月見
今日は満月の夜のはずなのに月が出ない。
晴天がそのまま暮れて夜が更けつつあるのに空には円が足りなかった。そのためか、辺りはまるきり闇に濡れていて、星ばかりが空に明るい。
これだけ綺麗に瞬いている今ならば、分かる人にはさぞかし冬の星座がはっきりと見て取れるだろうとは思う。
しかし、夜空に詳しくなければ、天に某かの形も認められず、ただその光を浴びることしか出来ない。
無学に情けなさを覚えながらも、せっかくだからと変った夜空で遊び、目に付く一等星ばかりを脳裏で結んで空に曲がりくねった道を作る。
すると、その突端が地平に近づいたところで月が現れた。やっとまともな空が見えるとほっとしたが、その月はやはり異常だった。
くるりくるりとその表面の光は形を変えて、驚くほどの早さで天を駆け登っていく。三日月、半月、新月、そして満月と姿を変えながら煌々と明るく輝いて空を行く月は、夜空の天辺に差しかかるところで止まった。
そして、その場に居座り始める。よくよく見れば、あれは普段の月と比べて大きいことに気付く。何でもない空に、ただ月ばかりが違っているのだ。
これでは月並みなんていう言葉を使えないと思い眺めていると、月が瞬くのが見えた。
それはまるで、まぶたを閉じたかのように上下から闇がぱっちりと合わさり開いた様子である。なるほどあれは何者かの眼なのだろう。ならば、本物の月は何処かと探せば、足元に野球ボール大のそれらしき凸凹の球が転がっていた。
ためらいなく投じたそれは、グングンと上昇してゆき偽りの月をパリンと割って天辺の位置に収まる。
砕かれた瞳は宙でざあざあと涙をこぼし、それは夜に天気雨をもたらした。
思わず軒下に避難しながら、その道中にて落下してきた目の欠片を受け止める。湿潤したそれを、満月の方へ向けると、大粒の滴が足元にぽとりと落ちた。
星々に囲まれていたそれの気持ちは、分からない。
水月と紅葉
中秋の星空の下、碗の中に水月を探す。
黒塗りの昏い水底には星すらろくに輝かない。しかし、鏡のように朧気に光を映す水面には夜空の一部があった。
勿論、天の大体を球儀に纏めることは出来ても、掌の中の水面にその全てが映り込むことはなくて。だから、未だに見上げず月を望むことは出来ていない。
刻々と過去の光を反射し、夜風の寒さでの震えすら映す揺らいだ水。
さて、これはどこの水場で汲んだのだろうか。蛇口から流したか、川の表を掬ったのか、ひょっとしたら雨水を一滴一滴溜めていたのかもしれない。
どちらにせよ何時迄も、澄み渡りし透明なそれに月は一部も映らず、中々満ちはしなかった。
ふと、音を鳴らした足元を見てみる。
どうやら紅葉が一葉、靴と軟い地面に挟まれ、悲鳴を上げていたようだ。
かさりという音色が暗闇の中で寂しげである。だからだろうか、気づけば乾ききった枯れ葉に向けて、碗を傾けていた。
光帯びた滴りの後に、垂れ落ちる細い水。しかし小さな全身には過多なそれを受けて、紅葉は暴れる。そして、当たり前のようにその痩身は水を容れることはない。
碗の殆どの水分を受けても鮮烈であっただろうその赤が戻ることはなく、萎れたままだった。
ほう、と息を吐く。先の行いは無為である。朽ちるのを可哀想と勝手に思い、水をあげようと碗の中身を犠牲にしたことなど余計な真似でしかない。
そのために碗の水はあと僅か。映る範囲など殆どない。果たして望月はこの程度の水溜りに映ってくれるのだろうか。
だがしかし、行為のために陰りは取れた。仰ぐまでもなく、もう月見の邪魔をするものなどどこにもない。そう、中秋の名月はこの手の中に。雲が失せた天の光を溜めて、底と触れんばかりに僅かな水面が、輝いている。
つい、本物の月の見事さを探すために、瞳は上がった。そして、一歩踏み出す足は地を躙り。
小さな、小さな水鏡が、揺れた。