ウマ娘プリティーダービー〜企画短編集〜   作:ちゃん丸

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とあるウマ娘の日記

 

 

 

 

○月×日

 

トレセン学園に入ったのをきっかけに、今日から日記を書いてみようと思う。

アスリートは日記をつけるものだと誰かが言っていた気がするからそれに倣ってみる。ソースは不明。

毎日欠かさずというのは性格上難しそうだから、気が向いたときにちょっとずつ書いていこうと思う。

 

憧れのトレセン学園に入学できて、お父さんとお母さんには感謝してもしきれない。本当にありがとう!

初めての東京。初めての寮生活。何もかもが初めての春。

これから始まる学園生活に、期待八割不安二割といったとこだろうか。

ルームメイトは北海道から来たそうだ。人当たりが良く、すぐに仲良くなれそう。

お土産にお菓子をもらった。読めない難しい地名が書いてあった。

 

これから沢山勉強して沢山トレーニングして、トゥインクルシリーズで活躍するウマ娘になる!

明日は入学式。部屋の片付けがひと段落したら、この後軽く走ってこようかなと考えている。

入試やオープンキャンパスの時にチラッと見たけど、ここのグラウンドは物凄く立派だから、思い切り走ったらさぞ気持ちいいことだろう。

 

しかも今晩は栗東寮の先輩方が歓迎会を開いてくれるんだそうだ!

とても楽しみだ。

寮長のフジキセキ先輩は、噂通り見た目が麗しく、非常にかっこよかった。

ファンが多いのも頷ける。

 

とにかくこれから何でも全力で頑張って、レースに出る!

目指せ1着!目指せ、G1ウマ娘!

 

 

 

○月△日

 

早速やってしまった。新学期始まりでバタバタしていて、数日空いてしまった。

あれから色々なことが目まぐるしく起こり、忙しくて結果的にサボるような形になってしまった。

筋肉痛がひどい。お試しでトレーニングも始まったのだが、これがまたきつい。

当分ルームメイトと一緒に、湿布臭い身体で過ごすことになりそうだ。

 

あの後すぐに入学式があった。良く分からない偉い人からの祝辞、理事長からの挨拶。

そして生徒代表の挨拶は、あの七冠ウマ娘のシンボリルドルフさん!

むつかしい四字熟語をたくさん使ってたから内容はよくわからなかったが、遠目から見てもわかるあの存在感をカリスマ性と言うのだろう。

 

始業式の後は簡単なホームルームがあり、クラスメイトと初めて顔を合わせた。

中央に入学しているということもあり、みんなすごく速そうだった。

ルームメイトのように、全国から選りすぐられたウマ娘達が一堂に会している。

まだ全員と話せたわけではないが、これから仲良くしていけたらいいなと思っている。

 

だが、勝つのは私だ。

明日は、チーム選抜レースがある。

そこで実力を見せて、東条トレーナーが率いる最強チームに入る!

 

 

 

○月✩日

 

みんながチームに入り、本格的なトレーニングが始まった。

学業とトレーニングの両立は思っていた以上に大変だ。

毎日日記を書ける人は本当にすごい。週一でも厳しそうだ。

 

先日の選抜レースで、結局私は東条トレーナーからのお声がかからなかった。

あそこは超がつく名門チーム。新入生の内で入れるのは毎年一人か二人くらいらしい。

目標がひとつ下方修正されるような形になってしまったが、そこはもうしょうがない。たまたま運悪く実力が出せなかっただけ。

幸い私の走りを見た他のチームのトレーナーが声をかけてくれたので、今はそちらのチームで汗を流している。

年に何回か選抜レースはあるそうなので、いつか入れるよう腐らずにやっていけたらいいなと思う。

 

 

 

○月◇日

 

全然話は変わるが、トレセンのカフェテリアは本当にすごい。

美味しくて栄養バランスに優れた食事がタダ同然で食べられる。

 

私もどちらかと言えば沢山食べる方だが、スペシャルウィーク先輩とオグリキャップ先輩の食べっぷりには遠く及ばない。

あんな量食べたら、向こう数日は何も口にする気が起きないだろう。

 

たくさん食べて、たくさん走って、誰よりも速くなりたい。

 

 

 

△月×日

 

ついに明日は私のデビュー戦だ。

仕上がりは上々。トレーナーもこれなら勝てるだろうと太鼓判を押してくれた。

トレーニング通りに、自分のできることを精一杯やろうと思う。

芝1600メートル。何度目かわからないくらい蹄鉄も打ち直した。

緊張してきた。

 

