一般メイドピクセルの休日   作:三次たま

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操作ミスで削除して上げなおしたので、一旦チラ裏に避難させます
まだ最新話ではありません。続きは練って途中なのですいません




 

 

 

 

 

 

 ピクセルはナザリック地下大墳墓9階層に配置され施設管理を任された41人の一般メイドの一人である。

 

 現在彼女は41日に1回だけ訪れるアインズ様当番を翌日に控え、41日に1日だけ与えられた安息日を享受せんとしていたが、現在大きな障害に見舞われていた。

 

 

 

「休日って……どうすればいいのよ」

 

 

 

 一般メイドの控室にて一人残されたピクセルは、途方もない空白を前に嘆きそして暮れていた。

 

 

 

 ピクセルは、ナザリックにおける多くのシモベがそうであるのと同じように、暇の使い方をこれっぽっちも知らなかったのである。 

 

 そもそも41日の休日制度を施行したのは絶対者たるアインズであり、実のところアインズ様当番というのは前者のための口実という意味合いが強い。

 

 だが生まれてこの方至高の存在への奉仕が自身の存在理由であった彼女にとって、アインズのサラリーマン的な労働価値観による施策というのはイマイチ噛み合わないモノだった。

 

 

 

 だってやることが無いのだから。

 

 自分にとって趣味らしい趣味は特にない。

 

 

 

「ご飯食べながらお喋りするのが一番たのしいけどなぁ」

 

 

 

 食事中に他のメイドと雑談を嗜むのが細やかな楽しみではあったが、一人飯に独り言を呟くような奇特な趣味は流石に持ち合わせていなかった。

 

 

 

「お裁縫は苦手だし」

 

 

 

 強いて言うなら守護者統括のアルベド様に一般メイドに裁縫を教授していただいたこともあったが、アレを自分は二度とやらないと決めたのだ。一度針を爪のあいだに刺し込んで大泣きして以来怖くてトラウマになったから。上司であり信仰系魔法職のペストーニャ様が直してくださらねば御方に与えられた体に傷跡を残すことになっていただろう。アルベド様には本当に申し訳ない話だが、気持ちの問題はどうしようもないので許してほしい。

 

 

 

「大浴場や美容院、衣服屋、雑貨屋、エステ、ネイルサロン……うーん」

 

 

 

 では9階層に数ある娯楽施設などを利用してみるか? 雑貨店やら大衆浴場やら、9階層にはそのてのものが何でもある。

 

 いや却下、一番ありえない選択肢だ。9階層の施設管理を任された一般メイドがソコを利用するのはいくらなんでもダメだろう。アインズ様はお許しなられているらしいが、同じ階層の同僚の仕事を増やしながら休日を謳歌するなど正気の沙汰とは思えない。

 

 

 

「他の階層の観光は……」

 

 

 

 なら6階層の大森林や4階層の地底湖は見応えのある大自然が広がっているらしいのでそちらはどうか。アルベド様や他の守護者の方々がそちらで休暇を楽しんだという話を聞いた覚えがある。

 

 無理だ行けない。上層に行くには7階層の灼熱エリアを踏破する必要があるのだが、一般メイドたるピクセルには灼熱エリアを耐えられる装備の用意も転移する能力もそれを出来る人物との深いツテも無い。

 

 10階層にあるのはせいぜい玉座の間と、ギルドの指輪が無いと行けない宝物殿くらいなもので――

 

 

 

「うん? そういえば」

 

 

 

 ――否、休日を過ごすには実におあつらえ向きの場所があったことを、この時ピクセルは思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 後ろめたさ故同僚の一般メイドに見つからないようこっそりと、ピクセルは9階層を通り抜け10階層へ続く長階段へと歩を進める。

 

 道中、執事助手ことバードマンのエクレアをプレアデスのアイドルことシズちゃんが連行していたのを見かけたが、今日ばかりは声をかけることは憚られた。

 

 

 

「えっと、ここであってるわよね?」

 

 

 

 何ぶん初めて来た場所なので自信が無かったが、10階層にある施設はここと玉座の間ぐらいしかないし間違えようもない。

 

 

 

