堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第55話 恋慕の情ー壊想ー

ーーーーーーーー

 

 

声が聞こえていた。

 

男を殺せ、と。

出来るだけ苦しめて殺せ。

そんな声だった。

 

それはきっとわたしの中にいる『彼』の声。

でも、本当は分かってた。それはわたし自身の声なんだって。

わたしが自分の『望み』を教えているだけなんだって。

 

 

ーーーー✕✕邸ーーーー

 

 

「な、なんで……こんな子供が……」

 

 

男は恐怖の表情を浮かべながら、後退りしている。その後ろには、男の妻とその子供。2人も同じように、わたしのことをまるで化け物かなにかのように見てくる。

 

 

「…………」

 

「や、やめてっ」

 

 

女は子供を抱きかかえながら叫ぶ。ぎゅっと抱きしめ、子供だけは守るとでも言いたいんだろうか。

 

 

「……わたしはもうそうして抱きしめてもらえないのに」

 

「な、なにを言っているんだ」

 

 

へぇ、この期に及んでしらを切るんだ。

男の反応も、女の反応も腹が立つ。それが目に入る度に、ドス黒い感情が体に満ちてくる。

 

 

「…………●●」

 

「え……?」

 

「この名字、聞いたことあるでしょ」

 

 

自分が死に追いやった、殺した人間の名前を忘れる訳がない。

そんなことをわたしはまだ思っていた。この男に少しだけ期待していた。泣いて謝るだろうと。自分が悪かったと。そう言ってくるのではないかって思ってた。

だから、

 

 

「な、なんのことだ……?」

 

「っ」

 

 

その答えを聞いたとき、わたしの中で何かが崩れる音がした。

あぁ、そっか。忘れているんだ。

わたしの家族を殺しておいて、こいつはーー

 

 

「たすけてくれ、金なら払う……命だけはっ!!」

 

 

家族を背にして、男は跪く。

その姿を見ながら、わたしは動いた。

 

 

 

ーーグヂャッーー

 

「あ、あぁぁあぁぁ…………っ」

 

 

 

まずは1人、女の心臓を一突き。

そのまま腕を振ると、女は子供の前に転がった。それを見て、子供が泣きじゃくりながら女に駆け寄ろうとして、それを男が止めた。

 

 

「お母さんっ!!!」

 

「だめだっ、なずなっ!」

 

 

自身も泣きながら娘を必死で抱きしめ止める男。

 

 

「たのむっ、私はどうなってもいい。ただ娘は……っ、娘だけは助けてくれっ!!」

 

「…………」

 

「おねがいだ……いや、お願い、します」

 

 

土下座。

自分の娘と歳の変わらないわたしに懇願する様は、本当に不快だった。死を望む人間の土下座なんかに価値はない。

 

 

「……わかった」

 

「っ、じゃあーー」

 

 

ーーギチッーー

 

 

次は、娘。家族を失う苦しみを味わって、こいつには死んでもらわなきゃいけないもんね。

 

 

「お、と……さ……」

 

「なずな! や、やめろッ!!!」

 

「…………おと……」

 

 

叫びながら、男はわたしに体当たりをしてくる。けど、今のわたしはそんなもので倒れるわけもない。

泣き叫びながら、わたしを攻撃し続ける男を尻目に、

 

 

 

ーーゴギッーー

 

 

 

娘の首を折った。

 

 

「なんて……ことを…………」

 

 

それを見た途端に男は崩れ落ちた。両膝を着き、頭を抱えて唸り続ける。

いい様だ。

 

 

「…………●●。聞いたことあるでしょ」

 

「うぅぅぅぅぅ……」

 

「……勝手に、壊れないでよ」

 

 

髪を掴み、無理矢理頭をあげさせる。勝手に壊れることなど許さない。

 

 

「●●って名字に聞き覚えあるよね」

 

「……●●…………」

 

「お父さんの会社を潰した。自分で潰しておいて助けようとして、見捨てた。そして、お母さんも……」

 

「●●……●●…………あ、あぁぁ……」

 

 

そこまで言って、男はやっと思い出したようで。顔色がみるみる変わっていく。

 

 

「あれは、仕方がなかったんだ……」

 

 

仕方ない? 何を、言ってるの?

そこから男は何か言い訳を口にしていてた。けど、わたしの耳には入らない。

だって、理由も、事情も関係ないから。

あるのは事実だけ。

わたしのお父さんとお母さんを殺したっていう事実だけだ。

本当なら今すぐ殺してしまいたいけど。

 

 

「……まだ殺さない」

 

「え……?」

 

「もうひとり、いるから」

 

「っ」

 

 

それで思い至ったんだろう。わたしが今からしようとしてることに。

 

 

「や、やめてくれ……」

 

「止めると思う?」

 

「っ、や、やめろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

男が叫び声をあげると同時に、その声が聞こえた。

聞き間違える訳がない。それは彼女のーー美澄ちゃんの声だ。

 

 

「ッ、来るな、みすーー」

 

ーーバキッーー

 

「かっ!?」

 

 

鳩尾への一撃で男を叫べなくする。ここで逃げられたら困るもんね。

そうして、足音が近づいてきて。

 

 

「ただいーーーーえ?」

 

 

美澄ちゃんはやってきた。

目の前に広がる惨状に、言葉を失ってる。

 

 

「おかえり、美澄ちゃん」

 

「ユ、キ……?」

 

 

あぁ、これでいい。

血塗れのわたしを見て、美澄ちゃんはきっと気づくはずだ。

わたしが美澄ちゃんの家族を殺したこと。

そして、あの時のわたしと同じようにーー

 

 

 

「っ、ユキ! 隠れてっ!!」

 

