堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
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『呪吐』の儀。
それは対象を『放出』の術式効果が付与された結界で囲うことで、対象の呪力を強制的に体外へと抽出する儀式のことだ。
主に、呪力量はあるものの呪力制御の未熟な者への処置の一つとして、花房家に伝えられてきた。
高い呪力をもち生まれてくる子が多い花房家だからこその儀式。
その中でも、わたしは異質だった。
実子でなく、呪力量自体もそこまで多くはない。
それにも関わらずこの『呪吐』の儀を行うのは、勿論わたしの内にいる『それ』のせいだ。
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「うっ、おぇッ……」
嘔吐する。
吐瀉物が床に不快な音を立てて、撒き散った。
喉を通っていくその感覚はいつまで経っても慣れずに、涙目になってしまう。
「はぁ……はっ…………はぁ……」
もう嫌だ。いつも思う。
でも、これからは決して逃れられない。
わたしを囲うように結界が張られているし、逃げ出さないように監視もついている。
花房家に引き取られてすぐの『呪吐』で、わたしが逃げ出そうとしたことが原因なんだけど。
あの頃はこの儀式が嫌で嫌でしょうがなかった。
けれど、今は『呪吐』が必要なことだと分かっているから。
「……続けて、ください」
息も絶え絶えになりながらも、そう伝える。
再び来るのは、あの嫌悪感と胃から迫上がってくる感覚。
ーービシャッーー
吐き出す。
それと同時に、呪力もわたしの体から放出され、そのまま霧散していく。
苦しい。けど、これは必要なことだと。
こうでもしないと、わたしの体は『堕雪』に乗っ取られてしまう。
そうなったら、わたしは多くの人を傷つけてしまう。
現にーー
「み……すみ、ちゃ…………っ」
ーービシャッーー
がんばれ、わたし。
ーーーー花房邸・雪自室ーーーー
「お疲れ様でございました」
花房家の使用人のひとりが、無表情にお茶を差し出してくる。
せっかくだけど、そのお茶は断った。
今、飲むとそのまま戻してしまいそうだったから。
「承知いたしました」
使用人の人が部屋を出ていったのを確認して、わたしはベッドに体を投げ出した。
疲れた。気持ち悪い。
未だに吐く時の感覚が残ってる。
5時間もぶっ通しだったから、それも仕方がないことだけど。
でも、その甲斐あってか自分の中に呪力がわずかしか残っていないことが確認できた。
「よかった……」
安堵のため息をもらす。
『呪吐』の後、食欲もなく気分も最悪ではある中で、唯一安心できるのがそれだった。
呪力の枯渇。
呪術師としては不安材料でしかないのだけど、依代としてはありがたい話だ。なぜならわたしの呪力がなければ、『堕雪』は顕現できないから。
安心。安堵。束の間の平穏。
…………でも、毎回思う。
「美澄ちゃんには言えないや」
花房家に引き取られてから続くこの儀式の詳しい内容は、美澄ちゃんには伝えていなかった。
花房家相伝というのもあるし、何よりわたしが苦しい思いをしていると知ったら、美澄ちゃんは怒ってしまう。きっと怒り狂って、ここに殴り込みに来てしまうだろう。
「ユキを返してもらおう……なんて言っちゃうかも」
そんな美澄ちゃんを想像して、思わず笑みがこぼれた。
こんな時でも美澄ちゃんのことを思うと、少し気分がよくなる。楽しい気分になれる。
改めて、わたしは美澄ちゃんに救われているのだと実感する。
「……早く、会いたいな」
『呪吐』後は体調が回復するまでの約2日間、花房家で過ごすことになる。『堕雪』が顕現しないか様子を見るって節もあるんだろうけど。
だから、美澄ちゃんに会えるのは早くて2日後。
「……はぁ」
ため息も出てしまう。
早く時間が過ぎないかな。
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翌日。
体も昨日よりは楽になったこともあり、1ヶ月ぶりの邸内散歩を楽しんでいると、
「雪様」
後ろから、わたしの名前を呼ぶ女性の声がした。
振り向くとそこにいたのは、在藤兄さんの妻、つまりはわたしの義理の姉に当たる人物・
「圭さん」
「お体の調子はいかがですか?」
「お陰様でだいぶよくはなりました」
「それはなによりです」
柔らかな物腰の女性だ。
わたしのことを雪様と呼ぶのは、昔のーー彼女が使用人だった時の名残で、在藤兄さんとの結婚直後に呼び方を変えてもらおうとしたものの失敗したのは、いまは笑い話だ。
「呪術に関することはさっぱりですので、雪様のお力になれないのとが残念で仕方ありません」
そう言って、圭さんは少し寂しそうな顔をする。
彼女は呪力はおろか、呪霊を視認することすら出来ない。知識として少しは知っているけれど、元々の才がないのだから仕方ないことなんだけれど、圭さんはそれを本当に負い目に感じているようで、たまにそんな表情を見せる。
でも、
「大丈夫ですよ。圭さんはそのままでいてくれれば」
「ですが」
「在藤兄さんもきっとそう思ってますよ」
「……そうでしょうか」
「そうですよ」
在藤兄さんは花房家のために尽力する人だ。
そのために自らの命すら削るような人。
けれど、その兄さんの行動で唯一、それから外れているのが、この圭さんのことだった。
家のことを思えば、他の呪術師の家系からの縁談も来ていた中で、それらをすべて蹴って、この人と結ばれたのだから、兄さんの圭さんへの思いはきっと理屈なんかじゃないのだろう。
それに兄さんが圭さんに呪術の世界に触れてほしくないであろう理由が、もうひとつ。
「それに、圭さん1人の身体じゃないんですから」
