そばそば短編集   作:茶蕎麦

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箱・迷子

 

 箱

 

 

 目の前に木で出来た小箱があった。

 

 いや、蓋も隙間もないそれは箱というにはあまりに窮屈すぎているかもしれない。

 ただ、隅を木ねじできつく留められた桐製のその立方体は、確かに中に空間を湛えているようである。

 

 叩く度に響く高い音色と軽い感触がそれを教えてくれた。ためしに振ってみても、音がしない。手のひらに載せた、その重みも随分と頼りないものだ。

 中いっぱいに綿が詰まっているわけでもなければ、これはきっと空っぽであるのだろう。

 しかし、僕は封印されたこの中身がどうしても気になった。

 もしかしたら、空であっても中の景色は素晴らしいものであるのかもしれない。

 例えば中に星空でも描かれてでもいたら、それは実に面白いと思う。ハズレと書かれているだけでも、中々愉快だ。

 

 そんな想像が先行しながらも、ゆっくりと足は道具箱の方へ向い、手は確かにその中からプラスドライバーを取り出していた。

 僕はドライバーを反時計回りにねじり、どんどんと顔を出すネジを一本ずつ引き抜いていく。

 四本目を数えた頃にはもう、一面の戒めは解かれていた。

 そわそわと、楽しみに落ち着かない心を感じながら、僕は蓋となった正方形の板を取り外す。

 

 すると、中にはみっしりと、何もない、が詰まっていた。

 

 指先を差し入れても、触れるものなく底にコツンとぶつかる。中には想像していたような絵も文字もなく、ただ木目の綺麗な線が引かれているだけで、僕はそこに寂しさを覚えた。

 しかし、落胆は予想よりも少ない。それは征服感によるのだろうか。こうして、空っぽの秘密は多少の労苦で暴かれてくれた。

 既知の世界が拳大だけ広がったという、その事実は悪くない。

 

 後は、やってみたいと思ったことが一つだけ。

 想像と異なる無聊な現実の代りに、不格好な星々を閉じ込めて秘密にしてみたい。

 そう考えて、僕は押入れに忘れたままであったお絵描きセットを取り出そうと、箱に背を向けた。

 

 

 迷子

 

 

 路によって、道を見失う。そして、何時か私は停まった。

 

 光眩しい真昼の最中、不明によって途方に暮れる。

 そもそも路であるから、ここは途中だ。停止線など何処にもなく、左右は歩めない壁と川。

 どう悩もうとも、私は前後どちらかに進む必要があった。

 だが、迷子になってしまった心が再起するには時間がかかる。つい地ばかり向く顔を嫌って、私は空を見た。

 

 蒼穹、限りない天には紺碧が陽光に雲を呑み込みながら、空色、青色、天色を階調に並べ、ただ美しく広がっている。

 そこには区切りなど一つもない。大きな空っぽ。地を這う人間の憧れは頭の上にずっと広がっていた。

 空に己の道を乗せられれば、どれだけ自由なことだろう。

 前後左右を進み、後は壁を乗り越えるだけで精一杯な生。

 そこから解放されてみたい、という思いは間違いではないだろう。勿論、正解でもないのだろうが。

 

 目標物もない空しいところを飛び回るのは、結局のところ無駄だ。

 人は群れの合間に生きるもの。幾ら窮屈であろうと、孤独に飛び立つのは逃避に他ならない。

 勿論、上から望んだ風景はきっととても素晴らしいものなのだろう。逃れるのもまた心身休める良い機会になる。

 無駄を遊びにするのも、人の常だ。とはいえ、人間の世界は常に地平にくっついているもの。

 そこには路があり、街があり、人がいる。また、帰る場所だって。

 

 ああ、そうだ。私は帰りたかった。そのための道を探していたのだ。先に進みたい気持ちもあるけれども、それで戻れなくなってしまっては元も子もない。

 

 迷走し、しかし私は確かに先に進めた。

 それこそ、こんなに良く分からない路にまで。仰ぐのを止め、不慣れな土地の空気を味わいながら、周囲を見渡す。

 すると、誰かが近くに居たことに気付く。

 

 やがて、私は彼に聞くことで、ようやく迷子を止められた。

 

 

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