 

 

△月○日

 

私にしては珍しく2日連続で書く。

今日のデビュー戦、私は2着だった。

敗因はスパートをかけるタイミング。

全体的にペースが速く、みんながじわじわと上がっていく中焦って早めに仕掛けてしまい、

バテてしまったところを後ろから差されての2着。

 

初めてのレースということもあり、完全に雰囲気に吞まれてしまった。

悔しい。でも、次はこうはいかない。

もっと練習して、駆け引きの仕方を身に付けてみせる。

 

 

 

□月○日

 

ひと月ほど空いてしまった。少し悩んでいることがあるので、久々に書いてみようと思う。

あれから必死でトレーニングに打ち込んでいるが、なかなかタイムが縮まらない。

トレーナーに色々と改善策は出してもらっているが、結果には結びつかない。

他の子は着実に力をつけているというのに、自分だけが立ち止まってしまっている。

もっと努力しないと。朝練を始めてみよう。

もうすぐ夏合宿が始まる。それまでにもっと体力をつけなければ。

 

 

 

×月△日

 

夏も終わり、もうすぐ紅葉が始まろうとしている。

朝晩はとても涼しくなり、過ごしやすい。

トレーニングにはもってこいの季節

でも私には結果が付いてこない。どれだけ練習しても、1着が遠い。

ライバル視しているあの子はデビューから勝ちを積み重ねて、無敗のまま年を越そうというのに。

私とあの子で、一体何が違うというのだろうか?

 

 

 

◇月△日

 

早いもので、今年も残りわずか。

結局私は、デビューしてから一度も1着になることはできなかった。

惜しいところまではいけるのに、どうしても勝ちきれない。

掲示板の中段に映るゼッケンの番号を見ながら、肩を落とす日々だった。

善戦しても、勝てなければ意味がないというのに。

 

落ち込む私を見かねて、ルームメイトが有マ記念を観に行こうと誘ってくれた。

暮れの中山、白熱した叩き合いに、レース場はお祭り騒ぎだった。

やはりG1レースはすごい。出走者も応援も、内に秘めているエネルギーの量は大違いだ。

沈んでいた気持ちが、叫び声と一緒に身体から少し外に出て行った気がした。

 

来年もいい年になりますように。

次こそは、1着を取りたい。

 

 

 

✩月○日

 

今日は年が明けて最初の練習があった。

トレーナーが考えてくれた、大まかな今年の出走プラン。

滑り出しが順調であれば、クラシック戦線に挑むことができる大事な時期だ。

 

誰よりも強いウマ娘になる目標は変わらない。

もっと頑張って、私はあの子に勝ちたい。

同期の中で未だ無敗の、三冠を期待されているあの子に。

 

 

 

◇月×日

 

トレセンに入って丁度1年ぐらいが経った。

入学と同時に始めた日記も、思えば数えるくらいしか書いていない。

また、勝てなかった。デビュー戦から、順位はどんどん落ちていった。

力を振り絞って走ったのに、あの子の影すらも踏むことができなかった。

必死にその背中を追いかけても、スキップを踏むかのような軽やかさで、

私との距離をどんどん離していく。

 

悔しい。悔しい。

努力もしてる。トレーナーのいう事だって守ってる。

食事にも気を遣い、先輩から勧められたレースの指南書やメンタルコントロールの本なんかも読んでいる。

 

どうしてあの子[滲んでいて読めない]

 

 

 

△月○日

 

今日はクラシックの初戦、皐月賞があった。

本当なら、私の名前も出バ表に載っているはずだった。

私は観客席から、勝負服で走るみんなの姿を見ていた。

 

結果がどうなったのかは知らない。途中で辛くなってレース場から抜けてきたからだ。

泣きながら去る私の背で一際大きな歓声が上がったから、恐らくあの子が勝ったのだろう。

 

悔しいが、天才というのは確かに存在すると思う。

血の滲むような努力を積み重ねてもなお、超えられない壁。

 

少し疲れた。明日からどんな顔でトレーナーに会えばいいのだろう。

 

 

 

△月◇日

 

入学して初めて、トレーニングをサボった。

具合が悪いので休みますと、トレーナーに嘘をついた。

 

