堕雪の花言葉【3年以内に私はそれを●す】(完) 作:藍沢カナリヤ
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今日は具合が悪いから休むね。
ユキも今日はゆっくり休んで。
私は翌日、日曜日の早朝にそんなメッセージをユキに送った。
お見舞いに行くというユキの聖母の如き優しさを泣く泣く断る私の心中を誰か察して褒めてほしい。
……いや、やっぱり褒めてもらうならユキ以外考えられないから、褒められなくてもいいや。
ユキに嘘をついちゃうのは心苦しいけど、仕方ない。
「これもユキのため」
そんな言葉を口にして、自らを鼓舞する。
さて、これからどうしよう。
花房正藤……『流体操術』とあの女は言っていた。その対処法も話してはいたが、それだけだ。肝心の部分、その男がどこにいるかという情報はなかった。
……ということは、あの女も正藤の所在は分からないということか。
「……仕方がない」
やりたくはない手だったけど、背に腹はかえられない。
私は近くの公衆電話からある場所へ電話をかけた。
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「ただいま戻りました」
仰々しい門の前。
呼び鈴を鳴らし、戻ったことを告げる。
寸刻して、門がギギギと大きな音を立て、開いていく。
中にいたのは、この家の家政婦である初老の女性・イチ。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「……お嬢様は止めて、イチさん」
「ふふふっ、旦那様が広間でお待ちですよ」
「はぁ、分かった……」
いつもここに帰る時は気が重い。
ここは草木家。
孤児であった私が引き取られた呪術師の家だ。
ーーーー草木家・広間ーーーー
草木家の広間には大きな机が置いてある。
長方形のそれで、入って奥側の上座にその人は座っていた。
「帰ったか、美澄」
「はい、お父様」
結界術を得意とする歴代草木家当主の中でもずば抜けた実力をもつと言われている一級呪術師。
勿論、御三家のそれには及ばないが、呪術界においてそれなりの発言力を有する人物である。
もうすぐ70とは思えない鍛え上げられた体から発する圧からも、只者ではないことを感じさせられる。
この人の前では、ユキ以外はどうでもいいと思っている私でも余所行きならぬ家行きの態度で接さざるをえない。
その程度には私も恩義を感じているから。
「どうだ、呪術高専は」
「はい。多くのことを学ばせていただいています」
「そうか、それは重畳。『お前には』期待しているぞ、美澄」
「……私には勿体ないお言葉です」
私の返答に満足げに頷くお父様。
『お前には』。
ふと、その言葉が引っ掛かった。
「お父様。失礼とは思いますが、兄様に何かあったのでしょうか」
「……」
兄。
軽薄で、だが実力はある兄・
今までの圧を感じつつも寛大な様子ではなく、重苦しい雰囲気で、ドス黒い呪力がお父様から放出されていると錯覚すらしてしまう。
それほどの負の感情だ。
……もしかしたら地雷を踏んだかもしれない。
「あの馬鹿は知らん。勝手に高専からの任務を受けた挙げ句に、それで負傷しおった」
「! 兄様が、ですか?」
「あぁ。高々呪詛師一匹程度で手こずるとはな」
あの馬鹿のように強い咲人が負傷というのも驚いたが、それよりも……呪詛師、か。
一応、まだ花房正藤は呪術師として扱われているはずだ。
なら、その件は関係ないかな。
「心中お察しします」
「……やはり美澄はあの馬鹿とは違うな」
そう言って、お父様は立ち上がる。
どちらへ、と訊ねると、これからその咲人のところへ行くという。
病室で怒鳴るお父様と耳を塞いで聞こえないと大人気なく振る舞う咲人の姿が容易に想像できてしまった。
「確か情報が欲しいとのことだったが」
「お父様の手を煩わせるほどのことではありません」
「いつも通りイチに聞くといい。その辺りはすべて一任してある」
「はい、ありがとうございます」
そのままお父様は扉の方へ。
広間から出る直前に、
「どうだ、そろそろ見合いを受ける気になったか」
「………………」
「まぁ、ゆっくり考えるといい。高専卒業までは待つという約束だからな」
「……ありがとうございます」
そう言って、お父様は広間を出ていった。
…………見合い、ね。
それだけは受け入れるわけにはいかないし、受け入れるつもりもない。
ーーーー草木家・資料室ーーーー
草木家の資料室はかなり大きい。
呪術に関連する情報を大きなことから些細なことまで蓄積してあるからだ。草木家の呪術界への発言権は、お父様自身の力も勿論あるが、この資料室の存在がかなり大きかった。
資料室に入ると、いつも通りの埃っぽい空気を感じた。
毎日掃除はされているが、ここに保管されている物自体が古いことや立地が地下室ということもあり、どうしてもそうなってしまう場所だった。
「あら、お話は終わったのですか、美澄様」
資料室の奥。
ポツンと置かれている椅子に彼女は静かに座っていた。
イチさんだ。
彼女はここを自室としており、家政婦としての仕事をしている時以外は常にここにいる。
草木家にとっての力の根底ともいえるこの資料室を自室に割り当てられる所以は、その能力の高さだ。
資料室に置かれているすべての資料の配置は勿論、その内容すら記憶しているらしく、また、情報整理や・処理能力に関しても、常人とは比べ物にならない。
恐らく彼女がいなくなったら、この家の力は急速に衰退するだろう。
「とりあえずね。また、お見合いのこと言われて、イラついてるけどさ」
「仕方がありません。咲人様は家を継ぐことを放棄されておりますから、家の存続を考えるとやはり美澄様しかいないのですよ」
「…………私にはユキがいるし」
「……そうですねぇ。困りました」
そう言って微笑むイチさん。
呪術界に身を置くにも関わらず、柔らかなその笑みは流石としか言い様がないなぁ。
ちなみに、私がユキを愛しているのを唯一知っている人物でもある。
勿論、『手段』については知らないけれども。
「そういえば、また咲人やったの?」
本当は早く花房正藤のことを聞こうと思っていたんだけど、ついつい関係のない他愛もない世間話をこちらから始めてしまうのは、イチさんの人柄の賜物、なんだろう。
イチさんは困ったように眉を下げ、私の言葉に答えてくれる。
「はい、そのようです」
「呪詛師にやられたって聞いたんだけど」
「昨晩のことです。深夜、渋谷の路上で気を失っていた咲人様を、通行人が発見し通報したようで、救急病院に運び込まれたとお聞きしました。腹部には刺し傷があったらしく……」
「……また女の人にやられたんじゃなくて?」
前科がある。
6股をかけた挙げ句、4人から刺されたんだっけ?
あれ? それは3回目の話だったっけ?
「旦那様もそれを疑ってらしたのですが、倒れていた際の咲人様の症状がどうもおかしかったようで」
「?」
「刺し傷が13箇所ほどあったにも関わらず、その場には血が一滴も流れていなかったようで」
「! それ!」
イチさんの話に、思わず大声をあげてしまった。
イチさんは、どうしたのですか、と少し驚いた様子で私に聞いてきた。
それだ!
複数の刺し傷と残っていない血痕。
あの時の状況と、私が調べている状況と一致する。
つまり、
「ねぇ、イチさん!」
「は、はい」
「花房家に関する情報ってある?」
「はい、勿論把握しておりますが……雪様のことで何か……?」
まぁ、ユキのことと言えばもちろんそうなんだけど。
今回聞きたいのは、
「花房正藤のこと……特に、その人の行きそうな場所の候補分かる?」
「そちらも把握しておりますよ」
流石、イチさんだ。
これで一歩奴に近づくはずだ。
ユキの命を狙うという
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