そばそば短編集   作:茶蕎麦

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 百合文芸に投稿してみたやつですね!
 今見直すと分かりにくいです!


括られるための百合のお話

 二人の、少女がいた。とても綺麗な輝きを持った、天上の雫のような二人である。地獄のような、私とは全く違う何かたち。

 

 幅野(はばの)みさきは、月のしずくである。彼女は、淡い輝きの一滴。美しい形で魅せるのではなく、その光彩によって愛を語りたくなってしまいたくなるような、そんな少女だ。

 萌木(もえぎ)サキは、カンバスの白だ。彼女は、個性を乗せる前の無地。優しさすら覚束ない、感情のあるがままをその無垢によって見せ付けてしまうような、そんな少女だ。

 

 反して、私は白磁で覆った黒い地獄。または、嘘をつけない自殺志願。その胸に燃え盛る熱量によって他人を決して受け容れることの出来ない、自己愛の塊のような少女だ。

 

 そんな私は、そんな彼女たちを私のために汚した。

 

 

 私は、私を愛している。彼女たちは、私と私を愛している。

 そんなだからこそ、私は彼女に括られたいのだ。

 

 

 好きという言葉を大切にするものが存外多い。けれど、そんなのたった二文字のデータ。風に流されれば消えてしまう程度の一言。大切に抱くほどのものではない。

 そんな私の思いなんて、くそったれ。今は無視すべきただのノイズ。成すべきことを、成すだけだ。

 

「好きだよ」

 

 だから、私が目の前の少女、幅野みさきに向けて、私は至極透明にそう言えた。

 そこに当然のごとくに恋はない。ただ、焦がれたものはあるのだけれど。けれどもそれは結ばれるための熱ではない。けれどもそれを隠して私は温かみのように見せた。頬の熱は、唾棄すべき灰の結論。

 そんな焼却物のような私の前で、幅野みさきの瞳が大きく開く。その際多分に含んだ光を包んだ水面が頬を走ったのは、決して私の見間違いではないだろう。

 

「え、嘘?」

「嘘じゃあないよ」

 

 そう、私は幅野みさきの前で平然と嘘をつく。けれども私の黒色に汚れた中身を知らない彼女は、頬を染めて溢れる涙を黙って堪えながら喜んだ。

 誰からも好かれるべき彼女は、私に拘っていた。私はそれを、知っている。端的にいうと、私は彼女の憧れだから。

 

「嬉しい……」

 

 私は決して彼女の喜びとはなれないのに、幅野みさきはそう言う。それは、隣り合ったものを遠いと勘違いし続けた彼女の錯視が故か。

 空は飛べない、海は征けない、全てを抱けない。こんな出来損ないの何を仰いだかは知らないけれど。

 今もこんな、血の通わない私を信奉する。きっと、幅野みさきはただ、カオリナイトを愛していたのだろう。

 

 白地の紅を動かして、私は尚も少女を惑わした。

 

「私も、嬉しいよ」

 

 それは嘘とは言えない。とはいえ、それが彼女の幸せを喜んでいるという意味にはならなかった。

 むしろ、地獄に落ちろと微笑んで。私は一歩彼女へ近寄った。

 

「あ、里々(りり)さん……」

 

 そうして近くに見えるは、在り来たりのセーラ服の中の非凡な色。面の形で言えば損ないが多いだろう。けれどもその程度で、黄金は消えない。

 可能性は固まってそこにある。この世で最も重い価値は、私の前で凝って震えていた。

 そんな素敵なものに私は無遠慮に手を伸ばし、その顎にそっと触れる。そして更に、私は距離を消す。

 

「ん……」

「好きだよ」

 

 幅野みさきの唇の上に唇重ね、私は嘘を言葉に塗りたくった。

 好きなわけがない。こんな綺麗なものを私が好むことなんて出来るはずがないのだから。

 だから、どうしたって触れ合いには優しさが欠けてしまう。当たり前の口吻なんて、つまらない。私は思わず牙を立てた。

 

「痛っ」

「ごめんね」

 

 そして私は幅野みさきから離れる。私の前で果実の唇から、紅がこぼれた。滴る液を私は手のひらで受け止める。

 驚く彼女の前で謝る私はやっぱり嘘つきだろう。

 

「間違えちゃった」

 

 ただ、そんな言葉ばかりは本音だったのかもしれない。

 

 

 