 玉座の間の入り口と同じほどの大きさの、そして比較的質素な造りの大扉。2体の門番のゴーレムが立ち並んで入口に構えている。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

 それだけ告げると門番が離れて両扉が開かれる。

 

 ピクセルは大図書館アッシュールバニパルへ生まれて初めて入場した。

 

 

 

 彼女はまずもってその壮大な構造美に圧倒された。巨人族の背丈程のゴシック調の彫り込みの走った本棚がいくつも整然と立ち並んでいて、広大な図書空間を情報の海が埋め尽くさんと広がっている。

 

 半円の天井からは薄紫のあわい光が広がっていて、静謐な雰囲気が全体を包み込んでいる。薄暗いはずなのに何故か不便や不快を感じさせない不思議な光だった。

 

 

 

 この光景を見ただけでも冒険してみた甲斐があったかもしれない。入口からはたと眺めてみただけなのに十二分な見応えを感じられてしまって、一周回って妙な肩透かしすら覚えてしまう程である。

 

 

 

 ピクセルは本棚一つに静かに近寄り、本と本棚の隙間部分を白魚のような指先でそっと撫でた。

 

 

 

「すごい、埃一つついてない。それにこの香り、極めて微量だけどハーブの一種かしら。とても落ち着くわ。空気循環もしっかりしているのね」

 

 

 

 メイドとしての職業病というヤツか。次点で気にかかったのが、こんな大規模な施設であるにもかかわらず、かなりに手入れが行き届いていることだった。

 

 

 

 当然だが規模が大きければ大きくなるほど、その施設に費やされる設備管理は分散される。

 

 ナザリック9階層には41名の一般メイドと10名の男性使用人が勤務していたが、1日がかりでは9階層全体をそれだけの人員でカバーすることは不可能である。数多くの施設を日替わりごとに清掃していき、1か月ぐらいの周期で一通りの行程が完了する仕組みになっている。

 

 9階層全体に比べれば小規模だが、それでもこの図書館の管理に求められる労働力は並々ならぬモノである。

 

 

 

「床や本棚の痕跡からするに、一通りの清掃完了までは1週間周期くらい? ここは確か理の間だからほぼ同じ場所が3か所あるとして……清掃に割り振られる人員はメイドに換算して10名ほどかしら。いやでも、他の仕事がどんなのかはわからないし……」

 

 

 

 施設管理のプロフェッショナルとして生み出された一般メイドたるピクセルは、至高の存在から与えられた知識と経験則から大図書館アッシュールバニパルの管理構造を無造作に考察していく。この程度の推察など他のメイド達でも容易く行えるので、彼女自身は別段それが優れていることだとは気づかない。

 

 

 

「あの天井もせめて3か月に一回くらいは点検する必要があるわよね。安全管理の観点から高所作業は一般メイドでは出来ないし、飛行能力のあるシモベ……清掃能力もあるプレアデスの方々がいい。〈飛行フライ〉を使えるナーベラルさんかルプスレギナさん、いえこの場合だと召喚虫で手数を増やせるエントマさんが理想的かも」

 

 

 

 

 

 余談だが一般メイド達の優秀性を考慮すれば、先日セバスが連れ込んできた人間のツアレが彼女達に並び立たんとする道のりは極めて険しいものと思われた。

 

 

 

 何せ彼女らは接待、礼儀作法、歓待、給仕、清掃、設備管理、会計帳簿というメイドとしての基礎的能力が軒並みカンストしているのだから。

 

 

 

 美的センスも優れており、エ・ランテルにおいては一介の都市長の邸宅の内装を魔導国宮廷として相応しいモノへと作り替えたのも彼女達だ。アインズ様当番における主人のコーディネイトの美的水準は、かつてのユグドラシルで振るっていればモモンガをファッションリーダに押し上げていただろう。

 

 

 

 ちなみに試しでメイド服からそれっぽいドレスに着せ替えてアインズの横に立たせると、アインズ様当番がただの取次宰相②になったのでアルベドが嫉妬で辞めさせた。

 

 

 

 ダメ押しに彼女たちのフィジカルステータスは、サービス業従事者としては異端な程に高かった。

 

