とくに宗教ネタに関して表現的に問題があると思われた方は、なにとぞ是非にご意見をくださいまし。重く受け止めて修正させていただきます。
デミウルゴスをツアレから引き離したピクセルは、少し離れた書架の裏でデミウルゴスの話を伺った。
自分の書いた絵本がどうして世界征服にかかわってくるのか、作者としては気になってしかたない。
「アルベドが打ち立てた、アインズ様の巨大石像建設計画のことを覚えているかい?」
「アインズ様に凍結されたご計画ですね? 一見素晴らしい案のように思えたのですが」
「ああ、私もアルベドも当初は是非行うべきだと思っていた。力なき愚なる民にも、御方の力と威光をあまねく伝える手段として手っ取り早く合理的と思ったからね。
だがアインズ様はこの案に、即座にわかる‘‘5つほどのデメリット‘‘があるとおっしゃられたんだ」
「5つも、でございますか!?」
なぜ御方の威光を示す大石像の建設に、それほどまでのデメリットが存在するというのだろう。
その後デミウルゴスとアルベドは二人で論じ合ったが芳しい考えは浮かばなかったそうな。
ピクセルは改めてアインズ様の深淵なる思慮に畏敬の念を憶えつつ、それはそれとしてもう一方の理解しがたい頭脳の言葉に訝しみながらも耳を傾けた。
「そんな中、思い悩んで図書館で思索していた時見つけたのがキミの絵本だったというわけさ」
「はぁ」
形容に困る気持ちを飲み込んで拝聴に努めるピクセル。
すると聞いてるうちに、どうやらデミウルゴスは比較的マトモな話をしてくれた。少なくとも吸血真祖の某階層守護者よりは。
言ってみればピクセルの絵本は、ナザリック地下大墳墓およびアインズ・ウール・ゴウン魔導国の思想の縮図のようなものであるらしい。
そのどちらも根本にあるのは、ネクロマンサーの主の下に為される異種族同士の融和思想。
そしてそれは、実在したとある宗教の構造と非常に近いらしいのだ。
デミウルゴスが見せてくれたのは、辞書の様に分厚い装丁の、表紙に十字マークが刻まれた神話書物だった。
彼が気になっていた2冊の本のうち、もう一冊がそれのようである。悪魔たる彼が玩具の様に嬉しそうにその書物を手に取る姿は、冒涜的でもありどこか滑稽でもあった。
「それは十字教の聖典にございますか?」
「そうだとも」
内容は確か……地上に降り立った神の分身が全ての人類の悪業を背負い、救済を為すとかなんとか。
伴って、神の支配の下での全人類の平等も謡っていた気がする。
「そう、そこだ! 神の下による絶対平等! その根本的思想もアインズ様による支配思想と非常に類似している。君の絵本のおかげで、そのことに気付くことが出来たんだ。心より感謝を申し上げたい」
絵本のおかげというより、たまたま連想ゲームの中間地点にピクセルの絵本が挟まっただけではないのか。
逐一大げさだよなとピクセルは内心毒づいていた。
「はぁ……それはなによりで。して、十字教との類似性に、一体どんな意味があるのでしょう」
「それを説明するため、まずこの宗教の強大さについて知ってもらわなければいけない」
悪魔たるデミウルゴスが言うに、十字教はその存在そのものが強大な奇跡によって成り立っているらしい。
最初は一地方の民族宗教だったものが、神の御子の光臨によりその存在を昇華させ、2000年以上の伝道を経て、全人口70億人の3割以上を抱え込むまでの強大な集合体へと成り上がったのだ。
学者の中には神と御子の存在を否定する者も居るのだが、もたらされた伝道の結果だけは覆しようもない事実であり、それはまさに神の奇跡と言っても過言では無い。
「2000年以上!? 70億の3割ということは少なくとも20億人以上ですよね!? そんな宗教あり得るんですか!?」
「ああ、おそらくあらゆる世界に於いてすら類を見ないものだろうね! 旧約の聖典を含めれば更に時代を遡れるが、それはともかく」
デミウルゴスはノックするように、ページをたたいて示して言った。
「もしこの偉業をアインズ・ウール・ゴウン魔道国で再現できれば、どれほど盤石な体制を築くができるだろうね
2000年どころか、それこそアインズ様のおっしゃる通り万年単位での安定した支配体制を確立できるとは思わないかい」
「ま、まさか!」
「だからこそアインズ様はこの十字教に目をつけられた!
