そばそば短編集   作:茶蕎麦

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目覚まし時計・七夕・平均世界

 目覚まし時計

 

 時を巻き戻したいと思った。

 

 とはいえ覆水盆に返らず、こぼれたミルクを見て泣いたところで無駄なこと。

 過去を思うよりも、後悔先に立たずという言葉を噛み締めたほうが良いのだろう。

 

 しかし自分には時計の針を逆しまに進ませることくらいは出来た。

 古い目覚まし時計が手の中にある。

 くすんだ銀色の真ん中では秒針がチクタクと時を刻んでいた。

 裏返してみれば、そこには二つのツマミがある。一方にはアラームと書かれ、もう一方には分針時針の図案が添えられていた。

 

 自分は迷わず、後者のツマミを時計回りに捻る。

 すると、表で分針が手元の動きに従って盤上を滑っていく。

 そして反対に指を動かしてみれば、分針は巻き戻されるかのように反時計回りに進んでいった。時針も、沿って遡る。

 秒針が狂いなく時を刻んでいく中、時の流れより人の手に従うその様は、一種の万能感を自分に錯覚させた。

 勿論、順逆を取るのが可能な理由はある。その機能は動き始めの時計合わせや、経年によって生じた狂いを是正するため。

 決して時と遊ぶためのものではなかった。だが、掌の中で逆さに時が刻まれていくのは面白い。

 

 発光ダイオードの青い照明の下で、窓越しに暗闇を覗きつつ、十二に辿り着いた時針から真昼の光彩を思い返すことも出来た。

 十一、十。尚も、止めることさえなければ、時計は遡り続ける。過去の刻みに、行ったこと、行えなかったことを思い出しながら、今更それを変えられないことを実感しつつ、朝食の味を思い出していると。

 

 ジリリと目覚まし時計はその機能を発揮して、曖昧であった自分を覚まさせてくれた。目覚ましを設定した時刻は七時。

 そして腕時計で確認した現在時刻は奇しくも午後七時丁度。時計はこのままでも正しく時を刻んでいくだろう。

 そう、巻き戻した所で時は変わらず。過去へ向った思いも覚めれば今を生きる他にない。

 

 欠伸を一つ。再び起きた瞳は前へと向いた。

 

 

 七夕

 

 願い望んで星を望む。

 手元の色紙は笹に架けられることもなく祈りに歪んだ。

 数多の願いが天に延べられる今夜にて、己の望みが一等輝き掬われることはあるのだろうか。

 夜闇に紛れたありきたり。普遍の想いよ星まで届け。天の川の物語は自分の救いと似ている。

 

ああ彼らのように、一夜きりでも会いたい。

 

 

 

 平均世界

 

 

 そこは、あまりに平たい世界だった。

 

 その世界は、一応四次元に分類される世界である。しかし、それにしては随分と凹凸がなく、奥行きがなかった。

 立体よりも平面に近く、横から見ればまるで線であるかのように、盛り上がりや落ち込みに欠ける世界。

 当然、その世界にも生物はいた。人間に相当する存在もあったようである。

 しかし、様相は他の世界と違いすぎた。生きているといっても、それは我々の世界の鉱物よりも死んでいた。

 

 変わらない。故に、壊れない。死も生も彼等には遠かったのだ。

 

 もっとも、その世界も一応四次元であるからには上下左右が存在しており、時の流れもあるので変化が無いということはあり得ない。

 しかし、続きすぎる平和。思考も緩やかに、過ぎる時間を甘受する。誰もかもがそのことを幸せだとは思えずに。

 それは百年か千年よりも更に永い、酷く間隔を空けて起きる、ほんの少しの変化。

 その世界の者には救済と呼ばれる、幸と不幸を運んでくる揺らぎの時。

 そう、待ち望んだその時に、幸福を楽しみ、不幸を噛み締めて彼等は死んでいくのだ。

 しかし、変化による代謝は余りに緩い。一度に減るのも小数である。

 ただ、真綿で首を締め付けられるように滅びゆくのがその世の理でないことは、一つの救いだろうか。

 それすら、彼等が悠久のときを経て得る考えの一つだったが。

 

 その世界は平和であり平穏であり、同時に幸せと不幸せが足りていなかった。

 そのことが不幸であるのかは、誰にも分からない。

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