「……はい。そう、ですね」
そう言うと、圭さんは少し照れたようにはにかみ、お腹を撫でた。
まだ一月目だから、気が早いかもしれないけど、わたしもその時が楽しみだなぁ。
ーーーー花房邸・大広間ーーーー
散歩途中に、お手伝いから言伝を受け、わたしはその足で大広間に来ていた。
中で待っていたのは、在藤兄さん。
当主が座るはずの上座に座っていた。
数年前、現当主である
けど、今日は見慣れない光景もあって。
「や、雪ちゃん。今日も可愛いね。前髪切ったら、きっともっと可愛いのに」
「咲人さん……」
草木咲人。
美澄ちゃんの義理のお兄さんがそこにはいた。
正直な話、わたしはこの人が苦手だ。
前に、美澄ちゃんも言っていたけれど、見るからに軽薄で、話すともっと軽薄で。わたしには理解できない人種だと思っている。
だから、なぜこの人が在藤兄さんと友人なのも分からなかった。
「咲人は私が呼んだ」
恐らく態度に出てしまっていたんだろう。
在藤兄さんから説明をされてしまった。
いけない。いくら苦手とはいえ、お客様であることには変わらないのだから、気をつけないと……。
「雪。お前に2点伝えなければならないことがある」
「はい、なんでしょうか」
「まず呪術総監部より『呪吐』を月二回に変更するように通達があった」
「っ……はい」
薄々予想はしていた。
前回の『堕雪』顕現から一月以内。
期間が短くなっている。つまり、月に一度の『呪吐』ではわたしの呪力量の回復に追いついていないということだ。
苦しい、けれど、これは仕方がないことでもある。
わたしが秘匿死刑とならずに生き続けるため、兄さんが総監部に掛け合ってくれた結果なのだろうから。
受け入れる。
「もうひとつだが、現当主・憂蘭が死んだ」
「え?」
こちらは完全に想定外のことだった。
そして、さらに予想外のことが兄さんの口から告げられる。
「それに伴い、雪を花房家当主とする」
「…………え?」
今、なんて……?
「お前が今から花房家の当主だ」
「え、え??」
混乱。
なんで、わたし?
だって、わたしは養子だし、今までは兄さんが当主としての仕事をしてきたのに?
「すべてはお前が生きるためだ」
「…………それって」
「花房家は呪術界において、草木家と並んで、御三家に次ぐ力をもっている。それは理解しているな?」
それは知っている。
草木家は情報を司る家系として、花房家は生まれてくる子供の呪力の高さと術式の強力さから呪術界で比較的大きな力を有している。
事実、正藤兄さんの『流体操術』や当主・憂蘭の『固定硫化』。
その上、在藤兄さんは自身の術式に加えて、反転術式まで使えるというように、術師としての格はかなり高い。
「でも、なら……わたしが当主になる必要は……」
「単なる術式の話ならば、私が当主になる方が理に叶っているだろう。だが、お前の内には『堕雪』が宿っている」
「っ」
「私が当主になったとして、発言力は今よりも明らかに低下する。御三家や総監部がお前を引き渡せと言われれば……正直な話、引き渡すしかなくなるだろう」
それほどまでに、今までの当主であった憂蘭の発言力は大きかった。
在藤兄さんは淡々とそう言う。事実のみを告げる。
「だが、もしお前が当主になるのならば、話は変わる。発言力は私が当主になった場合よりは落ちるだろうが……」
「花房家の当主の秘匿死刑や引き渡しを要求することはできないから、ですか」
「その通りだ」
憂蘭の後ろ楯がないとはいえ、花房家当主ともなればある程度の発言権は保証される。当主自身の身柄の引き渡しなど論外だろう。
「憂蘭の遺言もなく、今は正藤もいない。私とお前が決めれば、それは花房家の総意となる。反対する者などいない」
「…………」
「当主としての務めならば、私がいるうちは補佐することもできる。心配する必要はない」
悪い話ではない、と思う。
けれど、それには強い意志が必要だった。
今のわたしじゃあ、
「一週間、待とう」
決められない。
俯きかけたわたしに、兄さんはそう提案してくれた。
一週間、時間をやろうと。
花房家当主となるのには相応の覚悟が必要。早まった判断は逆に自らの首を締めるからと。
「ありがとう、ございます……」
そう返すしかなかった。
ありがたい。
だけど、それで覚悟が決まるかどうかは、今のわたしには分からなかった。
ーーーー雪の知り得ない会話ーーーー
「一週間ねぇ……在藤よぉ、甘やかしすぎじゃねぇか?」
「そんなことはない。当主となる覚悟を固めるにはむしろ短すぎるくらいだ」
まだ年端もいかない女子ならば尚更。
在藤はそう呟いた。
そんな彼を茶化すように、咲人はこの先を続ける。
「本当に正藤とは正反対だな」
「…………」
「もし、雪ちゃんが当主になりたくないってなら言えよ。そんときは最終手段をとろうじゃねぇか」
「お前に雪は預けたくはないんだがな」
「俺は大歓迎だぜ。雪ちゃんみたいないい女を嫁に貰えるならな。多少当主様として働くのは面倒だが」
咲人を雪の夫として、婿に迎えること。
雪には話さなかったが、在藤はその可能性も視野に入れていた。
雪のため。そして、花房家のため。
そもそも現在の『呪吐』は花房憂蘭の呪力や知識に依存している部分があり、彼の死後にそれを補うためには、結界術の知識と技術を有する者を招き入れる必要がある。
その条件を満たす者として、咲人以上の人材はいない。
外部の者として協力を求めるより、内部に取り込んでしまった方が花房家にとってのリスクは少ない。
そのための策ではあったが……。
「雪の判断を待つ。この先はその上で決めることだ」
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芥見先生、心配です。
しっかり休んで連載に戻ってきてほしいですね。