堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー中庭ーーーー
中庭への扉の先には、奴がいた。
草木福濁。
人質とかいう理由でユキを拐った
私が殺すべき相手だ。
「やぁ、美澄ちゃん」
軽く手を上げ、笑いかけてくる福濁。
気色悪い、吐き気がする。
「彼を倒してきたんだね。3ヶ月前、初めて会った時と比べて本当に強くなったみたいでよかったよ」
「器にするから、でしょ」
「まぁ、そういうことだね」
悪びれる様子もなく頷く福濁。
「…………」
咲人はあの女と対峙しているようで、反対側の廊下からその呪力を感じる。戦況は分からないけど、今ならば誰も見ていない。
『輪廻復原』のストック分を同時に使えば、少なくともこいつの隙はつけるはず。そうすれば、こいつから眼球を抉り作り出した骸人形に奴自身を殺させることができる。
……やるか?
ユキの中の『堕雪』が動き出し、五条悟を殺すという日まであと1年と少し。今のストックでも『堕雪』を殺せないのに、残り1年でそれ以上の骸を集められるか?
それに、ユキとの分離の問題も残っている。
ここで使ってもーー
「色々と考えてるみたいだね」
「っ」
「ボクを殺す算段かい? それとも、彼女……花房雪のこと?」
お前と話す気はない。
そう、奴の言葉を突き返す。けれど、それに構わず奴は私に話しかけてくる。
「約束通り、彼女に危害は加えてない……って、それは知ってたね」
「…………」
「んー、じゃあなんだろう。花房雪……彼女の中身の話でもしようか?」
「……中身……?」
その言葉につい反応してしまう。
それはユキと『あいつ』を同一視する
「お前……中身っていうのはまさか『堕雪』のことを言ってるんじゃないだろうな」
苛立ちと殺意を込めて、静かに問う。
「……『それ』もまぁ、あるね」
「?」
思っていたのとは少しズレた返答。初めは『堕雪』を奪うためユキを殺すと言った。そして、今は私の体を奪うために人質としてユキを捕えた。
だから、こいつはユキを『堕雪』の器、生き返るための駒としか考えてない。なら、私の問いに対して肯定が返ってくると思っていたんだけど……。
「んー、そうだなぁ……少し質問をしてもいい?」
その方が話を進めやすいと奴は言う。
肯定も否定も返さない。いや、なんとなく返せなかった。
「美澄ちゃん、君は『人』というものをどう捉えてる?」
「?」
「そうだね。『人』には外側と内側がある。肉体と精神、器と魂と言い換えてもいい。それはいいよね?」
「…………」
「……ボクがしようとしたのは花房雪の中身……つまり、1つの肉体に複数の精神が宿っている現状の話だよ」
1つの肉体に複数の精神。ユキの体に、ユキ本人と『堕雪』の精神が宿っている。
それは私が抱える大きな課題のうちの1つの話だ。
だから、私は奴のその言葉を聞いて、何かが揺れるのを感じた。
「その状態、ボクならば解消できるって言ったらどうする?」
ーーーー咲人視点ーーーー
「チッ、また結界か」
『陰絵』を撃破した後、中庭への扉を開こうとして、またそれが張られていることに気づく。草木福濁の目的は、妹の体を奪うこと。ならば、この結界も納得はいく。
現状、俺にこの結界は破れない。いや、恐らくこれは術師本人ですら解けない、そういう『縛り』を加えることによって結界の存在強度を上げている代物だろう。
「仕方ねぇ、反対に回るか」
妹が使った方の扉ならば、ここよりは結界の強度はマシなはずだ。妹の呪力が中庭に辿り着いてからそこまで経っていない今ならば、結界が張られていたとしても大したものじゃない。
通路を逆走し、広間へ。そこからさっきとは逆の通路へ。
扉にはやはり結界がかけられていた。だが、想定内の強度。これなら破壊は容易い。
「らぁっ!!」
ーーバリンッーー
結界に呪力を込めると、途端にひび割れ、砕け散る。
さて、行こうじゃねぇか。
ーーーー中庭ーーーー
中庭への扉を開けると、そこにあったのは3つの人影。
1人は『陰絵』。膝をつき、息を切らしている。恐らくだが、自力でここまで来たわけではなく、奴の『転移』でここに来たんだろう。どんな手を使ったかは知らねぇが、呪力も少しだけ戻っていた。
もう1人は草木福濁。相も変わらず気味の悪い雰囲気を纏ってやがる。
そして、最後の1人は、
「っ、美澄!!」
横たわるように、あいつはいた。
いや、ここからでは美澄の呪力が感じられない。まるで死んでるようにーー
「っ、てめぇ!! 『耐呪』ッ!」
美澄の側に立つ草木福濁に向かって駆ける。同時に、奴の周りに結界を展開し、逃げ場を塞ぐ。その間に入ろうとしたのだろう。『陰絵』は立ち上がろうとするも叶わず、膝をついたままだ。
「『解』!」
ーーバギッーー
俺の拳が当たる直前に、結界を解いた。手応えはある。だが、それは人体に当たる感覚じゃねぇ。これは、
「結界……っ」
「まぁ、当然だよ。構築速度はまあまあ速いようだけど、ボクほどじゃあない」
「っ、『転移』ッ!」
続けて『転移結界』を張る。
「『転移結界』の同時展開……なるほどね」