あの方の真の本懐とは、聖書神話をこの世界においてオマージュして、己を唯一神の座に据えることだったのだよ!」
「なんて恐れ知れずなことでしょう!
あー!! 冒険者のモモン様ってそういうことですか!?」
ピクセルはプレアデスのナーベラルを共連れて旅だった漆黒の騎士の姿を思い起こした。
「そこをわかってくれるかい! 最高だよピクセル君!」
デミウルゴスは感に堪えないというように、パチンと指なりをした。
魔道国における冒険者モモンの真の意味とはすなわち、十字教における神の分身の救世主と同義だ。
アインズ様は自ら人の身を装い下界に降臨なされた。そしてかの存在が民の犠牲として魔導国の傘下に加わることで、民の罪は許されてエ・ランテルには平穏な統治が約束された。
それはそのまま、全人類の罪を背負って十字架にかけられた存在のオマージュなのである。
正に、神をも恐れぬ神のごとき所業だ。
「もちろん私はその神の奇跡と実在には一定の敬意を覚えています。
ですが己は悪魔ですので、この偉業を足台にアインズ様が輝けるなら、この上ない本懐です」
デミウルゴスは恍惚とした笑みで言い切った。ピクセルはその言葉に深く納得した。
信仰対象が違うのである。その神がどれだけ強大であろうが、自分たちにとっての最高の主はアインズ様に他ならないから。
ここでようやく、話の話題がアインズ様の巨大石造建設計画に戻ってきた。
「アインズ様はこうおっしゃられていた。『我が偉大さは物によって知らしめるものではない』と。
我ながら恥ずかしいよ。十字教において偶像崇拝は禁止されている。だからアインズ様はこれを躊躇ったのだろうね。
即座にわかる『5つのデメリット』だって? 冗談じゃない。5つどころか10も100もあるじゃないか。アインズ様からすれば、物質を超越した威厳こそが大事なのだということが、やっと理解できました」
「流石はアインズ様ですね!」
「まったくです。神騙りの悪魔たるデミウルゴスとして、最高の主人たるアインズ様を世界の主神に祀り上げるこの偉業、必ずや成功させなければなりません」
そう言ってデミウルゴスは嬉しそうに1枚の羊皮紙を差し出して見せてくる。
おもむろに覗き見たピクセルは、思わず「うわぁ」と声を漏らした。
「十字教の魅力の一つは、実践的な教訓を交えた情緒豊かなストーリーラインにあると言えます。
古代の一文学作品とみても十字教の聖書はとても優れていますからね。その方式を利用しない手はありませんよ」
『ナザリック創世記』
『エンリ・エモット記』
『漆黒の英雄譚』
『フール―ダ・パラダインによる魔道探求記』
『魔導国記』
『ネイア・バラハによる福音書』
羊皮紙にはそのようなタイトルがいくつか書き込まれていた。これから制作する聖典のタイトルのようだ。
もう本格的に聖典の形式を丸パクリするつもりらしい。実際世界を跨げば著作権も何もないのだから、成功例をそのまま流用するのは極めて合理的であると言える。
そしてその一番下の方に、自分の書いた絵本の名前があった。
『骨の翼と羽の翼』
「十字教においても、絵本の形式で子供にも理解しやすく教義や思想を伝えることは極めて効果的とされていたんだ。
ピクセル君さえよければこの本を現地語に訳して出版させてもらえないかい?」
「そういうことでしたら是非に! このような拙作でも世界征服のお役に立てるのでしたら、これ以上の誉れはありません」
おだてられたピクセルはいい気になって、ついぞ修正予定だった自分の絵本をそのままデミウルゴスに渡してしまう。
これから修正しようと思っていた、未完成だったのにである。
◆
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ やっちゃったー! 何やってんだ私は!!)
