そばそば短編集   作:茶蕎麦

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 お題をもとに一時間で書けました!

 ぎゃぐです!


テーマ ペッパーランチ

「うん。この味この味」

 

 美味に頷くまでもなく、想定内の喜びを隠しながら淡々と食べる地味で小太りの女。

 そんな私だからこそ誰の注目を浴びることなく、店に溶け込んでいるだろうことをすら楽しく思えるのだから我ながら安いものだ。

 ただ胸元でくしゃくしゃに歪む紙エプロンに付いた油の痕を少し気にしてから私はあえて無表情のまま上手く焼色のついた肉をまた一つ食むのだった。

 

 外食は、好きだ。

 こと、外食チェーン店に関しては町中の魅せを総なめする勢いで制覇しているくらいである。

 また、とあるひとり飯番組に影響されているのは否めないが、私は自らの食の覇道に友達を連れて行くことは滅多にない。

 味わうよりも会話がメインになってしまうというのがその理由ではあるのだけれども或いはそれも私なりの流儀……というには軽々しいものだろうか。

 

 一番小さい単位のお札と小銭を少し。それくらい出せばお腹いっぱいにさせてくれるのだから、料理経験不足の私にチェーン店というものはとてもありがたい。

 それに店を連ねられるくらいだから、味にある程度の保証があるのも大きいか。もっとも、値段のために犠牲になっているものも多々あるかもしれないが。

 とある居酒屋チェーン店の裏手から大ぶりのネズミが道に出てきて悲鳴をあげたことはあるが、それだって滅多に無いハズレ経験だった。

 

「まあ、ここは当たりの部類よね」

 

 そんなズボラで変わった私が、今訪れて食べているのはペッパーランチである。

 パチパチと鉄板が立てる音が遠ざかるのを他所に聞きながら、私はコーンを一粒喰んでその甘さの心地を少しの間楽しんだ。

 

 まあこのチェーン店に関してはずいぶん昔に起きた事件の覚えもあって、正直なところ最初は女性一人で入るのは怖いなとは思っていた。

 とはいえ、私がお腹がペコちゃんの時には判断力どころか恐怖だって鈍るもの。

 肉とソースの煙るような匂いにつられて入った駅前のペッパーランチは、特に問題もないむしろ香ばしい美味を安価で提供してくれた。

 

「あむ」

 

 それ以降、私はランチにペッパーランチで肉を食らうことにハマってしまう。

 肉はいい。その旨味だけでなく、口に入れるごとに覚える噛み応えに心原始に還るようでようで午後のためのやる気が出ていく。

 またペッパーのような香辛料とコーンがかかって熱に弾けるこのライスの包容感といったら、たまらない。

 ちょっとカリッとガーリックと一緒に焦げた美味しいところだって、四十路独身を謳歌している私には口に入れることをためらう理由がないことだし。

 

「はー。安心する」

 

 はしたなくないだろう程度にガツガツと看板メニューのペッパーライスを食べた私は、見渡す周囲の殆ど全ての人が目のでプレートの上で焼ける肉に集中する玄人ばかりでホッと一息つけられた。

 ここペッパーランチには、デカい皿の中央に控えめにまとまったパスタばかりを礼賛しそうな子達で話が合わない職場の仲間が間違っても訪れることがない。そういう意味を含めての安心だ。

 

「あの人食うなー」

 

 とはいえ端末越しに観る愛らしい子犬よりも、ゴツいおっさんがメシを掻っ込む姿の方にほのぼのするのは我ながら女子としてどうかとは思う。

 一人飯を拗らせすぎだと、今更ながら自認する。ここで、私を一人にさせてしまう世の中が悪いのだと間違っても考えることのないところが、私の唯一の長所なのかもしれなかった。

 

「ん。よし」

 

 満足するまで分厚い唇をしたおじさんの口に肉と米が吸い込まれていくのを眺めてから、私は水を間違いなく水ですねとのど越しの長所ばかりを感じ呑み込む。

 そして、コマーシャルで一時間は匂いが持つとされるタブレットをカバンから出し、口に入れてから私は立ち上がる。

 主にミントの爽涼感に肉のくどくもたまらない香りが塗りつぶされていくのを内心残念に思いながらお首も出さずにそのまま私はお会計に直行。

 

「千円しないのは、やっすいよねえ……」

 

 そして自動精算機に表示される890円の文字を確認してから、長くて黄色いお財布から千円札を取り出して、機械の口に突っ込む。

 一気に突っ込まれ過ぎたためか一瞬まごついた精算機だったが、計算の速い彼は直ぐ様100円玉と10円玉を別の口から落として、レシートをべろり。

 また来てくださいという表示までを画面に映してくれるのだった。

 

「また来るね」

 

 小さく、私はそんな一言。

 しかし振り返ることもなく私はランチを終えて、職場へと戻る。

 カリ、と奥歯でタブレットを噛み砕く工程で、午後の仕事のためのやる気を一つ使ってしまったかのような、残念な気がしてしまうのはどうしてだろう。

 

「世の中のいい匂いが、ニンニク強めのものになったらいいのにね」

 

 口臭ケアを行うのは苦労ではないが、しかしそのために食後の満足が損なわれるのは本意ではない。そもそも、女子が臭くてダメなんて誰が決めた。

 悩める私は口の中の清々しさを感じながら、実現不可の地味にとんでもないことをつぶやいてしまうのである。

 

 

 

「戻りましたー」

 

 そして、一人つらつら考えながらのオフィスへの短い距離はゼロになった。

 偶に、3Fのここに来るまで誰にも会わなかったなと、そのことがとても幸運なことであることを知らずただ事実として理解しながら、のんびりとした声色で仕事場の皆の注目を集める。

 そのまま私は席に着こうとした。

 

「あー……美香さん」

「陽子さん、なんですか?」

 

 だが、なんだか私に集まった視線は中々逸れずに、その上で私より古株の陽子さんが私におずおずと声を掛けてくる。

 どうかしたのかな、とこのヒトの今日の化粧は濃いなとばかり呑気に思う私。

 

 そんな()()()()()()()()()()()私に、彼女は。

 

「……お店の紙エプロン……したままよ?」

「あ……」

 

 口内からも去った、しかし私が名残り惜しくも未だに知らず身につけていたペッパーランチの残滓を指差し、そう教えてくれたのだった。

 

「あ、ありがとうござい、ます……」

「……どういたしまして」

 

 こうして職場に話題と笑顔をもたらした私。和をもたらしたこの行為は、ひょっとしたら見る人によればファインプレーと取ることも出来るだろうが、私にとってはだがしかし。

 

 

「やっちゃった」

 

 ああ。終わった。そう思うだけである。

 

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