堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第45話 福は濁りて淀みゆく

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草木福濁にとって、生き永らえることこそが生きる目的であった。

魂とその器を切り離し、一時どちらも宙に浮いた状態へと変える。それが彼の術式『二元解離』である。自らの魂をその器から解き放ち、別の新しい入れ物へ移す。そうして彼は現代まで生き永らえてきた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ベッドで横たわる草木美澄に意識を集中させていた花房雪の後ろから両手で頭を挟み、術式を発動する。

術式は確実に、彼女を捉え、器から魂が分離した。

 

 

「草木……福濁……っ」

 

 

後ろを振り返りながら、途切れ途切れ自分の名を呼んだ花房雪に、福濁は笑いかけた。

 

 

「おめでとう、『堕雪』の器。君は今、『堕雪』から解放されたよ」

 

「なに、を……?」

 

「『二元解離』ーー器と魂を分離させるボクの術式だ。これで君から『堕雪』を解き放った」

 

 

彼の言葉を聞きながらも、雪は両手と両膝とつき、地面に伏す。

 

 

「それがボクと美澄ちゃんの間にあった『縛り』でね。そうしない限り、ボクは彼女の体を貰えない……裏を返せば、分離さえしてしまえば、彼女の体はボクのモノということなんだよ」

 

「……そん、な……」

 

「彼女は君を『堕雪』から解放しようと必死だった。それこそ自らのことなど何も省みなかった。美しい友情……いや、愛情かな」

 

 

そう言って、福濁は歩を進める。彼を止めることは、今の雪にはできない。

そして、彼は美澄の頭に両手を添えた。

 

 

「これで君との『約束(縛り)』は果たしたよ。『約束(縛り)』通りいただくね。君の身体」

 

「や、めっ!」

 

「『二元ーー

 

 

 

 

「本当に不快な男だ」

 

 

 

その声と共に、福濁の右腕に激痛が走った。一瞬なにが起こったのか理解できなかった。『彼』に捕まれたのだと理解したその時には、福濁は医務室の窓に向け、投げ飛ばされていた。

ガラスが割れる音。背中に感じる激痛。

医務室の外、高専の運動場に投げ出され、福濁はやっと状況を飲み込んだ。

 

 

「失敗した……ってことかな」

 

 

体勢を立て直しながら、呟く。

『二元解離』は人間の魂に直接働きかける術式。術師には相当な技量を求める分、失敗することはほぼあり得ない。もちろん、分離に多少時間がかかる場合もあるがーー

 

 

「これが特級仮想怨霊『堕雪』か」

 

 

少し遅れて、医務室から『堕雪』が出てくる。

 

 

「まったく……俺の計画が台無しだ」

 

 

不機嫌そうな様子の『彼』。

福濁はそれを見て、考えを改める。慢心していたその心を捨てる。

 

 

「その様子だと分離は失敗したようだね」

 

「……その程度の術式で俺をどうにかできると思っていたとはな」

 

 

本当に不快だ。

 

 

ーーブンッーー

 

 

『堕雪』の呪力を込めた一振り。ただの風圧でも人を死に至らしめることを福濁は理解していた。

 

 

「『耐呪』」

 

ーーギギギギッーー

 

 

咄嗟に展開した結界で、風圧を防ぐ福濁。

だが、目の前には既に『堕雪』の姿がある。

 

 

「遅い」

 

「あぁ、そう来ると思っていたよ」

 

 

至近距離での攻撃に備え、『耐呪結界』と同時にもうひとつの結界を発動していた。

 

 

「『反呪』」

 

「ん?」

 

 

そのまま振り抜き、もろとも破壊する。そのつもりで結界に触れたのだろう。だが、違和感に

 

 

ーースッーー

 

 

力が抜ける感覚に、『堕雪』は咄嗟に後退した。呪力を吸収されている感覚に近かったが、どこか違う。

 

 

「……反転術式か?」

 

「流石は『堕雪』呪術への造詣が深いね。当たりだ、『反呪結界』は結界に触れた者の呪力を反転させる術式効果を付与してある」

 

「『呪霊』であれば腕ごと消し飛んでいたか」

 

