堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー呪術高専寮前ーーーー
4月28日深夜。
呪術高専の寮前に一台の車が止まった。
運転手は、
「在藤兄さん」
わたしの兄、在藤兄さん。
在藤兄さんは普段から車に乗っており、任務も補助監督をつけずに自分で運転することが多く、今日の迎えにも1人で来たようだった。
「支度は済んでいるか」
「はい……大丈夫です」
身支度は済んだ。
惜しむらくは、美澄ちゃんの側にいれないこと。
「今は余計なことを考えるな」
「…………」
兄さんの口調はいつもぶっきらぼうだ。
だけど、それはわたしを気遣ってのことだって分かった。
わたしがその考えに至らないように。
「最善の処置は施した。後は彼女の回復力次第だ」
「ありがとう、ございます」
「…………」
お前のせいではない、とは決して言わない。
だって、兄さんは嘘はつかないから。気遣ってはくれる。けど、甘やかしてはくれない。
分かってる。これは紛れもなくわたしのせいだ。
……そもそも、あの日、わたしが『堕雪』を身に宿さなければこんなことにはなっていないんだ。
美澄ちゃんを傷つけるようなことにもーー
「雪」
「っ」
「あり得ない仮定の話を考えても意味はない。今できることをやるしかない。違うか」
「……はい。その通りです」
今、わたしにできること。
それはすぐに花房家に帰り、『呪吐』を行うこと。
自分の呪力を少しでも吐き出して、これ以上の『堕雪』の顕現を回避することだ。
例え、それが耐え難い苦痛を伴うとしても。
「行くぞ」
「はい」
ーーーーーーーー
「ん……」
眠っていたのだと理解した。
同時に、飛び起きる。
「ユキ!!」
周囲を見渡しても、彼女の姿はない。
遅れて、ここが呪術高専の医務室であることに気づく。
自身の体の傷を確認すると、綺麗に治っている。相当に腕のいい術師による反転術式。残穢を辿れば、これが花房在藤のものであろうことが分かった。
「…………」
状況から考えるに、あの後、意識を取り戻したユキによって、または『帳』を感知した高専関係者によって、ユキと私は発見され、総監部へ連絡がいった。
『堕雪』の顕現ともなれば、当然、花房家の人間が招集される。恐らくそれが在藤だったのだろう。彼は私の傷を反転術式によって治療し、ユキを『呪吐』のために連れて、花房家へと戻っていった。
そんなところだろうな。
「くそっ……」
静かに、吐き捨てる。
ユキのためならば、なんでもする。
その決意は決して嘘ではない。覚悟だってある。けれど、私にはまだ力が圧倒的に足りないんだ。もし今、『堕雪』とユキを分離したとしても、私じゃ『堕雪』は祓えない。
まだ3年ある?
いや、もう3年しかないんだ。
「私は……」
「起きましたか」
ベッドの上で体だけを起こし、自分の力のなさを嘆いていた私に、声をかけた人物。
医務室の入口に目をやると、そこには担任である佐木が立っていた。
ずっとそこにいたわけではなく、偶然立ち寄ったら私が起きていたといったところだろう。この人に教え子を心配するような人間性はないのは知っている。
「佐木……」
「花房さんなら花房在藤一級術師に連れられて、本家に戻りましたよ」
予想通り、のようだ。
これから『呪吐』の儀が行われることも。
「まったく理解に苦しみます。なぜ彼女にそこまで固執するのか」
「…………分からなくて結構」
「理解する気もありませんが」
それより、と興味もなさそうに佐木は話を進めた。
「あなたにお客様です」
客?
こんな状況で誰が?
そう思い、医務室の入口を注視すると、そこにいたのは知らない着物姿の女だった。
だが、どこかで見覚えがあるような……?
「失礼いたします」
その声には、心当たりがあった。
「『五条』……?」
「?」
一瞬、あの女かと思ったのだが違う。
確かに、色白な肌と青みがかった黒髪。そして、顔立ち。
異質な気配までも、目の前の女性は『五条』と同じ。
けれど、この女性は違う人間だとハッキリ分かる。
髪も長いし、なにより嫌でも目につく空色の瞳は、『五条』が左なのに対して、この女性は右。
「誰だ?」
「お初に御目にかかります。わたくしは
丁寧にお辞儀をする東坊城天蓋と名乗った女性。
その姿勢だけでも、育ちのよさが感じ取れた。
でも、なんでこんな人が私を訪ねてきたんだ?
「僕はこれで失礼します」
自分の役目は終わったとばかりに、佐木は医務室を後にした。
なるほど、この人を連れてくるためだけに佐木はここに来たのか……。
「…………」
「…………」
私と東坊城の間に沈黙が流れる。
待っても埒が明かないか?
なら、私から話を振ろう。私も暇じゃない。どうにかして力をつけなきゃならないんだから。
「私になにかーー」
「ーー『堕雪』の拔除のお話です」
私の言葉を遮るように、彼女は口を開いた。
私に『堕雪』の祓除の任が命じられていることを知る人間は数少ない。
私自身と呪術総監部の人間くらいだ。
ならば、この女は、
「総監部の人間?」
「当たらずも遠からずです。わたくしは総監部の者ではありません。ですが、貴女がその任に就いていることは存じ上げております」
「……話が見えない」
総監部ではない。だが、総監部ではなければ知り得ない情報を知っている。
なら、この女も上から話を聞いているということ?
そう訊ねると、東坊城は否定した。
「いえ、順序が逆なのです。総監部からそのお話をお聞きしたのではなく、わたくしが総監部の方々にお伝えしたのですよ」
3年後、『堕雪』が五条悟を殺す。
私もそれを聞いたのは、呪術総監部からだった。
その総監部に伝えたのがこの女……?
「っ!」
「はい。そうです」
「わたくしがその未来を『予知』しました」
ずっと疑問だった。
なぜ3年後に五条悟という人間が生まれることが分かるのか。
なぜその五条悟が呪術師最強になり得ることが分かるのか。
そして、なぜ『堕雪』が五条悟を殺すことが分かるのか。
そのすべての答えが、この女だ。
『予知』と言った。
胡散臭い。けれど、なぜか納得している自分もいた。
「今から2年と7ヶ月後……生まれてくる五条悟を『堕雪』は殺します。そうなれば、世界の均衡が崩れ、呪詛師と呪霊が跋扈する世界に変貌します。その未来を回避するために、わたくしが貴女をこの任に就かせるよう指示しました」
「…………」
なぜなんだろう。今の私では『堕雪』には決して届かない。
私以上に強い術師はいくらでもいる。雪の兄・在藤や咲人も、私よりは強い。
それでも、私に『堕雪』を殺させようとするのは……?
「いいえ、貴女でなくてはならないのです」
「『堕雪』を拔除できる可能性があるのは、貴女と貴女の術式『輪廻復原』のみ」
「ですから、わたくしの力を貴女にお貸しします」
要領を得ない。
この人は何を言おうとしている?
私の疑問に、彼女は微笑みながら答えた。
「『領域展開』」
「それが使える段階まで、貴女を引き上げてみせましょう」
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難産中