堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完)   作:藍沢カナリヤ

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第8話 些事動乱ー弐ー

ーーーー呪術高専寮・花房雪の部屋ーーーー

 

 

「あー、もうっ!!」

 

 

やっと解放された美澄ちゃんは、寮のわたしのベッドに体を投げ出した。

お疲れ様といって、さっき淹れたお茶をいつも美澄ちゃんが使っている湯呑みで出してあげる。

 

 

「ありがと、ユキぃ」

 

「いえいえ」

 

 

事情聴取という形で想定以上に拘束されていた美澄ちゃん。

わたしよりも長かったのは、実力的にわたしではアイヌ呪術連の彼を殺せないから、という理由だと思う。

ずずず、とお茶をすすりながらため息を吐く美澄ちゃん。

 

 

「もー! せっかくの2人での任務だったのにさぁ」

 

「まぁまぁ」

 

 

人が1人亡くなってるんだから、そんなことを言ったら不謹慎だよ。

そう伝えると、美澄ちゃんは渋々といった様子で返事をした。

 

 

「……美澄ちゃん」

 

「なに?」

 

「『両面宿儺の指』はどうなったんだろう」

 

「一級術師に引き継がれたんでしょ。私たちが気にすることないよ」

 

「でも……」

 

「……………………」

 

 

このまま放っておいたら、もしかしたら悪用されるかもしれない。

『両面宿儺の指』は呪霊を引き寄せる。

呪霊に渡れば、それを取り込み、特級に匹敵する呪霊が生まれてしまう。

呪詛師の手に落ちれば、それこそ直接的に被害が出るだろう。

 

 

「……ねぇ、美澄ちゃん」

 

「やだよ……しないからね」

 

 

わざわざユキとの時間を削るようなことはしない!

美澄ちゃんはわたしがお願いしようとしていることを予測したのか、そんな風に拒否した。

けど、わたしは知ってる。美澄ちゃんは、

 

 

「おねがい、美澄ちゃん」

 

「うっ……」

 

 

わたしのおねがいを断れないことを。

ごめんね。ずるいよね。

でも、わたしは

 

 

「放っておけないよ」

 

 

多くの被害が出ることを放ってはおけない。

だから、ずるいと言われてもいい。

 

 

「…………わかった」

 

「美澄ちゃん!」

 

「でも、ユキの身が危ないと思ったらすぐに止めるから!」

 

 

こうして、わたしと美澄ちゃんは特級呪物『両面宿儺の指』を持ち去った何者かを探すことになった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そうは言っても、わたしたちには手がかりらしい手がかりがない。

高専の上層部や任を受けている一級術師には、もしかしたら情報が流れているのかもしれないけれど、独自に動いている人間に情報を渡してくれるお人好しは上層部にはいないだろうと思う。

なら、やれることは『両面宿儺の指』の特性ーー呪霊を引き寄せるというそれを逆手に取って動くことだ。

呪霊集まる所に『両面宿儺』あり、と。

ただし、これも封印がしっかりしてあれば無意味な行動になってしまう。

 

 

「平和だったね」

 

「うん……」

 

 

というわけで、2人で代々木公園のベンチに座り、項垂れる。

気づけば日が傾き始めている。

結局、今日1日を無駄に使ってしまった。

 

どうやら封印はしっかり持続しているらしく、呪霊が極端に集まっているような現象は確認できなかった。

……本当はいいことなんだけどね。

そもそも特級呪物に施すレベルの封印なんだから、簡単に解けるわけはない。ただ、一級術師を殺害できるほどの呪詛師なら可能性はあるから、まったくの杞憂ということはない……と思いたい。

 

 

「どーしよーね」

 

「…………」

 

 

『両面宿儺』へのアプローチはできない、となれば、できるのはもうひとつの手段。

 

 

「殺害した犯人へのアプローチをする……かな」

 

「まぁ、そうだねぇ」

 