 付き合う、というものは好き同士ならばとてもエネルギーを使うものだ。大切を大切に抱く。それこそ自縛に近い愛の凝固。とてもではないが、軽々と出来るものではない。

 しかし、それを求める動きが目の前にあった。普段からピンクの頬を朱に染めて、ひとつになりたいと、彼女は私に叫ぶ。

 

「あたしと付き合ってよ、白野(しろの)さん!」

 

 小さな萌木サキは、私に向かってそう囀った。それが唐突に感じないのは、私がそう発するよう彼女の胸元にヤドリギを育ててしまっていたがためか。いずれ萎れてしまうものだろうと、それは光を求めてさまよう。

 恋によく似た依存心を持って、彼女は私にすがりつく。窮屈な思いをしながらわざとらしくも、私は訊いた。

 

「どうしたの? サキさん」

「ねえ、白野さん言ったでしょ? 好きなものは我慢しなくって良いんだって」

「言ったけれど……」

「なら、あたしは我慢しないんだ。好きなものは好きっていうの。あたし、白野さん大好き!」

 

 いたずらに私を抱きしめるのは、拒絶を知らないが故のことか。自分が愛されないなんて、思いも知らないふてぶてしさ。或いは純真。彼女は透き通ってだからこそ輝く。

 そんなあまりに小さな萌木サキの前で、私は表情を基調のままに留めてその稲穂の頭を撫でる。豊かに、実っているばかりのま白い中身。

 賢しさを使うことすら考えられない、そんな満たされた存在の前で、私は知らず奥歯を噛んだ。ぎしりと、心が歪む。

 

「サキさん……その言葉には、続きがあるんだ」

「え、なに?」

 

 首を傾げる愛らしい童女の前にて、私は当然を口から転がす。

 当然至極、すべての言葉は足らず理には永劫届かない。愛言葉なんてその典型。

 彼女の真綿の好きなんて私にはこれっぽっちも伝わらず、そしてすれ違う心だってわからないのだ。

 

「嫌いなものを我慢しなくって良いの」

「え……ど、どうして?」

 

 故にどんな言の葉よりも、そっと彼女を離しただけの私の仕草こそ雄弁であったりもした。

 痛みに敏な、子供の常。故に、物珍しい悪意に怯える。そんな自然体こそ中々あり得ないのだけれど、と私はしかめ面のまま思う。

 けれども目の前に、こんなに美しい白があった。ならばいっそ台無しにしてあげたくなってしまうようなことだってあり得るのだろう。

 私は喉元の鈴にて、本音を鳴らす。それはブーザービーター、彼女に対する最終宣告でもあった。

 

「私は黒色が好き。そして、サキさんは嫌い」

「嘘、嘘だよ」

 

 いやいやをする萌木サキのことを、私はやはりどうしたって愛せない。

 誰からも愛される形をした彼女がどうして私を好きなかは、知っている。偶に、近かったからだ。

 私は子供の距離感を許したが、ただそれだけ。私の精緻は愛されなかった。そんな、残念が心に重く横たわる。

 

 私は走れて、跳べて、誰の生存も許せた。後は見難くないそんな程度のものだけれど、人並みに夢がある。

 だからあなたは幸せになってと微笑んで。私は再び彼女を否定するのだった。

 

「ううん。私はあなたのことを決して好きにはなれない」

 

 再び離れた私の目に映るのは、小さい彼女のそのはち切れんばかりの激情。膨れた頬の横にだくだくと流れる体液こそ、萌木サキの象徴。

 好きになれるわけがない。何しろ、こんな愛らしいものは私のスーサイドに値しないから。

 あからさまに素敵なものを嫌いだからと切り捨てられるわけがないだろう。彼女の襟元の水兵服のラインに括りを夢想しながら、私は謝る。

 

「ごめんね」

「どうして、そんな嘘っ!」

 

 私は確かに、私のために彼女の心に種を植えヤドリギを揺れ動かした。とはいえ、それが本気でなければ恋によるものでないのも明白。

 だからこそ、真摯に当たろうと、それこそ眼前の萌木サキのように素直に話し出す。努めて、笑顔にて。

 

「私は本当のことしか言わない」

 

 それは嘘だけれど、私はそうありたいからこそ悔しくもそんなことを口にするのだった。

 

 

 

「どうして、告白されたのにサキさんと付き合わなかったの、百合(・・)? あんなにも、仲良くしてたじゃないの」

「里々……うん」

「私は、付き合ったっていうのに……」

 