後悔先に立たず。
いささか調子に乗り過ぎた。
いくらなんでも、たった20時間で描いた手抜き絵本がこの世界中に流布されてしまうなんて恥ずかしいにもほどがある。
せめて修正しようにも、すでに絵本はデミウルゴスの手中である。自分から差し出した手前、今から上位者たる彼に頭を下げて「修正させてください」なんて言いづらい。本人は気にしないかもしれないけれど、上下関係とはそういうものだ。
それになんとなく、一度入稿してしまったモノに手を付けなおすのは、なんとなくしまりが悪いように思われた。
「大丈夫ですよピクセルさん。とてもお上手な本でした」
「……世辞は要りませんよ。でもありがとうツアレ」
まさかツアレに励まされるようなことがあるとは、ピクセルは思いもしなかった。……存外悪い気はしない。
そして彼女は、小動物のようにぺこりと頭を下げる。
「ところで、先ほどはデミウルゴス様とのご対応、ありがとうございました。
その……あの方はセバス様との仲がよろしく無いようなので……怖くて」
「……それに関してだけは深く同情しますがね」
ピクセルとしてはツアレがデミウルゴスを苦手とする気はよく理解できる。
ツアレの身元引受人でもあるセバスはデミウルゴスと犬猿の仲だ。
二人が9階層で顔を突き合わせた時などは、恐ろしくて周囲の使用人が逃げ出すのが恒例である。
残虐な悪魔でもあるそんな彼を、外部の人間であったツアレが恐れない方が逆におかしい。
「もっともナザリックに招かれたものである以上、デミウルゴス様もあなた自身を邪険ににすることはまずありませんからそこはご安心を。今度からはしゃんとなさいね」
「はい、今度からは無礼の無いよう努めさせていただきます!」
元気よく返事をするツアレの姿にピクセルはうんうんと頷いた。
セバスに連れられてナザリックに訪れた最初期に比べれば、見間違うほど元気で明るいようすである。少しはメイドらしくなって結構だ。何せ愛嬌が大事な仕事だから。
実のところツアレに懐かれてるだけなのだが、ピクセルはさっぱり気づいていなかった。
(ん-? なんだか現場教育みたいになってない? 休日なのに)
職業病か、いつのまに勤務時間の空気感覚でツアレと接してしまってる自分に、ピクセルは少し内省した。
アインズ様がシモベに望む休日のスタイルとは乖離してしまってる。よろしくない。
世間話でお茶を濁す体で、ピクセルは世間話を持ち掛けた。
「それにしてもほんと、デミウルゴス様ってセバス様と仲が悪いですよね。どうしてなんでしょうね」
すると、ツアレはすぐには返事をせず遠くの書架をぼんやりと見据えた。
そして何とも言えない表情で、ポツリとこぼす。
「……理由はわかりません。セバス様もデミウルゴス様も、お二方で言い争っている姿が一番生き生きしていると、そんな風に私は思えました。あくまで個人的な所感なのですが」
「そ、そうでしょうか」
あまりにも意外なツアレの意見に、ピクセルは少し戸惑った。
「喧嘩するほど何とやら……というやつでしょうか?」
「いえ……何と言ったらいいか……」
言葉を探しあぐねる様子を見せるツアレは困ったように眉尻を下げている。
「ただ、私にはどうしても二人の間に入り込めないものを感じてしまったんです。その……あまり気持ちの良い言い方じゃないのですけど、男女の関係のような。それが何かわかるまでは、私は彼らに近づくことはできない、そう思っています」
