堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第32話 呉越同舟ー壱ー

ーーーー草木家・大広間ーーーー

 

 

「来た」

 

 

『五条』との会話の3日後、夜の11時、その時はやってきた。

草木邸に張った自身の結界に反応があったようで、咲人は一言だけ告げる。

 

 

「人数は?」

 

「……1人」

 

 

私の質問に短く返す咲人。

この状況で結界を張ってある草木家に入り込む人間など草木福濁くらいしかいない。『五条』の話を信じるのならば、恐らくもう1人の『陰絵』とかいう呪詛師も近くにいるはずだ。

 

 

「場所は?」

 

「中庭だな」

 

「中庭?」

 

 

草木邸は入り口のホールから伸びる左右2つの廊下が大広間に繋がるようにできている。そして、左右それぞれの廊下の中央に中庭が広がっていた。だから、急に中庭に現れるなんて……。

 

 

「奴の言葉を信じるなら、相手は草木福濁……俺たちのご先祖様だからな。隠し通路のひとつやふたつ、知っててもおかしくはねぇよ」

 

「…………」

 

「中庭で挟撃だ。いいな」

 

「異存なし」

 

 

確実に倒すためなら、咲人との共闘もやむなしだ。中庭での挟み撃ちのために、私と咲人はそれぞれ広間から出て、廊下を私は左に、咲人は右に移動する。

 

 

 

ーーーー左通路ーーーー

 

 

中庭に繋がる扉の前に、見慣れない薄暗い色をした結界が目に入った。この呪力の感じは……草木福濁のもの。つまり、それは敵の仕掛けに間違いない。

なら!

 

 

「『廻』!!」

 

 

先手必勝。私は呪力を廻した脚でその結界を蹴り抜いた。

結界はいとも簡単に割れる。防御用じゃない。これは恐らく何かを入れておくための結界だ。

 

 

ーーガシッーー

 

 

私の予想は当たる。

攻撃を受け止めた人物は小柄な老人。前の戦いにはいなかったであろう呪詛師だ。

 

 

「ハハッ、いい攻撃じゃな。じゃがーー

 

 

 

「邪魔ッ!!」

ーーバギッーー

 

 

逆足での一撃は老人の首を捉え、老人は白目を向いて倒れた。

呪力量はそれなりだけど、小柄ながら『廻』の攻撃を受け止めたことからもそれなりの術師だったんだろうことは予想できる。だけど、今の私の敵じゃない。

私はそのまま中庭への扉を開けた。

 

 

 

ーーーー右通路・咲人視点ーーーー

 

 

「……なるほどな」

 

 

俺の目の前にいるのは、着物姿の女。『陰絵』と呼ばれていた草木福濁の腹心であろう女だった。

前はいきなり戦闘に入ったせいでその容姿をじっくりと見る機会がなかったから改めてその姿を見る。

日に当たったことがないかのような真っ白な肌と腰まで伸びる艶やかな黒髪。まるで職人が仕上げた一点ものの日本人形……芸術品のような美しさだ。いい女であることは間違いねぇ。

目を閉じ、静かに佇むその姿は、神聖さすら醸し出していた。

 

 

「あんたが俺の足止めって訳か」

 

「…………」

 

 

俺の問いに彼女は答えない。

 

 

「なぁ、『陰絵』って言ったか? なんであんたみたいないい女があの呪詛師に付いてるんだ?」

 

「…………」

 

「あんたの術式『十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)』……禪院家相伝の術式だろ。禪院家との関係は知らねぇが、そいつがあれば呪術界での地位は保証されてるも同然のはずだ」

 

 

なのに、なんであんな奴と組んでいるのか分からねぇ。

 

 

「…………」

 

「無視かよ……まぁ、いいさ。いつもならあんたみたいないい女、口説かない訳がねぇんだけどな。状況が状況だ」

 

 

扉の向こう側、中庭には奴がいる。俺の親友の命を奪った草木福濁がいる。

だったら、少々強引にでも押し通るしかねぇ。

 

 

ーーググググッーー

 

「防御しろよ?」

 

 

「…………」

 

ーードゴッーー

 

 

拳に呪力を流し放った一撃。

それは彼女によって呼び出された『それ』に止められていた。いや、手応え自体はあった。彼女の術式である式神を破壊した感覚だ。

だが、『それ』はまだいる。兎のような姿をした『それ』は消えるどころか増え続けているように見えた。

 

 

「ーー『脱兎』」

 

「チッ、時間稼ぎか!」

 

 