 

美澄ちゃんも同じ結論に至っているようで、わたしの言葉に頷いてくれた。

そう。

殺害されたのが一級の呪術師であること。

そして、遺体に見られた異様な状況ーー刺し傷はあれど、血液の跡がないことーーから考えるに、殺害した何者かの術式が推測できるはず。

これらの情報から犯人を直接的に特定していくしかない。

 

 

「実力は一級以上。もしくはそれができる術式をもつ呪詛師もしくは呪霊」

 

「それに血液を丸ごと消せる術式」

 

「呪具の可能性もあるかもね」

 

「あとは大量の刺し傷…………殺された彼に恨みをもってた呪術師ってことかな」

 

「んー、どうだろ。基本的に呪術師なんて、みーんなイカれてるからねぇ」

 

 

手がかりには少し弱いんじゃない?

美澄ちゃんはそう言った。

たしかに否定はできないけど、それでもあんなに刺しているのは異常だとわたしは感じていた。

怨恨か、それともそれが条件の術式か。

どちらにせよ、出先で調べられることはないのかもしれない。

 

 

「そろそろ帰ろっか、美澄ちゃん」

 

「んー、りょーかい」

 

 

わたしの言葉を受けて、美澄ちゃんは立ち上がった。

今日のところは2人で帰ろう。

せっかくの休日だったのに付き合ってもらったから、帰りにスーパーで美澄ちゃんの好きな甘いものでも買ってあげようかな。

そんなことを考えていたら、

 

 

「あっ、ごめん! 私、少し寄るところがあるんだった!」

 

 

ユキは先に帰ってて。

美澄ちゃんは珍しくそう言った。

いつもなら、わたしと帰ることをなによりも優先するのに……。

まぁ、たまにはそんなこともあるよね。

 

 

「わかった。あまり遅くならないようにね」

 

「はーい!」

 

 

そうして、美澄ちゃんに見送られながらわたしは1人帰路に着いたのだった。

 

 

 

ーーーー美澄視点ーーーー

 

 

無念だ。

こうしてユキを1人で帰すことになるなんて。

本来ならば、休日を無駄にしたと思っているユキの罪悪感に漬け込み、手をつないで帰ろうと思っていたのに……。

それが叶わなくなるなんて、本当に残念でならない。

いや、むしろこれは怒りだ。

 

 

「……隠れていないで出てきなよ!」

 

 

周囲に響くように、私は声をあげた。

声が響いて数秒後、その人物は私の横の茂みから姿を現した。

 

髪の短い女だった。青みがかった黒色の髪。

背は高い。私よりも頭ひとつ以上は高い。

黒い……たしかチャイナ服といったか、そんな服を着ており、相当自分の体型に自信があると見える。

そして、特に目を引くのはその左目。眼鏡をしているが、それ越しでも分かる。右目はよくある茶色の瞳。だからこそ、吸い込まれそうな空色の左目が際立っていた。

非術師では決してない。呪術師の中でも異質で、不気味な雰囲気がある。

女は私の視線に構わず、話を始める。

 

 

「驚いたわ。呪力は出していなかったはずよ」

 

「……一日中、嫌な気配があった」

 

「気配、ときたかぁ。それも気をつけたはずだったのに」

 

 

そう言って、顔をしかめる女。

しかし、その表情にはどこか余裕が感じられた。

余裕。私よりも強いという余裕だ。

 

 

「何者?」

 

 

正直、声を張り上げた時には込み上げていた帰路を邪魔された怒りはどこかに消えていた。いや、怒りよりも優先する感情ができたと言った方が正確だ。今は警戒の感情が強い。

こいつ、なんだ?

