堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第22話 裁断欠如ー肆ー

ーーーー呪術高専・寮玄関ーーーー

 

 

反転術式による治療後、私はすぐに例の呪詛師『楽』の捜索に動き出していた。正直、今までは東坊城に言われて、調査をしていた節があった。だが、奴の目的を聞いた今、動かない訳にはいかない。

 

 

「草木さん、お待ちください」

 

 

寮から出ようとしたその時、玄関前で待っていた東坊城に呼び止められた。

 

 

「……なに?」

 

「反転術式を施したとはいえ、貴女の体はまだ治りきっておりません」

 

 

すぐに医務室へ戻るように、と東坊城は告げる。だけど、そんなわけにはいかないだろう。ユキが狙われてるというならば、そんな状況で医務室で休んでいる私なんてあり得ない。

それを東坊城に告げると、返ってきたのは意外な言葉だた。

 

 

「……その話なのですが、呪術高専及び総監部宛に、1通の手紙が届きました……いえ、犯行声明といってもいいでしょう」

 

「犯行声明?」

 

「はい。今までに殺された4人の呪術師の体の一部と一緒に今朝届いたのです」

 

 

悪趣味な贈り物。

それに同封された手紙にはこうありました。

 

 

 

「1988年4月30日」

 

「花房雪を殺し、奪った『堕雪』を以て、呪術高専に攻撃を仕掛ける」

 

 

 

「ーーっ」

 

 

一瞬、キレかける。だけど、どうにか押さえる。

耐えろ。今、必要なのは情報だ。

 

 

「……高専と総監部はどう動くつもり」

 

「花房家へこのことを伝令し、総監部への呼び出しをかけております。花房雪、花房在藤両名が揃い次第、通達をし、花房雪に護衛をつけるとのことでした」

 

「…………」

 

 

妥当な判断ではある。腐りきった総監部のことだから、そのままユキを放置するかとは思ったけれど、どうやら『堕雪』を顕現させずにコントロールできているユキを見殺しにはできないという考えか。

 

 

「……最終的には殺そうとしている癖に」

 

 

ボソっと呟いた私の言葉に、東坊城はなにも触れない。まぁ、こいつも『堕雪』を殺すことには賛成している人間だから何も言えないだろうが。

 

 

「それで、なのですが、草木さん。貴女はーー」

 

「ーー勿論、ユキの護衛につく」

 

「……ですが」

 

 

呪力も録に練れない状態では戦力にもならない。

そう言いたいんだろうが。

 

 

「力がないことはユキを守らない言い訳にはならない」

 

 

いざとなれば、盾くらいにはなれる。

だから、私はユキの側にいく。

 

 

「……分かりました。わたくしから話を通しておきましょう」

 

 

東坊城はため息を吐く。

その代わり、今は休んでください。

交換条件と言わんばかりに、それだけを告げて彼女は高専校舎の方へ向かっていった。

 

 

「…………仕方がないか」

 

 

わざわざ犯行声明を送ってきたんだ。4月30日というのは何か意味があるのだろう。なら、今はまだ襲ってこない可能性は高い。

東坊城の言うことをきくようで少し釈然としないけれど、今は体を回復させることを優先しよう。

そして、体が治ったらすぐにーー

 

 

「この結界を解く」

 

「そして、今度こそユキを守る」

 

 

 

ーーーー呪術総監部ーーーー

 

 

「花房雪、花房在藤両名をお連れしました」

 

 

総監部の遣いーー佐木先生に連れられ、わたしと在藤兄さんは呪術総監部にやってきていた。そこは暗闇に白い布が何枚か暖簾か何かのように立ててある空間。その向こうに呪術界を牛耳る存在がいる。

 

 

「……お初にお目にかかります。花房家当主、花房雪と申します」

 

 

白い布の向こう側にいるであろう人たちへ名乗る。

この人たちとはあくまでも通達を通してしかやりとりをしたことなかったから、これが初対面だ。とはいっても、相手の姿はこちらからは見えないんだけど。

 

 

「よく来た。花房家の」

 

「通達は送ってあるが、見たか?」

 

 

複数の白布から声がする。どれを見たものかいまいち分からなかったから、とりあえずは正面にある布へ返答する。

 

 

「はい。わたしが今受けている一級への昇級任務を『楽』という呪詛師の捜索と抹消とする。そう記憶しています」

 

 

隣に立つ在藤兄さんに少しだけ目を向けると、静かに頷いた。在藤兄さんから聞いた話だから確かなはずだ。

それを白布のひとつが肯定する。ただその後に、

 

