堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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ちょいぐろ


第50話 黄泉孵りー肆ー

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覚醒したのは、薄暗い場所。

目が慣れるまではそこが牢の中だとは分からなかった。

幸いなことに手足は縛られてはおらず、簡単だが生活できる設備もあるようだった。だが、明かりもなく、窓もないから昼なのか夜なのかも分からないような状況で、それに加えて、

 

 

「呪力も練れねぇな」

 

 

この感覚……恐らく『封呪結界』だな。古い文献にあった呪力を完全に絶つ結界で、福濁も使ってやがったあの結界だろう。

状況的に使っているのは、我が妹様。それまで会得してるって訳か。

 

 

「前までのあいつとはまるで別人だ」

 

 

どうやってここまで……?

あいつの変貌ぶりへ思考が深まっていく前に、声が聞こえた。

 

 

「草木咲人……」

 

 

この声は……。

 

 

「桔梗ちゃんか!?」

 

「……あ、あ」

 

 

辛うじて聞こえるくらいの声量。強気な彼女らしくない弱々しい声だ。自分の声の反響具合を聞くに、壁が厚いからというわけではないだろう。だとすると、

 

 

「なにか、されたのか?」

 

「目を……抉られた……」

 

「!?」

 

 

息も絶え絶えで桔梗ちゃんはそう言う。

目を抉る?

それには聞き覚えがあった。というか、桔梗ちゃんから聞いた話だ。

 

 

「東坊城水仙か?」

 

 

確か、天蓋ちゃんの『六眼』を抉り、殺したのも彼女・東坊城水仙という話だった。そういう術式なのかもしれない。

だが、俺の予想を桔梗ちゃんのか細い声は否定する。彼女の目を生きたまま抉った相手は、

 

 

「草木美澄……貴様の、妹……だ」

 

「……は?」

 

 

思わず聞き返す。

いや、いやいやいや。ちょっと待て。

 

 

「冗談だろ?」

 

「この状況で……冗談、など言うものか……」

 

「いや、確かにあいつは雪ちゃん以外には興味のねぇ変な奴ではあるぜ。だが、それで他の人間を傷つけるようなことは……」

 

 

…………違う。

いや、あり得ねぇだろ。あいつがそんなことをするなんて、あり得ねぇはずだ。やっぱりあいつの体の中に草木福濁が入っているとしか考えられない。

 

 

「使うのは……結界術と呪力を廻す術。そう、いったな」

 

「……あぁ、そのはずだ」

 

「結界は、ともかく……『あれ』は別物だ……」

 

 

『あれ』? 別物? 一体なんの話だ?

そう訊ねるが、突然答えが返ってこなくなる。

 

 

「おい、桔梗ちゃん! 桔梗ちゃん、大丈夫か!?」

 

 

返事はない。

……くそっ、何がどうなってやがる。

桔梗ちゃんは生きてるのか。妹は何をしようとしてるのか。そもそもあの妹は本当に本人なのか。

今の俺には分からないことが多すぎた。

 

 

 

ーーーー1時間前ーーーー

 

 

「…………っ」

 

 

不意に目を覚ました。不覚にも、気を失っていたようだ。辺りは暗く、視界は悪いが、自分の体が拘束されていることは、手首と足首を冷たく締め付ける拘束具の感触で理解した。

 

 

「目、覚めた?」

 

「っ、その声は……草木美澄ッ!」

 

 

姿は見えないままだが、声でそれを判断する。

 

 

「私に何をしたッ!」

 

「そっか、覚えてないんだ。まぁ、多少は荒っぽいことしたから仕方ないか」

 

 

少しずつ目が慣れ、草木美澄の姿が見えてきた。

私から離れたところに、彼女は立っている。その手には、見慣れない道具があった。それが何かは分からない。だが、いい状況ではないことだけは分かる。

 

 

「……尋問、というわけか」

 

「あたり。ついていったら何をされるか分かったもんじゃないし、そもそも総監部の人間なんて信用できない」

 

「目的なら話す。だから、この拘束具を解け」

 

「………………」

 

「だが、お前の目的はなんだ。なぜこんなことをしたのか話してもらおう」

 

「………………」

 

 

彼女は無言のまま、私に近づいてくる。そして、私の左手首の拘束具を持ち、手にしていた工具でーー

 

 

 

ーーブヂッーー

 

「ひギッ!?」

 

 

 

左中指に強烈な痛みが走る。爪を剥がされたと遅れて理解した。

絶叫。

 

 

「っ、あぁぁがぁあァァっ!?!?」

 

「…………」

 

 

強烈な痛みは収まらない。私は声をあげて叫び続ける。

 

……どのくらいが経っただろうか。

私の声が収まるのを待っていた草木美澄は語り始める。

 

 

「質問をするのは私。立場を弁えなよ」

 

「……っ」

 

「あとは嘘はつかないでね。面倒だからさ」

 

「わ、わかった……」

 

 

痛みに耐えながらどうにか頷く。

じゃあ、始めようか。

彼女はそう言って、私の前に立った。

 

 