 

 

「貴女たちを害するつもりはない。それだけ言っておこうかしら」

 

「何を根拠に……」

 

「……うーん、そうねぇ」

 

 

少し考えた後に、女はそれを口にした。

 

 

「あなたたちが追ってる術師の正体と術式を教える。それでどうかしら?」

 

「…………」

 

 

それはユキが今、求めているもの。

信用するかどうかはともかく、ユキのためになるならば聞くだけ聞いてもいいのではないか。

数秒の思考を経て、私はそれを訊ねた。

女は答える。

 

 

「術師の名前は……花房正藤(はなぶさまさふじ)

 

「その術式は『流体操術』。大気中の流体を操ることができる術式よ」

 

 

ちょっと待って。

いきなり、気になる言葉が出た。

『花房』だって?

 

 

「そうね。花房正藤は花房家次男で、花房雪の兄にあたる人物だわ」

 

「目的は」

 

 

 

「花房雪の抹殺」

 

 

 

少し固まっていた。

十数秒後、私の脳がその意味を理解した。

 

 

「待って。なんで一級術師の殺害と『両面宿儺の指』の盗難が、ユキを殺すことに繋がるの?」

 

「それにユキは花房家にはよくしてもらってるって言ってた。なんで兄から命を狙われるような事態になるわけ?」

 

 

予想外の答えに動揺してたんだと後になって思う。

矢継ぎ早に問いを投げる私に、女は落ち着くようにと声をかけてくる、が……。

 

 

「落ち着いていられると思う!?」

 

 

この女の話が本当ならば、ユキが狙われているのだ。

落ち着いてなんていられる訳がない。

 

 

「…………そこまで思われているんだから幸せ者ね」

 

「いいから!」

 

「分かったわ。話すから少し落ち着いて聞いて頂戴」

 

「っ…………わかった」

 

 

少しだけ息を吸って、吐く。

さすがに事を急ぎすぎた。

話を聞く。それが今、私がしなきゃいけないことだ。

 

 

「まず、花房雪は本当に可愛がられているわ。それは間違いない」

 

「けれど、それをよく思わない者もいた」

 

 

それが正藤ってことか。

でも、可愛がられてるってだけで殺そうとする?

しかも、あのユキを。

 

 

「『堕雪』……貴女もそれを知っているわよね」

 

「!」

 

「正藤は花房雪と『堕雪』を同一視しているの。呪霊が花房家に存在すること自体、彼にとって忌むべきことなのよ」

 

 

ユキとあの呪霊を同一視?

ありえない。ユキはユキ以外の何者でもないというのに。

 

 

「…………愚かな」

 

「………………ここからが本題よ。正藤は『両面宿儺の指』を雪に取り込ませようとしている」

 

「あ?」

 

「それで『堕雪』を表に引き摺りだして、自らの手で祓おうとしているの」

 

 

その後も女の説明は続く。

実の兄である一級術師・花房在藤(はなぶさありふじ)が、他の一級術師が正藤を見つけ出す前に、彼を始末しようと動いていること。

正藤の術式の対処法。

だけど、やるべきことがハッキリした今の私にはそんなことはどうでもよかった。

大事なのはひとつだ。

 

 

 

「……そいつは」

 

「ユキを殺そうとしている」

 

「それで間違いない?」

 

 

「そうね、間違いない。誓って嘘は吐いてないわ」

 

 

それだけハッキリすれば十分。

つまり、『両面宿儺の指』を強奪した花房正藤は私の敵だ。

つまり、私が殺すしかない。

 

 

 

ーーーー美澄は知り得ない独り言ーーーー

 

 

「よろしくね、草木美澄ちゃん」

 

 

美澄が去った後、女は呟いた。

薄い笑みを浮かべて。

さらに、彼女はかけていた眼鏡を外し、左目を隠すように覆う。

 

 

「しかし、凄い呪力量ね。見てるだけで目に負担がかかるわ」

 

「それにあの『術式』……あれは雪を守るために使ってもらわなきゃね」

 

 

日が沈み、辺りは暗くなる。

その中で彼女の左目だけが怪しく輝いていた。

 

 

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