 

「少々、状況が変わった」

 

「え?」

 

「……詳しくお聞かせください」

 

 

わたしより先に、在藤兄さんが声をあげる。それに答えるように、さっきとは別の白布が話し出した。

曰く。

今朝、呪詛師『楽』から呪術高専宛に荷物が届いたという。中には、わたしが追っていた例の事件で殺された4人の呪術師の体の一部は入っていた。それと1通の手紙。

「1988年4月30日」

「花房雪を殺し、『堕雪』を奪い、呪術高専を攻撃する」

手紙にはそう記されていた。

 

驚きではあった。

いきなりわたしを殺すなんて、青天の霹靂もいいところだったから。けれど、目的はわたしの命ではなく、内に宿る『堕雪』を奪うこと。

それを聞いたら納得してしまう自分が、少し嫌だった。

そんなわたしの心中は知らずに、話は進んでいく。

 

 

「4月30日までの間、花房雪、お前に護衛をつける」

 

 

護衛。

手紙の文脈から見るに、恐らく呪詛師側には『堕雪』を奪う算段がついているということだろう。それを防ぐための護衛だ。

嫌でも察してしまう。

これは殺させないためではなく、奪われないための護衛なんだ。

 

 

「…………」

 

 

少し複雑だけど、従うしかない。

いや、どちらにしろ護衛をつけてもらえるんだからありがたいよね。うん、そう思おう。

 

 

「本来であれば、呪術高専の敷地内にて、花房雪の身柄を預かるのが1番ではあるが、当主としての仕事もあるであろう」

 

「……ご厚情痛み入ります」

 

「勿論、こちらからも数人呪術師は派遣するが、その他、花房本家での護衛の任およびその人選については、花房在藤に一任する」

 

「はい。承りました」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「雪、大丈夫か」

 

「はい。驚きはしましたが、同時に納得もしました」

 

 

総監部からの呼び出しの帰り、高専の敷地内を兄さんと歩きながら会話を交わす。いつの間にか外は暗くなっていて、高専生どころか先生方の姿も見えなくなっていた。

 

 

「なぜわたしの命を、とは思いました。けれど、その狙いが『堕雪』ならば……腑に落ちます」

 

「…………」

 

「……ただ、わたしのせいで4人の呪術師の方が殺されたと思うと……」

 

「お前のせいではない。実際に殺したのは呪詛師だ。お前がそれに心を痛める必要はない」

 

「…………はい。ありがとう、ございます」

 

 

心はまだ晴れない。モヤモヤは残ってる。

ふと視界に遠くの寮の明かりが目に入って、彼女のことを思い出してしまう。

 

 

「美澄ちゃん……」

 

 

ポツリと言葉が溢れた。隣を歩く在藤兄さんにも聞こえないほどの小さな声だった。

 

さっきのことがあるまでは、会わなきゃって思ってた。

美澄ちゃんの周りで何かが起こってて、それがきっと任務にも関係してて、わたしが美澄ちゃんの助けにならなきゃって思ってたんだ。

 

なのに、今は違う。

会わなきゃ、じゃなくて、会いたいって思ってしまってる。

美澄ちゃんなら何て言うだろう。何て言ってくれるんだろう。そんなことが頭のなかをぐるぐると回ってる。

…………いや、いやいやいやいや、だめだ。

美澄ちゃんのことを守れるくらい強くなろうって決めたのに、どこかで美澄ちゃんに頼りたくなっている自分がいる。

こんな弱いわたしは美澄ちゃんに見せたくないのに……。

 

会いたい。

美澄ちゃんに心の内を全部話して、優しい声をかけてほしい。

会いたくない。

うじうじと迷ってる弱いわたしを見せたくない。

相反する気持ちがぶつかってる。わたしは一体どうしたら……。

 

 

 

ーーーー都内教会ーーーー

 

 

「集まった?」

 

 

『楽』と呼ばれたその呪詛師は、スーツ姿の女性に穏やかな口調でそう訊ねた。

 

 

「はい。4名ほど」

 

「4人か……思ったよりも少ないね」

 

「お言葉ですが、呪詛師は各々の思想で動いております。4名集まっただけでも上出来かと」

 

 

それもそうか。ありがとう、芹。

芹と呼んだその女性の言葉に納得したようで、『楽』は笑みを向け、感謝を伝えた。

勿体ないお言葉ですと、芹は深々と一礼を返した。その様子からも彼女が『楽』に心酔していることが見て取れる。

 