どこか嫉妬するようなツアレの様子に、ピクセルは唖然とする他なかった。
「まさかツアレあなた……お二方をそんな目で見てたの?」
「……っ、いけませんよね、こんな考え。でもそう思わずには居られないのです。
言い争う時だって、まるで二人きりの世界に入ったかのように没頭なされていましたし。
セバス様にデミウルゴス様のことを伺った時だって、熱がこもったように長々と小言を呟かれていたのですよ? なのでやっぱりその……そういうことなのかなって。
それに……」
ツアレは自分の発言がいかに恥ずかしいものかを自覚したのか、俯いて黙ってしまった。
「……ちょっと待っていてください」
しかし、このまま放置しておくわけにもいかない。なによりセバスとデミウルゴスが不愉快だろう。
とりあえずツアレの考えを否定することで、会話を再開させることにする。
だが、彼女はもうかなり先まで進んでいたようだ。
「ねぇ、どうしてそんな発想に至ったの!? すごーく嫌な心当たりがあるのですけど」
「……その、昨日シャルティア様が図書館にてマーレ様に、ご自身の創造主とアインズ様がそのような関係かもしれないと仰ってて、それならあのお二方も……ってそう思って……」
やはりあのバカ階層守護者が感染源だったらしい。
どうしたものか、一度プレアデスのユリ・アルファにでも相談して一発ぶんなぐってもらおうか。
ピクセルは心の中で罵倒しつつ、ツアレの勘違いを訂正することにした。
「あなたは誤解しています。確かにセバス様とデミウルゴス様は、互いへの感情がとても強いかもしれません!
ですが、それは只のライバル意識であって、決してその……そういうそれじゃあ、ありませんから!」
必死に弁明を試みるピクセル。連れはどこか煮え切らない様子だったが、ひとまずの納得を口にした。
「そうなのですか?……セバスさんもデミウルゴスさんのことが好きなのではないのですね?……よかったです!」
安心したような、それでいて悲しんでいるかのような複雑な表情を浮かべる彼女に、ピクセルは頭を悩ませた。
「馬鹿ですかあなたは! 絶対に! ぜーったいにそんなこと、金輪際口にしてはいけませんからね!」
「……はい」
さっきより返事のトーンは明らかに下がっていた。
◆
再三強く念押ししてからツアレの元を離れたピクセルは沸騰しそうな頭を冷やすように、無心を努めて書架の回廊を早歩きしていた。
(まずいまずいまずいまずい!)
どうにも、ツアレの話を聞いてからピクセルの頭の調子がおかしい。
瞼を閉じるとどうしても、例の二人が憎からず思い合い頬を朱に染めるという邪悪な幻覚が浮かび上がってしまう。
「私は一体何を考えているんだ……最低だ……」
気をそらそうと別の本を手に取って読んでみても、図書館風景を模写しても全く頭から離れてくれない。
かえって様々な発想が連なって思い浮かび、脳みその中に重たくなってのしかかった。
時間が解決してくれるかもしれないが、休日明けは栄えあるアインズ様当番と決まっている。
断じてこれは、腐り切った幻影にとらわれたメイドに許されていい仕事ではないのだ。
こうなれば、解決する手段はただ一つ。
「描くか!!……BLもの!!」
確実に幻影を振り払う手段、それすなわち己が手で妄想を一切をアウトプットし頭の中から追い出すことに他ならない。
ピクセルは赤らんだ顔で書架の一つのテーブルに腰を下ろし、司書から借り受けた電子ツールを起動させた。
そしてそのまま、一心不乱にキーボードに両手の指を走らせた。