無理はしなくていい。良くなるまでゆっくりしてなさいと言ってくれた。

もしかしたら、トレーニングに全く身が入っていないことにトレーナーも気付いていたのかもしれない。

多分、トレーナーもわかっている。そのうえで、ゆっくりでいいと言ってくれたんだと思う。

 

練習場から出ていくとき、ちらりとあの子の姿が目に入った。

ダービーに向けての調整は順調のようだ。

真剣な顔で、風のようにグラウンドを駆けていく。

 

私は入学してからずっと、意識していた。ライバルだと思っていた。

でもたぶん、あの子は私の名前すらちゃんとは知らないのだろう。

 

思わず見惚れるほどの綺麗なフォームが、余計に癇に障る。

 

 

 

□月×日

 

トレーニングを休んでひと月ほどが経った。

あんなに楽しかった走ることが、今ではこんなにも辛い。

トレーナーがカウンセラーを紹介しようかと言ってくれたが、やんわりと断った。

いつでも戻っておいでと優しく言われたときは思わず涙が出そうになった。

 

今日はダービー当日。

寮のみんなはほぼ全員レース場に行ったが、わたしはひとり残って日記を書いている。

 

ルームメイトの机には、挑戦的な笑みを浮かべるあの子が表紙の雑誌。

方や、全国のウマ娘が目指す最大の栄誉あるターフに立ち。

方や、へそを曲げて部屋に閉じこもっている。

自分が惨めでたまらない。

 

私はあの子が嫌いだ。

自信過剰なところも、やたらと声が大きいところも、常にヘラヘラしてるところも。

何もかもが気に食わない。

自分の価値をひとつも疑わないし、事実それを結果で出してくるからなおのこと憎たらしい。

 

ただ、そんな態度の裏で、私の何倍も努力していることも知っていた。

初心を曲げず、ひたむきに実直に取り組むことができるのもまた、一つの才能だと思っている。

もともと素質のあるウマ娘が、それに奢ることなく取り組んだ結果が、あの無敗での2冠達成だ。

 

最初から、私が適う相手ではなかったのだ。

そしたら私は、今まで何のために頑張ってきたのだろう。

 

 

 

✩月○日

 

今から書くことは、今日考えたことに対する告戒だ。

お昼のニュースに飛び込んできた速報。

あの子がレース中に左脚を骨折。クラシックの最後である菊花賞への出走が絶望的だという。

カフェテリアのテレビモニターを見ながら、息を呑む同期達。

 

その中で私は、

吊り上がる口元を手で覆い隠していた。

 

一瞬でも思ってしまったのだ。

ざまぁみろと。

そんなことが脳裏を過ぎった。

 

日が暮れた今、激しい自己嫌悪に息が詰まりそうだ。

八つ当たりもいいところだ。

自分の才能のなさを棚に上げて、他人の不幸を笑いものにするなんて。

 

G1どころか重賞にも出られなくて当然だ。

私はこんなにも浅ましく、嫉妬に狂った哀れなウマ娘なのだから。

 

 

 

□月△日

 

トレーナーのところに正式に脱退届を提出してきた。

今の私にターフを走る資格なんてない。

とてもじゃないが、他人と競い合うだけの闘志はもう残っていなかった。

 

トレーナーは少し悲しそうな顔で、また走る気になったらいつでも戻っておいでと言ってくれた。

最後の最後まで、あの人には心配ばかりかけてしまって、受けた恩を返せなかった。

自分の無力さが日に日に嫌になってくる。

 

部室を訪れた後、グラウンドを覗くと、ギプスをつけたままのあの子がいた。

走っているチームメイトを食い入るような目で見つめながら、医学書を片手にダンベルを握っている。

 

骨折をしてもなお、腐らずに居続けられる気高さを、私は直視できなかった。

逃げるように、寮へと帰ってきた。

 

レースから逃げて、トレーニングからも逃げて、あの子からも逃げて。

私はただの卑怯者だ。

 

 

 

×月○日

 

前回からかなり空いてしまった。

年も変わり、もうすぐ春になろうとしている

 

結局あの子の脚は、去年の菊花賞には間に合わなかった。

主役不在のレースだったが、出走者が全員奮起し、非常に見ごたえのあるレースだったらしい。

しかし、ずっと口にしていた「無敗の3冠」という夢は潰えた。

でも、私とあの子は違う。

そんな状況でも、あの子は決して折れなかった。

 

G2大阪杯。そこで2着以下を寄せ付けず圧勝。

ブランクを一切感じさせない華麗な復活を遂げた。

 

