最終的に米粒を「立たせ」るように炊く、というのがこれまでの炊飯における至上目標であったのではないかと思う。
また我が【株式会社タタセ】においての最終目標は、利用者を感動に思わず「立たせ」てしまうくらいに感動的なものづくりを行うというものである。
意味合いは違うが、奇しくも社名と同じく同じ「立たせ」という文言を含んだ目標が重なっていた。
それを思うと炊飯器、というものに機械産業に携わる一社として我々が目を向けてしまうのは自然だった……のかもしれない。
とりあえず、炊飯器の設定ミスで白い泥のようなご飯を食べたときにそれに気付いて、その思いつきのまま社内に新プロジェクトを発足させた我が社の田田瀬稔社長はきっと、ある種の天才なのだろう。
そして昨年の春頃に「タタセオリジナル炊飯器」プロジェクトが走り出す前まで、私を筆頭にタタセの社員は炊飯におけるオリジナリティについて議論を重ねていた。
机上の論はあまりに白熱しつつがなく決まったのは、新人の藤沢さんが会議の合間手慰みで書いていたご飯粒モチーフのキャラクターのイラストを商品のブランディングの際に採用するといったことくらい。
思えばこの時に既に或いは皆、どこかおかしくなっていたのかもしれない。
もっとも、主に医療機器を扱う会社で炊飯器を作るという謎の話に乗っかったような人間達がマトモであったかどうかは私にも分からない。
「規模が大きくなりすぎているきらいがあります。いっそ、ここは用途を限定して尖らせてみた方が……餅米炊飯器とか」
「いや、そもそも前提として一粒一粒立ち上がるように見事な炊飯を可能とする、そんな最終目標にたどり着けたその時点でオリジナル性は担保できるだろう。後は、どう立たせるかだ」
「我が社の医療畑の方の技術を応用し、振動を用いて米粒同士を並ばせるという案は問題ないのですが……如何せんどうしても予算が足りなくて」
「しかし、美味いというのにテンプレートがないなら、やはり立たせることはマストだからな……」
悩める会議室には、とりあえず米に親しむために炊いてみようという誰かの意見が採用され、常に米のどこか甘い匂いが充満していた。
だがそう、今の会話で出たとおりに、ふっくらや硬め等ご飯においての人の好みは多岐にわたる。
リサーチの重要性を度々サブリーダーは叫んでいたが、思えば美味しさという複数他者のご意見を束ねてまとめて、それを形にしたものがオリジナルと呼べるものかは疑問だった。
そして、そもそも「立たせ」の一点で走り出そうとしているこのプロジェクトにおいて立たせるという一点は必要であって、それ以外は最早枝葉末節でしかないという認識も共有されてしまっていた。
だが果たして、現実的にそれが可能かどうかはまた別の話。
「しかしどうにもこうにもいかないならばこれは、発想を変えなければいけないかと」
「そうかもしれないが……ううん……立たせないとなあ」
「立たせる、ですよねえ……粒立ち……」
米を総立ちさせるにはどうも金がかかりすぎるぞということ、そして性能が高くても数十万の炊飯器が売れる可能性は低過ぎるだろうということ。
とはいえ、これまで食べたパンの枚数をゼロとはっきり憶えている田田瀬社長は最高の炊飯器が出来たら一番に試させて貰うからなと異常なくらいに前のめりで乗り気。
その上メインの方の技術者も驚くくらいに技術提供にやる気満々。
なんだかもう、どうしてもやらなきゃいけない感じになってきていた。
「いや立つって、人間的ですよね」
「それは人類史的な意味合いか? 顔を上げて立ち上がって頭が高いから霊長になれたみたいな」
「まあ、そんな感じっすね」
「そうか。だが実るほど頭を垂れる稲穂かな、っていう言葉もあるぞ?」
「はぁ……世の中は深いっすねえ」
もう意見は出切り、憔悴した社員と雑な会話が会議室に流れるばかり。後は、炊飯器がシューシューとまた次のご飯を懸命に炊いていた。
それこそ垂れるほど頭を抱える彼ら。このプロジェクトはやはり絵に描いた餅、いいやお米に過ぎないのかと多くが悩む。
そして、いっそクビになってしまった方が楽じゃないかなとプロジェクトリーダーが辞表内容を考えていたその時。
「分かりました!」
「……何がだ?」
「いえ、この上なくローコストで米粒を立たせて炊く方法です!」
「マジか……」
私は気付いてしまったのだ。その方法を。そして、疲れ切っていたリーダーは大量のおにぎりを作成しながらソレがいいと許諾したのだった。
そして押していた予定は発足からあまりに早く消化される。
やがて、出来上がったオリジナルの炊飯器のその全容は。
「これは……本当に立っているのだな」
「ええ、物理的にもそそり立つ炊飯器です」
とても物理的に高かった。またお値段も抑えたつもりでそれなりに高い。
お披露目をシークレットでと楽しみにしていたアホな社長は流石に青筋を立ててこう言った。
「ナメてるのか?」
「いいえ。今炊いているのです……出来ました……これをどうぞ」
「おおっ」
しかし臆することなく、私は上から押し出すようにして一粒一粒立ったまま固定して炊いた米をにゅるんと取り出す。
ほかほかのそれを見て目を輝かした米派のトップを前に。
「これは売れますよ」
宣伝も負かされた私ははっぴの背に負う件のキャラをも自信にして、そんなこと言った。
だが当然、この一粒一粒を細長く充填させて炊く炊飯器は売れなかった。
結局、社長を腹立たせただけで終わったのが結末である。