堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第40話 終秋

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1988年10月30日。

呪術高専内のとある一室。

そこは秘匿死刑となった者を捕縛・拘束しておくための部屋である。あらゆる呪術による破壊を否定するという強い術式が施されており、どのような術師であってもこの部屋からの自力脱出は不可能とされている。

そこに彼女はいた。

 

 

「…………」

 

 

東坊城天蓋。

『予知』の術式と『六眼』の右眼を保有する呪術師で、呪術総監部に唯一指示できる人間。

呪詛師の逃亡と総監部直属の呪術師・佐木宗吾の殺害を首謀したとして、この部屋に投獄されていた。彼女に反抗の意志はないようで、落ち着いた様子のまま、部屋の中心で正座している。

その彼女の元に、1人の呪術師が訪ねてくることで停滞していた状況が動き出した。

 

 

「天蓋、久しぶり」

 

「水仙姉様」

 

 

東坊城水仙。1月前まで『五条』と名乗っていた呪詛師で、天蓋の双子の姉。天蓋同様『予知』と『六眼』の左眼、それに加えて五条家相伝の術式である『無下限呪術』を使うことができる。

 

 

「どうやってここへ?」

 

「力ずくで」

 

「…………」

 

「勿論、見張りは殺してはいないわ。眠ってもらってるだけよ」

 

 

その答えに安堵したようで、天蓋はひとつ息を吐く。そんな彼女に水仙は声をかける。

 

 

「思っているよりも落ち着いているわね」

 

「……はい」

 

「その様子だと見えてしまったのかしら」

 

「………………」

 

 

水仙の問いかけに、天蓋は黙って頷いた。そして、静かに口を開く。

 

 

「わたくしは数日後死ぬ。そんな未来が見えました」

 

「それは……処刑という形で?」

 

「はい。わたくしは元々総監部にとって邪魔な存在ですから、彼らもこの機を逃しはしないでしょう」

 

「そう」

 

 

2人の間に沈黙が流れる。

2人ともその眼を移植した時から断片的ではあるものの未来を見てきた。それが変えることのできるものであることも分かっている。

だが、天蓋はその運命を受け入れている。それに姉である水仙は何も言わない。それは彼女の心中を察しているからだった。

 

 

「草木さんは……無事ですか」

 

「……まだ目は覚めていないそうよ。あれから2ヶ月……体は治ってるそうだけれど」

 

「…………花房雪の所在は」

 

「『堕雪』が顕現したあの時から消息は不明。呪力を探っても上手く絞ってるようで、見つからないわ」

 

「そうですか」

 

 

水仙からの返答に、天蓋は驚きも落胆も示さなかった。まるで、ただの確認。知っていたことを再び聞いた時のような反応だった。

それはそうだろう。彼女はそれをもう『予知』によって見ていたのだから。

 

 

「1988年12月、五条家に生まれた五条悟を『堕雪』が殺す未来」

 

「わたくしが見た未来は未だ変わっていません」

 

 

それまで『堕雪』は見つからない。

そして、それを唯一止めることのできる可能性をもつ草木美澄はまだその域に達していない。

勿論、これから何かが変わる可能性はある。だが、彼女自身が死んでしまえば、未来を変える可能性も失われる。

 

 

「わたくしはできることをしました。けれど、こうなってしまった」

 

「きっともう、わたくしに未来は変えられません」

 

 

天蓋の顔には諦めの色が浮かんでいた。

水仙はその理由をなんとなくではあるが理解していた。彼女がだいぶやつれていることからも分かる。ここに拘束されていた間、何度も何度も『予知』を試したのだろう。

天蓋が草木美澄と行動を共にしていたことは知っていた。結界を使い、彼女自身の呪力を底上げしたことも。

その上での未来。変わらない未来に彼女は絶望したのだ。

 

 

「……姉様も見たのでしょう。『堕雪』が五条悟を殺す未来」

 

「……………………えぇ」

 

「……姉様?」

 

 

妙に間を空けて、水仙はそれを肯定する。水仙と天蓋の『予知』には差があることは天蓋自身も察してはいた。だから、水仙のその反応から天蓋は何かを感じ取っていた。

 

 

「姉様の見た未来は……わたくしの見た未来とは違うのですか」

 

「…………」

 

 

少し悩んだ様子を見せたあと、水仙はため息を吐いてから答える。

 

 

「私の見た未来でも『堕雪』は五条悟を殺したわ。それはあなたと同じ……けれど、私はその先の未来も見てるの」

 

「え……? その後、『堕雪』が世界を滅ぼすのでは……」

 

 

