そばそば短編集   作:茶蕎麦

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 タイトルのテーマをもとに、今回も一時間以内でで書けました!

 ちょっと意外性ありかもですが、くすりとしていただけたら嬉しいですー。


テーマ ど根性

「はぁ……」

 

 俺のため息は雑音に紛れて響かず誰にも気づかれることはない。それが分かっているから吐いたものではあるが、やはりどこか寂しさを覚えてならないものだ。

 どうにも賑やかにすぎる街なかを人を避けるように進む。肩を張って道を作るような意気は、最低でも今の俺にはない。

 

「どうしようかねえ……」

 

 二十歳を過ぎて、酒は飲めるし免許だって取った。これでも、長い休みには実家で親父の軽トラに荷物を積んで農産物を運ぶ等、労働の真似事だって既に行っているくらいだ。

 大学新三年生とモラトリアム期間も終りに近い、俺は既にもう子どもとは取れぬ殆ど大人に近い生き物だろう。

 だがまあ大学に入ってからこの方ずっと付き合ってきた彼女にはつまんないからと振られるようなダサい男でもある。

 結果このまま流されるように生きて、そして死ぬというのはどうかと、今更子供のように思いながらうろついてしまうのだった。

 

「ふうん……桜は毎年綺麗だこと」

 

 しかしいくら悩もうとも暇をあかした足だけはどうしても止まってくれず、次第に川辺に移行した視界は春爛漫を覗く。

 ピンクと言うには淡く切ないそんな桜色。綺麗にすぎるその下に、もし死体が埋まっていたらと空想してしまう人の気持ちが今の俺には分かる。

 眩すぎるからこそ、そこに影を見て穢したい。そんな気持ちは捨て去るべきかもしれないが、時にこうして発生してしまうものだから困りものだ。

 

「いけないな」

 

 俺は、高校球児時代から色だけ変えた坊主頭を掻きながら、倒錯した心にバツを付ける。

 他が綺麗で問題なくていいじゃないか。美しさが遠くて心重ね合わせられなくても、春はそこにあるのだと思い直す。

 

「ふっ」

 

 だが俺の視線は桜の足元を探り出してしまうのだから、笑ってしまう。

 勿論そこに死体なんてあるわけないと分かっている。張り出した根っこを見つけられるのが精々で、その隣に土筆ん坊でも発見できたら幸甚なくらいだろう。

 とはいえアスファルトに見慣れた視界に懐かしき泥を観るのはそれだけで田舎者の性根には響くものがあるかもしれない。

 そんな風に心変遷させながら俺は当然至極に太い幹と根を覆う土を見た。そして。

 

「はぁ?」

 

 何故かその手前のアスファルトとブロックの合間に見慣れた姿のしかし窮屈そうに葉っぱ広げる小ぶりの春ニンジンの姿を認めたのだった。

 春の底に桜の花びらを被せながらも懸命にアスファルトの隙間割って生きようとするオレンジ。そんなものを見た俺は思わずこう呟かざるを得ない。

 

「ど根性ニンジンだ……」

 

 そう。それは井上大(だい)という自分のルーツの一つに酷似したものであったからには。

 

 

 

 かつて日本にはど根性大根「大ちゃん」という野菜が発生していたらしい。

 その大根は小さい土に生きアスファルトを押しのけながらその白き身体を見せつけるように生きていたそうだ。

 場所は兵庫なんて俺の生まれた群馬とは離れた土地だが、俺の生まれた年月の直ぐ近くであったのが縁だったのだろう。

 農家の両親はいたくその大根の生き様に感激したらしく、衝動のまま俺の名前を同じ「大」とした。

 

 そして、俺はその名前を負って、良くも悪くもそんなには曲がらず生きてきている。

 ど根性というには苦境に努めてはいないかもしれないが、まあ少し前に名門野球部で主将を張るくらいの成果は挙げられていた。

 もっとも、お前の代だけ甲子園に行けなかった等卒業前に監督に言われたことを根に持つようなところ等「大ちゃん」と言うには俺はやはり小さい気もする。

 

「さあて。だからというわけでもないが、こりゃ無視は出来ないよなあ」

 

 取り敢えずさしずめど根性ニンジンをぱしゃりと一枚撮ってから、この気合の入った野菜に対してどうするべきかを悩む。

 マスコミに相談するのは難しいだろうがSNSに取り上げてみてもいいし、通りがかりの人と相談でもしてまずこの区画を保護するように動いてもよさそうだ。

 桜に気を取られて、これを踏みつけてしまうような人間なんて容易に想像できる。

 

 俺にはニンジンとはいえここまで育った野菜が軽々と踏み潰されておしまいというのはあまりに勿体ないと思えてしまう。

 何せ、実家ならぬこの大都会でこうも赤く膨らんだ根っこはとても物珍しい。そこに並々ならぬ物語性を覚えてしまうのは、最早実は幼い頃は本の虫だった俺の性のようなものだった。

 さて取り敢えずは誰かにこの感動を伝えなければと少し離れて周囲を見渡していると。

 

「あら、ジョン。そこでウンチするの?」

「くぅん……」

「あ」

 

 知らぬ間に、ど根性ニンジンの上に年老いた柴犬が陣取っていた。そして、切なそうな表情で力んでいて。

 もう止める間もない。

 

「あぁ……」

 

 俺は、次の瞬間ど根性の上に降り注ぐ茶色い養分のその多量さに、目眩すら覚えてしまうのだった。

 

 ジョンという俺と同じように似合わぬ名前を持つオスの柴犬は砂を蹴り上げるような動作をアスファルトの上でしばらく行ってから去っていく。

 残ったのは、大量の汚物に臭気。その下で眠るど根性野菜の心はようと知れずに。近寄ることもなく俺はそこから視線を切って呟いた。

 

「ど根性。とはいえこんな苦境は要らないな……」

 

 辛くても生きようとするのは、根性がいる。俺に今必要なのはきっとそれであり、だが過ぎたるは猶及ばざるが如しというのはスマホの中のニンジンと今のそれの差異を見て改めて理解できた。

 俺は改めて桜を見上げる。最盛を誇るように綺麗ばかりを太陽に透かすように広がるあれのようには成れやしない。

 とはいえ、足元の見て見ぬふりを決め込んだニンジンのように「我に艱難辛苦を与え給え」といった風にも決め込めず。

 

「ふぅ……取り敢えず明日頑張るか」

 

 ど根性足らずの何とも中途半端な大ちゃんな俺は、ただ今日桜の下にど根性の死体を見つけられたことで、少しばかり肩の力を抜けられたのだった。

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