堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第34話 呉越同舟ー参ー

ーーーー回想ーーーー

 

 

「どういうこと……?」

 

 

私は思わず聞き返していた。

こうもなるだろう。私がずっと悩んでいた課題ーーユキと『堕雪』の分離を自分ならば解決できると、目の前のこいつが言うのだから。

青天の霹靂だった。

 

 

「言葉の通りさ。ボクは花房雪の中にいる『堕雪』を引き摺り出せる」

 

「っ!」

 

 

捲し立てたくなる気持ちをぐっと抑えつける。

冷静、に。

こいつから聞き出す、んだ。

 

 

「……それ、は……どうやって」

 

「ボクの術式を使ってだよ」

 

 

術式……そうか。

こいつが今まで戦闘で使っていたのは、あくまでも結界術のみ。その術式は未だに使っていなかった。

 

 

「どんな術式だ……?」

 

「簡単にいえば、人の肉体と精神を分離させる術式だよ。何を隠そうボクが『生き返ろう』としているのもこの術式で、君の肉体と精神を分離させて、空の器に入るという手段をとろうとしていたんだからね」

 

「…………」

 

 

肉体と精神の分離。それならば、理論上はこいつが『生き返る』ことも、ユキから『堕雪』を精神として分離させることもできる。

 

 

「それを使った時に起こる不利益は……?」

 

「肉体と精神が分離した後、一定時間以内に別の肉体へ精神を入れなかった場合、それが消滅してしまうこと。この場合は心配いらないだろう? 君にとって大切なのは花房雪で、分離した『堕雪』はいらないのだから」

 

 

こいつの言を信用するのであれば、これ以上にないほどの手段だ。ユキは無傷で『堕雪』は消滅する。勿論、『奴』が特級仮想怨霊であるならば、分離後に顕現する可能性はあるが、少なくとも分離はできる訳だ。

正直、ユキを殺そうとしたことも人質にしたことも許せるわけがないし、反吐が出ることに代わりはない。けれど、ユキが救われるのならば、こいつの取引に応じる価値はある。

あとは……。

 

 

「証拠、だね。ボクがそんな術式を本当に所持しているのか」

 

「……それを示さないことには、頷けない」

 

「うーん、ボクの存在自体が証拠ではあるけれど」

 

「それでは弱い」

 

 

目の前で見せろ。

私は奴にそう告げた。奴はしばらく悩んだ後に、ひとつ手を打ち、結界を展開した。

 

 

「警戒しないで。君に証拠を見せるための準備だよ……っと、どうやら彼の方も終わってたようだ」

 

 

しばらくして、結界内から人影が現れた。

1つは女、『陰絵』。

そして、もう1人はさっき私がのしたじいさんだ。

どちらも気を失っているようで。

 

 

「結界を張っておいたとはいえ、彼がここに来るのも時間の問題だ。仕方ない」

 

 

ーーバキッーー

ーーバキッーー

 

 

仕方ない。そう言って、奴はその2人の腹を蹴り上げた。

あまりの衝撃に咳き込みながらも起き上がる2人。

女は何も言わず、蹴られた腹を抑えたままでも頭を下げていた。ただ、老人の方はそうではない。

 

 

「き、さま……この俺に向かって……」

 

「あら、元気だね」

 

「殺すっっ!!」

 

 

老人が懐から出した小刀を突き出すと同時に、福濁は体を軽く捻り、老人の右脇へ。

そして、呪力を解放した両手で、老人の頭に優しく触った。

 

 

 

 

「『二元解離(にげんかいり)』」

 

 

 

術式が発動した。

そう認識した時には、既に老人から力が抜けていた。さっきまでのギラギラとした殺意も生気もない。脱力し切った肉体は福濁の両手で支えられており、力ない腕がただブラリと揺れていた。

 

 

「はい、終わり」

 

 

両手を老人の頭部から離し、途端にその肉体は崩れ落ちた。糸の切れた人形のような姿。

曰く、あと10秒もすれば精神も完全に消滅する。

これが奴の、草木福濁の術式か。

 

 

「どうかな? これで証拠になる?」

 

「…………」

 

 

私は、それに黙って頷いた。

目の前で起こったことに言葉が出ない。それは恐怖から来る沈黙ではない。

これは期待の感情だ。これならば、ユキと『堕雪』を分離できるかもしれない。勿論、まだ完全に信用したわけではないけれど。

 

 

「……さ、どうする。美澄ちゃん」

 

 

迷うわけもない。

私は、

 

 

「手を組む。あんたの力を貸して」

 

「勿論だよ。その代わり、それを見届けたらボクは君の体で『生き返る』からね」

 

「あぁ」

 

 

呉越同舟。

そうして、私はユキから『堕雪』を分離させるために奴と手を組んだ。

 

 

「さて、話もまとまったところで……どうしようかなぁ。美澄ちゃんをこのまま連れ帰るには、彼が邪魔かな。目撃者は全員殺した方が美澄ちゃんも動きやすいだろうし」

 

 

私が生きていることを呪術高専や総監部に知られるのは面倒だし。全員殺すのが楽……だけど。

 

 

「ねぇ、あんた」

 

「福濁と気軽に呼んでいいよ」

 

「…………福濁」

 

「なんだい?」

 

「この死体、借りていい?」

 

 

たった今、精神の抜け落ちた老人の肉体を指差して、福濁に確認する。それに福濁が快諾したのを確認してから、私は術式を解放した。

 

 

「『輪廻復原』」

 

 

『転移結界』で手元に呼び寄せた脳幹を潰し、1体の骸人形を作り出す。保存しておいた3体のうちの1体。確か、高専入学直前に殺した呪詛師だった……かな?

正直、術式は覚えていても、呪詛師そのものがどんな人物だったとかは覚えていない。

 

 

「おぉ、『輪廻復原』! やっぱりいい術式だ」

 

「…………作り替えて」

 

 

私の指示に反応して、骸人形が老人の腹にその腕を突き刺した。そして、腕が腹を貫通、そのまま一気に引き抜いた。

すると、老人の姿が変わっていく。ベキベキと音を立てて、作り替えられていく。やがて、その姿は私のそれと全く同じになっていた。

 

 

「素敵な術式をお持ちだね」

 

「……とはいえ、呪力や残穢までは変えられない。この死体は……あの女にでも回収させてよ」

 

「……ふふっ、なるほどね。承知したよ」

 

 

目の前の私の死体とその言葉だけで福濁は理解したようで、穏やかに笑った。

 

 

「おっと、そろそろ彼が来るようだ。『陰絵』、術式は使えそうかい?」

 

「は、はい……」

 

「じゃあ、美澄ちゃんを翳の中へ招待して。あともう1人の美澄ちゃんの回収をお願いね」

 

「畏まりました」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

以降、福濁は呪術高専側への接触をしない。

目的である私が手の内にあるのだから、当然といえば当然だろう。

 

私の方はというと、準備自体は整っているが、『堕雪』についてもう少し調べた上で分離させたい。それまでユキと私は福濁が用意したという部屋で過ごすことになる。

ユキと一緒の時間が増えたから、なんだったら高専にいた頃よりもずっといいのでは、なんて考えながら、私は今日も眠りにつく。

 

 

「おやすみなさい、美澄ちゃん」

 

「おやすみ、ユキ」

 

 

もう何も心配することはない。

私は幸せだ。

 

 

ーーーーーーーー




草木美澄は狂っている。
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