 レベル1のホムンクルスの身体能力は外界の一般人と殴り合いさせると勝率は6割ほどである。だがこれは言い方が悪い。生まれてから拳も握ったこともない女給の戦績と考えれば、自ずと真の姿が見えてくる。

 

 わかりやすく言うとレベル1のホムンクルスのスペックは、建設業や工事現場に従事する平均的な20代男性とタメを張れる。

 

 ここまでくれば、ステータスペナルティで大食らいなことなど誤差であろう。

 

 

 

 少なくとも外界の帝国や王国における宮廷使用人なら裸足で逃げだすレベルである。果たしてツアレのセバスへの愛の力はどこまで通用するものか、その明日はわからない。

 

 

 

 

 

 閑話休題。一人飯に独り言を呟くような奇特な趣味は流石に持ち合わせていなかったピクセルだが、他所への清掃考察を膨らませ独り言ちるこの瞬間に彼女は確かな充足感を覚えていた。

 

 なのでそんな彼女は側方から近寄ってくる一人の人物の気配に対し、直前まで気付くことが出来なかった。

 

 

 

「素晴らしい! 流石9階層の方々のスキルはモノが違う! 神々の居住の管理者たるに相応しい!」

 

 

 

「うわぁ!?」

 

 

 

 突然横から感激の声を浴びせかけられ、更にその人物の姿のせいで振る舞いを忘れピクセルは驚愕を声に出した。

 

 相手は白の贋金持ちと呼ばれるエルダーリッチである。

 

 

 

「大変失礼いたしました! 申し訳ない、驚かさせるつもりはありませんでした」

 

 

 

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。わたくしはホワイトブリム様に創造された一般メイドが一人、ピクセルと申します」

 

 

 

「これはこれはご丁寧に。私は司書Jです。名の通り、至高の方々から大図書館の司書を命ぜられたエルダーリッチが1体。御用の書物があれば何なりと申し付けください。利用者のご案内こそが私の使命ですので」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 慌てて取り繕って人当たり良く接しなおすピクセルだったが、その内心は渋面模様だった。なにせ彼女は裁縫と同様にアンデッドにも若干の苦手意識があったから。

 

 

 

 具体的に言うと、この世界に転移したての頃9階層を走り回っているデスナイトを見て尻もちをついたから。アレを堂々と叱りつけていたお姉さん・・・・は本当に肝が据わっている。

 

 あとでデスナイトの作成者がアインズ様だと判明し、主人から転んだピクセルに何度も頭を下げて頂いてしまったことは本当に申し訳ない。ただピクセルがドジでビビりなだけなのだから。

 

 

 

 それはそれとして気持ちの整理がつかなくて、以来中位以下のアンデッドを見るとどうしても怖気づいてしまうのであった。直さなければならない悪癖なのは言うまでもない。

 

 なので絶対に今の内心を悟られるわけにはいかないのだ。

 

 

 

「して、ピクセル嬢は如何なご用事でこの大図書館アッシュールバニパルへ参られたので?

 

 一般メイドの方がここに来るのは初めてかと思われますが」

 

 

 

「本日は私がアインズ様から賜りました安息日なのですが、どうにも暇の使い方が慣れないものでして

 

 せっかくなので見識を広げるためにこの地に参じた次第です」

 

 

 

 司書Jはピクセルの言い分を聞いて笑ったように頬骨を鳴らした。

 

 

 

「それは感心。ここは至高の御方々が誇る叡智の結晶です。利用者が増えるに越したことはありません」

 

 

 

「普段は何方が利用なさっているのですか?」

 

 

 

「シャルティア様やマーレ様が娯楽書物を嗜まれますね。精進することは重要ですが、精神生活の充実もまた同じように大切です。特に私はシャルティア様とは趣味が合いまして……おっとこの話は置いておきましょう」

 

 

 

「転移を使える方々が多いのですね、やはり」

 

 

 

「最深層ですからねここは。

 

 ところで何と言っても一番多く訪れてくださるのはアインズ様です。流石は我らが至高なる主人。ただでさえ偉大なる王の器をお持ちだというのに、帝王学系の書籍を更に学び日々精進を続けておられまする。

