ちょっとギャグ調なところもあり、他より読みやすいかもです……よろしくお願いしますー。
引っ越してからこの方、神様の存在を信じますかと問いかけてくるようなご近所さんが居なくなって久しいなと、ふと思った。
それはあのヒトらの唯一神を受け入れきれない僕にとって時間を取られなくなった幸運なのかもしれないが、実家近くに置いてきた過去を思うとそういい切れないかもしれないとも考える。
よく佐藤さん、佐藤さんとチャイムの意味を知らないのかガツガツと扉を叩いて来訪を主張してくる、ビラだけは忘れず携帯する女性。
あの人は年嵩のいわゆるオバさんであって、端っことはいえ同じ区内の人間であれば蔑ろには出来ないからと、来るたび家族でも年少の僕がよく対応させられていた。
話をしてみればなるほどこのヒトは悪い人ではないのかもしれず、また強引ではなくただ理解して欲しいという気持ちが言葉を走らせているのも理解できた。
そして、彼女の言うカミサマとは救済を行い見守ってくれるありがたい存在であり、逆に言えば彼女にとってそうでしかないのだろう。
協会のモノガタリを諳んじたりすることはなく、皺だらけの手の甲を擦りながら話の途中途中にありがたいねえ、ありがたいねえと呟いていた。
僕も最初は知らなかったが、区の外まで犬を走らせている際に時に響く老翁の叫びやそれにまつわる噂から、彼女の家族仲の悪さはもう識っている。
癇癪持ちのどうしようもない親父から逃げるために宗教に走っているのだという話は、何時かどこかで聞いた。
だが果たしてそれだけだろうかと、最終的に少しだけ温い惣菜を持ってきてくれるようにすらなったあのヒトの純粋なところを見て僕は悩んだものである。
「とはいえ、忘れた時にカミサマの本持ってくるからなあ……溢れてたけどこっちにまで僕持ってきてはない、な」
就業の予定に引っ越してからひと月程度。
荷解きを遅れさせた段ボールの中を覗いてみれば、選んで持ってきた漫画本ばかりがそこに整然と並んでいるばかり。
それにホッとするやら何だか淋しいような気がするのだから人間というものは不思議である。
僕は不揃いの家具の中央、端の段ボールの山を見つめながら片付けきらない現状からの逃避を続けた。
何となく、僕はあのヒトの口癖を真似するように呟く。
「にしても、カミサマかぁ……」
あれだけ僕は彼女のカミサマの話を聞いてみたが、僕の中のその実在は未だ輪郭を持たない。
むしろ、神様と言えば神社の奥に座しているという方が馴染みがあるし、どうせなら八百万くらい居たほうが神様も疲れなくていいんじゃないかとまで思ってしまうような、ところすらある。
一神教。唯一故に解釈次第で争いが起こることもあることを思うと中々にカミサマも苦労していることだろう。
いや、そんな風にいちいち擬人化しなければ飲み込めない僕の浅はかさが、カミサマへの理解を損ねているのかもしれなかった。
自分の産み出した子どもたち。その中でも東の際の際に住む毛色違いにまで、彼の方も信なる理解を求めてはいないかもしれないが。
そこで、ふと先まで耽っていた趣味に思索は繋がる。
僕は、漫画家志望を延々と続けている、事務方の大人だ。
とはいえ、そんな程度のものでも産み出してきたキャラクターたちはいた。僕は改めてこんなことを思う。
「まあ、でもよく考えたら創作物にとっちゃ、僕がカミサマだよなあ……」
何とも愚かなことかもしれないが、確かに僕の力の無さに拠って多くに快く受け取って貰えなかった彼らにとって、僕が唯一の理解者であり彼らを幸せにできる存在には違いなかった。
書かなければ、彼らはそれこそ妄想として無為になくなる。しかし、上手く昇華してあげれば、名作とすら呼ばれることだろう。
なるほど全ては創り手の情熱と愛次第。人間が神に仰ぎたくなるくらいに、創作物は創作者に結末を依存しているのだ。
「……よしっ!」
そう思い至ると今までの自分の粗雑さに怒りすら湧いてくるが、しかしまだどうにか出来る道中であるからにはやる気だって増すもの。
僕は改めてPCに向かい、アプリケーションを立ち上げて、枠だらけの空白に向い直す。
そして、10万円もしたタブレットに力強く救いを叩きつけようとするその前に。
「……そうだ」
僕は感謝を伝えたくなり、携帯電話の登録連絡先に件のオバさんの苗字を探る。
そしてその在り来りの苗字に藤子なんて憶えのある名前を続いて見つけたものだから、半ばルンルン気分で彼女に電話をかけるのだった。
自宅へのコールは六回を数えた頃に、陰気な声が響く。僕は運悪くその酷い温度差に気づくことが出来なかった。
「……もしもし?」
「久しぶり。山田のオバさん。僕だよ、吉秀!」
「よしくん? お電話ありがとうね」
「僕もオバさんの声聞けてよかったよ。そうそう、オバさんのこと思い出してさ。それで分かったんだ」
「何がだい?」
これまでより少しだけ低い声に、この時の陽気な僕は気付けない。
後で思えば馴染みの家のよくしてあげていた子が、神への信仰も曖昧なまま何も告げることなく都会に出ていったことなんて、あのヒトには快いことではなかったかもしれなかった。
それでも、その時僕はあの日のあのヒトのように、これこそが正しくて何ものためになる結論なのだと信じて、端的に。
「――僕がカミサマなんだね!」
こんなことを電話越しに叫んだのだった。
「はぁ? ……ごめんなさい。間に合っています……」
返事は曖昧な否定、後は沈黙。
そして続いて最後にガチャリ、と彼女のカミサマとの縁が切れる音がしたのだった。