堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第47話 黄泉孵りー壱ー

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ボロボロの外観とは違い、その部屋は綺麗だった。勿論、壁や床は古いままだけれど、寝具や簡単な収納に関してはそれなりに新しいもので、彼女がここで生活をしていることを感じることができる。

人間らしい生活はしているみたいね。

 

 

「あの子は元々呪術師だったから」

 

 

唐突に、キッチンスペースから声がする。美澄ちゃんは私が戦ったあの呪霊の『女性』について、キッチンで作業をしながらそう語った。言われてみればそうだ。彼女の術式『輪廻復原』は術師を対象とする術式だったはずで、呪霊を操るということはできなかった。それに、気になることはまだある。

 

 

「いつから死んでいる人間も骸人形にできるようになったのかしら」

 

「ノーコメント」

 

「じゃあ、貴女の呪力……それはなに?」

 

「それもノーコメント」

 

 

私の問いに答えるつもりはないみたい。ノーコメントとだけ返して、彼女は私の前に簡素なカップに注いだ紅茶を置いた。

 

 

「ねぇ、美澄ちゃん。覚えているかしら、前に私が貴女に伝えたこと」

 

 

美澄ちゃんは表情を変えずに、私の対面へ座り、紅茶をすすってからその問いに答える。

 

 

「ユキの味方で私の敵、だっけ」

 

「えぇ…………もしかしてこれ、毒でも入ってる?」

 

「まぁね」

 

 

冗談めかして聞くと、美澄ちゃんは興味なさげにそう返す。

素っ気ないわね。少し笑ってから用意してくれた紅茶に口をつける。

 

 

「あんたが私の敵なのは……まぁ、別にどうでもいい。万が一殺されかけても、特に何も思わない」

 

「ずいぶんとドライじゃない」

 

 

自分の命には何の興味もないのが感じ取れる。ドライというよりも熱がないといった方が正しいかもしれないわ。

そんな彼女だったけれど、不意にそれを肌で感じた。

 

 

「ただし、ユキを救う邪魔をするならーー」

 

 

殺意。それは脅しの類いではなく本物。

邪魔するものがなんであろうと全てを薙ぎ祓い進むという覚悟が、彼女の瞳から見て取れる。

あくまでも全ては雪のためってことね。

 

 

「雪を助ける。そのことに対して邪魔をする気はないわ」

 

「……そう」

 

 

それなら構わない。

美澄ちゃんは静かにそう呟く。感情のコントロールが完璧にできているようで、さっき放った殺気は陰を潜めていた。

 

 

「で、結局は何の用?」

 

 

閑話休題。

本題に入りましょう。

 

 

「貴女に共闘を申し込もうと思ってね」

 

 

草木美澄は私の敵。天蓋が願った平和な世界を破壊する可能性を秘めた呪術師。

けれど、彼女の立ち位置的には、雪が死ななければ堕ちることはないと私は考えている。ならば、彼女を利用する。天蓋がその可能性を見出だした『輪廻復原』をもつ彼女を利用して、『堕雪』を祓除して雪を救い出す。

そのための共闘。

 

 

「貴女の『輪廻復原』は確かに強いと思う。けど、決して完璧な術式ではない。それは私の『予知』と『無下限呪術』もそう」

 

 

『輪廻復原』は骸人形に限りがある。恐らくこの7ヶ月で数は増やしたのでしょうけれど、それでもたかが知れている。

私の『無下限呪術』も不完全で、『六眼』を以てしても呪力消費が激しく長時間の術式行使はできない。

 

 

「だから、お互いがお互いを補うように戦いましょう」

 

「…………」

 

「それに草木福濁の術式『二元解離』、あれがなければ雪を『堕雪』と分離させることができない。貴女がもっているんでしょう?」

 

「何を根拠に」

 

「貴女が福濁にやられずに『生きている』のがその証拠よ」

 

 

『堕雪』が廃教会で完全顕現したあの時、草木福濁は『堕雪』によって瀕死に追い込まれてはいた。それでも私が介入し、『堕雪』が去った時点で、彼は生きていた。いつの間にかその場から消えてはいたけれど。