数十羽はいるであろう兎は、俺の視界を奪うよつに俺の周りを囲う。目眩ましと壁の役割なんだろう。一羽一羽は弱いが、如何せん数が多い。こいつは、

 

 

ーーバシューー

 

「面倒、だなっ!」

 

 

祓っても祓ってもキリがない。

俺をここに足止めし、草木福濁と妹が対面する時間を少しでも稼ぐこと。それが恐らく彼女の役目なんだろう。

 

草木家の資料室に置かれている情報には、御三家の一角である禪院家相伝の術式『十種影法術』に関するものもあり、彼女の術式に当たりをつけた時点で、それについて調べてはいた。

最初に『玉犬』と呼ばれる式神が術師に与えられ、それを使い、他の式神を調伏していく。つまり、その術式をもっている時点で、『脱兎』よりも攻撃に向いているという『玉犬』は保有しているはず。

にもかかわらず、攻撃用でもない『脱兎』を使っているのは、つまりそういうことなんだろう。

 

 

「主様からはあなたをここで足止めするよう仰せつかっています」

 

 

俺の推察を肯定する『陰絵』。それを隠すつもりもないようだ。『脱兎』で着かず離れず時間一杯まで鬼ごっこ。制限時間は草木福濁が何らかの手段であの妹様を使い、『生き返る』までってことか。

 

 

「あなたは結界術に特化した術師。1人ならば恐れることもないと、そう聞いていますので」

 

「はっ、あんたのご主人様は俺を嘗めてる訳だ」

 

「…………」

 

 

事実、奴が在藤にかけた結界を俺は壊すことができなかった。戦闘中に分断した結界も、在藤を死に至らしめた結界も。だから、奴は俺をその程度の術師だと評価している。自分の腹心で事足りると判断した。

…………そういうことだろうな。

 

 

「まぁ、否定はしねぇさ」

 

「あなたは取るに足らない呪術師だと認めるのですね」

 

「あぁ」

 

 

そうだ。

俺は1人じゃ弱いんだよ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

俺はずっと在藤と共にあった。

あいつと任務をこなし、あいつと昇級し、あいつに従うような戦い方をしていた。依存にも近いそんな関係性だ。

 

「お前はもっと強いんじゃないか」

 

不意にあいつから投げられた言葉を思い出す。

そんなことはねぇよって、あの時はそう答えたっけな。

 

俺はさ、在藤。

お前と一緒に戦えて楽しかったんだ。

お仲間が簡単に死んでく、こんなクソみたいな世界で、お前と肩を並べて死の恐怖を越えていくことが楽しかったんだよ。レベルの高いお前に合わせるために、自分の限界を無理矢理引き出してる時が、どんな女といるときよりも生を感じられた。

 

 

「圭と優を頼む」

「愛する妻と息子を頼めるのはお前しかいない。頼む」

 

お前の最期の言葉、笑えるぜ。

お前が、お前みたいなすげぇ奴が最期に頼るのが、こんな女好きの下衆野郎ってことによ。

 

正直な話。

お前が死んだ時、俺はもう何もかもがどうでもいいと思った。

もうお前はいない。それを考えただけで、自分の生きている意味が分からなくなって、もう死んでしまおうかとさえ考えた。

でも、それはできなかった。その度にお前が託してくれたものを見て、思い止まったんだよ。

お前に託されたものがどんなに重いものか、分かっちまったから。

 

 

「私は圭にも優にも幸せになってほしい。『呪い』なんてものに脅かされない世界で」

「だから、私は祓い続ける」

 

あまっちょろい考えだ。『呪い』に関わる人間の最期がどれほど凄惨かあいつは分かっていたはずだ。その上で、家族を作ったろうに。

 

「それでも私はーー」

 

……あぁ、分かってるよ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「なぁ、あんたが言った通り、俺は1人じゃ弱いんだよ」

 

「…………」

 

「結界を張るしか能がねぇ、そんな呪術師だ。その上、俺が戦う理由なんて楽しいからってだけだ。誰かさんみてぇな大層な理由は持ち合わせてねぇ」

 

 

在藤が言った他人のためにだとか、家のためにだとか。

そんなものが自分の力になるなんて下らねぇ。それは今でも思ってる。

だけどな、分かっちまった。

自分が楽しむために戦ってた、そう思ってた。

だが、俺はいつの間にか俺を信じてくれるお前のために戦ってたんだってよ。

だから、

 

 

「生憎、託されちまってんだ。2人分の命を」

 

「俺の大事な人間の、大事な2人の命をよ」

 

 

呪力を開放する。

同時に、自分とその周りにいるすべての式神を囲うように結界を展開した。

 

