堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーーSIDE:C 寮裏側森林ーーーー
呪術高専の寮の裏手には森が広がっている。その森の中には、いくつかの『天元』とは別の結界が張られていて、侵入してくる者を感知する効果もある。けれど、今回の件で侵入者を感知したのは咲人の結界で、森の中の結界は機能しなかったらしい。
いや、東坊城曰く機能を停止させられていたようだ。
私の目の前にいる女によって。
「ここには誰もいないと踏んでいたのですが」
スーツ姿の女は落ち着いた様子でそう言った。その姿は決して呪詛師には見えない。イカれてはいないように見えるけど、おそらくそれはそう見えるだけ、なんだろうな。
「残念ながら2人も待機してるから」
「そのようですね。しかも、そちらの方は、五条家の人間でしょうか」
呪詛師は東坊城へ視線を向け、そう問いかける。
「いえ、わたくしは東坊城天蓋。五条家の人間ではありません。元を辿れば一緒ですが」
「東坊城……それでは貴女があの方が仰っていた呪術師。地位のために紛い物の『六眼』を作り続けている哀れな一族の娘ですね」
「否定はいたしません」
「そちらは……あぁ。あの方から聞いてますよ、我々が派遣した『呪詛返し』持ちにやられたという学生さん」
嘲るような表情、見下したような目。この女は私を完全に格下だと見ていた。
……まぁ、実際はそうなんだろう。今の私はただの準二級呪術師だ。私の数少ない武器である結界を無効化するような呪詛師相手ならば尚更、勝率は薄い。
「呪詛師の方」
「芹よ。あの方から頂いた尊き名前なのだから、こちらで呼んでほしいわ」
東坊城の言葉を否定し、女は芹と名乗った。
それにしても、さっきから女の会話に出てくるあの方って。
「あの男か女かも分からないボクっこ呪詛師のこと?」
「は?」
私の一言で、澄ましていたその顔が怒りの形相に変わる。
なるほど。それがこいつの地雷か。
「世俗的にあの方を表現するなッ!!!」
キレる女。これはいい。冷静さを欠いてくれれば、こっちも戦いやすいし。煽れるだけ煽ろ。
「あんなのに従ってるんじゃ程度も知れる」
「あ、あんなのォ……? 撤回しろッ!!」
「いや、撤回するも何も事実でしょ? あんな威厳も何もない奴にでも人を従えられるんだって思ったよ」
「あァァああァあァあぁぁ!? 撤回しろ、撤回しろ」
「ヤダね」
「撤回しろ撤回しろ撤回しろ撤回しろ撤回しろ撤回しろ撤回しろ撤回しろ撤回しろ」
怒りに震えながら、女は繰り返す。あの方と慕う人間を、あんなのと呼び、愚弄した私への怒り。そこに隙が一瞬見えた。
「隙あり」
ーーバギッーー
「がァっ!?」
不意打ちの一撃を顎へ。これで脳が揺れた。すかさず肩へ、喉へ、腹へと足技を当てていく。そして、最後に『廻』を纏った蹴りを奴の腹部へ食らわせ、奴をそのまま森の方へ吹き飛ばした。
「……草木さん。その戦い方どうかと思いますが」
東坊城の声は静かではあったけど、少し引いているのが分かる。
けどまぁ、相手は呪詛師だし。このくらいは卑怯のうちには入らないでしょ。
それに……。
「撤回撤回撤回撤回撤回撤回撤回撤回撤回撤回撤回撤回撤回」
「このくらいじゃ立ち上がってくるみたいだし」
森の方からぶつぶつと不気味に呟きながら、女が戻ってきた。
不意打ちだったこともあって、最後しか『廻』は使っていなかったから、起き上がってくるとは思っていたけど。
「草木さん、単刀直入に申し上げますが、恐らくあの方の術式は今の貴女では突破できないかと思います」
「……もう術式分かってるわけね」
「そうですね。この右目がありますから」
紛い物の『六眼』。
