そばそば短編集   作:茶蕎麦

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テーマ 生半可

 何もかもできれば万能だ。そして、何も出来やしなければ無能だろう。

 とはいえそんな両者は満点か零点かの極端な例だ。

 実のところ、帯に短したすきに長しといった、生半可な存在ばかりがそこらを跋扈しているのがこの世の常ある。

 そして、中心極限定理なんて誰かに聞いた知識にばかり諦めて、外れ値に焦がれるばかりの一般人がオレだ。

 

「あー、わっかんねえよ……」

 

 まあ実際言葉をあえて選ばず簡単に自己紹介するならば、オレはただの背伸びして進学校に入って絶賛苦しみガリ勉だった。

 ひょっとしたら、タブレットとノートの二刀流世代の最後の方なのかもしれない、しかしAIに学びを預けるには躊躇してしまうような時代に乗り切れもしない半端者。

 そんなオレは音を上げながらも、紙に書き記した数式を呑み込むために何度も頭の中で数字と記号を読み上げていた。

 

「はぁ」

 

 しかし、休み時間に次の科目教室への移動の時間まで削って復習に苦しむ阿呆はこの学校にはそういない。

 友達と談笑しながらノートも持たずさっさと移っていく奴らの殆どに、オレは成績で勝てた例がなかった。

 これまで中学という井の中ではトップならずとも上位に容易く入れていたところ、奇跡的に受かった高校にて最下位独占。

 成績にて地を這いつくばる日々に、オレは生半可どころか無能だったのではと内心首を傾げ続けていた。

 

 とはいえ、半端者もクラスメートの端くれであるからには、見捨てぬ神だって居るものだ。

 今回は、クラスの中でも殊更の変わり者が机にかじりつくオレに声をかけてくる。

 彼女、堀田留美(るみ)は純な驚きを面に、努め続けるガリ勉に対してこう問ってきた。

 

「わ。また、リュウ君悩んでんの? 先生の説明ちゃんと聞いてなかった?」

「堀田……全部聞いて書き記した上で、これなんだよ」

「はー……あれでも分かんないってそれはそれで凄いねえ」

「どーも」

 

 先からぽかんと空け続ける堀田のその口にシュークリームでも入りそうだなという感想しか覚えられないオレはやはり生半可な存在だ。

 そう、クラスと言うか学年でもトップクラスの彼女から向けられるのはこの方、呆ればかり。

 

 同輩から憐れまれるそれはとても情けないことだとは思う。

 思うが、しかしこののんびりした少女はそれこそ生半可ではなかった。オレはつい、確かめるようにこう問い返してしまう。

 

「堀田。お前って前に宿題でAIの作った答え丸写ししたって聞いたけどさ……マジか?」

「えー? まあ、うん。あの時はやらかしたねえ……もうバレないから大丈夫だけど」

「まだ隠して続けてんのかよ……お前、頭いいのにどうしてそんなことしたんだ?」

「えー……だってー」

 

 よく人は天禀を尊ぶ。それこそ、オレですら幼い頃には神童だとか親戚のジジイに褒められて鼻を高くした経験があった。

 しかし、目の前のやる気のない少女にとって、見上げられることは当たり前に過ぎるのだろう。

 堀田は零点も満点もどうでもいいとばかりに、自分の中でズルにすら丸をつけてからこうほざくのだった。

 

「あんな分かりきった答えを考えてあげるのって、別にわたしじゃなくたってよくない?」

 

 心底、下らないことを聞かれたといった表情。

 余裕がありすぎて気まぐれな堀田は、だからこそ手一杯なオレにだって話しかけてくるのだろう。

 こいつはこのまま世の中をナメながら渡ることの出来るかもしれない、稀有な天才だった。

 

 堀田は、覚えたのだから要らないと豪語して手ぶらで教室にやってきては、主に授業中に欠伸をする。

 まあ、実際に問われれば目を瞑りながら端末にある教科内容を諳んじられるのだから、教師もたまらないだろう。

 そして、そんな圧倒的な外れ値を前に馬鹿ですらない中央から中々抜け出せない生半可なオレは。

 

「んなわけあるか」

「いたーい!」

 

 だからこそ、当然至極に堀田の頬を引っ張るのだった。

 そして頭が良すぎて常識外れな()()に、改めて彼女が分かりきっている筈のことを教える。

 

「それはお前だから、間違えずにやれるんだ。だから、自分でやれ」

「えー……最近はAI君賢いよー? 任せた方が楽でしょ?」

「そうかもしれないが、だからこそそうしてはいけない」

「えー? それ、苦労は買ってでもしろって一般論?」

 

 ちょっと説教じみたことを口にしたところ駄々っ子のように嫌がる、成績だけかけ離れた同い年。

 いや、まあ絶賛苦労中のオレがそんなものを友に課すようなことはない。

 ただそれでも馬鹿にならない中央付近だからこそ、並外れてしまった天井付近の子供に語れることはあった。

 

 こんな風に考えたことだけでもう先の数式忘れかけている自分を酷く情けなく思うがオレはこうとだけ伝える。

 

「ちげえって。堀田。もうちょっと、お前はお前のことを大事にしろって」

「んー? それはつまり?」

「お前の天才だって、お前なんだからさ」

「おー……なるほどねえ」

 

 そこでようやく自分が理解してもらえないことを諦めていたことを理解をする、天才さん。

 堀田は己と天才が不可分であって、その重さをすら測れなくなっているのかもしれないが、だからこそ誇りを持って欲しいと半端なオレ辺りは思うのである。

 それは折角の友人がこのまま外れ続けてそのままどっかにいってしまうのを危惧する心だってあった。

 

「じー……」

「なんだよ、堀田」

 

 しかし、納得行ったのかどうなのか良く分からないままに堀田はこちらをオノマトペを口に出しながら見つめるばかり。

 それをうざったがりながらもそろそろ移動しなければいけないと机を整え席を立つオレ。

 当たり前のように隣に並んだ彼女は嬉しそうにこうつぶやく。

 

「んーん! リュウ君の丸ってちょっと大きすぎるんだねって」

「……どういう意味だ?」

 

 頭の上に両手で丸付けする変わった少女の横で、オレは要らないかもしれない悩みを得る。

 丸なんて誰が書いたって大差ない。それを識っているオレはだがしかし。

 

「ふふ。生半可な子じゃあ、私の心は容れられないよ?」

 

 そう微笑んで満足する外れ値と確かに隣り合っている事実に沈黙を返すのだった。

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