 

「…………『脱兎』を閉じ込めましたか。ですが、そのままではあなた自身も出ることができません」

 

 

その通り。

だけど、結界術はただ閉じ込めるだけじゃないんだよ。

 

 

「『転移結界』って知ってるか?」

 

「転移……?」

 

「あぁ、結界から他の結界へ結界内の対象を転移させるものだ。こうやってーー」

 

 

 

ーーバシューー

 

 

 

「ーーなッ!!」

ーードスッーー

 

「がっ!?」

 

 

俺の放った拳は、『陰絵』の背中を捉えていた。

 

 

「っ、なに、を……」

 

 

よろけながらも後退る『陰絵』。

理解できないだろうな。自分との距離があった俺が一瞬で、目の前に現れるそのカラクリは。

ただ、答えはもう告げている。術式の開示は済んでいる。

 

簡単だ。

俺の展開した結界は3つ。

1つは俺自身と『脱兎』を閉じ込めた『耐呪』。

1つは俺だけを囲うように張った『転移』。

そして、感知されないほどに薄い呪力で、『陰絵』の背後に作ったもう1つの『転移』。

つまり、『転移結界』による自身の移動。

 

 

「すまねぇな。あんたみたいないい女を痛め付ける趣味はねぇからよ。次でーー」

 

 

ーーバシューー

 

 

「ーー終わりだ」

 

 

今度は上空へ転移する。そのまま『陰絵』の脳天へかかと落としを喰らわせた。

崩れ落ちる『陰絵』。

 

 

「……こんな、結界の使い方など……」

 

 

術師自身の転移など危険でないはずがない。

だが、リスクを負ってでもやらなきゃいけねぇことがあんだよ。

 

 

 

「俺らしくもねぇけどな」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「さて、それじゃあ愚妹に加勢しに行くかね」

 

 

『陰絵』に結界を施した後、俺は中庭へ繋がる扉に手をかけて、止まった。

 

 

「はっ、はぁ……まだ、主様は目的を果たしていません……」

 

「……はぁ、俺は女をいたぶる趣味はねぇんだよ」

 

 

大人しく寝てろ。

そう告げるも、彼女はふらふらと立ち上がる。

 

 

「おい、まだ動くのか……?」

 

 

脳は揺れ、まともに立ち上がることすらできないその状態でも彼女は動く。

 

 

「大した忠誠心だな、おい」

 

「主様の邪魔を……させるわけにはーー」

 

 

一瞬のことだった。

彼女が掌印を結んだ途端に、俺の張った結界が割れて、

 

 

 

「『領域展開』ーー『嵌合暗翳庭』」

 

 

 

俺と彼女を『翳』が包み込んだ。

 

 

「はぁ、はぁ……はっ、はは……これであなたは私の手中……この領域の中では私の式神の攻撃はすべて必中になる……」

 

 

その言葉に呼応するように、翳から湧き出してくる式神。

犬、蛙、鵺、大蛇、兎。

翳から無数に沸き上がってくるそれらが俺に襲い掛かる。

 

 

「あなたを、殺せとは言われていませんっ……ですが、主様の脅威になるものは私が排除してーー」

 

「…………言っただろ」

 

 

やっぱり脳は揺れていたんだろうな。

だから、それに思い至らなかった。

『領域』まで使える術師に施した結界が、そんなに簡単に壊れるのはおかしいと思わねぇか?

 

 

 

「俺は女をいたぶる趣味はねぇんだ」

 

ーーパチンッーー

 

 

 

指を1つ鳴らす。

その瞬間に、『陰絵』は意識を失った。

 

 

俺が彼女に施したのは『乗呪結界』。

破壊された場合に効果を発揮する特殊な結界。

結界を破壊した術式……今回でいえば『嵌合暗翳庭』の術式効果を跳ね上げるという効果をもつ結界で、本来は味方に使う類いのものだ。

……ただし、これには制約がある。

術式効果を跳ね上げる代わりに、必要とする呪力量も跳ね上がる。消費する呪力は元の2乗。

『領域展開』の欠点は必要とする膨大な呪力量。もし、それが2乗されたら?

考えるまでもない。呪力は一瞬で消費され、『領域』を維持することはできなくなる。呪力とは気力に近いものだ。それが一瞬で消費されれば、体は動かなくなり、意識も失う。

 

それが『乗呪結界』、俺が編み出した『領域展開』を封じるための結界だ。

 

 

 

「そこでゆっくり寝てろ」

 

「全部が終わったら迎えに来てやるよ」

 

 

 

ーーーーーーーー




難産…たすけて。
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