堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー渋谷・喫茶店ーーーー
例の事件の2日後。
私はユキと出かけていた。所謂デートである。
喫茶店巡りをして、珈琲や甘いケーキに舌鼓をうつ。呪術師としての収入があるからこそできる、普通の学生ではできない贅沢なデートだ。
「高専様々だねー」
「う、うん」
さて。
問題はこのユキの様子だ。
なにやら今日はどこか上の空というか、そんな雰囲気だった。
理由はハッキリしている。
「……お兄さんのこと?」
「……うん」
ユキの兄。
在藤ではない方、つまり、私が殺した花房正藤のことだ。
「失踪だって?」
「うん。昨日、在藤兄さんから聞いたんだ」
「ふーん」
私の残穢が見つからないように、殺した後に死体を霊園まで『運ばせた』のは正解だったみたい。
その死体は無事、花房在藤に発見され、処理されたようで、表向きは失踪したということになっているようだった。
「ユキはそのもう1人の……」
「正藤兄さん?」
「そう。その人と仲良かったの?」
「…………良くはなかったかな」
むしろ嫌われてたみたい。
そう言って、ユキは切なげに笑う。
「きっと、わたしを疎んでた」
「なんで? ユキはこんなにいい子なのに?」
「……わたしの中にいるモノが、やっぱり気に入らなかったみたい」
「それじゃ、そんな奴いなくなったっていいじゃん」
「そんなことないよ。家族だもん」
嫌われていたとしても家族だから。
突然いなくなってしまったら悲しいよ。
ユキはまた下を向く。
「そういうものかね」
私には、ユキの言うことがよく分からなかった。
ーーーー呪術高専寮ーーーー
1日のデートのあと、私はユキを部屋に招いていた。
なんとなくこの間までの忙しさや一緒にいれなかった時間を取り戻そうと思ったから。
ユキはそれを快く受け入れてくれて、結局今日は私の部屋に泊まっていくことになった。
「わたしの部屋、隣なのに泊まる意味あるかなぁ……」
苦笑するユキの意見は、今回ばかりは却下する。
同室と別室には大きな差がある。例えそれが隣の部屋だとしても、だ。
「まぁ、いいけど」
「ヤッタ!」
「今日だけだよ」
「もちろん!」
なんだかんだ言ってもユキだって私に甘い。
ユキのお願いを私が無碍に断れないように、ユキも私のお願いを聞いてくれることが多いんだ。
今日だけなんて言いつつも、この間も私の部屋に泊まってくれたこと、ちゃんと覚えてるからね。
そんな甘いところも大好きだ。
「美澄ちゃん、そろそろ寝よっか」
「はーい!」
何気ない話で盛り上がって、壁にかけてある時計が日付が変わったことを知らせる。
それを合図に、私たちは就寝することに決める。
本当はもっと話をしていたいけれど、明日も授業はあるから仕方がない。
……少し前に同じ状況で、ワガママを言って夜更かしして遅刻をしたことがあり、それ以来そういったことがないように2人で約束をしたのだ。
私は授業なんてどうでもいいんだけどね。
「……って、美澄ちゃん」
「ん? なに?」
「今日もそっちでいいの?」
そっちというのは、床に敷いた布団のことである。備えつけのベッドとは別に、入寮と同時に任務で稼いだお金で買ったものだ。こういう時用に準備したものなんだから、私は床に敷いた方で十分。
「いいの! ユキはお客様なんだから、床じゃなくて、そっち使って」
「う、うん……美澄ちゃんがそれでいいなら……」
本当は一緒に寝たいくらいだけど、それを伝えるのはぐっと我慢する。優しいユキのことだから、それでもいいと言われてしまうだろう。
……そうなったら、それこそ私は眠れないし。
「おやすみ、美澄ちゃん」
「おやすみ、ユキ」
互いにその言葉だけを交わし、目を閉じた。
ーーーーーーーー
どれくらい経っただろうか。
私は、不意に覚醒した。
いや、正確には不意にではない。呪力を感知して、目が覚めたんだ。
この呪力は……。
「おぉ、起きたか」
「…………『堕雪』」
目の前にいたのは、ユキの姿をしたユキじゃないモノ。
特級仮想怨霊『堕雪』。
ユキの中に入り込んでいる呪霊だった。
「お前、なんで!?」
「こいつが寝ているからだ。それに思ったよりも呪力が溢れていてな。こうして、表に出てこれたのだ」
「っ」
そうか。忘れていた。
今日は28日。『
そのせいで『堕雪』が顕現できる呪力がユキの中に残ってしまっている。
「…………暴れるなよ」
「それは無理な話だ。体が鈍って仕方がない」
「お前、ふざけてーー」
「ふざけてなどいないさ。こうして出てこられるのも一月に一度なのだ」
「…………」
「お前も分かっているだろう?」
それが当然と言わんばかりに、こいつは長い前髪をかきあげながらそう言った。
暴れさせろ、と。
さもなくば……。
「俺がその気になれば、この娘などすぐに殺せる」
「っ、やめろ」
「止めるかどうかはお前次第だ」
「……分かった」
「聞き分けができるのはいいことだ」
邪悪に笑う『堕雪』。
いつもは見えないその瞳は、いつもとは違う青い光を放っていた。
ユキの顔で、そんな表情をするな。
広い場所にでも出ようか。
そう言う『堕雪』に頷き、私と奴は部屋を出た。
ーーーー呪術高専運動場ーーーー
「ふむ……中々に広く、いい場所だ」
準備体操をしながら、そう言う。
そうか。
前にこいつが表に出てきたのは、4月6日。私が高専に入学してから初めての任務に行ったときだった。