「ご名答」

 

 

術式の開示で効果を底上げし、福濁は再び構える。

 

 

「さて、今度はこちらからいかせてもらおうか」

 

 

慢心はしない。その証拠に福濁は体の前で、掌印を結んだ。

両手の人差し指から小指までを組み、両の親指を立てたまま合わせる。

 

 

 

「『領域展開』ーー」

 

 

「ーー『業業解皆脱(ごうごうげかいだつ)』」

 

 

 

両の手から溢れ出した呪力は白い靄となって、辺りを包んでいく。五里霧中。まるで霧か霞の中のような少し先も満足に見えない世界。その中で唯一存在を主張するのは、術師の前にある真っ白な太陽のような光の塊のみ。

それが草木福濁の領域『業業解皆脱』であった。

 

 

「領域展開……年の功か。呪術の極致であるそれを会得しているとは」

 

「冗談のひとつでも言いたいところだけれど、呪力の消費が激しいんだ。終わらせてもらおうかな」

 

 

「『解』」

 

 

福濁の前の光が動き出すと同時に、『堕雪』の中に入り込んだ。

『解』。

引きずり込んだ対象の魂を解析する術式。

これにより対象の魂と器の繋がりを明らかにして、次の術式により確実に切り離す。

 

 

「『脱』」

 

 

福濁の言葉と同時に発動するその術式は、『堕雪』の魂と器を切り離した。必中の『解』と確定の『脱』によって、『業業解皆脱』に引きずり込んだ相手の魂は消滅し、器にはその遺恨も残らない。勿論、『堕雪』の中の花房雪の魂も消滅するのだ。

 

 

「惜しむらくは、美澄ちゃんとの『約束(縛り)』を反故にしてしまうことだね」

 

 

花房雪の魂が消滅したことで、きっと彼女は反抗するだろう。けれど、器に入ってしまえさえすれば多少時間はかかっても調節はできる。それに今の生気のない草木美澄ならば、調節に時間はかからないはずだ。

 

 

「……さて」

 

ーーゴロッーー

 

 

領域を展開したまま、福濁は空っぽになったであろう器を足で転がす。

 

 

「流石に消えた、かな?」

 

 

領域を解除した時には、膨大な呪力消費故に本来の術式が数秒間焼き切れることを福濁は知っていた。だが、彼には結界がある。一瞬とはいえ『堕雪』の攻撃を躊躇させることができるのならば、もしこれで『彼』が生きていたとしても十分に対応は可能だろう。

そう考え、福濁は領域を解除した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

ここまでが『堕雪』が書き記したシナリオだった。

 

 

 

今、草木福濁は地に這いつくばり、吐血しながら苦しんでいた。

 

 

「な……に゛をぉぉ…………」

 

「つまらんな。長く生きたせいだろうが、慢心がすぎる」

 

 

福濁には理解ができない。完全に勝っていたはずの勝負。それを一瞬で、認識できない内にひっくり返されていた。

 

 

「術式には限界がある。勿論、俺の術式にもな」

 

 

死にかけの福濁に背を向けて、『堕雪』は独り言のように語る。

 

 

「確か蘇りたいのだったか。だが、自らの術式を過信するものは生きてけんよ」

 

「特に敗北も知らん呪術師はな」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

声が聞こえた気がした。

私のことを呼ぶ声。愛しい声。

それに導かれるように、私の意識は浮上していく。

 

 

「…………」

 

 

目を開けた時、私の目の前にいたのは、

 

 

「美澄ちゃんっ!」

 

 

ユキの姿だった。

 

 

「ユ……」

 

 

名前を呼ぼうとして、声がでない。それに体も上手く動かない。

 

 

「ゆっくりで、いいよっ」

 

「……う、ん」

 

 

ユキに支えてもらいながら、どうにか体を起こす。そんな私を優しく抱き締めてくれるユキ。

って、そうだ。

 

 

「『あい……つ』……は」

 

「『堕雪』は今、私の中にいるよ。なんでかは分からないけど、表に出てこれたの」

 

「そ、か」

 

 