「なんでここに来たの?」

 

「……っ、草木美澄、東坊城水仙の連行のため、だ」

 

「それはなぜ?」

 

「『堕雪』の所在が分からない。『予知』の術式をもつ東坊城天蓋が死んだ。それに対応できる呪術師が圧倒的に少ない」

 

「……なるほど。だから、私たちを利用しようって魂胆か」

 

「あ、あぁ」

 

 

私の答えを聞いて、草木美澄は腕を組み、考えを巡らせているようだった。その隙に、現状を確認する。呪力は練れない。恐らく彼女の使う結界のせいだ。拘束具も腕の力だけでは破壊できないだろう。

自力での脱出は不可能。こうなれば、できることはひとつだけ。彼女の質問に答えるしかあるまい。

勿論、こちらのもつ情報をそのまま渡すわけではない。総監部の不都合になる情報やこちらが不利になる情報は徹底して伏せ、協力を取り付ける。

これが今の私にできる最善手だ。

剥がされた爪の肉が常に空気に触れ、痛みは引かない。

けれど、思考を止めるな。最適解を選び続けろ。

 

 

「そっちの戦力は2人だけ?」

 

「あぁ」

 

「ユキの居場所は分からない、というのは真実」

 

「事実だ。補助監督も動いているが、未だに『堕雪』の呪力の痕跡も見つかっていない」

 

「…………ユキだよ」

 

「っ、失礼した。現在、花房雪の所在は不明だ」

 

 

迂闊だった。彼女にとって、その一言は地雷なのだろう。その眼光からは明確な殺意を感じた。

ここで私が殺されれば、それこそ呪術総監部からの任務を遂行する術師がいなくなる。慎重に、慎重に答えなくては。

 

 

「総監部はユキを見つけて、どうするつもり?」

 

 

早速だ。『堕雪』の器に関する質問。

話しているに、草木美澄の目的は花房雪の救済だ。それは総監部の意向と相対するもの。それをそのまま伝えれば、恐らく彼女の逆鱗に触れることになる。

ならば、ここは、

 

 

「総監部は『堕雪』と花房雪を分離する方向で策を講じようとしている。彼女を見つけ、連行することさえできれば、『堕雪』のみを祓除することも可能だ」

 

「……そう」

 

「そのための戦力が足りていない。それが現状ではあるが」

 

 

これは勿論嘘。

こちらと彼女の目的が同じであると錯覚させるためのブラフ。万一、この拘束具に嘘発見器がついていたとしても、訓練を受けている私ならば誤魔化し通せるはず。

 

 

「その策はどんなもの?」

 

「それは私の術式を起点とする策だ」

 

「どんな術式?」

 

「媒介とした物体の半径1m以内の術式及び呪力の強制封印。これで『堕雪』を封印し、その後分離させる」

 

 

今語った話の半分は真実。術式の発動条件に関しては嘘はない。それを明かすことに大きなデメリットはないから、そこは偽らない。

ただし、後半の術式効果は真っ赤な嘘である。封印などできない。できるのはせいぜい術式効果を乱すこと。呪力が封印されても発動できる強みがある一方で、銃を媒介にしなくては発動できない使い勝手の悪い代物。

そんなものが『堕雪』攻略の糸口になるはずもない。

 

 

「私の術式があれば、彼女を救うことができる。信じてくれ」

 

「………………」

 

 

嘘だ。

私の……いや、呪術総監部の目的は、花房雪もろとも『堕雪』を排除することなのだから。

私の言葉を受けて、彼女はまた考え込む。

……押しきれるか?

 

 

「わかった」

 

 

彼女は答えた。わかった、と。

それはつまり私はこの賭けに勝ったということでーー

 

 

 

 

『オやドスアへろス』

 

 

 

突然聞こえた声。そして、気配。

今までは間違いなくいなかったはずの『女』は、拘束されている私を至近距離から血走った目で睨み付けていた。そして、流れるように私の首を絞める。ギリギリと。

 

 

「か、っ……あ……」

 

 

息ができない。この『女』が一体なんなのか考える余裕があるわけもない私は、口をパクパクと開けて必死に空気を吸おうとする。

そんな私に対して、草木美澄は告げる。

 

 

「やっぱり嘘だったね」

 

 

彼女は既に私の吐いた嘘を看破していた。『女』を止めず、続ける。

 

 

「嘘なのは……術式。それから、総監部の目的か」

 

「どうせ総監部の愚か者(ゴミ)共は、ユキを『堕雪』もろとも殺すつもりなんだろ。呪術高専時代の私にもそれを持ちかけたくらいだ。その方針はそうそう変わらないでしょ」

 

「あとは術式の方の嘘だけど……まぁーー」

 

 

意識を手放す直前で、『女』は私の首から手を離した。

酸素を取り戻し、必死に呼吸する私に草木美澄の手が迫る。いや、正確に言うと私の『目』に迫っていて。

 

 

 

 

「奪ってみれば分かるよね」

ーーブヂュッッッーー

 

 

 

ーーーーーーーー




草木美澄は狂っている

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