とにかく彼が生きていたなら、美澄ちゃんの体を奪おうとしたはず。それにも関わらず、美澄ちゃんが今ここに生きているのならば、つまりはそういうことなんでしょうね。

 

 

「……そこまで分かってるんだ」

 

 

大きなため息を吐いてから、彼女は頷いた。

 

 

「雪を助けるために手を組む。それだけだから」

 

「えぇ、よろしく」

 

 

そうして交渉は成立。私と美澄ちゃんは手を組むことになった。

雪と『堕雪』の分離。

当面はそれに注力するとしましょう。

 

 

 

ーーーー呪術高専内ーーーー

 

 

 

「出ろ、草木咲人」

 

 

秘匿死刑となるはずの彼の元へ、その女はやってきた。

つり目の金の長髪。日本人ではまずあり得ない澄んだ碧眼。咲人を見下すような眼差しで、腕を組み仁王立ちするその姿からは彼女の気の強さを垣間見ることができた。

 

 

「……最期の案内人がこんな美人とは、日頃の行いがよかったみてぇだな」

 

「長期間拘束された状態でそんな軽口を叩けるとは。大したものだ」

 

「俺は草木咲人だぜ。美人の前では格好もつけるさ」

 

 

格好をつけるとは言うが、言葉だけで体はだらしなく座ったまま。咲人の体は限界であった。約1年、封印用の鎖と呪符以外ない部屋で拘束されていたのだ。筋力も体力も気力もほぼ尽きかけている。

 

 

「それで? やっと死刑執行かよ」

 

 

強がってはいたが、正直助かったと思っている自分がいることに咲人自身とっくに気付いていた。

早く殺してくれ。

拘束されてからどれだけの時間が経過したのかも分からないその空間では、死刑の時を待ち焦がれてしまうのも無理はない。それほどに何もないことは苦痛だったのだ。

だから、その女が発したその一言は、彼にとってまさに青天の霹靂であった。

 

 

 

「釈放だ。無駄口を叩かず早く出ろ」

 

「……あ?」

 

 

……………………

 

 

シャワーを浴び、身を清めた後、咲人はその場所に通された。真っ暗な中に何枚かの白布が浮かんでいるその空間は、拘束される前に何度か訪れたことのある場所……呪術総監部のお偉方がいる忌々しい空間であった。

 

 

「なんの風の吹き回しだ、あぁ?」

 

 

呪詛師を逃がした等という濡れ衣を着せられ、1年も経過していたのだから、咲人がキレるのも無理はない。この場で白布の向こう側の奴らを皆殺しにしてしまおうかという激情にも駈られかけるが、どうにか抑えてそれを訊ねる。

一度秘匿死刑が決まったのだ。それが覆るなど余程のことが起きない限りあり得ない。

つまり、

 

 

「その余程のことが起こっておるのだ」

 

 

白布のひとつがそう答える。それを受けて、他の布も口を開く。

 

 

「8ヶ月前、東坊城天蓋が死んだ」

「そして、お前の妹も失踪した」

「草木福濁の動向も掴めておらん」

「その上、『堕雪』も陰を潜めておる」

「さらに最近は更に呪霊の動きが活発になっとる」

 

 

口々に白布は現状を話していく。それで咲人は理解した。

つまり、手が足りないのだ。ただでさえ呪術師は少ないというのに、それに対して懸念する事案が多すぎる。ならば、ということなんだろう。

 

 

「俺に何をしろと?」

 

「その者と共に任務に就け」

 

 

その者というのは、先ほど咲人を迎えに来た女性のことを指しているのはすぐに分かった。

 

 

「なるほど。佐木が死んで次はこの女が総監部直属の呪術師って訳か」

 

「そういうことだ。詳しい話はその者に聞け」

 

「はいはい」

 

「いいか、くれぐれも妙な気は起こすなよ」

 

「この子に手を出すなってことか? それは保証しかねるぜ、こんな美人を前に手を出さねぇのは逆に失礼だろうよ」

 

 

冗談半分にそう返す咲人に苛立ったようで、白布のひとつが怒鳴り声をあげた。

 

 

「逃げようと思うなということだ! お前の秘匿死刑は撤回しておらんのだからな!」

 

 

怒号を背中に受けながら、咲人はその忌々しい空間を後にした。

 

 

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