よかった。ただ安堵する。

けれど、もう私には……。あの時の絶望を思い出し、私は俯いた。きっとこれも『あいつ』の気まぐれなんだろう。今度また、ユキを奪われてしまったら、私にはどうすることもできない。

 

 

 

「美澄ちゃん」

 

 

 

諦観し俯く私の名前を、ユキは呼んだ。

 

 

「ユ、キ?」

 

「わたしね、『堕雪』の中にいた時、思い出してたの。美澄ちゃんと出会った時のこと」

 

「…………」

 

 

なんの偶然だろう。私もその夢を見ていた。

ユキの隣にいようって思ったあの時の、ユキが私を助けてくれようとしたあの時の思い出。

それを懐かしむように、ユキは目を瞑ったまま静かに続ける。

 

 

「色々、あったよね。転校してきたばっかりの苛められてたわたしに苛めないからって言ってくれたこと」

 

「気味の悪いわたしの赤い眼を綺麗って言ってくれたこと」

 

「わたしね、本当にそれに救われたんだ」

 

 

そう言って、ユキは微笑む。揺れた前髪の隙間から見える赤い眼。

あぁ、やっぱりユキのその眼は綺麗だなんて思ったりして。

 

 

「ね、美澄ちゃん」

 

 

焦点の合わない私の目をじっと見て、ユキは言葉を紡ぐ。

 

 

「わたし、きっと戻ってくるから。『堕雪』を抑え込んで、美澄ちゃんの側に戻ってくるからっ! だから、その時はーー」

 

 

 

「ーーまた一緒にいてね」

 

 

 

「ッ、ユキ……!」

 

 

動かない腕をどうにか上げて、彼女の頬へ。

それを見て、ユキはまた微笑んだ。

 

 

ーーーー福濁視点ーーーー

 

 

ここで終わるわけにはいかない。

まだボクは生きている。生き永らえなくてはならない。

ボクはボロボロになった体を引き摺って、彼女のいる場所へと向かう。

草木美澄。『輪廻復原』をもつ呪術師。

幸いなことに今の彼女は体を動かすことすら儘ならなず、先ほどまでいた『堕雪』の気配ももうなくなっている。

 

両手で彼女の頭に触れることさえできれば、ボクは生き残れる。自分と彼女への『二元解離』を発動できる程度には、呪力は残っている。

進め、この身体はもうどうなってもいい。あの器さえ手に入ればーー

 

 

「…………ふだく」

 

 

這いながら進むボクの目の前に、彼女が現れる。見るからにフラフラで立っているのがやっとという様子だった。

運がいい。彼女からこちらへ来てくれるとは。

 

 

「す、ごし……肩をがしてぐ、れ……」

 

「すごいケガだ」

 

「ああ……だが、だいじょう、ぶだ…………がらだのがえはある゛」

 

「……そう」

 

 

彼女は頷くとしゃがんで、ボクの体を持ち上げた。

あぁ、ありがとう、美澄ちゃん。

これでボクは生き返ることがでーー

 

 

「はやいうちに気付けばよかったんだ」

 

「な、にを……」

 

ーーパッーー

 

 

彼女はそのままボクから手を離す。

支えのなくなったボクの体は、そのまま地面に転がり、ボクは空を仰ぐように仰向けになる。

 

 

「おまえの『二元解離』は私がつかう」

 

 

なにを、しようとしている。

やめろ、やめろ。やめろやめろやめろッ!!

指を近づけてくるなッ! ボクの視界を塞ぐなッ!

 

 

 

ーーグヂュッーー

 

 

 

激痛。言葉にならない叫び声。

まだ痛みは続く。

 

 

「目だけじゃ不安だから。このまま脳幹も引き抜くからね」

 

 

もう、りかいできない。いたみ。のうになにかがはいってくるいぶつかん。

いたい、いたい、いたい、いたい。

 

もう、いやだ。しにたい。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

何を諦めてようとしてたんだ、私は。

ユキはまだ諦めてない。なら、私も諦めるわけにはいかない。

手段など選ばない。どんなことをしてでも達成する。

そう決めたじゃないか。

 

 

そうだ。

私はユキを救うんだ。

 

 

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