堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー屋敷内 地下牢ーーーー
「それが……私と草木美澄のやりとりの、すべてだ」
「……マジかよ」
桔梗ちゃんが意識を取り戻してからの10分間。
壁越しに話されたその事実は衝撃的なものだった。
妹……美澄のあまりの変貌に言葉を禁じ得ない。だから、もしかして幻覚の類いじゃないかとも聞いたんだが……。
「現に……左中指の爪は剥がれ、右側の視界も失っている……これが幻覚ならば、そう、あって……ほしいものだ」
壁越しには見えない。だが、痛みを圧し殺したように、時々詰まる声を聞いていると、それが事実であることを嫌が応にも思い知らされる。
「草木美澄は狂っている」
「……そう、みてぇだな」
生意気で、雪ちゃんだけが生き甲斐みたいなバカな妹だった。俺が雪ちゃんにちょっかいをかけようとすると、跳び蹴りを喰らわせてくる。その程度の狂暴さはあったが、それでも狂気には堕ちていなかったはずだ。
だが、桔梗ちゃんの話を聞いてしまった今、あいつがもうおかしくなっちまってることが分かってしまう。
「呪詛師として彼女を連行……もし抵抗するようならば、我々が殺すべきだ」
「…………」
理屈は分かる。あいつが嫌っているであろう総監部の人間が相手だとしても、やりすぎだ。越えてはならない一線を越えている。
「……仕方ねぇか」
現状、俺たちはここから出る手段がない。だが、その時が来たならば、俺はーー
ーーーーーーーー
「ーーきて、起きて」
「っ」
体を揺すられ、さらに大声で声をかけられたせいで、無理矢理目が覚めた。目の前にいたのは、いつか見た顔。
「東坊城、水仙」
いつか見たときとは違い、両眼とも空色の『六眼』になっているはずだった。しかし、今の彼女には『左眼』がなく、固く瞑られた左目から流血もしている。明らかに異常事態だ。
「……まさかこんな牢屋に目覚ましサービスが来るとは思わなかったぜ」
「不満だったかしら?」
「いや、最高だね」
そんなやりとりを交わす。さて、彼女をこのまま口説き落とすのも一興ではあるが、今はやめておこう。
「その左目は……あいつにやられたのか」
「えぇ、隣の牢で眠っているあの女の子の『眼』を奪った途端に、私の『六眼』も奪われたの」
幸いなことに、奪われたのは私の左目。あの娘の右側を盗られなかっただけマシかもしれないわね。
皮肉混じりに笑う水仙ちゃん。それが強がりであることは、流石の俺でもわかった。
「急いで。ここから脱出するわ」
「あぁ」
隣の牢にいた意識のない桔梗ちゃんを抱え、俺と水仙ちゃんはその地下牢から脱出した。
ーーーー屋敷内 隠し部屋ーーーー
「これで……とりあえずはいいか」
屋敷内で唯一結界が張られていない場所を探し出して、そこで2人に結界を施した俺は、ひとつ息を吐いた。
「……結界術にこんな使い方があったとはね」
『転移結界』を応用したもの。本来、欠損している眼球に繋がる血管同士を極小の『転移結界』で繋ぎ、その結界に血液の循環を担わせる。
あの日ーー親友が死んだあの時から組み上げ続けた成果がこんなところで日の目を見るとは思わなかったな。
「とりあえずの処置だ。早いところ反転術式が使える術師に治療してもらった方がいい」
「それでも私とこの娘は命拾いしたわ。貴方のおかげね」
「……まぁ、そう思うなら、あとで俺と遊んでもらおうかね」
「えぇ、喜んで。勿論、ここから生きて帰れたら、だけれど」
「安心しな。死んでもここから出るからよ」
「あら、心強い」
本当ならばすぐにでもここから出るべきだろう。あの愚妹に呪力を感知されるのも時間の問題だろうからな。だが、まずは起こっていることを把握しなくちゃならねぇ。そのために、水仙ちゃんには洗いざらい話してもらわねぇと。
「何から話しましょうか」
俺に促されるでもなく、口を開く水仙ちゃん。話が早くて助かる。
……そうだな。まずは、
「君は誰の味方だ?」
それを訊ねる。あいつと一緒の場所に潜伏し、実の家族も手にかけている彼女を信頼してもいいものか。女の子なら誰でも信じてやりてぇが、この状況では慎重にならざるを得ない。
俺の問いに、彼女はこう答えた。
「正直、目的を果たすためだったら、誰の味方にもなるわ。呪術総監部にでも、草木美澄にでも、もちろん貴方たちでも」
「……信用できねぇ回答だ」
「えぇ、そうね。でも、ひとつだけハッキリしていることがある」
「私は……天蓋の味方」
それは彼女自身が手にかけたはずの女性の名前で。その名を告げた彼女の瞳はその色以上に綺麗に見えた。
「意味が分からねぇ」
「そうでしょうね。ただ、私はあの娘が望んだ平和な世界を……自分の生涯をかけてでも叶えようとした世界を作るだけ」
「………………」
嘘は言っていないだろう。手段はどうあれ、目的は亡き天蓋ちゃんと同じ。ということは、きっと……。
「今は味方、そう信じとくか」
「えぇ」
呉越同舟。今は共闘すべきなんだろう。
さて、彼女を味方とするならば、次に聞くべきことはあのことだ。
「教えてくれ。俺の妹……草木美澄は一体何をしようとしている?」
恐らく雪ちゃんを救おうとしているんだろうということは分かる。
だが、その経緯が分からない。理解できない。あいつは何の目的で人の眼球を奪っている?
