堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
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呪いの媒介として、肉体から切り離された部位を使うことには理由がある。その一部を呪力の道標として、本体へ呪いを伝播させるためだ。
代表的なものとしては、白装束を纏い、呪う対象の髪や爪など、体の一部と藁人形を釘で打ち付ける儀式・丑の刻参りがある。それを術式として確立した『
草木美澄の術式『輪廻復原』もその類いの術式であった。
生きている状態の人間の眼球もしくは脳幹を切除し、自らの手で破壊することで『輪廻復原』は発動する。その存在と術式効果を知るのは現状、本人と東坊城天蓋、そして『五条』のみである。
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1988年4月6日。
呪術高専の入学式の日である。
そうはいっても、学校自体の性質上、その年に必ず新入生がいるとは限らない。呪術師自体の母数が少ないからだ。そのため、今のところは今年の新入生はいないらしく、1ヶ月だけ通っていた1年教室は、机もなくがらんとしていた。
わたしがそこに立ち寄ったのは、ある人物から呼び出させていたから。
その人物は、教室の中に1人佇んでいた。
「佐木先生」
「時間通り。流石は花房家当主です」
呼び出された相手は佐木先生。
わたしが高専に在籍していた時の担任の先生だった。
その当時は一級術師だということしか知らなかったけれど、今は立場上少し裏の事情を知ってしまっている。
「……なんのご用ですか」
「そう警戒をしないでくださいよ。僕はただ総監部の人間として、貴女を呼んだだけですから」
「それなら尚更です」
そう。佐木先生は呪術総監部の人間。
非術師の家系の出でありながら、呪術界の総本山に入った異色の呪術師だ。
「『呪吐』は継続されているようですね。呪力を随分と絞っているようだ」
「……毎月の報告しているはずです」
「報告の偽造なんていくらでもできますから。そもそも総監部自体が自分以外信用できない人間の集合体です」
僕を含めて。
感情を感じられない声で、佐木先生はそう言った。やっぱり、少し苦手。
ともかく、今回呼ばれたのは、わたしという『堕雪』の依代が本当に『呪吐』の儀を行っているか総監部の人間の目で直接見るため、ということなんだろう。
「ご用はこれで終わりですか。なら、失礼しまーー」
「草木美澄」
「っ」
話を切り上げようと踵を返したところに、その名を出され、わたしは動きを止めた。ゆっくりと、佐木先生の方に向き直り、問う。
「美澄ちゃんが何か……今、どこに?」
「任務です。といっても、僕はもう彼女の担任ではありませんから、その内容は知りませんが……」
「?」
2年生になって担任が変わること自体は珍しくはない。
疑問に感じたのは、任務の内容を知らないという方だ。いくら担任ではないとはいっても、教職員であれば、それ以上に総監部から入り込んでいる呪術師ならば、その任務内容くらいは把握していて当然のはず。わたしに、いや、『堕雪』に近い位置にいた美澄ちゃんという呪術師を放っておくのは違和感があった。
総監部の人間が触れない立場に、美澄ちゃんはいるってこと?
……まさか『天元』様関係の?
「草木さんは東坊城天蓋という人間と行動を共にしています」
「東坊城……?」
ふと浮かんだ考えだったけれど、どうやら違うらしい。
『天元』様とは関係のない名前だとは思う。
けど、東坊城、東坊城……?
どこかで聞いたことがあるようなないような……思い出せない。
「彼女を訪ねるならば、東坊城天蓋のことを調べておくといいでしょう」
相変わらず温度のない声で、佐木先生はそう告げる。
きっとわたしが美澄ちゃんに会おうとしていることは見破られていたんだと思う。だから、そんな助言をした。そこにどんな思惑があるのかは分からないけれど。
「ありがとうございます、佐木先生」
「いえ。花房家当主様のお役に立てたならば何よりです。今後ともよろしくお願いします」
そうして、わたしは1年教室を後にした。
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在藤兄さんから、美澄ちゃんを調べろと言われ、わたしは真っ先に呪術高専へ連絡をした。もちろん、花房家当主として。
けれど、正直な話、わたしはただ、美澄ちゃんに会えることを楽しみにしていた。呪術の話抜きで、1年前のようにおしゃべりできることを望んでいた。
だから、電話口で佐木先生から1年教室に来るように言われたときは、もしかしたら美澄ちゃんに会わせてくれるのかと期待もしたけど……。
「結局、これだもんなぁ……」
美澄ちゃんは任務で、会えず終い。
まぁ、呪術師にとってこの時期は忙しいから当然と言えば当然なんだけど……。
少しだけ不貞腐れながら、懐かしい校舎を歩く。この後、花房家に戻って、在藤兄さんへの報告と美澄ちゃんが向かったという任務の内容、そして、東坊城という人物に関する調査などやることが山積みなのだから、このくらいは許されるよね?