あの呪詛師の女はそう言っていた。
行動を共にするようになったこの1年間、東坊城からは『予知』のこともその眼のことも詳しくは聞いていなかった。正直興味もなかったし。
ただ、呪詛師の言葉を聞いて腑に落ちたこともある。
『六眼』なんとなく聞いたことはあった。呪力のロスなく十全に廻すことができ、見た対象がもつ術式すら看破する特異な眼。その『六眼』をもっているならば、私が隠している『輪廻復原』も見抜くことができる。
だから、東坊城は『輪廻復原』を知っていたってことなんだろう。
そんなことを考えながらも、東坊城との会話は続く。
って、なんだっけ……あぁ、あの女呪詛師の術式の話だったね。
「恐らく『再生』に類する術式かと」
「『再生』……どの程度?」
「相当のものでしょう。外傷だけでなく体の内側も瞬時に治る程度には術式効果は高いようです」
「『廻』では無理、倒しきれないってこと?」
「はい」
私の問いに力強く頷く東坊城。
嫌なお墨付きを貰ってしまった。今のお前では倒せないと。
可能性があるとすれば、東坊城が私に張った結界ーー『縛り』を壊すことだろう。それが唯一の活路。
「ごちゃごちゃとウルサイっ!! 撤回しろッ!!」
「!」
話しているのを待ってくれるほど理性的ではないようで、会話を遮るように、ヒステリックに叫びながら女が飛びかかってくる。それに合わせて、
「『廻脚』」
ーーギリギリギリギリーー
カウンターの要領で『廻脚』を奴の顔に叩き込む。
手応えあり……だけど、女は止まらない。廻る呪力で顔を抉られながらも、勢いが落ちていない。見れば、抉られながらも瞬時に回復……『再生』しているのが分かる。
「っ」
ーーブンッーー
このままでは押し切られる。そう判断した私はその足で奴を吹き飛ばした、はずだったんだけど。
「撤回しろォォォ……!!」
吹き飛ばされると悟ったならば、普通の人間は飛ばされる方向へ力を逃がすはずだ。だけど、女はそれとは逆。私の足に自らの体を捩じ込み、わざと体を破壊させた。蹴る対象からの反発がなくなったことで、体勢が崩れる。
ーーブンッーー
そこへ呪力を帯びた拳。その一撃は的確に私の顔を狙ってきてて。
「っ」
ーーギンッーー
咄嗟に張った極小の結界がその間に入り、勢いが止まる。ただ、さっきのことを考えるに、奴はこのまま自分の拳が壊れることも厭わず殴り続けるだろう。ただでさえ急拵えの結界だ。壊れるのも早いはず。
私はすぐに『廻』を乗せた足で距離を取った。
「見た目の割に、力業な戦い方なわけね」
一見すると、理知的だから性質が悪い。
「草木さん」
「なに? こっちは忙しいんだけど」
「あの方の『再生』……ほとんど発動に呪力を消費していません。つまり……」
戦闘中、ずっと東坊城は女の呪力の流れを見ていたのだろう。その上での言葉。
ほぼ無限に『再生』し続ける術式だと、東坊城はそう言った。
さらに戦い方を変えるべきだと、進言してくる。
「時間を稼ぐことを優先するべきです。『楽』を抑えているお二人はともかく、幸いなことに総監部の呪術師も来ています。彼ならば恐らくすぐに呪詛師を倒し、こちらへ駆けつけてくれるでしょう」
「…………」
時間を稼いで、佐木に託せ。
……まぁ、確かにその方が安全だ。佐木は強い。今の私とは比べ物にならないほどには強いから、この女を相手にしても突破口を見つけ出し勝つだろう。
けれど、
「それじゃあ、私はこのままだ」
私が東坊城の話に乗ったのは、強くなる必要があったから。3年間で『堕雪』を私だけで殺せるようになるためだ。そのための結界、そのための鍛練だった。
目の前の呪詛師は倒せないから、応援を待ちましょう?
他の呪術師に任せましょう?
