そばそば短編集   作:茶蕎麦

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笑っていてよ

 むかしむかし、あるところにとても珍しい病気を患っていた男の人がいたんだ。

 

 その病気は本当に奇妙なものでさ。

病は気からって言葉があるそうだけれど、文字通りだよね。周りの人が幸せな気持ちでないと、彼は死んでしまいたくてたまらなくなってしまうんだってさ。

 何時から患い始めたのか、誰も知らない。

 ひょっとしたらそれは、生来のものだったのかもしれないね。

 

 だって、彼は子供の頃からいい子だったんだから。

 

 他に症例がなければ、治し方なんて分からない。何時それが治まるのか、それとも未来永劫続くものなのかも見当がつかなかった。

 病気と考えられたのも、症状があまりに顕著であることと、何時だっていい子にしている彼が近くで落ち込んでいる人より顔を蒼くしているのがあんまりに哀れっぽかったからさ。

 あんなに優しい子が可哀想、ってなもんでちょっと調べてみれば一定なリズムが目に付いた。

 上がりは緩くて、下りは急。場が盛り上がっていれば、彼だって心の底から笑うんだけれど。

 他人がよっぽど気になってしまうんだね。どう隠したって、彼には分かってしまうんだ。

 そうして否応なく対応してしまう。二人きりだと、まるでお通夜みたいになっちゃうんだ。

 

 ま、こういうのも社会的動物らしさっていうのかな? 悲しんでいるときに誰かが笑っているなんて嫌だものね。ただ、それにしたって無理くりな適応だけれど。

 でも、病気に苦しめられているからっていっても優しい彼の元を去る人間なんてあんまりいなかった。知らなきゃ、同情心が強いっていうだけの美徳だもん。知ったら知ったで、同情するだけ。

 だから、いくら彼が人を避けても縁は纏わり付くのさ。嫌々優しくしていても、そんなのは相手に関係ありゃしない。まるでその様は施しにたかる蟲のようだったよ。

 

 見舞いと称してくじけた心を慰めてもらい、優しい彼に何度も死にたい気分にさせていたのはその家族も同じだった。彼が優しくするから付け上がっちゃって性悪ばっかりなのがまた、堪らないねぇ。

 人の気持ちなんて分からない奴らばっかりさ。その役目は彼に任せっぱなし。酷いもんだよ、本当に。

 

 さて、そんな彼の内心はどんなものであったかというと、それもまた酷く爛れていたのさ。周囲の人間に対して、幸せになっちまえと思ってばかり。そうして、死ねと。

 でもでも、そんな思いを言葉にして傷つけてしまえば、次は手酷く自分に返ってしまう。口先と表情ばかり優しくして、呪うことでしか一矢報えることはない。

 

 いや、長生きしようとしたことも、もう一つの抵抗だったかもしれないね。

 泣く子がいれば慰めて、痛みを抱える老人の手を握るような毎日は辛いもの。何せ、大体彼は死にたいんだ。それを止められるがままに生きてきたのを、自分の意思で止めようとするようになったのだって前向きな成長なんかじゃあ、なかった。

 

 病的な彼が、自分が生きていることこそ他人の不利益となっているって気付いたのは、人より大分早かった。だから人の甘えを一身に受けて、彼は笑うのさ。

 そうして、時にこう語る。

 

 ――――オレが死んでも笑っていてよ、辛いから。

 

 それが無理であることを知りながら、何時だって彼は笑っていた。自分は長生きしたいと思い、人には死んじまえと願いながら、どれだけ相手の何かを奪えたかを勘定して笑う。

 

 やがて誰かのため無益に生きて、彼は死んだ。臨終の際には周りに止め処なく流れる滂沱の涙をうっとおしく思いながらも、満足げに死んだそうだ。

 言葉通りに必死こいて泣き顔を笑顔にしようとする見送る人の滑稽さを笑いながら、喜んで彼は死に向かった。

 

 

 それで、終わり。

 責任を自分で背負うようになった彼の友人達が原因も分からずに崩れ落ちていく様なんて、どうでもいいに違いない。なにせ、それを見たって心底同情するような彼は、もう居ないんだから。

 

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