堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
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紛い物の『六眼』をもつ女性・自称『五条』。
彼女が姿を消した後すぐに、佐木先生や他の先生方がその場に駆け付けた。どうやら彼女は呪術高専の関係者ではなかったらしく、強引にここに侵入したようだった。
そのせいで、わたしにまで何者かを手引きしたという疑いがかけられたけれど、その場は在藤兄さんがどうにか収めてくれて。
「すみませんでした、在藤兄さん」
わたしは花房家へと向かう車のなかで、運転席の兄さんに謝った。
「いや、元はと言えばお前を高専に向かわせたのは俺だ。その結果の騒動なのだから謝る必要などない」
「……分かりました」
ありがとうございます。
わたしが気にしすぎないよう気遣ってくれたんだろう。そのくらいならば言ってもバチは当たらないよね。
「それで、首尾はどうだ?」
佐木先生からの呼び出しや『五条』なる女性との邂逅と色々あったけれど、兄さんが言っているのは、例の事件……要田さん殺害の話だ。
今回の任務の役に立つことはないかと探ったけれど、目新しい情報はなかった。高専に保管されている記録にも、美澄ちゃんが話してくれた以上のことは書いていなかった。
それに、美澄ちゃんとも話せなかったし。
「そうか」
わたしの報告を聞き、兄さんはそれだけを口にした。わたしが後部座席に座ってることもあって、運転席の兄さんの表情は分からない。
成果をあげられなかったこと、がっかりしてるだろうか。そうだったら……やだな。
「雪? どうかしたか?」
「っ、いえ。なんでもありません」
「……なら、いいが」
「っ、そ、そうです。在藤兄さん!」
「なんだ?」
「わたしに接触してきた『五条』という人物……『六眼』をもっていました。紛い物、だとは言っていましたが……。それと美澄ちゃんは東坊城天涯という人物と共に任務に就いているって話も聞きました」
落ち込みそうになる気持ちを無理矢理振り払うように、話題を変える。それは兄さんに落ち込みかけたのを気づかれないためでもあるけど、それ以上にその情報を伝えなきゃと思っていたから。
「兄さん、何か知りませんか?」
わたしに意味深なことを告げ去っていった『五条』。
そして、美澄ちゃんと行動しているという謎の人物『東坊城天蓋』。
2人について訊ねたけれど、兄さんの反応は芳しくない。
「……残念ながら、『五条』という人物にも東坊城天蓋という人物にも心当たりはない」
「そう、ですか」
「ただ、その東坊城という姓には聞き覚えがある」
「姓ですか?」
個人ではなく姓。
その家系には心当たりがあると、兄さんは言った。
「あぁ。雪、お前も『菅原道真』は知っているだろう」
「日本三大怨霊の1人の呪術師、ですよね」
「そうだ。その子孫にあたるのが今の御三家のひとつ・五条家」
「五条……」
なるほど。彼女が名乗っていたのは、その『五条』か。
400年ほど前にいたという五条家の呪術師ーー『六眼』と相伝の『無下限呪術』を有したその人物に準えてるんだろう。
ただ、それが分かったところで……。
「そちらの人物のことは分からんが……五条家と同様に、東坊城家は菅原道真の子孫に当たる家柄のはずだ」
「!」
菅原道真の子孫。
じゃあ、美澄ちゃんと行動を共にしているその人物は御三家の人間ってこと? そんなわたしの疑問を兄さんは否定する。
「東坊城家は云わば分家、五条家とは親交もないはずだ。そもそも呪術師が生まれなくなって久しく、呪術師の家系としての東坊城家は酷く衰退したと聞いたが」
「…………」
兄さんもこれ以上は知らないようだった。
花房家当主代理として、呪術界に携わっていた兄さんでも知らないこと。
情報が圧倒的に足りない。
呪術師の殺害事件自体も、それに関わっているであろう人物のことも。
なら、どうするか。答えは簡単だ。
情報を集める。そのために……。
「兄さん、これから草木家に寄れますか」
「……当主である琉兵衛氏に伺いを立てよう」
「お願いします」
在藤兄さんの運転する車は方向を変え、わたしたちは草木家へ情報をもらいに向かった。
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草木琉兵衛氏からの許可を取り、わたしは草木家の地下にある資料室に入っていた。この場所に入るには草木家当主の許可が必要な上、外部の人間は同時に1人までしか入ることが出来ないという規則があるらしく、在藤兄さんは屋敷外で待機してもらってる。
だから、ここにいるのはわたしと、
「お久しぶりです、イチさん」
イチさんだった。草木家の家政婦さん……というよりは、この資料室の管理人といった方がしっくりくる。