「ふぅ……ふーっ……」
ジャンルはファンタジー/恋愛モノあたり。
まずはキャラクターの設定と関係性だ。
モデルは一応……セバスとデミウルゴスと決めているが、まさかそのままナマモノ*1として作品を出すわけにはいかない。さもなくばピクセルの社会的地位は絶命に追いやられるから。
種族も設定も立場もすべて変えたうえで、二人の関係性だけをキャラクターに反映しストーリーを構築していくのが望ましい。そうすれば作品がバレても気づかれないし言い逃れができる。
というわけでまずは、セバスのことを姫に使える敬虔な聖騎士スティアヌスとしようか。対するデミウルゴスは、姫を付け狙う山羊悪魔のアンベール。二人は姫を取り合うライバル関係で、いつも互いに一歩も譲らずいがみ争い合っていた。
ところが実は両人、姫に対する恋慕より、ライバルに向かっていく情熱の方がはるかに強い。相手を屈服させることだけに、頭がいっぱいだったのだ。
(でも、そこからどうやって恋愛関係にもっていこうかしら? ただでさえいがみ合っているのだから、内に禁断の情熱を秘めていたって簡単にはいかないわ)
実在のモデルがいるというだけあって、スティアヌスとアンベールが結びつくようにストーリーを動かすのは至難である。そもそも男性同士というのがピクセルにはあまりしっくりこない。
しばし頭を悩ませたところで浮かんできたのが、アインズ様とペロロンチーノ様にみだらな関係を見出そうとした不敬者であるシャルティア・ブラッドフォールンの存在だった。
(あー!! ……もしよ? もしシャルティア様の言う通り……アインズ様とペロロンチーノ様がそういう関係だったとしたらよ? 神官戦士として天敵の能力を有しながら、ネクロフィリアとしてアインズ様のことを愛するシャルティア様の本当の意味って……)
シャルティアは、ペロロンチーノ様の有するアインズ様への禁断の愛の、代行者として生み出されたのではないか?
それこそエ・ランテルの安寧のために遣わされた、漆黒の英雄の如くである。
(ありえないあり得ないあり得ないったら! ぜーったいにありえない‼ 何不敬なこと考えてるのよ私!!)
おぞましい推測を思い浮かべてから即座に却下するピクセル。
しかし発想そのものは、目の前の創作にとって非常に有用であった。
(そうよ、アンベールの性別を女の子に変えてしまえばいいんだわ! 理由はえーっと……)
圧倒的な戦闘力を誇るスティアヌスに、いつもアンベールは悪知恵で食らいついていた。けれどそれも限界が近かった。
焦燥したアンベールは「スティアヌスに勝てる肉体が欲しい」と身体強化を司るピンクの魔女と契約。彼女の肉体改造を無防備に受け入れる。
ところが魔女は悪魔を出し抜いた。魔女はアンベールの体から魂だけを抜き取り去って、その肉体を強奪した。かわりにアンベールに与えられたのはか弱いホムンクルスの少女の体である。
元のアンベールとは似ても似つかない、小動物的な愛嬌にあふれる姿。それは正に、ライバルのスティアヌスの性癖ドストライクゾーンだった。
『契約通り、スティアヌスに勝てる肉体を用意してあげたわよ! その体でせいぜい彼に媚びを売って、背中でも一刺ししてやればいいわ! 元の肉体は、あたしがありがたーく有効利用させてもらうよ』
『ふざけるな! 元の体を返しなさい!』
(そうそう、こんな感じ! 性別が変わっちゃうなんて、なんて背徳的かしら。ここからなら自然と純愛に移行できそうね!)