 

 そこらの努力するウサギなど路傍の石と同じ、あの方は天頂を極め昇り続ける竜神に等しい」

 

 

 

「流石はアインズ様です」

 

 

 

「近頃はアインズ様に倣ってここを利用する方々も増えてきました。

 

 特にアルベド様とデミウルゴス様はここでの時間を重要視されますね。アインズ様の読み終わった書籍を習い読み、始めはその不合理な論理の内容に頭を悩ませるそうなのです。しかし最後には御方の深淵なる御心に辿り着き、革新的な方策を気付かせてくださる。

 

 書物を通じてナザリックへの啓発を働きかけるアインズ様の所業は、大図書館アッシュールバニパルに属する者として冥利に尽きるというものです」

 

 

 

「なんてすばらしい話でしょう!」

 

 

 

 苦手意識があったはずのピクセルだが、アインズ様の話となると、ものの数分で司書Jとすっかり意気投合してしまっていた。

 

 世界が広いかは知らないが、ナザリックは広い。外側に見聞を求めに行くのは楽しみがある上に有意義なのだと、ピクセルは思い知った。

 

 

 

 重ね重ねだが流石はアインズ様である。最初は休暇の無意義さに悩んでいたピクセルだが、すっかりその掌は返されていた。

 

 

 

「他の一般メイド達もここに来るべきだと痛感いたしました。控室での裁縫以外にも素晴らしい過ごし方があるのですね」

 

 

 

「ぜひそうしていただけると嬉しいですね。……いやしかし、執事助手のエクレア殿も良くいらしてることを皆さんご存知無いのですか?」

 

 

 

「エクレアですか?」

 

 

 

 名前が挙がりピクセルはかのクソ生意気なバードマンのことを思い起こす。あのイワトビペンギンはこと清掃能力に置いて言えば右に出るものが居ない程に優秀だが、一つだけ妙な性質を有している。

 

 彼はレベル1でメイド以上にザコのクセに創造主からナザリックの簒奪を命ぜられているのだ。たぶんそういう道化として生み出されたのだろうが、それはそれとして多くのシモベにとって彼の印象はすこぶる悪かった。

 

 

 

 逆に何故かシズちゃんに酷く気に入られていて、本人は嫌がってるが抱きかかえられてるところをよく見る。というかさっき見た。

 

 

 

「はい、エクレア殿は何故か酷くおびえた様子でこの図書館にやってくるのです。そわそわしながらも読書を嗜まれたり、執筆作業をなさっておりましたよ」

 

 

 

 なるほどシズちゃんから逃げてきたわけだなとピクセルは即座に理解した。

 

 だがシズちゃんにバレると面倒なのでその理由を司書に説明したりはしない。

 

 なんだかんだ彼は有能な存在でありシズちゃんに時間を足られるのはあまり良くない。それと可愛いシズちゃんを独り占めしてるのが気に食わない。この二つの理由が主だった。

 

 

 

「なるほどよくわかりました。エクレアもこの大図書館アッシュールバニパルの清掃の行き届きに、さぞや驚かれたのではないですか? 一般メイドとしても目を見張るものがあります」

 

 

 

「はははは! 本職にそう言って頂けるとは実に光栄! 日々の仕事の甲斐があるというモノです

 

 しかし本当にご存じないようですが、我々司書に清掃指南をしてくださったのはエクレア殿なのですよ?」

 

 

 

 司書Jはアイテムボックスから一冊の書籍を取り出してタイトルを見せてくれた。

 

 

 

 

 

『超大型図書施設における効率的な清掃の指南』

 

 

 

著者:エクレア・エクレール・エイクレアー

 

 

 

 

 

 渡された書物をピクセルはパラパラとめくる。それはタイトル通り、図書館施設における効率的な清掃方法を記したマニュアル本。重点的にやるべき箇所、具体的な扱い、作業時の人数分配や道具の使い方など事細かに論理的な注釈を踏まえて記された実用書だった。

 

 敢えて欠点を述べるとしたら、文体が妙に高圧的で指摘が一々事細かすぎて読むたびに虫唾が走ること。

 

