短冊と言うか……という感じかもですが、どうか最後までよろしくお願いいたしますー!
一般的に、短冊とは織姫と彦星にまつわる七夕において用いるもの、というイメージがあるだろう。
僕としてもそれで結構だと思う。
流石に俳諧に精通していなければ短冊を常用している人はそういないだろうし、年に一度の風習の道具の名前を憶えているというだけで上等だろう。
基本的にお洒落なツールと思われる方が、きっと短冊にとっても本望だろうな、と僕は考えている。
まあ、とはいえ料理をそこそこしている人間にとって短冊切り、という包丁用いた材料の切り方を想起してしまうのはどうしようもないことだった。
何せ、あの主に野菜を薄い長方形に切りそろえるだけのやり方は案外便利なのだ。
煮物にも炒め物にも、火が通りやすくていいし、あまり細かくするよりもなんというか野菜食べているなという感も残る気もして多用している。
「しかし、リンは和食で短冊切りとかしてもあまり喜んでくれないよなあ」
「まーねー。食べ専に作りやすさとか知らんし、あたしそもそも野菜好きくないし」
「そうかあ」
改めて、僕は短冊切りというやり方を好んでいた。とはいえ、最愛の人がそれを苦手としているのであれば、短冊切りを用いる頻度はぐっと下がる。
僕と同姓を採っているため苗字は語る理由もないとして、まあ取り敢えずカタカナ二つの名前の愛らしい名前のパートナー、リンはとても野菜が苦手だ。
小柄でふっくらしていてどこかウサギを思わせるような容姿ではあるが、彼女はむしろニンジンなど蛇蝎のごとくに嫌っており、それこそニンジンとゴボウのきんぴら炒めなど出そうものなら涙目になってしまう。
それでも会話の癖に合わぬ育ちの良さからか彼女が食べ残しなどこれまでしたことはないが、とはいえあえて苦手なものを食卓に並べるほど僕はリンに厳しくはない。
むしろ甘めであるからには、これならと彼女が愛飲している野菜スムージーの中にだって、きっと分からないだろうからとニンジンの欠片を入れることすらしないのだった。
「ぷはー。この一杯のために生きてるって感じー」
「なら良かった」
今も隠し味どころではない量のリンゴを入れてあげたドロドロ飲料を流し込んでから、リンはとても嬉しそうにしてくれている。
この笑顔を陰らせるようなことはしたくないので、まあ短冊切りとはしばらく離れることになるだろうと僕は思っていた。
「りょーりおせーて?」
「マジか……」
しかし、七夕を1ヶ月後に控えた今に、我が愛妻は普段使うおねだりのポーズをただならぬお願いに用いてきたのだから僕は戦慄を覚える。
あれだけズボラで、あたし尖ってるのとかこえーので包丁とか無理、とか十二分に尖っているだろうシャープペンシルを唇の上に載せながら騙るような人間であったのに、どうして今まで僕に一任してきた家事を学ぼうとしているのか。
突然のことに驚く僕に、彼女はあっけらかんとこう続けて語ったのだった。
「いやさ。流石に新しく作ってみたママ友の話を聞いてたらさ。自分で我が子のメシとか作ってあげたくなるじゃん? まだお腹ん中でちっちゃいけどだからこそ動ける内に、ちょっとおせーてよ」
「そうか……リンも家事に目覚めてくれたんだな!」
「いや、とーじ。そーじゃなくってあかんぼでも食べれる簡単なりょーりだけをおせーてくれりゃそれでいいっつーかさ……」
「負担とかこれまで気にしてなかったが、正直うれしいぞこれは……まずは、レシピを……いや書いたのは勘の部分が多いからレシピネットから引っ張ってくるか?」
「うわあい。こりゃとーじ、あたしのはなし、きーてねーぞー?」
何事も、一からはじめて何時までも。そんな気質の僕は一度火が付くと中々止まらないという悪癖があった。
これまで多々友達家族に迷惑をかけてきたそれ。それをまさか今最も愛する人に向けてしまっているとはつゆ知らずに。
僕はこれまで中々共有できなかった趣味を大切な人と同じくできる嬉しさから、暴走してしまう。
それこそ、包丁は猫の手だったな、とか短冊切りやらせるにも何事にもお手本が大事だよなとぶつぶつ独り言ちてしまう僕。
「ったく。とーじったらしょーがねーなー」
そんなどうしようもない夫を見ながら、僕のパートナーはきっとにこりと笑ってくれていた。
そしてそんなお話をした後の、それこそ七夕。
リンは笹にかけるための短冊に願いをかけるその前にと、以前に加えて更にふっくらしてきたその身をせかせかと動かしている。
「さーて。今日のでぃなー、がんばるぞお」
「無理なくねー」
いや、これまでひと月の合間僕はとても沢山のことを彼女に教授し、そしてやはり多く受け入れてもらえた。
最初は勘違いしてしまい、料理の上達段階を記したエクセルファイルだけでなく掃除当番表なんてその隣に作ってしまったが、それだってリンは笑って受け取ってくれている。
流石に彼女が少しでも辛そうな素振り、そうでなくてももう少し身体が重くなる時期になったら全て僕が行うつもりではあるが、けれども彼女は一度やらせてみたら何だかずっと楽しそうだった。
ここら辺は、導火線がちょっと湿っていただけで僕と似ていたのだなあと似た者夫婦という言葉を思い出してほっこりしてしまう。
「んなもん? んー。もうちょっと短冊って長かった気が……まーいいや」
とはいえ、凝り性の僕と異なり彼女の短冊はどちらかと言えばサイコロに似た様子であるが、まあそれでも是とするおおらかさがやっぱり愛らしい。
惚れた腫れたは恋した方の負けらしいが、しかし同じタイミングで恋に落ちたのだと両者一目惚れだった場合はどうなるのだろうか。
取り敢えず、僕らの合間に勝敗はなく、なら一生仲良く出来るのだろうと思わずにはいられないのだ。
しばらく鼻歌とともにじゅーじゅー食材を炒めていたリンは、更にガタンガタンさせて僕を沢山やきもきさせてからそれを持ってきた。
「ちょっと見た目アレだけど、できたぞー」
「おおっ! これは面白い形の肉野菜炒めで……って、それだけ?」
「あー……ちょっとコメ炊くスイッチ入れんの忘れててさあ」
「ま、いいよ。むしろロカボどころかノーカーボなくらいがメタボな僕には丁度いいさ」
「とーじ最近ぷにぷにだもんなー。ほれほれ」
「わ。や、止めてくれよ……」
真四角の短冊切りというある種離れ業を行ったリン。彼女は可愛らしい失敗に少しだけ悲しんだが、しかしそれだけでまた笑顔になってくれはした。
それだけでもう何もかもが良かったと思う僕は、お腹の肉を抓られることを避けることすら楽しんでいて。
「止めたくねーなあ」
だから、彼女のその一言に秘められた意味を、想像も出来なかったのだった。
「これ、リンの奴だな……あ……」
願いを飾るのは一夜きり。だから僕は彼女が起きるその前にそれを片付ける。
そう、昨日ノンアルコールで酔っ払った気になれた僕たちも、大勢に倣って七夕に短冊に願いを認め笹を飾り付けていた。
でも、もう終わったのだからと火にはなれても灰を気にしない僕は気軽にそれに手を伸ばして、そのまま止まる。
何せ、そこには。
「とーじとおなかの子だけでも……長生きできますよーに?」
そんな彼女の生きる希望を短冊切りされたその証が、風にゆらゆら揺れていたのだから。