堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー呪術高専1年教室ーーーー
1987年5月2日。
在藤兄さんから指定された1週間のうち4日が経過していた。
時間がないにもかかわらず、わたしの中でまだ答えは出ていなかった。それどころか日に日に大きくなっていってるモヤモヤはわたしの脳内を支配してしまっている。
「ユキー?」
「っ、ごめん。ボーッとしてた」
「また? ダイジョブ?」
そのせいで、最近はうわの空になってしまうことも多くて、美澄ちゃんに何度も心配されてしまっている。
わたしの顔を覗き込む美澄ちゃん。わたしの目は前髪に隠れて見えないはずなのに、美澄ちゃんの視線はいつもわたしのそれとちゃんと交差してる。そこから考えを見透かされる気がして。
「っ」
思わず目を、顔を反らした。
「ユキが言いたくないなら聞かないけどさ」
「……うん」
言いたくない、訳ではない。むしろ話してしまいたい。
話して、美澄ちゃんに止めてほしかった。
わたしが当主になる、なんて。
そんな馬鹿げた可能性をいつものようなパワーで却下してほしかった。
でも、
「これは……わたしの問題だから」
「……そっか」
強がって笑う。
きっと美澄ちゃんには見抜かれてたろうけど。
「それより、怪我は大丈夫?」
「も~う、ユキ、それ何回目?」
「あ、えっと……」
「気にしなくてダイジョブ! 昨日も一昨日も話したけど、ユキのお義兄さんに治してもらったし。それに元々外傷は酷くなかったみたい」
「なら、いいんだけど」
見た目には確かに外傷はなく、普段通りの動きができているようだった。
やっぱり美澄ちゃんの言う通り、気のせいなのかな?
「それより、ユキ!」
「え、あっ、なに?」
「明日の任務の後さ、また出かけようよ!」
明日の任務。たしか、高専の近くに発生した呪いを祓いに行くんだよね。
それなら終わった後でも遊べる、かな?
「うん。わかった」
「よしっ!! 明日が楽しみだなぁ」
「……うん」
そう……だよね。やっぱり気のせいだ。
美澄ちゃんはいつもと変わらない。
呪力量が減っているのは、きっとわたしの勘違いだろう。
そうして、わたしはその違和感に蓋をしてしまった。
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1986年5月3日深夜。
美澄ちゃんは呪術高専の医務室に運び込まれた。
今度は『堕雪』の暴走ではない。単に、任務で祓除するはずの呪霊にやられた。
『準ニ級呪霊』相手に重傷を負ったのだ。
その呪霊自体は、深手を負った美澄ちゃんを庇いながら、どうにかわたしでも祓うことができた。言ってしまえば、その程度の相手。わたしでも祓える相手だったのに。
そんな術式ももっていない相手に、美澄ちゃんはやられた。
「……美澄ちゃん」
ポツリと、医務室のベッドの上で横たわる彼女の名前を呼ぶ。
だけど、返事はない。
当たり前だ。辛うじて心臓には傷がなかったものの、肺を貫かれた。一時、生死の境を彷徨うくらいには重傷だったから、こうして自力で呼吸ができているのが奇跡のようなものだと、治療してくれた呪術師の人も言っていた。
「どうしちゃったの、美澄ちゃん」
……在藤兄さんから聞いた話では。
準一級の呪術師が準二級呪霊相手に敗北したという事実を受けて、呪術総監部は美澄ちゃんの等級を準一級から準二級へと引き下げるように審議している最中だという。
「あの時……呪霊と戦っていた時の美澄ちゃんは、いつもの美澄ちゃんじゃなかった。呪力量がかなり減っていて……」
「っ、わたしが気づいてたら……」
任務前にわたしが感じたあの小さな違和感は本物だったんだ。気のせいなんかじゃなかった。
わたしが『呪吐』に花房家に行っていた間に、美澄ちゃんに何かが起きた。その結果、美澄ちゃんの呪力が減っていた。
そう考えるのが自然だ。
「っ……みすみ、ちゃんっ」
ぎゅっと美澄ちゃんの手を握る。わたしと変わらない手。
こんなに……小さかったんだね。
そうだよね。美澄ちゃんもわたしと変わらない女の子なんだもん。少し強いだけの女の子。
なのに、わたしはそれを忘れてた。思い返せば、美澄ちゃんに頼ってばかりだった。
「雪」
背後から声。振り返らなくても、それが在藤兄さんのものだと分かった。
「医師からお前がここにいると連絡を受けてな」
「……はい」
「草木美澄の容態はどうだ?」
「……安定は、してるみたいです。あとは安静にしていれば1週間もすれば、というお話でした」
「そうか」
在藤兄さんはわたしの隣に座る。なにか思うことがあるのか、しばらく美澄ちゃんの様子を見た後に。
「彼女はお前の友達だったな」
「はい」
大切な友達だ。
「友達は大事にしろ」
「はい……っ」
分かってる。わたしのことをここまで大切にしてくれる友達は他にいないことなんて、分かりきってる。
大事にする…………したいのにっ!
「わたしには力が足りないっ……友達ひとり守れないっ」
つい溢れた言葉は止まらない。
わたしがどれだけ彼女に守られていたのか。
わたしがどれだけ彼女に頼っていたのか。
わたしがどれだけ彼女を大切に思っているのか。
まとまらないままの言葉を、吐き出していく。
在藤兄さんはそれをただ黙って聞いてくれていた。
わたしの気持ちを、聞いてくれていた。
やがて。
言葉は止まる。
そして、わたしはーー
「在藤兄さん」
「わたしは花房家当主になります」
ーーそう、口にしていた。
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花房在藤より報告。
花房家当主・花房憂蘭の死亡を確認。
それに伴い、花房雪を花房家次期当主とする。
呪術総監部はこれを正式に受諾し、花房雪を呪術高専より除名した。
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