52Hz21g   作:10猫

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・手帳の記述、一部抜粋 その一

 間違ったことをしました。

 でも私は間違ったことをしたとは思ってません。これからもそう思ったりしません。

 それが倫理的に、人道的に、どんな観点から見ても間違っていると言われても、私はそれを、間違いだとは思いません。

 それが私にできる、精一杯の罪滅ぼしだと思うから。

 

・「記憶阻害術式保持者」に対する推察

 記憶阻害系の術式に併せて高度な呪言を使用することが確認されている。

 現在の調査困難の状況から対象を「記憶阻害術式保持者」と仮定し、引き続き調査を進めている。

 データベースの照合により、非高専所属術師であることは確認済みである。

 容姿、性別ともに不明。監視カメラの映像などによると、遭遇時には黒いパーカーを纏い、マスクを着けていることが確認されている。

 また遭遇した人物たちからは、対象が必ずしも呪詛師ではないという供述がみられる。

 

・17

 明かりの落ちた廊下を進む。人の気配は明かりと共に遠い。時折聞こえる話し声は、ナースステーションで待機している看護師たちのものだろうか。小さな声ではあったが、物音の無いフロアにはよく通って聞こえた。埃の無いように掃除の行き届いた廊下を歩いて、やがて見つけた目当ての場所を見つける。暗がりで見えにくかったが、ドアの隣に取り付けられたネームプレートに、目当ての名前が書いてあった。

 スライド式のドアをそっと横に開く。今日は月が明るいのか、カーテンが掛かっているのに部屋には光が零れて、廊下よりは明るい。四つ並んだベッドの内、窓際の一つへと近づいていく。仕切られたカーテンの中から聞こえる寝息は、相手が眠っていることを知らせてくれた。なるべく音を殺してカーテンの内側に入り、ベッドの住人である彼女の顔を確認する。それから大きく膨らんだ腹部へと視線をずらした。

 女性の体は、不思議だ。自分の身体の中に、もう一つの命を宿して育んで、産み落とす。その過程は、いつまでも色あせない神秘を孕んでいるような気がする。そういう神秘の過程を経て、自分も生まれたのだろうか。生まれた末に、その誕生を言祝がれたのだろうか。

 横を向いて眠る彼女の腹部へと手を当てて、その内側に宿った命に意識を伸ばしていく。掌の感触では何も感じ取れないが、呪力の気配が間違いなく、其処に宿る命の存在を知らせていた。

 知らず、生唾を飲む。

 緊張……しているのだろうか。

 自分のことながら、自分の事はよく分からない。自分と向き合おうとする時間をあまり持ったことは無かった。それに関しては、どこかで、意味がないことだと思っていた。それをしたところで、結果的に苦しむことになるのは自分であると、分かっていたからかもしれない。いつかどこかで、諦めて捨ててしまったことだ。

 息を吸い、そして、音を乗せて吐き出す。

 自分が紡ぐことが許されているのは、たったの三文字。

 たった三文字の音が織りなす、呪いの言葉一つのみだった。

 

 望まれた誕生だった。

 だがそれは、誕生を手放しに望まれたわけではなかったのだと、後で気づいた。

 自分は使う用途を予め決められて、生まれて来た子供だった。だからその用途に見合う子供が産まれてくることを望まれて、その通りに生まれて来たから喜ばれたのだと、今は思う。

 母はどこかおかしい人だった。狐憑きだったと言った方が、しっくりくるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。けれども、きっとそういうタイプの人だった。だがそれ以上に、元からどこかが狂っていた。

 彼女はよく、未来のことを語っていた。まるでその眼で見て来たかのように未来を鮮明に語った。けれどもそれは自分に聞かせるように語られるのではなくて、彼女の中で思い出すために紡がれていた。彼女のその行いは、埋もれて消えないように、風化しないように、定期的に思い出しては新しく焼き付けておくための儀式だった。

 彼女は狡猾で、とても卑怯な人だった。少なくとも自分に対しては、そう接していた。何も知らないことが罪であると知ったのは、他でもない母のおかげだった。物心がついた頃に母が一番最初に教えてくれたのが、それだった。そうしてその時ようやく、自分がどう望まれて生まれたのかというのを、なんとなく理解したのだ。

 

・「記憶阻害術式保持者」遭遇者による供述 その一

 夏油特級術師による供述。

 2005年高専入学後、しばらくして対象と遭遇。呪言を掛けられる。

 対象と遭遇したことは記憶しているが、対象の容姿は一切思い出せないとのこと。

 以降、呪霊を取り込む際に呪霊の味が分からなくなり、その状態は現在も続いている。

 

・手帳の記述、一部抜粋 その二

 誰にも言ったことがありませんでしたが、私にはある程度先の未来というものが予め分かっていました。

 すごく限定的で、局所的で、断片的なものばかりだったけれど、それでも、間違いなく未来の事を知っていました。そしてその未来を知っているということを、なんとか有益に使いたいと、そう思っていました。