 そして、私達はひとつ屋根の下、二つに別れたままに相対する。互いに汚れきれないまままに。

 付き合った、付き合わなかった。それだけのこと。しかし、それだけで約束破り。怒る理由には足りた。

 私は里々の激情の前に、けれども怖じない。それは勿論、嘘つきな彼女の本音を知っているからという訳ではなかった。

 だって、こんなに嬉しいことはない。里々が私と離れるために、吐いた言葉。それが嘘だと、この怒りで信じられたのだから。

 

 一番に好きな人が出来た。そんな冗句、未だに私はこれっぽっちも認めてはいなかった。

 だから、里々が幅野みさきと付き合ったことだってただのおふざけ。私を笑ませる効果しかない。

 

「ふふ」

 

 私は大好きな私と同じ顔をした私の分身、黒々とした地獄を己に持つ片割れ、白野里々の前で微笑んだ。

 反して、双子の彼女は冗談みたいな整いを嘘にした。怒りに燃える少女の前で、私は尚笑って言う。

 

「それはそうでしょう? 私は里々のことが好きだから」

「私は、百合のことなんて嫌いよ……」

「嘘つき」

 

 私は私が本当のことしか言いたくないように、里々が嘘つきであることを信じている。だから、彼女は言葉の反対を胸元に抱いているに違いない。

 

 そう、里々は私のことが好き。そして、私も里々のことが好きだ。

 つまるところ、私達双子は、愛し合っていた。それを私は好んだけれど、もうひとりの私は嫌ったのだ。

 私のために成った黒は、これ以上暗くなることを認められなかったのだ。もう止めてと言う本心を、嘘で塗布して私に伝えた。

 それを嫌だという私。そんな反発に彼女は。

 

「このっ」

 

 私の目の前で、私のカオリナイトの顔に朱が差す。ああ、これは怒りによるものだと理解した途端。

 

「ええ、嘘よ!」

「ぐ、ぅ……」

「姉が妹のこと、嫌いなわけないじゃない! でも、それだけっ!」

 

 私は里々の手によって喉を圧された。細い指に、大したことのない力。怒りに任せたとはいえこれでは私の命脈には届かないだろう。

 どくん、どくんと喜ぶ心の音ばかりがうるさく聞こえる。

 

「あ、は」

 

 けれどもそれならと、私は彼女の手に自分の手を添えた。里々の全力と私の弱々しさが合わさり、それでようやく。

 彼女は私の顔で、目を剥いた。間近の私の瞳のブラウンの中で、青白い顔が歪んでいる。

 

「……百合?」

「姉さん」

 

 もう喋るのにも辛い。でも、これなら足りる。私達二人なら、私を殺せるに違いない。

 

 そう、とても素敵な共同作業で、私は愛に葬られる。もっともっと、私を括って。終わりまで。

 

 圧する手を更に強く抑えながら、潰れたストローよりも狭まった喉を動かし、私はくぐもった声を上げる。

 

「……貴女と結ばれないくらいなら、私は貴女に殺されたい」

 

 そう、貴女がそんなに禁忌を嫌がるのなら、私がバッドエンドで全てを終わらせる。

 

 これはそんな、私のスーサイド。

 

 

 

「ああ、もう!」

「姉さん?」

「里々って呼びなさい! このバカ妹!」

 

 けれども、嘘つきな彼女は、決して私の力にならない。私の反対の私は、当然のように天の邪鬼。

 喉元の抱きは、下がりに下がっていつの間にか私の身体に巻き付いていた。それはまるで、私を抱きしめるかのよう。

 里々の頬から沿った雫は、私の背中に流れていく。そして、それはパジャマの綿ごと優しく撫でつけられた。

 耳元で、彼女はささやく。

 

「……百合。貴女がそう言うなら、私も一緒に地獄に堕ちるわ」

 

 そして、これから始まるのはきっと、私達のスーサイドなのだろう。

 

 

「里々」

「百合」

 

 私と私。絡まりあった指先が形作るのは恋人繋ぎ。そして、それだけ。

 

 幅野みさきに萌木サキ。彼女たちの恋情は決して私と私に届かなかった。

 綺麗でしかない少女たち。そんな天上から向けられた救いを私は決して掴まなかった。故に、地獄の底にもうひとりの私と一緒に堕ちるのだろう。

 

 でも地獄がどうした。私はもう一人じゃない。

 

「ふふ」

「あはは」

 

 愛は括られて、恋は今始まったばかりだ。

 

 

 

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