そんなことは『その時』には許されない。やるしかない。
……いや、私がやるんだ。
「…………」
「草木さん……ここはわたくしの提案に乗ってーー」
「ーー乗らない」
「!」
「私にしか『堕雪』は倒せないんでしょ? ここで引いたら今までと何も変わらない。変われない」
「っ……そ、それはそうですが……今はその時ではありません。貴女はここで死んではいけないんですっ」
声を張る東坊城。
彼女らしくないその様子が、私が思っているよりもずっと厳しい戦況であることを物語っている。
確かにその時ではない。
けど、
「こいつらはユキを狙ってる。殺そうとしてる」
「そんな連中相手に勝てないなら、きっといつになっても勝てない。このまま、負け続けるままだ」
ユキを守るために。
自分の力で『縛り』の結界を壊して、ユキを狙う目の前の
「っ、ですが!」
「止めても無駄」
「っ」
まだ反対して来ようとする東坊城に、それだけを告げ再び構える。
女の様子を見ると、体の『再生』は完了し、再び元の姿に戻っていた。それどころか、その手にはどこから出したのか長刀が握られている。
「それ、どこから出したわけ?」
「……背骨にしまっておりましたので、先ほどそちらが話している際に引き抜いておきました」
女は少し冷静さを取り戻しているようで、静かにそう答える。私と東坊城の話を聞いていたのだろう。
「そちらは私の『再生』を突破できないと聞きました」
「なら、そんな物騒なものしまえば?」
「その割にはあなたが随分と落ち着いて見えたものですから」
さっきまでのキレてた方がやりやすかったな。でも、落ち着いてしまったなら仕方がない。それならそれで戦うだけだ。
「草木さん!」
「っ」
東坊城の声でどうにか躱せた。決して集中してなかったわけではない。けど、気付けば目の前に女が持っていた長刀の切先があって。
「いい反応ですッ」
ーーブンッーー
そのまま横に長刀で薙ぐ女。どうにかそれも伏せるように回避する。短刀や小太刀と比べて圧倒的に長い長刀での一閃は隙が大きいはず。私は瞬時に女の足を払った。狙い通り、女が宙に浮く。
ここへ逆足で奴の顎を揺らせばーー
ーーザクッーー
地に刃物が刺さる音がした。直感的に分かった。体が地から離れ、制御権を失う前に地面に長刀を突き刺したんだ。これで奴は長刀を軸に動けてしまう。
ーーバギッーー
「がっ!?」
それに気付いた時にはもう遅い。顔面に一撃を喰らってしまう。そのまま着地した女は、私の首を掴んで持ち上げる。
っ、息がっ!?
「無様ですね。学生さん」
「っ、あぁッ」
「この状況でまだこちらを睨む余力があるとは……」
憐れむような表情。格下に見られているのがありありと伝わってくる。
「さぁ、学生さん。撤回なさい。あの方を愚弄したことを」
「っ、ッ」
首を絞めている手から逃れようとどうにか力を込める。けれど、呪力で握力も強化しているのかびくともしない。
「……まだ反抗をするのですか。愚かな……」
愚か? 愚かなのはそっちだろう。
ユキのことを『堕雪』の器としか見ない愚か者。ユキを殺そうとする愚か者。本当に
「……っ」
「……あぁ、このままでは話すことができないのですね」
女はそう言うと、掴んでいた手をパッと放し、私は地面に音を立てて落ちた。何度か咳をして息を整える。その間も女はとうとうと話し続けている。
「悲しいものです。先ほど話しているのを聞くに、あなたは余程、『堕雪』の器に執心しているように見えます。愛していると言っても過言ではないんでしょう」
「…………」
「人を愛する。それ自体は素晴らしいことです。私もあの方を深く、深く愛していますから!」
「…………」
「しかし、あなたは愛する対象が『器』。こんなにも悲しいことはない。愛する相手を間違ってしまったのですね……そう考えれば悲しい人です」
「…………」
「あぁ、そうです! もしあなたが先ほどの発言を撤回し、あの方を信仰して、『堕雪』の器を差し出すというのならば、あなたの命は助けてもかまいません。あなたならば『堕雪』の器に警戒されずに近づけるのでしょう?」
「…………」
「あの方には私から話をしましょう。寛大なあの方のことです、きっと分かっていただけます!」
勝手なことを、ペラペラと口にする女。
同情と嘲笑。そして、頭のおかしい提案。
反吐が出る。
「…………」
「答えは?」
「…………」
「……まぁ、いいでしょう。このまま、あなたとそこの東坊城を殺し、あの方に合流いたしましょう。きっとあの方は褒めてくださる……それほどまでに嬉しいことはありません」
恍惚とした表情で、女は話し続ける。下らないことを話し続ける。
でも、そうね。「もういい」というのは同意見。これ以上は時間の無駄。
「ねぇ」
私は女に声をかける。
こいつに告げる言葉はひとつだけだった。
「ありがとう」
きっと、その時の私は笑顔を浮かべていただろう。
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