 

 

「なるほど全ては御方々のお導きなのですね」

 

 

 

 シズちゃんの悪癖もエクレアのアレも、全てはこうしてナザリックの利益と繋がっているということか。

 

  

 

 まぁなんと驚きな話であると思いつつ、ピクセルは深く納得した。なんだかんだアレは出来る男なのだ。見目には愛嬌があるし優秀なのに、アレさえなければ付き合いを深くするのも吝かでは無かったのだが。

 

 

 

 今度会った時は少しだけ優しくしてやろうと、ピクセルは心に決めた。

 

 多分生魚の一匹でもくれてやれば喜ぶだろう、ペンギンだし。

 

 あとシズちゃんに抱えられてることも見逃したあげよう、いつもなら引き離してやってたけど御方の意向なら我慢だ。

 

 

 

 

 

「顔が怖いですよピクセル嬢?」

 

 

 

「エクレアのクセに有能で生意気だとか、思ってませんよ、ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 アインズ様やデミウルゴス様、アルベド様のような知恵の無いピクセルには流石に帝王学には手を出せない。

 

 

 

 当初は娯楽書籍でも読んで時間をつぶそうと思っていたピクセルだったが、エクレアの活躍を聞いて彼女の心の中に妙な対抗心が生まれていた。

 

 

 

『超大型図書施設における効率的な清掃の指南』

 

 

 

 正直に言えば、隙間時間でアレを完成させたエクレアの実力にピクセルは舌を巻いている。

 

 所々で彼自身の残念な人間性が溢れているものの、それを加味してもマニュアルとしては良い出来だった。もっと言うなら人間性を加味すればするほど余計にムカつく。

 

 なら自分も似たような実用書を造ってみるか。いや無理だ。たった1日の休日では何もできやしない。

 

 ならたった1日でも出来ることをやろう。自分だけに出来ることを、エクレアには出来ないことを。

 

 

 

 とにかくピクセルには、形あるものを生み出したいという創作欲求が渦を巻いていた。それはりある世界にてプロの漫画家だったホワイトブリムの因子が由来しているのだが、今の彼女には知る由が無かった。

 

 

 

 娯楽用の書籍が立ち並ぶ本棚をふらふらと歩き、ふとピクセルは1冊の本に目を止めた。

 

 これだと思って一直線に手を伸ばす。

 

 

 

「これだわ!」

 

 

 

『みにくいアヒルの子』

 

 

 

 それはありふれて有名な子供用の童話の絵本であった。そのページ数は34。

 

 

 

「絵本なら、今すぐ描ける」

 

 

 

 否、描いて見せる。

 

 ピースはそろってる。ストーリーはもう出来た。この瞬間、既にピクセルの脳内には書籍の完成体の姿が見えていた。

 

 

 

 軽く頼むと司書Jは快く制作に必要な電子ツールを取り揃えてくれた。

 

 

 

 翌日のアインズ様当番までの準備時間を考慮し制限時間は18時間。この時ほどリング・オブ・サステナンス維持の指環が有難いと思った事はかつてなかった。

 

 

 

 図書館のテーブルでツールを広げ、脳内のストーリーを文章体にアウトプット。登場人物と起承転結をざっと組み上げてサッと書き上げる。これは1時間もかからない。

 

 

 

 次に漫画で言えばネームに当たる、30枚ほどの絵コンテを作成。やや構図の判断に困らされたが悩んでいる時間は無いのでテキパキ決める。この手の演出は彼女の中では殆ど体系化されているので、知識の中からベターなテンプレートを引き出して流用した。かかった時間は4時間。少しかかり過ぎたとピクセルは歯噛みした。

 

 

 

 最後の仕上げが1時間かかるとして、残り12時間で30枚の原画を描き上げなければならない。

 

 枚数を時間で割ると1時間当たり2.5枚。1枚当たり24分。シーンごとの演出性まで考慮に入れ注ぎ込む作画カロリー分配を即座に計算。

 

 演算終了。ピクセルは電子ツールのカラーペンを握り締め、下書きもなしにモニターへと殴り描き始めた。

 

 

 