天蓋が見た未来はそこまで。

『堕雪』が五条悟を殺し、世界を壊し始める。そこまでしか彼女の『予知』は働かなかった。だが、水仙はその先を見たと言う。

 

 

「『堕雪』は祓えるわ。そして、五条悟がいなくてもきっと世界は続く」

 

「けれど、『堕雪』が祓われた後でーー」

 

 

 

「ーー草木美澄が世界を壊すのよ」

 

「!?」

 

 

 

水仙は彼女に話し始めた。

水仙の『予知』は天蓋のそれと違って受動的にしか働かず、より断片的にしか見ることができない。呪詛師として行動を起こす度に、その未来は形を変える。『堕雪』がずっと早い時点で消える未来も、『堕雪』が花房雪に入らない未来も、様々な未来を見て、行動し、変えてきた。

だが、水仙の『予知』の終わりには必ずといっていいほどに、草木美澄の姿があった。彼女の見る未来につきまとう草木美澄の暴走。だから、彼女はそれを阻止するために動いていた。

 

 

「それは……草木福濁が草木さんの体を乗っ取ったから、ですか」

 

「そうだった未来もあったと思うわ。ただ、彼女自身がそれを選ぶ可能性もあるの」

 

「それじゃあ、わたくしのしたことは……」

 

 

草木美澄は天蓋の手によって確かに成長した。それがもしかすると、世界を滅ぼすという未来に繋がっているのではないか。『堕雪』から世界を守るために行動していたことが、世界を壊すことに繋がっているのではないか。

その可能性に思い至った天蓋の顔はみるみる青くなっていく。

 

 

「……分からない。けれど、あの娘を生かしてはおけない」

 

「っ、でも、『堕雪』を倒せるのは、草木さんの『輪廻復原』しかっ」

 

「…………」

 

 

天蓋は切実にそう叫ぶ。彼女らしくもない大声で。その声は部屋中に響き、やがて消える。

力なく項垂れる天蓋に、水仙は静かに彼女の名前を呼んだ。

 

 

「…………天蓋」

 

 

それは、水仙にとって一番辛い選択だった。だが、ここから彼女を連れ出すこともできず、ただ死を待つ妹の心を救うには、それしかなかった。

 

 

「私が『堕雪』も草木美澄も止める。倒すわ」

 

「え……」

 

「あなたの『予知』だと、草木美澄なしでは『堕雪』を祓うことはできない。そうよね」

 

「……はい」

 

「なら、私が『堕雪』を倒せるようになればいい。そうすれば、草木美澄を早い段階で、なんなら今の眠ったままの彼女なら簡単に処分することができる」

 

「っ、でも、姉様の術式だけでは……!」

 

「えぇ、無理ね」

 

 

事実、2ヶ月前に『堕雪』が顕現した時、水仙は防戦一方であった。あの時は体に『堕雪』が馴染んでいなかったのか退いてくれたが、次は恐らく無理だ。虫を払う程度の力で殺されてしまうだろう。

だから、水仙はそれを告げる。

呪詛師になってまで守ろうとした最愛の妹に。

 

 

「だから、あなたの眼を私に頂戴」

 

 

皮肉なものね。

天蓋の眼を繰り貫いた故に手にかけたあの女と同じことをしようとしている。血は争えないのかしらね。

水仙は自嘲する。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

天蓋にとって信じていた母親に眼を繰り貫かれたことがトラウマになっていることは知っている。だから、水仙はただ黙って彼女の答えを待つしかなかった。

嫌われるかもしれない。憎まれるかもしれない。

でも、自身が憎まれる程度で、最愛の妹が目指していた世界を守ることに繋がるのならば……。

 

水仙はもう、その覚悟を決めていた。

 

 

「……………………水仙姉様」

 

 

長い沈黙の後。

天蓋は口を開いた。

 

 

 

「お願いします」

 

 

 

そう言った彼女の表情は穏やかで。

 

 

「ごめんなさい……天蓋」

 

「…………いいえ。違いますよ、姉様」

 

「っ」

 

 

 

「天蓋は……流石ね」

 

 

 

そして、彼女は実の妹をその手にかけた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その日、私は最も大切な者を失った。

その代わりに見える世界が変わった。

 

ここまで来てしまったのだから、後に退くことなんてできない。

あの娘が望む未来を掴むためならば、私はなんだってする。

それがあの娘へのせめてもの償いだ。

 

大丈夫。

きっと私も長くはないわ。

やるべきことを全部済ませて、早くそっちに行くからね、天蓋。

 

 

ーーーーーーーー




器編終了
次回より新章となります。
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