普通骨折と言えば、癖として残ったりと、折れる前と比べてパフォーマンスが低下するのが通説だ。

後日動画で観たあの子の走りは、最後にグラウンドで観たものよりもずっと綺麗で、そしてずっと速かった。

 

そして、勝利者インタビューで驚きの発言をして動画は終わる。

 

「春の天皇賞で、マックイーンと勝負する」と宣言して。

 

 

 

□月×日

 

今日は久しぶりにカフェテリアで、レースの中継を観ることにした。

世紀の対決に、講堂から足りない椅子を運び込んで、寿司詰めのような建物の中、

みんなで固唾を呑んでレースを見ていた。

 

結論から言うと、私はあの子の負けるところを初めて目にすることになった。

 

マックイーンさんは、私の同期の中で最強と目されるほどのウマ娘。

先輩方の中にも、彼女を打ち負かすことができるのは一握りだと言われるほどの傑物だ。

3代にわたって盾を持ち帰るという、名門メジロ家の悲願の体現者。

 

天才に土がつくのを見て、覚えたのは驚きではなく安堵感だった。

見慣れない深紅の勝負服に身を包み、肩で荒い息をつくあの子を見て思った。

 

あぁ、あの子でも負けることがあるのだと。

敗北だけが、私とあの子が同じウマ娘であることを実感させてくれる。

 

 

 

△月○日

 

季節は過ぎて、真夏も真夏。

こんな日には、クーラーの効いた部屋でのんびり過ごすに限る。

 

世間は夏休み。ルームメイトも今は北海道に帰省している。

私はトレセンに入った最初の年末以来、実家には戻ってない。

大見得を切って出た手前、今の私の姿を見せるのはどうにも気が進まない。

レースのことすら考えなくなった私を見て、両親や応援してくれた地域の人達はどう思うだろうか。

 

戯れで買った雑誌には、巻頭の特集で春の天皇賞に関する記事が。

レース直後の、抱き合って互いを称え合うあの子とマックイーンさん。

あの後、不適正な長距離レースに向けた調整が祟ったのか、あの子は再びの骨折。

テレビでも「今回はもしかしたら……」という方向で、コメンテーターが話していた。

 

普通のウマ娘が、2回も辛いリハビリに耐えられるのだろうか?

少なくとも、今の私には絶対に無理だ。

 

 

 

◇月□日

 

私にはレースの才能はなかった。

ちょっと地方で幅を利かせているだけの、平凡なウマ娘でしかなかった。

私よりも速くて努力家なんていくらでもいた。

これが中央なのかと、雲の上を見るような気持ちになったものだ。

一度折れたら、元に戻らないくらいのメンタルでしかない。

 

だから、未だに信じられない。

あの子が、再びG1で勝つなんて。

海外の有力なウマ娘も参戦する、国際レースのジャパンカップ。

そこで、2着をクビ差で捻じ伏せて、2回目の復帰を果たした。

 

メディアは不死鳥だの奇跡だのと囃し立てているが、私はそういうウマ娘だからだと思っている。

先輩が、ダービーの勝者は「最も運が味方したウマ娘が勝つ」というジンクスがあると教えてくれた。

 

あの子は、勝利の女神からのキスを賜って生まれてきたのだろう。

その才能を磨き続け、弛まず積み重ねた日々がある。

 

いずれこうなることは、必然だと思う。

今年ももうすぐ終わる。

 

私は、このままで本当にいいのだろうか。

 

 

 

✩月◇日

 

3度目の骨折

そのニュースを見た時、今回ばかりは流石にダメかもしれないと思った。

 

痛めていた脚をメジロ家の療養地で癒し、来月に控えていたグランプリレース、

宝塚記念への調整を行っている最中にそれは起きたらしい。

 

健康な私でも、これが致命的であることはわかる。

 

あの子の憎たらしい不敵な笑みが曇るのを想像して、何だか嫌な気持ちになった。

 

 

 

○月◇日

 

この間、市内であの子を見た。

はちみーを片手に、買い物袋とぬいぐるみを下げていた。

 

トレーニングは大丈夫なのだろうか。

 

 

 

×月△日

 

ファン感謝祭のライブで、現役を続行することを宣言していた。

聞けば、今回の怪我は自信家のあの子と言えど相当堪えていたらしく、引退ライブとして企画されたものだったらしい。

 