「美澄ちゃんがしようとしているのは、雪と『堕雪』の分離よ」
「雪の魂にまで入り込んでいる『堕雪』を雪の体から追い出し、2度と雪に戻らないように祓おうとしている」
それは予想通りではある。あいつの雪ちゃんへの執着は俺も知っているところではあったから。
「そのことと人様の眼球集め……どう繋がるってんだ?」
「彼女の術式、知ってる?」
「……呪力を廻すだけの術式だ。あとは結界術が使えるのは見ての通りだが」
「それね、間違っているのよ」
それ?
どれを指してそう言ってるんだ?
「彼女の術式はそんなに単純なものじゃないの。隠し通せていたようだけれど、『六眼』の前では隠し通せない。私はそれを突いたから、彼女に一瞬でも取り入ることができた」
「……じゃあ、あいつの術式は一体なんなんだ」
「術式の名は『輪廻復原』」
『輪廻復原』?
聞いたこともない。
「無理もないわ。あれは呪術の中でも異質だから」
どんなものなのか、俺がそう訊ねると彼女は答える。
「簡単に言えば、他人の術式を行使できる術式よ」
「!! …………詳しく、話してくれ」
「正確に言えば、生きている術師から体の一部を奪い、彼女の手で破壊することで、その術師の術式を継承した骸人形を作り出す。勿論、その人形は彼女の思いのままに動く。そんな代物よ」
……なるほどな。
だから、桔梗ちゃん然り水仙ちゃん然り、その眼球を奪い取ったって訳か。それはなんとも悪趣味で、おぞましい術式だ。
「彼女は恐らく草木福濁の術式も有しているわ」
「そういや、あの野郎は美澄の肉体を奪い取るのが目的だった……そうか、その術式が雪ちゃんと『堕雪』を分離するための鍵」
「えぇ。それに加えて、相当の数の骸人形を用意してあるはずよ」
「特級レベルを抑えるには、そりゃまぁ、相応の備えはしてあるだろうな」
術式を知ったことで、なんとなくあいつがやろうとしてることの全容が読めてきた。
「あいつはーー」
「やっと見つけた」
突然の声。それは勿論、あいつのものだった。
「よぉ、妹」
「咲人に総監部の犬……『五条』裏切ったんだ」
そう言って、美澄は水仙ちゃんを温度のない眼差しで見ていた。
「最初に乱暴したのはそっちでしょう? 裏切ったのは、貴女の方よ」
「……まぁ、そうだね。なら、仕方ないか」
ため息を吐く美澄。それを見て、俺は口を開く。
「おい、妹様よ」
「…………なに?」
「お前、何人殺した?」
「……………………さぁ」
人の命を奪う。本来、忌むべきその行為ですらも心底どうでもいい。そんな感情を、無関心をあいつから感じ取った。
……あぁ、そうか。
お前は本当に、もうダメなんだな。取り返しのつかないところまで来ちまったんだ。いや、もしかしたら元々こいつはそうだったのかもしれない。
「俺は別によ、人を殺すなとは言わねぇ。目的やら任務のために、手を汚すことなんて呪術師ならざらにあるからな」
「…………」
「だが、命は命だ。人の命を命として見ることができなくなった時点で……その価値を図り違えた時点で、呪術師は呪詛師になっちまう。外道に成り下がる」
もう手遅れなんだろう。だから、
「草木美澄」
「お前はもう……呪詛師だ。お前は俺が祓う。それが兄としての最後の務めだ」
「私はユキを助けなきゃなんだ。その邪魔をするならーー」
「ーー死んでよ、お兄ちゃん」
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