「御無沙汰しております、雪様……いえ、花房家の当主様とお呼びした方がよろしいですか?」
「や、やめてください」
花房家に引き取られた後、何度かここには来ていた。在藤兄さんが咲人さんに会いに来る時にもくっついてきたもので、美澄ちゃんの部屋で遊ぶ時も、イチさんは部屋までお菓子をもってきてくれたり、色々なお世話をしてくれたりしたことをよく覚えている。
だから、幼い頃のわたしを知っているイチさんに今さらそんな風に呼ばれるのは、さすがに気恥ずかしい。イチさんもそれを分かっているようで、柔らかな笑みを返してくれる。イチさんといるとやっぱり安心するな。
「美澄ちゃん、最近元気ですか」
ふとそれを聞くと、彼女は少しだけ暗い顔をした。
イチさん曰く、わたしが当主になってからは一切帰ってきていないみたいだった。寮暮らしだからというのもあったんだろうけど、それ以上に、美澄ちゃんのお父さんーー琉兵衛氏が帰ってくることをよく思わなかったらしい。
等級が落ちたことで、美澄ちゃんへの評価が下がったんだろうとイチさんは悲しげに呟いた。
「……美澄様にお会いできないのは少し寂しゅうございますね」
「…………そう、ですね」
わたしから振った話だったけど。
イチさんの悲しげな笑みが見ていられなくなって、話を例の件に戻すことにした。
「そ、それでなんですが……」
「はい。旦那様からお話は伺っておりますよ」
イチさんの様子がふっと変わる。仕事モードに切り替わったのがわたしにも分かった。
イチさんは近くの本棚から何冊かのファイルを取り出した。流石はイチさんだ。その話をしたのはついさっきだったから、時間もそれほど経ってないだろうに、もう手元に用意してあるなんて。
「草木家で管理しています情報ですと、要田純氏が死亡した状況の詳細。それから東坊城家に関する資料がご用意できました」
「ありがとうございます」
イチさんからファイルを受け取り、用意してもらった椅子に座る。そのまま、わたしはファイルにある情報に目を通していく。
「…………」
要田さんの事件に関しては、やはり目新しいことは書かれていない。わたしが美澄ちゃんに連れ出されるまでの状況とも整合性はとれていて、今回の事件に繋がる何かはありそうもなかった。
……要田さんを殺したという呪霊は美澄ちゃんが祓ったらしいし、今回の呪術師4名の殺害とは無関係ってこと、かな。
「…………」
次に、美澄ちゃんと行動している東坊城天涯という人物、そのルーツとなる家系について、目を通す。
東坊城家。
現在、御三家と言われている五条家と同じく、菅原道真を祖先にもつ家系で、200年ほど前までは五条家と変わらない勢力を保っていたという。記述によると、その勢力の根底には東坊城家の相伝の術式が関わっているらしいけれど。
「イチさん、この東坊城家相伝の術式って……」
「はい。そちらはどうも東坊城家が秘匿したいものらしく、当時の資料にも情報が残っていないようです」
「そうですか」
種が分かると十分な効果を発揮しない術式なのか。
それとも、表に出せない類いのものなのか。
どちらにせよ草木家の資料室にないのであれば、他の場所にも恐らく残ってはいないだろうな。
とりあえず今の東坊城家に関する記載は……。
「……ん?」
読み進めるなかで、少し気になる記述があった。
東坊城家の現状に関すること。
ここ100年ほど、東坊城家に呪術師が生まれてこなくなったこともあり、呪術界においてその地位や発言力は衰退していた。けれど、今から28年前に、術式をもった子供が誕生しているようだった。その術式が相伝かどうか記載はない。その上、それは呪術界の要である高専等にも伝わっておらず、呪術総監部だけが知ることだとも書いてある。
その結果、東坊城家が呪術界での力を取り戻した、とも。
わたしはそれが気になった。
「…………それだけで家の力が戻るもの、なのかな」
いくら菅原道真の血を引く家系だからといって、たった1人、呪術師が生まれてきただけで、呪術界での力を取り戻すなんて、そんなことあるんだろうか? もし、それほどまでに優秀な呪術師ならば、在藤兄さんが名前を知らない訳はない。
それに東坊城家に術式をもった子が生まれてきたことを知るのが総監部だけというのも引っ掛かった。
「この記述が本当ならば、生まれてきた呪術師は今、28歳……たぶん、例の東坊城天蓋って人だよね」
今、美澄ちゃんと行動を共にしているその人がその人物である可能性はかなり高いと思う。
でも、生まれてきただけで家を復興させるような呪術師。そんな人がなんで美澄ちゃんを……?
謎は深まるばかり。だけど、わたしの直感が告げていた。
「はやく、美澄ちゃんに会わなきゃ……」
そうしなくてはならない。
そうしなくちゃ、何かが起こってしまいそうな気がした。
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