どんなに無様でもいい。1着になれなくてもいい。

だから、もう一度立ち上がってくれ。

 

あの子のトレーナーがそう叫んだ時、会場にいた私の心は締め付けられるように痛んだ。

 

あの子がターフを走る姿を、心のどこかで臨んでいる私がいた。

 

 

 

□月✩日

 

本当に久しぶりにあの子と直接話す機会があった。

妙な恰好でカメラを構えるあの子に、思わず声をかけてしまった。

立ちながらもあれだしと自販機で飲み物を買って、ベンチに座って少しだけ話をした。

 

トレーニングは順調であること。ライバルの調査をしていることを話した。

3回の挫折を超えてなお、あの子はこんなにも無邪気に笑えるのだ。

これが、大成するウマ娘が持つ器の大きさなのだろう。

 

キミは、走らないの?

 

唐突に、そう聞かれた。

 

最近、ずっとレースで見かけなかったら

 

と。心臓が大きく跳ねた。

 

ボクね、キミにだけは負けたくなかったんだ。脚も速くて、誰よりも練習してたから。

ボクも負けないくらいトレーニングしなきゃって。今のボクがいるのは、キミと競い合ってたあの日々があるから。

 

勝手にライバルだって思ってたからさ……

って、なに!?なんで泣いてるのぉ!?

 

涙が止まらなかった。慌てふためくあの子の前で、人目も憚らず号泣した。

一方的じゃなかったんだ。意識しているのは私だけかと思っていた。

 

そんなあの子も気持ちも知らずに、私は勝手に凹んで、勝手に腐って。

独りよがりなわがままで勝手に勝負を諦めて、本当にバカだ。

どうしようもないくらいの大バカだ。

私自身よりも先にあの子の方が、私のことを認めてくれていたというのに。

 

私が落ち着くまで、あの子はずっと傍にいてくれた。

 

 

 

◇月◇日

 

久しぶりに蹄鉄シューズをクローゼットから引っ張り出した。

鈍り切った身体に鞭を入れる。

 

じっとしていられない。

燻っていた心に、ようやく火が入った。

 

約束の日まで、あまり時間は残ってない。

 

 

 

×月○日

 

そしてあの子は、有マ記念で奇跡の復活を遂げた。

こういう言葉は安易に使いたくないが、奇跡としか言いようがない。

一年ぶりのレース。舞台は年末のグランプリ。

人気投票で選ばれた実力者しか出走できないレースで、あの子は先頭でゴールに飛び込んだ。

 

その瞬間を、私も中山のレース場で観ていた。

第4コーナーを回り、ビワハヤヒデ先輩にぴったりとくっついて上がるあの子の姿に、会場の誰もが呼吸を忘れた。

あの時、スタンドに詰め掛けていた16万人の心はひとつだった。

 

白い軍服調の勝負服を翻し、地を踏みしめる彼女の姿に、私は喉がつぶれるほど声援を送った。

 

私にとっての挫折の象徴。

でも今となってはわかる。

 

自由奔放で、生意気で、自信家で。

そんなあの子に、私はずっと憧れていたんだ。

 

割れるような歓声。揺れる中山。

他人事のような涼しい顔でスタンドに向かって手を振るあの子は、

どうしようもないほど綺麗で、かっこよかった。

 

今日のこの興奮を、私はこれから決して忘れることはないだろう。

 

 

 

□月□日

 

日記を書くのも、恐らく今日が最後になるだろう。

改めて読み返してみても、ずっとあの子のことばかり書いていたなと苦い顔になる。

 

明日は、あの子との約束の日。

また一緒に走ろうと、前に話したときに決めた日。

 

サボりにサボった身体を虐め、自分でも最高と思えるコンディションに仕上げてある。

まぁ、私のピークなんてたかが知れているかもしれないが。

 

有マ記念の後、勝利者インタビューであの子が言っていた。

「自分のためじゃなく、応援してくれる人。夢散っていったみんなのために走った。自分でも知らない力が出せた」

自分以外のために走るなんて考えたこともなかった。

 

本当に強いウマ娘は、人の声援や想いを背負い、それを力に変えることができるのかもしれない。

私が明日走るのは、うだつのあがらなかった自分と決着をつけるため。

こんな私をライバルだったと言ってくれた、あの子の言葉に報いるため。

 

あの子がターフで待っている。

 

私の最後の意地を、精一杯ぶつけよう。

 

 

 

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