家長男として、思うところがあるんだろう。在藤は真っ直ぐに私を見つめてくる。
「そっちの事情は分かった」
「それはありがたい」
「だけど、私にも譲れないことがある」
譲れない。許せない。
ユキに害が及ぶことならば。
なによりあいつが口にしたことが、許せない。
「…………それは雪に関係しているんだな」
「奴はユキを殺そうとしてる」
「それは確かか」
「間違いない、とは言えない」
「だけど、奴はその口でユキに生きる価値がないと言った」
「私はそれが許せない」
私の言葉を聞いて、在藤は不意に目を閉じた。
そのまま続ける。
「…………花房家長男として、本来ならば止めるべき場面だ」
「…………」
「だが、雪の兄として、雪のために動く君を否定はしない」
それは私の行動を黙認するということだろう。
「だが、奴は生きて連行する。目的を吐かせなくてはならない。それにあの呪霊を呼び寄せる呪具がどこから流れたかも確認する必要がある」
「殺さないで、引き渡せということ?」
「あぁ」
頷けるはずもない。
ユキを狙っている人間がいるならば、そいつは殺してユキの安全を確保しなきゃならない。
だけど、ここはフリでもいいから、話に乗っておこう。
在藤と咲人、そして、私自身が奴を探すのならば、1人で探すよりも短時間で奴の居場所を特定することができるはずだから。
「分かった」
「奴の居場所を特定し次第、連絡はする。そちらも連絡をするようにしてくれ」
私は在藤の言葉にとりあえず頷いた。
「咲人、いいな?」
「在藤がそう決めたなら、俺は従うさ。だが、妹は本当に弱いぜ」
「…………」
この兄様は本当に苛つく男だった。
ーーーー廃屋ーーーー
「ふぅ……参りましたよ」
花房正藤はポツリとそう漏らした。
独り言、ではない。
彼の側には人影がひとつ存在していた。
女。
その顔は一般的に美しいと言えるものであった。
年齢は20代後半だろう。痩せ形の長身。
艶やかな長い黒髪に、吸い込まれそうなほどの漆黒の瞳。
道を歩けば、男が自然に集まってくるような外見。
だが、その外見には一切の意味がない。
なぜなら、その姿は『仮初』のものであるから。他人から奪い取った姿形であるから。
「どうやら儂が渡した物を使ったようじゃな」
「えぇ、助かりました。確か草木美澄といいましたか、彼女だけなら何も問題はありませんでしたが、流石に兄上と咲人を一度に相手にするのは分が悪い」
年寄りのような口調で、女は正藤に語りかける。
「肉親を1人殺す。相変わらず何を考えているか分からん」
「肉親ではありません。そもそも人間ですらない。あんなものが家に存在することが許せないだけですよ」
にこやかに、正藤はそう言った。
「まぁ、いい。あの呪物の情報さえ渡すならば、協力は惜しまん」
「勿論ですとも。死人すら甦らせる特級呪物『降霊杖』……その在処は必ずお教えします。私があの人間擬きを処分した後で」
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最後に出てきたキャラは前作登場のキャラです。
死人を甦らせる呪物を手に入れるためだけに動く呪詛師です。
本作を読む上で、彼女について詳しく知る必要はございませんが、もし興味がある方はぜひ前作『呪詛師殺しの僕』もよろしくお願いいたします。