 

「さて、それじゃあ折角集まってもらった同志の顔を見ようか」

 

 

『楽』はそう言うと、礼拝堂へ繋がる扉を開けた。

中にいたのは3人の男と1人の女。入ってきた『楽』を見て、意外そうに凝視する者や興味なさげに視線を戻す者、目を輝かせる者もいた。

 

 

「三者三葉、いや、四者四葉かな……どちらにせよいいね。それでこそ呪詛師だ」

 

 

穏やかに笑う『楽』。

それに対して、1人の男が立ち上がり、『楽』に詰め寄った。その顔には怒りにも近い色が浮かんでいる。

 

 

「おい。お前が呪詛師界隈に今回の話を流した奴か?」

 

 

芹がその男を止めようとして、逆に『楽』に制される。ここは任せて、と言わんばかりに微笑む『楽』に芹は大人しく引き下がった。

 

 

「そうだね。ボクが君たち呪詛師に呼び掛けた。まぁ、正確には彼女に頼んで広めてもらったわけだけれど」

 

「はっ! 俺らを集めたような奴がどんな強ぇ奴か知りたかったんだがなぁ……こんなひょろい奴とは残念だ」

 

 

そういうと男は『楽』の胸倉を掴み、その体を持ち上げる。

 

 

「無礼者ッ!!」

 

「なかなかの膂力だ。呪力なしでそれとはね」

 

 

血相を変えて叫び臨戦態勢に入る芹とは対照的に、落ち着いた様子で『楽』は男の膂力を褒めた。

確かに男の力は並外れている。呪詛師界隈において、彼の名を知らぬ者はいないほどには。

生まれつきその身に備わっていた膂力で今まで歯向かってきた者、気に入らない者を病院送りにしてきた。呪術の世界に触れてからは、その膂力に呪力を上乗せできるようになり、人を殴り殺すことにおいて彼の右に出る者はいないと噂されるようになった。

彼の呪詛師としての強さの根底にあるのは力。力こそ彼が自分らしく自由に生きられる自信そのものであった。

 

 

「おいおい、もやし野郎! 何、余裕かましてやがる! 殺しちまうぞ!」

 

「このままでは話を聞いてもらえないね。それは……困ったなぁ」

 

「ハッ! なにをーー」

 

 

だから、想像もしていなかった。自分の腕が自分よりも圧倒的に体も小さく力も弱い人間に抑え込まれるなどとは。

 

 

「動かねぇ……!? 術式かッ!?」

 

「いや、ただの結界だよ。それよりも結界を解いたら離してくれるかな?」

 

「誰がッ!」

 

 

男はさらに激昂する。どうにも未だ落ち着いた様子の『楽』の姿が癪に触る。

今までそんな経験はなかった。どんな術式も結界も彼の力の前には無力で、そんな呪術師に遭う度に捩じ伏せてきたのだ。

だから、拘束されている手で殴って分からせる。結界など関係ない。力ずくで呪術を叩き壊す。男はいつもそうしてきた。

だが、

 

 

「そうか。残念だよ」

 

ーーボトッーー

 

 

『楽』がそう告げた次の瞬間に、男の腕が落ちていた。

痛みで叫ぶより前に男は激昂し、残った方の腕で殴りかかる。

その攻撃はーー

 

 

 

 

「……さて、話を進めようかな」

 

 

何事もなかったかのように、『楽』は話を進める。

その側で男の体が、鋭利で巨大な刃物で一文字に切り裂かれたかのように、ゆっくりとずり落ちた。みるみるうちに血溜まりが教会に広がっていく。

それには構わず『楽』はその上ーー息絶えた男の上を歩き、教会中央の祭壇で残った3人の呪詛師と芹に向き直る。

 

 

「今日は集まってくれてありがとう、同志諸君」

 

「君たちにも伝わってることと思う。ボクたちの計画は、花房雪を殺害し、『堕雪』を奪うこと。そして、呪術高専を襲い、壊滅させる」

 

「大丈夫。ここに集まってくれた同志である君たちとならやれるよ」

 

「そうして初めて、ボクたち呪詛師は自由になれる」

 

 

その言葉を聞いて、1人は笑い、1人は頷き、1人は恍惚とした表情を浮かべた。先ほどまでの『楽』という人物を見定めるような空気はもうない。

その場にいる誰もが『楽』の力を認め、その理想に賛同した。

 

 

 

「来る4月30日」

 

「ボクたち呪詛師は自由を勝ち取ろうじゃないか」

 

 

 

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