「……ん?」
何故だろう。
不意に、校舎内の散歩中、窓から見える景色……高専の運動場が気になった。いや、視線を向けたことで、気になった理由は何となく分かった。わたしの目は自然と、運動場に立っていた人物に惹き付けられた。
遠くではあるけれど、そこには1人の女性の姿。
在学中には見たことがない人だった。あの人は……?
「ーーーー」
「っ」
背筋が凍る。目があった。笑いかけられた。
ここからはずっと離れた場所にいるその女性に。
咄嗟に俯き、視線を外す。
殺気ではない、けれどそれに近いような異様な気配。呪力感知を切るのが遅れたらきっとここで吐いていた。そのくらい濃い呪力。
「っ!」
顔を上げる。あの女性は?
「ここよ」
わたしのすぐ横。わたしの顔に着きそうなほど至近距離で、彼女はわたしに耳打ちをした。
「っ」
「あら。そんなに距離をとられると傷つくわね」
飛び退く。同時に構える。
呪力感知を切っていたとはいえ、あの一瞬でここまで詰め寄られて気づかないなんて……この人は一体何者?
よく見れば、美人ではある。上背で青みがかった黒髪短髪の美女。
わたしは知らないスリットの空いた奇抜な服もこの人の美しさを際立たせるようだった。
ただ、それよりも彼女の左目……あれはっ!?
「空色の瞳……まさか『
「ご明察」
『六眼』。
呪力を十全に廻すことができるという空色の瞳。詳しいことは知らないけれど、一目見ただけで相手の術式を看破できるって話も聞いたことがある。数百年に1人現れるかどうかのものだとも。
……でも、待って。
この1年、花房家当主として、今の呪術界について少し調べたけれど、現在『それ』をもつ術師は存在していない。そのはずなのに。
「……ま、紛い物の『六眼』だけれど」
「紛い物……?」
そう聞き返すも、彼女はそれ以上『六眼』には触れない。
それよりも、と彼女は微笑んだ。
「あなたも目が……いえ、感度がいいのーー」
「ーーね」
ーーゾワッーー
悪寒。
彼女が呪力の出力を上げた途端に、全身が鳥肌立つのを感じた。これは本当に、このまま当てられ続けたらまずい。
吐きそうな予感を感じ、警戒のために少しだけ使っていた呪力感知を反射的に切る。ギリギリだった。
「っ、はぁっ……はぁ……」
「あら、ずいぶん上達したわね」
正直、気を失わせる程度の調整はしたのだけれど。
微笑みながら、彼女はそう言う。確かに、さっきのそれは1年間鍛えてなかったら、気を失うくらいはしていたかもしれない。
けど、今のわたしなら!
「っ」
再び構える。
呪力感知がダメなら神経を研ぎ澄ませ。
彼女の動きの全てを捉えて、反応しろ。
そうしなきゃ、わたしは死ぬ。
今までの経験をすべて使ってーーーー
「おっと……ごめんね。私は雪を傷つけるつもりはないわよ」
「……え?」
彼女はそう言うと、両手を挙げた。
敵意はない。それを証明するように、今までの刺すような雰囲気も消えていた。そして、微笑む。
「私は『五条』」
「あなたがどの程度成長したのか気になってね。ごめんなさいね」
さっきから、混乱しっぱなしだった。
いきなり現れた女性の呪力に当てられ。そう思いきや敵意はないと言われ。そして、今ーー
ーーギュッーー
「大きくなったわね」
その人に抱き締められていた。
……って、ええ!?
「ちょっ、なにするんですかっ!!」
「そんなに邪険にしないで? ちょっと意地悪したのは謝るから、ね? もう少しだけこうさせてちょうだい?」
「~~っ、やめっ!?」
向こうの方が身長もあり、力も強い。どう足掻いても彼女の腕の中からは抜け出せず、されるがままになるしかない。
1分ほど抵抗したけど、結局わたしは諦めた。
わたしが解放されたのはそれから5分くらいが経った後……体感は30分だったけど。
抱き締められ放題でぐったりしているとわたしを尻目に、『五条』と名乗った彼女はわたしにそれを告げた。
「雪」
「あなたはその調子で力をつけるのよ。そして生き残るの。そうしないとーー」
「ーー世界が滅びてしまうから」
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