 うまく使えれば、きっと未来をいい方向に変えられる。それだけは間違いないだろうと思っていたからです。

 

・うたかた

 昔から、図書館が好きだった。学校に通っていた頃は図書室も好きだった。そこに居る間は時間を忘れられた。時間以外の事も忘れていた。ただ手に取った本の文字を追いかけるという行為に没頭していられた。読書が好きかと聞かれるとよく分からないが、読書が嫌いだと思ったことは無かった。

 本棚の上の方にある目当ての本の背表紙を見上げて、徐に手を伸ばす。

 届かない。

 くっと踵を持ち上げて更に手を伸ばすも、その段の板に手が届くぐらいにしかならない。辺りを見渡すも踏み台になるようなものはなかった。だが誰かに踏み台の在り処を聞くのも少し憚られた。

 仕方ないかともう一度手を伸ばして背伸びする。伸ばした手はひらひらと目当ての物を掴めずに揺れた。なんとか手に取ろうと目一杯背伸びをするも、最上段であるその棚にある本に指が届くことは無い。

 手を伸ばすのを辞めて本を見上げていると、不意に後ろからその本に向かって見知らぬ腕が伸びた。

「これですか?」

 取った本をこちらに差し出してくる姿に、取ってくれたのだと理解して、肯定の頷きを返す。差し出されるそれを受け取ってから、読み取りやすいように唇を動かした。

『ありがとう』

「いえ……困ってそうだったんで」

 特になにか反応を示すわけでもなく、返答を返してきた。敏い子供だった。今のでこちらが言葉を話せないことを悟りでもしたのだろうか。背後に立っていた人物は、青年とも少年とも言い難かった。少年と青年の間にいるような、そのくらいの年頃に見えた。恐らくは、高校生というやつだろうか。

 赤の他人であることに間違いは無かったが、それでも彼の顔立ちに、どうしてか見覚えのようなものがあった。面識はないはずだ。それでもどこかで、この顔立ちを見たことがあるような気がする。どこかツンとした彼のそれとは違って、もっと柔和な、優しいそれ。知り合いと呼べる人間なんて自分には一人もいないはずだが、一体どこで見たのだろうか。

「……あの、なにか?」

 尋ねられて、不躾だったかと首を振った。謝罪と感謝を併せて一礼で示して、自分の荷物を置いておいた席まで戻る。彼に取ってもらったエッセイを読むうちに、次第に胸につかえていた既視感の正体がなんとなく、輪郭をハッキリとさせ始めた。

 似ていた。

 似ているような気がした。

 いや、似ているのだろう。

 かつて助けた、あの女性に。

 血まみれになって倒れていた彼女に。

 彼女の子供だろうか。となれば、彼もまた彼女という女性の腹から生まれ落ちたのだろうか。彼女は四番目(・・・)だった。本来は三番目(・・・)だった。そういえば、一番目(・・・)に割り振られていたあの子供は、今はどこで何をしているのだろうか。

 考えたところで、無駄な事だと思考を打ち切った。

 

・「記憶阻害術式保持者」遭遇者による供述 その二

 代理人である伏黒甚爾による供述。

 2003年(中略)、妻である伏黒……が交通事故に遭遇し重症。

 意識が朦朧とする状態だったため対象は目撃していないが、呪言を聞いた覚えがあるとのこと。

 その後救急隊が駆け付け、搬送先の病院で一命を取り留める。

 治療にあたった救急隊及び搬送先で治療にあたった医師曰く「生きていたことが奇跡」とのこと。

 対象が何かしらの呪言を作用させたと推測。

 

・新聞記事のスクラップと端書き

[2002年9月■日、宮城県仙台市(省略)にて起きた不可解な殺人事件についてのスクラップ]

 ■日午後2時すぎ、仙台市…………にて、女性が殺害された事件で、警察は犯人の行方を追っているも、未だ詳しい情報は掴めていない。現場は昼過ぎの閑静な住宅街であり、事件発生の際に多数目撃者がいるものの、彼らは犯人の容姿などの情報については曖昧な供述をしており、情報に錯誤が見られている。

 殺害された女性虎杖……さんは、事件当時住宅街で突如爆発(・・・・)して死亡し、遺体は爆破の衝撃で吹き飛んだと目撃情報があるが、爆発物の痕跡は現場からは確認されておらず、警察は虎杖……さんを狙った計画的な犯行として捜査を続けており、有力な情報を提供した者には謝礼金を支払うとし、引き続き情報提供を強く求めている。

 

[端書き]

 事件状況から呪詛師による無差別殺人と推測し現場に術師を派遣するも、事件現場からは残穢は確認できず。

 また同じような事件がこの後に一件起こっており、そちらでは死体と現場の残穢が一致しているが、同じく犯人のものと推測できる残穢は確認できず。

 

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