堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第52話 黄泉孵りー陸ー

ーーーー回想ーーーー

 

 

俺たちは仲のいい兄妹では決してなかった。

 

お前が初めて家に来たとき、既に俺はお前が嫌いだった。知らない奴が土足で家の中に上がり込んでくる感覚が死ぬほど嫌で。だから、お前を嫌った。

きっとお前もそうだったんだろ? 少しだけ歳の離れた知らない奴と急に暮らすことになって、嫌気が差してただろうよ。いつもブスくれた可愛げのねぇ顔をしてた。

 

嫌いだったよ、本当に。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「『闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え』」

 

「!」

 

 

美澄の呪言に反応するように、俺と美澄を包むように『帳』が下りる。桔梗ちゃんたちと俺たちを分断した形になった。

まぁ、好都合ではあるな。

兄妹喧嘩に巻き込むのは申し訳ねぇってもんだろう。

 

 

「『耐呪結界』!」

 

 

先制攻撃はこちらから。

美澄の周りに瞬時に結界を構築する。勿論、この程度で拘束できるわけがないのは分かっている。これはあくまでも時間稼ぎだ。

 

 

「『転移結界・多重』」

 

 

複数の『転移』の同時展開。呪力の消費が激しいのと練るのに多少時間がかかるのが欠点だが、

 

 

ーーバリンッーー

 

「ちょうど出来上がったところだぜ」

 

 

美澄の周囲を覆う『耐呪』が壊れるのと同時に、それらが完成した。

 

 

「……『転移』」

 

「あぁ、これでお前は追いつけねぇよ!」

 

 

自ら結界の中へ飛び込む。『転移』から別の『転移』への高速移動。そして、

 

 

ーーバキッーー

 

「ーーッ」

 

 

呪力を込めた蹴りを叩き込む。一撃与えてすぐに移動、また攻撃して移動を繰り返し、あいつに俺の居場所を特定させない。ただし、その分一撃は軽く、決定打にはならない。

 

 

「……うっ……とおしい……っ」

 

 

それを分かっているのか、美澄は俺の連撃を耐え続けている。

呪力を込めた一撃を放つ。それが均衡を崩すための一歩目だが、今のこいつはそのきっかけを簡単には見せないだろう。現に、守りに徹しているこいつを崩せる未来を想像できない。

それに、精密な操作を必要とする極小の結界も同時運用してるんだ。正直いって、長期戦は不利。削りきれない。

ならば、そのきっかけを、隙をこちらから作るまでだ。

 

 

「『解』」

 

 

ほんの一瞬、すべての結界を解く。同時に、俺の姿が美澄の前に現れる。

その隙を美澄は逃さない。

 

 

ーーブンッーー

 

 

呪力の込もった蹴り。

そうだ、狙いどおりだ。

 

 

ーースッーー

 

 

それをギリギリで躱す。だが、完全には避けきれなかったようで、美澄の蹴りは俺の側頭部を掠めた。瞬間、血が吹き出る。

 

 

「危ねぇなッ!!」

 

 

そうは言うが、攻撃は止めねぇ。美澄の攻撃の勢いを逆に利用したカウンターをこいつの顔面に叩き込む。

 

 

ーーブンッーー

 

 

殴った感覚はない。避けられるような状況じゃなかった。それでも、俺の拳は空を切ったようだった。

 

 

「……あれか?」

 

 

俺から少し離れたところに美澄の姿があり、その背後に1人の男がいた。

……いや、よく見ると人ではない。異様なほどに青白い顔と生気の感じられない瞳。

なるほど、これがーー

 

 

「『輪廻復原』か!」

 

 

あの人形の術式が何かは分からねぇが、恐らくそのタイプの呪術ならば人形自体を破壊してしまえば、術式は使えないはず。

それに思い至った俺は、人形の破壊に回る。

 

 

「『転移』!!」

 

 

美澄の後ろの人形、その更に背後へ展開した『転移』で人形の元へ飛ぶ。

そして、呪力を込めた手刀で人形の首を跳ねた。念のためにもう一発。人形ごと軌道上にいた美澄を蹴り飛ばす。

吹き飛んだ美澄は『帳』の端へ。鈍い音を立てて、『帳』にぶつかった。

 