行き倒れた少女アンベールを何も知らないスティアヌスが拾って介抱する。
アンベールは己に残された唯一の存在意義であるスティアヌスへの勝利の為に、苦渋の決断で慣れない女の子を装って誘惑する。けれどスティアヌスは理性でぎりぎり持ちこたえる。互いに悶々とした劣情が累積していく。
何も知らないスティアヌスは、懐かしむように悪魔アンベールとの戦いや意外な心境を少女アンベールへと語る。
やがてアンベールの中に、スティアヌスに女として惹かれていく感情を自覚し始める。
それから、主人のお姫様とひと修羅場起きたり、正体がバレてぎくしゃくしたり。いろんなイベントが巻き起こる。
なんやかんやあって最後は、悪魔アンベールの体を利用したピンクの魔女が暴れまくり、世界全体が大ピンチ。
それを二人の愛の力で打ち滅ぼして、祝福と共に結ばれてめでたしめでたし。
「こんなものかしら、ふぅーすっきりしたー!」
ピクセルはふーっとピンク色の溜息を吐いて、電子ツールのキーを止めた。
ざっくりとしたシナリオプロットを作り上げ、そのおかげで忌まわしい幻影をすべて滅却することができた。
最後に一文念のため、『このシナリオはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません』と書き添えた。
ところで熱中し過ぎたが今の時間は何時だろう、そう思ってピクセルが時計を見ると……
「げーっ!? 日付が変わるまであと1時間!? いけないわ! アインズ様当番に間に合わない! 急がなきゃ!」
どうやら熱中し過ぎたようだ。
急いで書いたシナリオプロットを電子ツールに保存して、司書に返却し身支度のために9階層へと帰還する。
それからまたしてもスパリゾートで即行スチームバスを浴び、身支度を整えアインズ様の御前へと向かっていった。
なお保存したシナリオプロットは、電子ツールでタブが開きっぱなしになっており、いつでもだれでも見放題だ。
そして次にそれを目にしたのは、ピクセルと同じホワイトブリム製の一般メイドの一人である。
「なななな! 何! ナンなのこれー!?」
彼女は顔から火を噴くように頬を真っ赤に染め上げた。
これから何が起きるかは、火を見るよりも明らかだった。
◆◇◆
タイトル『悪魔と聖騎士、ひかれあう魂』コミックス125ページ
原案:ピクセル 原作・作画:ホワイトブリム製一般メイドによる共同著作
これはホワイトブリム製一般メイド一同により制作された、対峙する悪魔と聖騎士を主人公とした純愛系TSF(TransSexual Fiction )ラブコメディコミックスである。
性転換を主軸のテーマに据えたラブコメディという少々ニッチなジャンルであることから、一般的な評価価値からは大きく逸れてしまうだろう。しかし独特のストーリーと情緒表現は、一部特定の者たちから熱狂的な支持を得ている。
また画面構図や作画力や、それを作り上げた一般メイドたちのチームワークには、確かな普遍的真価が見いだせる。この作品は、携わった一般メイドたちが休日ごとにリレー形式で制作したものであるが、均一的なクオリティを実現している点はただただ驚嘆の一言であろう。制作への熱意があまりにもずば抜けている。
ぜひとも彼女たちの次回作には期待したいところである。
「屈強な大悪魔が非力な少女に成り下がり、仇敵であった男に救われて雌の肉体が否応なしに反応するというシチュエーションがとてもそそりんした!
この、尊厳破壊と独特の性的表現からなされる情緒の変遷がとても癖になるでありんす!」
年齢未設定:真祖:女性
「絵柄がとってもきれいでびっくりしました!! あと話もすごく面白かったです。
ただなんというか、どんなに互いを思い合っても、性別が違うとすれ違ってしまうのかなと思うと悲しいです。
二人が最後に結ばれてよかったです」
70代:ダークエルフ:男性
「妻に勧められて読みました。ストーリーは難解で理解に苦しみましたが、生き生きとしてさらに愛嬌ある絵柄には魅力を感じました。
しかし熱心な読者である妻の様子がおかしく、時折興奮して鼻血を出すようです。健康被害が出てるので禁書指定するべきかもしれません。
犯人はあなたですかピクセル?」
年齢未設定:竜人:男性
「違うんです! 私はぜんっぜんその気はなくて! なんとなーく思いついて書きなぐったメモを他の子が覗き見たらしくて、気づいたらこんなことになったんです!
