堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー東坊城天蓋視点ーーーー
「ありがとう」
草木さんが芹と名乗った呪詛師へそう言い放つ。
その表情は、背筋が凍るような空っぽな笑み……いえ、笑みというのは正確ではないでしょう。一言では表せないほどに感情の渦巻いた表情でした。
それと同時に、彼女から呪力が溢れ出す。赤黒い呪力。
「うッ……!?」
咄嗟に顔を伏せて正解でした。あのままこの右眼で見続けていたら、嘔吐してしまいそうな呪力でしたから。
しかし、わたくしが施した『縛り』なのですから、見届ける義務がある。どうにか顔を上げ、草木さんと芹へ目を向けます。
「っ、その呪力……!?」
芹もそれの異質さには気付いたようで、草木さんから大きく距離を取っていました。
「今までとは違う、いったい!?」
叫ぶ芹に、草木さんは話し始める。
「今まではあいつに呪力が組めないように制限されてたんだよ。私の呪力を底上げするために」
「呪力の制限……?」
「そう。一定以上の呪力を練ることができないという『縛り』の中で、その一定以上の呪力を練る。そんな矛盾した『縛り』を」
ーースッーー
彼女はそう言うと同時に姿を消しました。恐らく呪詛師には見えていないでしょうが、わたくしの眼には見えています。あれはただの呪力による脚力の強化。つまり、今までとやっていること自体は変わりません。ただ、その練度も強度も桁違いで。
ーードスッーー
「ーーッ!?」
気付いた時には蹴られていた。
芹にはそう感じることしかできないでしょう。それほどまでに彼女の呪力は上がっている。
呪術師の成長曲線は必ずしも緩やかではありません。
そもそも素質は十分でした。けれど、彼女はきっかけを掴めずに、この1年間、呪霊や呪詛師に負け続け、傷つき続けました。
そのきっかけが今、与えられた。
それで、彼女に課した『縛り』が、彼女の箍が外れた。
「は、はぁっ……ふぅっ!?」
内臓を抉られるほどの一撃でも、芹は一瞬で『再生』していました。ただ、その速度は先ほどよりは明らかに遅い。彼女が息を切らしているのが何よりの証拠です。
「草木さん」
「…………」
わたくしの声は、届かない。いえ、わたくしが言わずとも彼女は理解しているのでしょう。
彼女は静かに、語り出します。
「私の術式は『廻』じゃない。あれはただの癖みたいなもの」
「! なら、あなたの術式は……」
芹に答えるように、草木さんは掌の上に小さな立方体の結界を展開した。その中にはいつの間にか、赤黒い臓器ーー脳幹が現れていて、その結界を解くと同時に、脳幹は彼女の手の中に入り、
「本当の術式はーー」
ーーグチャッーー
「ーー『輪廻復原』」
握り潰した。
彼女の右手から夥しい量の血が滴り落ちていく。それは臓器を潰した程度で出るような血液量ではなく、まるで人間1人から抜き取ったかのような量でした。それは見る見る形を為していき、やがて1人の男性の姿になります。
くたびれたスーツ姿でところどころ白髪の交じった黒髪の男性。どこにでもいそうな方でした。
ただし、その両目には本来あるはずの眼球が入っておらず、ただただ暗い空洞があるだけです。
「その男が……あなたの、術式……?」
「当たらずとも遠からず。『これ』はこの男の残骸だ」
「発動条件は、生きている状態の人間から取り出した眼球か脳幹を私が壊すこと」
「術式効果は、破壊した部位の持主を、人格を排除して、術式だけを残した骸人形として蘇らせること」
「これが私の『輪廻復原』」
術式の開示が終わると同時に、芹の長刀が骸人形の首を飛ばしました。不意打ちの一太刀でした。
「これでいいのでしょう!?」
そのまま彼女は草木さんに距離を詰めます。草木さんはそれに対して防御体勢も取らずに、
「殺った!」
ーーブンッーー
長刀が彼女の体を二つに切り裂こうとしたその瞬間、
ーーキィィィィンッーー
金属音が響く。
それは芹が振るった長刀と草木さんの目の前に突如現れた小刀が交わる音。離れた所から見ていたから分かります。草木さんを守るように現れた小刀は、あの骸人形が作り出したものでした。
「どこから!?」