 

「…………」

 

 

衝撃のせいでまだ動けないのか、美澄は『帳』にもたれかかったような格好で動かない。

 

 

「……どうした? もう終わりーーな訳ねぇよな」

 

「…………」

 

 

俺がゆっくり近づいても、美澄はぐったりしたまま。

動きばかりを警戒し、慎重になっていたせいだろう。それに気づくのが遅れた。

 

 

「っ、違う」

 

 

いや、こいつは美澄じゃねぇ。見せかけだけの偽者だ。そうなると、美澄はーー

 

 

 

「……『輪廻復原』」

 

 

 

声は俺の真上。見上げると、そこには何もない場所に、まるで宙に立っているかのように美澄が浮いていた。

よく見れば、美澄の手から滴るように赤黒いモノ……恐らく血だろう。滴る血液が俺の前で人の形へ為っていく。やがて、それは俺の見知った人間の姿をした『何か』になっていた。

 

 

「……正、藤」

 

『…………』

 

 

花房正藤。

俺の同い年の幼馴染みの、呪詛師。

2年前に死んだはずのあいつがそこにはいた。

 

 

『…………』

 

「なんの冗談だ? 正藤はあの時に死んでーー」

 

 

そこまで言って気づく。

そういうことか。正藤が自分の術式でやられたような血を抜き取られたその奇妙な死の真相は……。

 

 

「正藤の術式も奪った……あの時、正藤を殺したのはお前か、美澄」

 

「…………」

 

「……本当に悪趣味だよ、お前」

 

 

俺の言葉に答えもせず、美澄はゆっくりと地に降りる。

そして、

 

 

 

「殺せ」

 

 

 

『それ』は動き出す。

 

 

『『流体操術』』

ーービュンッーー

 

「!」

 

 

正藤擬きの術式が発動すると同時に、こちらへかざした手から針状のものが射出された。躱す。

 

 

「なる、ほどなッ! こいつ自身が液体……!」

 

 

正藤の『流体操術』は液体や気体を操る術式。人形が美澄の血液でできているなら、自身の形さえ自由に操れるってことだろう。

 

 

「っ、たし、かに……こいつは……」

 

 

飛ばしてくる血の針を避けながら、辺りを見渡す。打開策を探す。

なにか、なにかねぇか……!?

どうにか一瞬の隙を突いて、『耐呪』を自分の周りに展開する。その間にも美澄と正藤擬きが結界に攻撃続けている。時間の問題だ。

……考えろ、考えろ。頭を回せ。

正藤の術式は強力だから正直放ってはおきたいが、あの人形がどれほど増やせるか分からねぇ以上は放置できる訳もない。

なら、俺がやるべきは、

 

 

ーースッーー

 

 

『耐呪』をこちらのタイミングで解く。

今まで壁を全力で殴っていたからだろう。一瞬、美澄たちの重心が崩れる。

ここしかーー

 

 

 

「ーーねぇよなッ!!」

 

ーーーーヒタッーーーー

 

 

 

体勢を崩した正藤擬きに触れ、更に美澄にも触れ、『転移』で離れる。

 

 

「……? 何をした……?」

 

「さぁな。答えをそのまま教えるんじゃ面白くねぇだろ? そういうのは自分で解き明かすもんだぜ」

 

「…………うざい」

 

 

距離を詰めてくる美澄。同時に、正藤擬きも寄ってくる。

そして、奴らは呪力を解放する。

そう。

それが狙いだよ。

 

 

ーーガクッーー

 

「っ、呪力が……っ」

 

 

まるで体から力が抜けたように、急に動きが悪くなる美澄。それに同調して正藤擬きも動きを止めた。

呪力消費を加速度的に増加させ続ける『乗呪結界』。

『領域』対策で作り出したものだったが、『輪廻復原』も相当に呪力は消費するようで。

どうにか、成功したみてぇだな。

 

 

「賭けは俺の勝ちだぜ、妹」

 

「…………」

 

 

片膝を着いた体勢の美澄へ言い放つ。

少し……おしゃべりをしたい気分ではある。言葉を交わすのも最期だろうしな。

だが、

 