……っていうかそもそも鼻血吹いて倒れるようなR指定シーンなんて一切ありませんよ。おかしいのは……その奥さんなのでは?
またこの作品はフィクションであり実在の人物団体とは何ら関係ありませんから!」
年齢未設定:ホムンクルス:女性
※以下、一通のファンレター
『この作品を通し、生まれて初めて「漫画」というものを読ませていただいたのですが、自分の人生がひっくり返るぐらいの強い衝撃を受けました。
斬新なイラストと文章の表現を見事なバランスで調和させて物語を織りなしたこの「漫画」という媒体は、実に革新的な表現体系だと思います。絵本や文学作品のそれとは比較できないほどの臨場感を味わうことができ、まるで本当に自分がその世界の中に没入したかのようです。
そしてそんな素晴らしい表現方法で描かれたのが、これまた胸を打つ極上の純愛ストーリーだというのですから、この上なく贅沢な作品だと思います。
忠義と博愛にあふれ圧倒的強さを誇りながら、どこか甘くて抜けてる聖騎士スティアヌス。そんな彼のライバルである、邪悪で権謀術数に優れながら愛情深い一面もある悪魔アンベール。正反対なようでどこかに通っている部分のある二人の対立関係を、アンベールへの『性転換』という驚愕のギミックによって掘り下げていく原作者の手腕にはただただ舌を巻くばかりです。
まずは序盤の■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■。
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■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■と言えるでしょう。
他にも語りたいシーンは数多くありますが、ここぞと一つ選ぶならやはりピンクの魔女との最終決戦でありましょう。
いがみ合ってばかりだった二人が最後の最後に手を取り合い認め合うシーンがとても好きで、何度も何度も読み返しました。
スティアヌスの武力とアンベールの策略、二つ合わさり最強の二人。最高です。後日譚でしばらく赤面で素直になれなかった経緯も合わせて愛おしかったです。何といえばいいんでしょう、これが『尊い』という感情なのでしょうか。
このような素晴らしい作品を生み出した一般メイドの皆様方と、そしてそんな素晴らしい方々を生み出した創造主ホワイトブリム様には深い感謝と畏敬の念を覚えます。誠にありがとうございました。
またこの作品のおかげもあって、日本語への勉強により一層の熱が入るようになりました。そのことも重ねて感謝申し上げます。』
十代後半:人間種:女性
(なお■部分は鼻血で着色して解読不能。文章は全て日本語で記されている)
「一般メイドチームの制作力の底力を感じました。今後もぜひともこの能力を有効活用してほしいです。
しかしなぜかこの作品を読んでいると、根源的な恐怖を覚えました」
年齢未設定:上級悪魔:男性
なおこの作品を読んだデミウルゴスは悪寒のあまり、しばらく9階層に踏み入れることもツアレと接触することも避けるようになった。
ピクセルや一般メイド達が悪意を持ってこのような作品を作ったわけではないことは、当然彼も理解はしている。
けれどそれはそれとして、十字教神話の悪用を企んでいたデミウルゴス自身が、また別の創作物のモチーフとして利用されたというのは、余りにも痛快な偶然と言える。
出来過ぎた因果応報だ。
十字教の神罰は異世界の壁すら超越するのかもしれない。そう思ったデミウルゴスは、悪魔らしく身を縮めてひそかに恐怖した。
聖書の中では、神を騙ったり冒涜したりする「聖霊に対する冒涜」は非常に重い罪の一つです。
偽りの神という意味の名を持つデミウルゴスにとって、自らの最高の主であるアインズ様を偽救世主として仕立て上げる背信行為には、最上級の喜びを感じることでしょう。
一方で悪魔であるデミウルゴスは、悪魔として十字教の神の存在と強大さを深く理解していてリスペクトすらしています。
聖書パクって世界征服なんて作者は怖くてできません。
こんなこと思いつくなんて流石はアインズ様……