……今月はこれで2度目。出てくる頻度が明らかに増えている。
この前に表に出てきた時は外だったから、呪術高専を見るのは初めてで、奴は物珍しそうに辺りを見渡していた。
「施設案内だけで引っ込むつもりはない?」
「フッ、あるわけないだろう」
分かっていたけど、提案は却下される。
……分かってる。その軽口は自分を奮い立たせるためだ。
奴の強さは私が一番分かってるから。
「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」
ーーズズズズーー
『帳』を下ろす。
高専の敷地内で呪力の行使があれば、気づかれる。『堕雪』ほどの呪力ならば尚更だ。
そうなれば、高専側にもこの事態ーー『堕雪』の顕現に気づかれてしまうだろう。
だから、私は『帳』を下ろした。
この『帳』にはすべての人間・呪霊の出入りを禁じる効果を付与してある。私が死ぬか自分の意志で解除するまでは上がらない『帳』。
これで、最悪の事態だけは回避する。
最悪のーーユキが『堕雪』もろとも殺される事態だけは避けなくちゃならないんだ。
「……『帳』か。わざわざ広い場所を区切るなど……無粋なことをする」
「こうでもしないと、邪魔が入るでしょ」
「…………なるほど。撤回しよう。粋な計らいだ」
奴は納得したように頷く。そして、
「では、早速始めようか」
邪悪な笑みを浮かべる。
それを見て、私は構えた……はずだった。
私が呪力を自身の体に張り巡らせるその刹那に、奴は既に私の視界から消えていた。
「どこを見ている?」
ーーバギィッーー
「がッ!?」
腹部への衝撃。
殴られた後になって、私は殴られたのだと理解した。
それほどに一瞬の出来事だった。
速い、とかいうレベルじゃない。
これでただの呪力強化だというのだから恐ろしい。
「ぐ……っ」
「おぉ、倒れんか。お前、人間にしてはやはり中々ではないか」
「では、もう一度」
ーードゴッーー
「あ、がっ!?」
今度は拳が顎に入る。
頭が、脳が揺れ、足に力が入らない。
「これも耐えるか」
「あ……あ……うぁ……」
「いい……が、なんだ。もう意識が飛びかけてるではないか」
「あ…………っ、ふっ……ふぅっ……」
奴の耳障りな声を聴きながら、どうにか意識を保つ。
だけど、ここから攻撃に転じる余裕はない。
術式さえ使えれば……いや、まだダメだ。まだ準備ができてない。数も質も足りない。だから、今はとにかくーー
ーーバチンーー
「ぎッ、っ!?」
気づけば、私の目の前には奴の顔。
「起きたか?」
「な、に……した……」
「ただの気付けだ。まだ始まったばかりだぞ。起こしてやったのだから、ありがたく思え」
「~~っ!」
こいつッ!
「ん? どうした?」
「…………はやく、ユキに体をかえ、せ……」
「冗談を言うな。精々散歩程度にしか体は動かせてない。この程度では一日分にもならん」
「っ」
散歩程度。確かに大して時間は経っていない。
私を痛めつける労力は散歩と変わらないらしい。
「く、くくっ……」
「ん?」
「言って……くれるッ」
腹部。そして、脳へのダメージは大きい。
けれど、絞り出す。
呪力を『廻』せ。
「っ、『廻脚』ッ!!」
脚の周りを高速で廻る呪力。
それを、奴の足元へ、地面へ叩き込む。
「ほう」
狙いは体勢を崩すこと。
そして、『廻』で削った瓦礫を空中へ舞い上がらせ、奴の視界の一部でも奪うこと。
その隙に、一瞬で全呪力を脚に廻す。
こいつがやった呪力強化による超速度の真似事だ。普通にやったんじゃ簡単に破られる技だ。
だけど、視界の一部でも奪われていれば、ほんの少し反応は遅れる。死角が生まれる。
そこを突けばーー
ーーガシッーー
「発想は悪くない。だがーー」
足を掴まれたのが分かった時には遅く。
そのまま、私の世界は暗転した。
ーーーーーーーー
全身を走る酷い痛みで目が覚めた。
ゆっくりと、どうにか目を開けると、真っ先に私の視界に飛び込んできたのは、涙を流すユキの姿だった。
どうやら、無事にユキに戻れたらしい。よかった。
……そういえば、と。
見える景色と頭に当たる柔らかな感触から、今の私はユキに膝枕をされているのだと気づく。
状況だけ見れば、喜びたいところだけれど。
「ユキ……」
「み、すみっ……ちゃん……っ」
流石の私もこんな泣き顔のユキを見たら、そうも言ってられなかった。
「ごめんねっ……ご、めんっ」
きっと何があったか全てを理解しているんだろう。
「ダイジョブ、だよ……」
「……っ、ごめんっ……わたしのっ、せいでっ!」
違う。違うよ、ユキ。
ユキのせいじゃない。
それに、こんなのは苦でもなんでもないから。
だから、泣かないでいいんだよ。
「…………ごめん、ごめんなさいっ」
ダイジョブ。
そう言ってあげる前に、私はまた意識を手放してしまった。
ーーーー記録ーーーー
1987年4月28日。
呪術高専運動場にて、特級仮想怨霊『堕雪』の顕現を確認。
それに伴い、応戦した準一級呪術師・草木美澄が重傷を負い、意識不明となっている。
花房雪に関しては、経過観察。
草木美澄の意識が戻るまでに、花房家にて『呪吐』の儀を執り行うこととする。
また、月一度行われていた『呪吐』の儀を月二度に修正し、花房雪の体内から『堕雪』が顕現するための呪力を取り除くように、花房家へ通達した。
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