「『あれ』が放った。えぇと……『構築術式』だっけか、それで作って飛ばしたみたいだね」
「みたい!?」
骸人形には意志も命もありません。ただ術師を守るように設定されているだけの存在。腕を飛ばされても、足を切られても、頭を落とされても、術式が使える限りは動き続ける。
「っ」
「あっ」
突然のことに動揺していたようで、芹は隙を見せ、そこへ草木さんは右手を伸ばします。その右手は気付けば、芹の目の前、眼前へと迫っていてーー
「隙あり」
ーーグヂャャャァッーー
ーー左目を刳り貫く。
それは彼女がよくする行為なのでしょう。慣れた手付きで、視神経をブチブチと千切りながら、その眼球を引摺り出しました。
「あァあァぁぁあぁぁ!?!?!?」
叫び声をあげる芹。その様子に、痛みは感じるんだと少しだけ驚いたように呟く草木さん。その光景を見て、私は少し恐怖を感じます。同時に安堵。この方が呪詛師でなくてよかった、そう感じてしまいました。
「どうせこれも『再生』するんでしょ」
「っ、あぁ……はぁっ……」
左目を押さえ、苦悶の表情を浮かべながらも、草木さんの言う通り、『再生』の術式をもつ彼女の左目は治っていました。
「やっぱり」
「……はぁ、はぁ……確かにその術式……数を揃えられてしまっては面倒ですが、私には『再生』があります……」
そうです。だから、わたくしは草木さんに進言しました。彼女を殺すのは不可能で、総監部の呪術師を待つべきだと。
しかし、状況が変わりました。
『輪廻復原』が使える今の草木さんならば、関係がない。
「『輪廻復原・自壊』」
ーーグチャッーー
握り潰したのは、つい先ほど引摺り出した左目。
それもまた形を為していく。そして、そこには『芹』が出来上がっていて。
「は、はは……私の人形……? そんなもの増やしたところで私は『再生』し続けるのよ!!」
「……言い忘れてた。骸人形は私を守るように動く。だけど、その骸人形が、原型となった人間を確認すると、骸人形は違った行動を取り続ける」
「それはーー」
ーースパッーー
芹の言葉を待たずに、骸人形は動きました。
『構築術式』で作られた小刀で、芹の頭を切り落として。
「っ、だから、くどいのでーー」
ーースパッーー
また殺す。
また『再生』する。
殺す。
『再生』する。
その繰り返し。
「骸人形は自分と同じ存在を許せないみたいでさ。死ぬまで殺し続けるんだよ」
「その術式『再生』も少しは呪力を使ってるんでしょ? なら、いつかは『再生』できなくなる」
「それまで自分に殺され続けてなよ」
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わたくしが見た未来。
花房雪を呑み込み、完全に受肉した『堕雪』。それを殺し得る人物をわたくしは探していました。
その可能性があるのは彼女ーー草木美澄と彼女の術式『輪廻復原』のみ。彼女の術式は『堕雪』をも殺し得る。
……ただ、実際に彼女の『それ』を目の当たりにして。
そのおぞましい術式を見てしまって。
この方を本当に育てていいのでしょうか。
そんな不安が心を蝕み始めているのを、わたくしは見ない振りをしました。
これがきっと正解だと言い聞かせるように、わたくしは彼女に笑みを向けたのでした。
ーーーーSIDE:A 呪術高専中央参道ーーーー
「咲人、こちらは片付いた」
呪詛師の男を倒した在藤は咲人へそう告げた。それに答えるように、咲人は呪詛師『楽』を拘束していた結界を解く。
「おいおい、ずいぶん時間がかかったなぁ、在藤」
「狭い場所では術式が十分に使えんからな。体術のみではこんなものだろう」
手についた血と瓦礫の破片を払いながら、在藤はそう言う。それを脇目で見た咲人はニヤリと笑い、彼の肩に手を置いた。
「じゃ、やろうぜ、在藤」
「本来であれば合流すべきだろうが、仕方あるまい」
2人の様子を見て、『楽』は困ったように笑い、そして、呟く。
「2対1」
「これじゃあどっちが悪者か分からないね」
その笑みは崩れない。
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『輪廻復原』は倫理的にまずい術式です。