堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
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1988年6月28日。
呪詛師『楽』改め、草木福濁から音沙汰はなく、あの日から1ヶ月以上が経過していた。
花房圭・優親子が草木家に来たり、咲人が草木家当主になったりして、環境が変わってきている。私も東坊城の『縛り』を突破したことで、本来以上の呪力を手に入れていた。
勿論、イチさんや東坊城の権限を使って、草木福濁の所在を掴もうとしているけれど、さっぱり掴めず苛立ちが募る。
唯一の救いは、毎晩かけ続けている電話ごしに、ユキが無事だと分かること。ユキが無事ならば、状況はまだマシだ。
でも、いち早く助けなきゃ。
そして、いつもの平和な日常を取り戻すんだ。
それが私のやるべきことだから。
ーーーー✕✕✕家跡地ーーーー
私が草木家に引き取られ、呪術師としての任務で得た給料で買った土地。
それがこの✕✕✕家跡地。
都内であるにも関わらず、坪当たりの値段が格安なのは、この土地が曰く付きであるからだろう。娘のみを残してこの家に住む一家が惨殺されたという事件の結果としての曰くが。
……まぁ、だから私でも買い取れたんだけど。
「久しぶりだ」
元々あった住居自体は取り壊され、今はプレハブ小屋がポツンと建つだけの土地を見て、私は呟いた。
学生服に閉まってある鍵を取り出し、その小屋を解錠する。なんの変哲もない内装。その中央に置いてあるちゃぶ台だって、近くの寺から貰ってきたものだ。
その下、ちゃぶ台をどかして簡素な床板を外す。そこにあるのは見慣れたやけに古びた隠し扉。ここから地下へ繋がっている。
「…………鍵穴、少し錆びてる」
床下にあることもあって湿度やらなにやらで錆びやすいんだろう。しかも、ここ1年ほど……私に『縛り』が課せられてからは来ていなかったから当然と言えば当然か。
少しは掃除でもしておけばよかったなと思いつつも、軽く鍵穴を磨いてから、その扉を持ち上げるように開いた。
地下へ続く階段を、一段一段下がっていく。体感で2階分の階段を下り終えると、そこには少し広い空間が広がっている。梅雨も明け、夏に近づいているこの時期にも関わらず、肌寒い空気を肌で感じた。空調もちゃんと働いていて、一安心だ。
「1、2、3……3体か。この間、一つ使っちゃったからなぁ」
呪詛師を殺すために使った『構築術式』の術師を除いた3体の呪術師の残骸がそこには保管されている。どれも私が集めた駒。
多少蒐集癖の気がある私にしては少ない数だった。それほどまでにこの1年の『縛り』はきつく、蒐集はできなかったんだ。
とはいえ、3体とも『あいつ』を倒し得る力はない。その上現状、草木福濁と名乗る呪詛師を殺すために使えるほど、数に余裕があるわけじゃない。
『輪廻復原』の骸人形は使い捨て。
とすれば、今やることはひとつだ。
「草木福濁を殺すための骸を集めなきゃ」
勿論、ユキから『あいつ』を分離する手段も探しながらだ。それが私の目的なのだから。
その後、私はその空間に張られている結界の点検を済ませ、小屋を出たのだった。
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小屋から外に出てきた私は、気配を感じて立ち止まる。
この気配は……。
「『五条』」
その気配の主の名前を呼んだ。
「お久しぶりね。1年ぶりかしら」
「…………こんなところにまで現れるとは思わなかった」
「本当は高専で接触できればよかったのだけれど。生憎、一度侵入したせいで警戒されているでしょうから」
「? ここに何しにきた」
この1年間、この女は私の前に姿を見せなかった。それがこのタイミング……ユキが連れ去られたタイミングで現れた。前回と今回、共通項はユキの危機という点だ。なら、恐らくだけど、こいつはユキに関わるなにかを私に伝えにきた。そう考えるのが自然だろう。
私の考えを読んだかのように、『五条』は頷いた。
「ご名答よ。私は草木福濁の情報を伝えにきたのよ」
「……なんでお前が知ってるんだ」
そう訊ねると、当然の疑問ね、とだけ返される。私の質問に正対するつもりはないらしい。なら、情報をいただくだけいただくとする。正藤の時もこの女の情報は正確だったわけだし。勿論、完全に鵜呑みにするわけにもいかないけれど。
「あいつはどこにいる?」
「何処にいるかは知らないわ。ただーー」
「ーー近いうちに貴女に接触してくるのは確かよ」
「それは…………私を奪うため?」
「本当に、察しがよくて助かるわ」
1ヶ月と少し前、草木邸に侵入した福濁が咲人に語ったこと。
私の体を奪い『生き返る』。
もし奴が本物の草木家の源流ーー当の昔に死んでいるはずの人間だったとしたら、何らかの方法で死を逃れ、さらには『生き返ろう』としているってことだ。生き長らえている理由は分からない。ただ『生き返る』って方に関して言えば、あり得ないとは言い切れない。
私の術式『輪廻復原』ならば可能性はあるのだ。
骸人形として呪術師を甦らせることができるならば、その先も……。
つまりはそういうことだろう。
「いつ接触してくるかは分からない。草木福濁の気分次第といってもいい」
「……来るって分かっただけでも十分」
「そう。くれぐれも気をつけてね。そして、あの娘を守って」
「言われなくてもそうする」
「その言葉を聞けて安心したわ」
あの娘。
それがユキのことを指しているのは分かった。
こいつは本当になんなんだ。ユキの関係者? でも、花房家にこんな人間がいるなんて聞いたことがない。ただの呪詛師だと自称する身元も分からない人間だ。
…………ただひとつ、心当たりみたいなものはある。こいつの雰囲気がどこかあいつに似ていて、しかも、その左眼は、
「『六眼』」
「……そうね。紛い物だけれど」
紛い物の『六眼』。
そのフレーズに私は聞き覚えがあった。いや、これは確信に近いもの。だから、私はそれを問う。
「あんた、東坊城天蓋って知ってる?」
紛い物とはいえ『六眼』の左眼と右眼をもつ2人の女。それに初めて東坊城を見たときの既視感も含めて、私にそうだと訴えかけている。
私の質問に、『五条』は少し黙って、そのあとで口を開いた。
「知ってるわ。双子の姉妹ですもの、妹のことを知らないわけはないでしょう」
「……やっぱり」
「まぁ、『六眼』もちなんて滅多にいない上に双子。そんなの答えを言っているようなものね」
そう言って、『五条』は笑う。
「私の本当の名前は……」
「?」
「いえ、止めておきましょう。そもそも貴女にとって私の名前なんて興味はないでしょうけど」
「そう」
その通り。私のことをよく分かっているようだ。
別にこの女の名前を知ったところで、私には何の感慨もない。ただの事実の確認程度の認識だ。
これ以上は特に話すこともなかったようで、
「そうね……あとは彼をーー草木福濁を倒した後にでも、ゆっくり話しましょう。その時に私の名前を伝えるわ」
『五条』はそう言って踵を返した。ヒラヒラと手を振りながら、彼女は去っていく。
「…………」
なぜかは分からない。けど、その背中を見て、私はそれを問いかけたくなった。
「あんたはユキの味方でいいのよね」
頷く『五条』。
じゃあ、
「私の味方?」
「…………」
私に背を向けたまま、彼女は立ち止まり、静かに答えた。
「いいえ、貴女の敵よ」
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