 18時間で絵本執筆などおおよそ正気の沙汰とは言えないし、凡人には不可能な所業である。

 

 だからピクセルは狂気の只中に陥っている天才だった。鬼神の如き形相を見せるその後姿をアインズが見れば、在りし日の創造主の姿が薄らと透けて見え感激の涙を流しただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ピクセルの創造主たるホワイトブリムはユグドラシルにおけるネトゲのやり込みと漫画の隔週連載を両立させた、業界屈指の速筆として有名である。

 

 

 

 9階層所属41名の一般メイドの外装データがデザインされた当時はなんと、本業締め切り二日前にして20ページ分の作業を残している状況だった。そのような逆境に身を投じたことは幾度とあれど、彼は一回も原稿を落としたことが無かったのだ。

 

 もっともそんな無茶ばかりやって作家担当とアシスタントが死にかけたからこそ、彼はユグドラシルを引退せざるえなくなったのだが。

 

 

 

 又の名をスーパーダメ作家。ピクセルはまず間違いなく、そんな創造主の影響を色濃く受け継いでいた。

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

 

 かくして13時間後、全ての製作工程を終えたピクセルは完成品を無造作に司書Jに渡すと、何も言わずに脱兎のごとく9階層へと帰って行った。

 

 

 

 そして当初は論外と断じていたスパリゾートナザリックのスチームバスを利用しものの10分で湯浴みを済ませ、魔導王が待ち受けるエ・ランテルの王宮へ向かいナザリックより姿を消したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『骨の翼と羽の翼』

 

 

 

ピクセル:さく え

 

 

 

 

 

 

 

 それは30ページほどの幼児向けの絵本だった。内容は、ひょんなことから種族間を乗り越えて仲良くなったバードマンと骨のハゲワシボーン・ヴァルチャーの愛おしい友情物語である。

 

 

 

 最後は人間に囚われてしまったバードマンを骨のハゲワシボーン・ヴァルチャーの主人のネクロマンサーが助け出し悪い人間を滅ぼしていつまでも平和に暮らしましたとさ、という極めて心温まるオチで締めくくられる。

 

 

 

 一般メイドの1日の休日ででっち上げられた絵本のクオリティとは誰も信じるまい。

 

 ナザリックにおける人類哲学や種族間融和などの思想の流れを見事に汲み取り、伸び伸びとして斬新なカラーイラストで描かれたその作品は、どっからどう見ても野生のプロの所業だった。

 

 

 

 幼児向け絵本でありながら、ピクセルの作品は大図書館アッシュールバニパルの司書たちのあいだで見事に好評を得ることになる。

 

 また他の利用者たちからも数多くの称賛の声が上がっていた。

 

 

 

 

 

「最後に二人仲良く過ごせて本当に良かったです! あとネクロマンサーの絵がカッコよかったです!」

 

 

 

70代男性・ダークエルフ

 

 

 

「道徳的で素晴らしい内容だったわ! いつか愛しい方と為した未来の我が子に読み聞かせてあげたい」

 

 

 

年齢未設定・淫魔

 

 

 

「作者は素敵で繊細な感性をお持ちのようだ。作品への不敬になるやもしれないが、もし許しを頂けるなら外界侵略のためのプロパガンダに利用させてはもらえないだろうか?」

 

 

 

年齢未設定・上級悪魔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで時に、世に放たれた創作物は時に思わぬ拾い物を創作者へと送り届けることもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バードマン×骨のハゲワシボーン・ヴァルチャーまじてぇてぇ!この作品を読んで目が覚めたでありんす。真実の愛の前には性別や種族差の垣根など何の意味もありんせん。

 

 わた……わらわが今まで御方に抱いていたのはただの劣情でありんした。世界の真理は漢と漢の鳥×骨!

 

 つまりペロロンチーノ様×アインズ様まじてぇてぇ! 欲を言うなら二人の間にはさまりてぇ!」

 

 

 

年齢未設定・真祖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作品発表から41日後、ピクセルの元へ訪れる一人の吸血真祖の危険思想が、ナザリック地下大墳墓に未曽有の大災厄を齎すことになるのだがまたそれは別の話。

 

 

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