俺と福濁。それぞれに『転移結界』を張り、そのまま『転移』を実行。俺と奴の位置を入れ換えた。
さらに、『陰絵』ももう一組の『転移』で飛ばす。これで美澄の側に敵はいない。
「美澄!」
「…………」
そのまま美澄の元へ。脈を計る。だが、
「…………っ、手遅れかよ」
脈はない。しかも、体が冷たくなっていた。
恐らく奴と会敵した瞬間に殺された。ここには反転術式を使える奴もいない。蘇生は不可能だ。
「くそッ!!」
「…………」
妹のことなんてなんとも思っていないはずだった。
録な術式ももっていない変な奴が家に来たと思ってた。くそ親父から離れるために利用してやろう。その程度の感情。
なのに、俺は今、動揺している。
……家族馬鹿な在藤のそれが移ったんだろうよ。
「…………おい、福濁」
「なんだい?」
「こいつの体を乗っ取るんじゃなかったのかよ」
「……んー、まぁ、やめた。というかーー」
「ーー勢い余って殺しちゃった、ごめんね?」
その言葉を聞いて、
「ーー術式解放」
何かがキレるのを感じた。
長年使っていなかった『それ』を解放する。醜い術式。俺には相応しくないと思っていたその術式を。
「『人獣呪術』ッ!!」
『人獣呪術』。
術師の肉体に人為らざるモノ……
それによって、俺の体は作り替えられる。骨格が、筋肉が人間の2倍近い強靭なものに置き換わっていく。手も足も爪が伸び、命を刻む形に。そして、数秒も経たずに、俺は牙を剥き出しにし、唾液を撒き散らす
「驚いた。人狼か」
「ウウウゥゥ……ッ」
「人為らざる者から力を得る下等な呪術。草木の血も堕ちたものだね」
「アガァァッ!!」
ーーブンッーー
ーーギィィィンッーー
一撃は止まる。
俺の前、結界。
「アァァッガガッ!」
ーーギィィィンッーー
ーーギィィィンッーー
ーーギィィィンッーー
何度も腕を振る。
届かない。
「…………結界があるからどうにかなったものを。わざわざ捨てるなんてバカなことをしたね。『陰絵』」
「っ、はい……」
奴らが消えてく。
翳の中に沈んでく。
「まぁ、戦果代わりに、美澄ちゃんの死体は貰っていくよ。といっても、今の君に理解できるかも分からないけれど」
「バイバイ、下等な
ーーーーーーーー
手に伝わる振動がなくなった頃。
そこには結界を壊せないまま、両腕から血を流す俺だけが残っていた。
たった1人の肉親すら守れなかった。
この日、俺は完全敗北を喫した。
ーーーーーーーー
…………………………。
ーーーー雪視点ーーーー
あの人がここから出ていってから、どのくらいが経っただろう。
『生き返る』ために、美澄ちゃんに会いに行く。
そう言っていた。
もし、あの人の目的が果たされてしまったら……。
「…………っ、美澄ちゃん」
ポツリと彼女の名前を呼ぶ。その声は勿論、彼女に届くはずもなく、がらんとした部屋に散ってゆーー
「や、ユキ」
「え……?」
わたしの呼びかけに答える声。
あり得ない人の姿がそこにはあった。
「美澄ちゃんっ!?」
「~~~~~~っ」
「久しぶりぃぃぃ、ユキぃぃぃ!!」
「わっ!?」
叫びながら、美澄ちゃんはわたしのことを胸に埋めるように抱きしめてくる。
一瞬、偽物とかもう乗っ取られた可能性を考えたけれど。この反応と感覚は本物だ。本物の美澄ちゃんだ。
それから30分ほど、わたしたちはその場で飛び跳ねながら、再会の喜びを分かち合ったのだった。
ーーーーーーーー
落ち着いて、我に返る。
長い監禁生活からの親友との再会で、少々取り乱してしまった……まぁ、美澄ちゃんはいつも通りといえばいつも通りだったけれど。
ともかく状況を確認するため、美澄ちゃんと話をして、今の状況を聞いた。
美澄ちゃん曰く。
今日、草木福濁が草木邸を襲撃し、その結果、美澄ちゃんは捕まってしまい、ここに連れてこられたという。
『生き返る』には時間が必要だということで、どうやらもう少し美澄ちゃんは生かされているのだそうだ。
その上でわたしは、美澄ちゃんにこう言った。
「美澄ちゃん、今度はわたしが助ける番だよ」
「ここから2人で脱出しよう」
美澄ちゃんは、それに笑って頷いてくれた。
ーーーーーーーー
「よろしいのですか」
「ん、あぁ、いいんだよ」
教会の礼拝堂にて。
草木福濁に『陰絵』は訊ねた。その内容は勿論、草木美澄のことだ。
「『生き返る』のに時間は必要ありません。ならば、主様がいち早く復活できるよう、今すぐにでもーー」
「ーーいいんだよ」
「っ、失礼いたしました」
『陰絵』はすぐに発言を撤回する。
出過ぎた真似をした。主人には主人の考えがあり、自らはそれに従うだけ。自らの逸る気持ちを制し、彼女は頭を下げた。
「ま、『陰絵』の言うように、『生き返る』のに時間は必要ない」
「けれど、案外『器』っていうのもしぶとくてね。未練を残したまま奪っても録なことにはならないんだよ」
これ、ボクの経験則ね。
そう言って、福濁は『陰絵』の頭を撫でる。失敗した子供を慰めるように撫で続ける彼は、ただにこやかで、穏やかで。
「彼女はボクの力で花房雪を救える。ボクは彼女を器として復活を遂げる」
「呉越同舟、だよ」
「少しの間、お互いの利益のために協力しようじゃないか」
ーーーーーーーー