 

「残念ながら、俺もいっぱいいっぱいなんだ。終わらせるぜ」

 

「…………」

 

 

 

「……じゃあな、美澄」

 

 

 

俺は最低限の呪力を帯びた拳で、そのまま美澄の心臓をーー

 

 

 

ーービタッーー

 

 

 

「っ!?」

 

 

命を摘み取るその寸前で、俺の拳が止まった。

いや、拳だけじゃない。俺の体の動きが完全に止まっていた。視線も満足に動かせねぇ。

これは、あいつの『流々翼下』!? 人形は完全に破壊していないとはいえ、人形自体にも『乗呪』はかけている。

にもかかわらず、まさか極ノ番すら使えるのかよ……!

 

 

「危ないな……はこっちの台詞。こんな……人の呪力制御を狂わせる結界とか……」

 

「………………」

 

 

目の前の美澄は、ひとつ息を吐いてそう言った。どうやらこの短時間で『乗呪』を解呪したらしい。

随分と余裕、じゃねぇか。

そんな言葉を投げてやりてぇが、残念ながら俺の口も動かない。正藤の最大火力『流々翼下』をこうも簡単に……。

なるほど、これが『輪廻復原』ーー人の術式を行使するこいつの本当の術式か。

 

 

「……まぁ、どうせ動けないーー」

 

 

「ーーでしょ」

ーーバキッーー

 

 

思い切り振り抜いた美澄の蹴りは俺の腹に入る。

吐血もできない。まるで時間が止まっているかのように、俺は固まったまま、攻撃を受ける。

一発、二発、三発……よくもまぁ、思い切り蹴りやがって。

 

 

「……こんなものかな」

 

 

美澄の呟きを境に、体が急に動き出す。

 

 

「~~~~ッ!?」

 

 

同時に走る激痛。

声をあげる余裕すらなかった。

 

 

「……く、そ……っ」

 

「私を祓うとか、兄としての務めとかさ……この力量差でどうするわけ?」

 

「っ」

 

 

跪いた俺を冷たい眼差しで見下す美澄。

 

 

「本当に……お前は……」

 

「……はぁ、もういい。せめて少しくらいは役に立ってよ」

 

 

そのまま美澄は手を伸ばしてくる。

弱った俺の目に、手を伸ばしてくる。

 

 

 

 

 

「術式順転『蒼』ッ!!」

 

 

体が後ろへ引き寄せられる感覚。気づけば美澄は遠くにいる。その代わりに、

 

 

「ごめんなさいね。お兄ちゃんとして、格好をつけたかったところでしょうけど」

 

 

俺の隣には水仙ちゃんがいた。どうやら『帳』を破壊し、強化した『無下限呪術』で俺の体を引き寄せたのだと、少し遅れて理解する。

 

 

「……いや、助かった」

 

「あら、素直ね。格好をつけてくれるのかと期待したのだけど」

 

「こんなボロボロにやられて今さら格好つけるもなにもないだろうよ」

 

 

息をどうにか整える。その度に走る激痛は、折れたあばらが内臓を傷つけているであろうことを物語っていた。『転移』で血液を操作したところで、時間の問題か。

 

 

「……どのくらいもちそう?」

 

「安静にしてりゃどうにかなるだろうが、まぁ、そういうわけにもいかねぇよな」

 

「えぇ、残念ながら」

 

「なら、10分……いや、15分なら動ける」

 

「十分ね」

 

 

そう言って、俺の前に一歩出る水仙ちゃん。

その背中を見ていたら、俺は気づけば呟いていた。

 

 

「……想像以上の化物になっちまったんだな、あいつは」

 

 

あいつの呪術を受けて分かった。分かっちまった。

美澄と俺の差を理解してしまった。

だから、ついそんなことを呟いちまったんだろうな。弱音みてぇな、本当に俺らしくもない。

そんな俺に水仙ちゃんは微笑む。

 

 

「大丈夫よ。もうーー」

 

 

 

 

ーーパァァァァァァンッーー

 

 

 

 

「ーー手は打ったから」

 

 

俺と水仙ちゃんの後方から放たれたその『銃弾』は、美澄に命中した。

 

 

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