「………………え?」

 

 

 

返ってきたのは、想定外の言葉だった。

 

 

「呪霊なんでしょ! こんなこと……こんなことしたのはっ!」

 

 

そう言って、美澄ちゃんはわたしの側へ。壁を背にできるように、わたしを無理矢理自分の引き寄せる美澄ちゃん。

そんなことをされて、わたしは混乱した。そして、思わず聞いてしまう。

 

 

「……なんで泣き叫ばないの……?」

 

 

目の前の惨状を理解してるはずだ。

家族仲はいい方だって聞いたことはあった。いつも優しくて話を聞いてくれる母親。自分のことを慕ってくれる少し歳の離れた可愛い妹。そして、静かで厳しいけど、自分のことを考えてくれる父親。

大切な家族だと教えてくれた。

 

だから、純粋に疑問だった。

家族よりもわたしを優先した彼女のことが。

そんなわたしの疑問に答えるように、美澄ちゃんは口を開いた。

 

 

「泣きたいよ……叫びたいよ……みんな、死んじゃったんだからっ」

 

「じゃあ……なんで?」

 

「……でも、このままじゃユキも殺されちゃうからっ」

 

「わたし……?」

 

「うんっ、家族と同じくらいユキは大事なんだよっ! ずっと周りから嘘つき呼ばわりされてきたわたしのことを理解してくれて、それに守ってくれるって言ってくれた」

 

「それ、は……」

 

「わたしも守りたいんだよっ」

 

 

 

「ユキのこと大好きだもんっ!!」

 

 

 

そう言った美澄ちゃんは震えていた。

悲しいし、怖いだろう。家族が無惨に殺された。、それにずっと呪霊を見てきて、牙を剥いた時の恐ろしさも、ついこの間味わったんだから。

にもかかわらず、美澄ちゃんはわたしを守るようにしていた。

血塗れのわたしの前に立って、呪霊の気配を探している。

 

 

「美澄、ちゃん……」

 

 

その姿を見ていたら……ううん、そんなことない。きっと気のせいだ。

わたしは、このまま美澄ちゃんをあの男の目の前で殺す。

……そう、だよ。今なら後ろから美澄ちゃんの首を絞めて殺せるじゃないか。そして、あの男に美澄ちゃんが死んでいく姿を、表情を見せながら仕上げにすればいい。

 

 

ーースッーー

 

 

わたしは、手を伸ばした。

わたしを守ろうと、泣くのを耐えながら気を張り巡らせる美澄ちゃんの首に、後ろから手を伸ばす。

そして、

 

 

 

 

「…………だ、め」

 

 

 

わたしの手は止まった。

途端に腕から、それどころか体からも力が抜け、頭の中が、ぐちゃぐちゃになっていく。

両親を殺した男への復讐心と、大切な友達・美澄ちゃんへの思いがぐちゃぐちゃに混ざっていく。混ざって頭の中を巡っていく。

 

 

「え? あ……あぁ、あぁぁぁぁぁっ、わたし……わたしはっ!?!?!?」

 

 

混乱。錯乱。

おかしくなりそうだった。自分の心の底にあるものが混ぜ反って、バラバラになっていく感覚に襲われた。

 

 

「ユキ! しっかりして、ユキっ!!」

 

「み、みすみちゃん……?」

 

「ユキ! ……いじょ……から……キ!!」

 

「………………」

 

 

だんだんと美澄ちゃんの声が遠くなる。

視界もぼやけていく。意識がもうどこかにいってしまいそうで。

やがて、何もかもがどうでもーー

 

 

 

 

『それは困るな』

 

 

 

不意に、声が聞こえた。

世界の音が遠くなっていく中、その声だけが頭に響く。

 

 

『俺とお前の契約ーー『縛り』は、あの男の絶望と死だ』

 

『そうしなくては俺は存在すらできん』

 

『…………ふむ、そうか。この記憶が邪魔なのか』

 

『ならば、『上書き』してやろう。その娘の記憶も一緒にな』

 

 

 

『術式解放ーー『戯憶竄酔(ぎおくざんすい)』』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そうして、わたしの記憶は書き換えられた。

生きる気力を失いかけていたわたしが生きるために、記憶を捨てた。

わたしの両親が殺されたこと。

美澄ちゃんの家族を殺したこと。

美澄ちゃんと共にその全てを忘れ、ただの友達になったんだ。草木美澄と花房雪として。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『あの時に、お前たちにかけた俺の術式はもう消えた』

 

「うん」

 

『あの娘も思い出すだろう。そして、その事実に到る』

 

「……わたしが美澄ちゃんの家族を殺したことでしょ」

 

『あぁ、もう子供ではないのだ。あの状況から考えれば、分かるだろう』

 

「分かってる」

 

『あの時逃がしたあの男はまだ生きている。俺とお前の契約はまだ終わっていない』

 

「それも、分かってる」

 

『覚悟はいいだろうな? あの時の二の舞にはならんように』

 

「……うん、あのときとは違う。急に記憶が戻ったせいで、少し混乱したけど、今はもうハッキリしてるよ」

 

 

 

「美澄ちゃんを殺す。そして、全部終わらせよう」

 

『ならば、よい』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

やがて、その時はやってきた。

わたしの呪力に気づいた術師は全員殺した。

止める者はもういない。もう、邪魔は入らない。

 

 

 

「おまたせ、ユキ」

 

「うん、美澄ちゃん」

 

 

 

美澄ちゃんは笑顔だった。

そんな美澄ちゃんをわたしも笑顔で迎えた。

 

今から幕が下りる。

終幕の時は近い。

 

 

 

ーーーーーーーー




あと少し。

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