そばそば短編集   作:茶蕎麦

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平らなアリス

 コブ一つない背高の、少し傾いだ樹に寄りかかって、平らなアリスは眠っていた。

 

 澄み渡る平和な晴天の元で、深い安眠は慌てず騒がず。

 

 森のささやきに体揺らしながら、春風一つない絶好の昼寝日和を彼女は楽しむ。

 

 

 

 まるでぴったり樹に貼り付いている紙切れのように、平らなアリスは後ろの木目をその面に表す。ただ彼女は、斜めに体を預けて眠っているばかりなのに。

 

 そうなってしまうのは、彼女が薄く平らな少女であるためか。すうすう膨らむ彼女の肺腑は、けれども他と比べてみれば、ぺちゃんこと変わりない。似たように彼女が纏う白いツーピースのドレスのフリルも折り目正しく空気をはらまず、アイロンかけたてのように大人しく整列していた。

 

 

 

 お年寄りと思われたくない少女のありきたりよりも尚、平らなアリスはシワを嫌う。

 

 何せ、その体にシワが何本も走ってしまえば、彼女はデコボコのアリスと呼ばれてしまうだろうから。更にその変化を恥じて身を丸めてしまえば、クシャクシャのアリスとなってしまって、いずれはゴミ箱にぽいと捨てられるようになるかもしれない。

 

 そんな未来を恐れる彼女は寝ても覚めてもその身を正す。なるだけ綺麗に真っ直ぐ、真っ平らに。

 

 

 

 しかし、日が少しばかり落ちた頃。薄いその身に薄っすらと、微笑みが浮かんだ。

 

 きっと平らなアリスは夢を見ていて、その内容ばかりは分厚く楽しげなものなのだろう。

 

 だって、寝相として起きた身動ぎは大きくひらひらとしていて、先までの凪とは大違い。その内での波乱は、表に出てきてユーモラスに変化する。

 

 通りがかりの小リスの親子も寝返らないために上下にばかり動く彼女から目を離せない。間違って、何時綺麗なその身が地面に汚されてしまうのだろうか。小ぶりの四つの黒い瞳は、留められていない洗濯物を見つめているかのようにハラハラとした感情を秘めていた。

 

 

 

 やがて月が現れ夜になり、平らなアリスはようやく目を覚ます。

 

 小さな欠伸を一つ。ぱちくりと開いた瞳は大きく丸く。起床を教えるかのように伸ばしたその手は存外短く、平たい。

 

 これから気を抜いてしまえば、その僅かな挙手はだらりと下がってしまい、風になびくばかりになってしまうことだろう。そんな未来が面白くなかったからだろうか、彼女はつま先立ってその身を更に伸ばしてみた。

 

 勿論、ちょっと小さめの彼女であってはその手は月に届かず雲にも届くことはない。

 

 

 

 その時、フクロウが一羽、天から彼女を見つけた。

 

 夜空の高みから望んでみれば、彼女は正にただの平らなアリス。森の木々の大きさに及ばない、普通の人にも勝れない、そんな彼女はしかしぺらりと頭を下げて嘆くことだけはしなかった。

 

 

 

 平らなアリスは笑い、大きく息を吸って生を味わってから、歌うように独りごちる。

 

 

 

「ああ、私はなんて幸せなのでしょう。棘一つもなく、誰かを傷つけることなんてあり得ない、こんな体を頂けたなんて。誰の足を引っ掛けることもない、こんな凹凸のない体を得られたなんて」

 

 

 

 平らになるほど薄ければ、その裏まで覗けてしまうもの。不幸せの裏側の幸せを、平らなアリスはきちんと見つけていた。

 

 

 

 起き上がって、ふらりふらりと真っ直ぐではなくどこか円かに歩みながら、平らなアリスは帰路に就く。

 

 月が伸ばしたその横影は、まるで黒線。それは、曲がることなくゆっくりと移動していく。

 

 時に、その上部が下を向いたかと思えば、大ぶりな声が辺りに響いた。

 

 

 

「まあ、この絵は誰が描いたのかしら」

 

 

 

 平らなアリスは地面へと向いている。

 

 そして彼女は、悪意を持った誰かが枝で土を引っ掻き描いたのだろう、平らではない人にやっつけられている自分の姿を観ていた。

 

 けれども、その胸に収まる心は傷つかず、むしろ悪意を逆さに見つめた彼女は小さく喜んだ。

 

 

 

「実に、私が表情豊かに描けている」

 

 

 

 感情も程よく平らに。怒気ほど大きく揺れる気持ちを平らなアリスは殆ど持つことはない。

 

 醜さすら受け取る、彼女の心の静けさを誰も損ねることは出来ないのだ。

 

 

 

「嫌えるって、素敵なことね」

 

 

 

 世界の不協和音すら愛おしく抱き、平らなアリスはそのまま家へと帰った。

 

 作ってからずっと、その笑顔変わらず不自由に歩んで。

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

 そして、お帰りなさいと自分に最愛を向けてくる両親に対しても、平らなアリスは変わらぬ笑顔を向けた。

 

 

 

 平らなアリスには大体のものが平らに見える。

 

 唯一嫌うシワへの恐れだって、大き過ぎるものではない。どんな困難ですら、大敵の風であっても彼女を泣かせるほどに損ねることは出来ないだろう。

 

 だって、光から目を背けない限り、平らなアリスのその顔に大きく影が差すことなんてないのだから。

 

 

 

 

 

 彼女は今日も薄く、平らに笑っている。

 

 

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