バカ野郎を添えて──


お題小説
・夕焼け
・微分
・墓参り
  and more!


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君の命日に。

 蝉の音ががうるさい。

 時折、開けた窓から熱波が吹き込んでくる。備え付けのぼろっちいエアコンは一週間前にとうとう臨終しちまった。

 通りを歩く人の声もまばらになった。どうやら、俺が課題と向き合ってからもう三時間が経とうとしているらしい。

「微分、なんもわかんねえや……。明後日までに終わるかな、これ」

 机の上には真っ黒に書きなぐられたメモ用紙と、驚くぐらい真っ白な課題が見える。集中力が落ちてきたか。

「……いったん休憩するか」

 雑に折りたたまれた布団にダイブする。朝から数えて三回目だ。きっともう三回くらいすることになるだろう。

 大学一年の夏は、思っていたのとはだいぶ違っていた。サークルもなく、遊びにも行かず、日雇いで時間を潰すか課題で一日を終えるかの日々。元々苦手だった数学が嫌いになりそうだ。

「八月……八月五日か、今日。……ん?」

 たまたま壁掛けカレンダーに目が行った。ただ、それだけだったんだが。

「……やっべえ。三日後、アイツの命日じゃねえか」

 悲しい過去を思い出すには今のメンタルは弱すぎた。

 八月八日、一般人にとってはなんでもない一日だが、俺にとっては大事な一日。アイツ──結海(ゆみ)が死んだ日だ。

 結海は俺の幼馴染だった。別にそれ以上の特別な関係はなかったが、俺にとって一番大切な親友だった。小学校、いや幼稚園のころから一緒で、中学校も高校も一緒で……山遊びも川遊びも都会に遊びに行く時だって一緒だった。

 三年前。記録的な台風が地元を襲った。道路は冠水して、停まっていた軽トラが雨風で流されてって。そしてなにより──堤防が決壊した。川沿いだった俺らの町はその半分が水没して、結海は──。

「バカ野郎かよ。東京に来た程度で人の命日を忘れるなんて。なんでバイトなんて入れてんだよそんな日に……!」

 本当は墓参りがしたい。たまの休みに実家に帰って、結海の墓前で手を合わせて、東京で一人暮らしの新鮮な生活を話してやりたかった。でも、どっかのバカのせいでできそうにない。きっとその日もバイトと課題に追われて一日が終わるんだろう。

「……気分転換、するか」

 西日が段々強まってきていた。

 

 あてもなくフラフラと歩く。四ヶ月もすれば見知った街並みも、夕日に照らされると少し違って見える。

 しばらく歩いてると川が見えてきた。東京でも随一の大きな川だ。……こんな日だからか、少し地元の川を思い起こさせる。

「うおっ、すげえ」

 南北に架かる橋から見渡すと夕日がちょうど山に沈もうとしていた。夏の暑さの元凶が何に遮られることもなく、鮮やかな夕焼けを全方位に放っている。

「綺麗だな……山の頂上から見た夕日みてえだ。こんなの久々に見たな。……東京は建物が多いから」

 沈み切るその時まで輝き続ける太陽は沈んだ気持ちを少し元気づけてくれる。そして、それ以上に郷愁に駆られる。

 限界まで大きく息を吸う。深呼吸をする。川の空気は心なしか、アスファルトとコンクリートに囲まれた空気よりひんやりしていて夏の厳しさに心地よい。

 もう一度大きく息を吸う。

「結海のバカヤロー!!!」

 こみあげてくるものを、川の向こうの夕日に向かって叫ぶ。

 懐かしい太陽とにっくき川に。

「なんで……なんで死んじまったんだよ!! まだ話してえことたくさんあったのに!! もっともっと遊びたかったのに!! 海にも行きたかった! 旅行にも行きたかった! 一緒に東京に来たかったのに!!」

 三年間で積もりに積もった思いを吐露する。叫ぶ。通る車に、土手を走る人に凝視されようとも気にせず夕日にぶつける。

「お前の声が好きだった! お前のする話が好きだった! お前の活発なところが好きだった! 困っていたら励ましてくれるお前が好きだった! お前の笑う顔が大好きだった!! 何気ない日常がずっと続くと思ってたのに……バカ野郎、先逝きやがって……!」

 涙が頬を伝う。言いよどむことなく言葉が続く。

「川のバカヤロー!!!」

 もはや制御することはできない。ぐっちゃぐちゃの脳内のフレーズが、どんどん文となって放たれる。

「テメエは……テメエはどうして! 結海の命を奪いやがった! 俺から幸せを奪いやがった! 答えろよ! 何百年何千年に渡って『大切な人』を奪い続けて! 平然な顔しやがって!!」

 問いかけたって何が返ってくるわけもない。それに、目の前に広がる川は全くの他人だ。わかっていたって、『川』ってだけであの惨い野郎を思い出して止まらない。

「いくら悔やんでも死んだ人は還ってこない。失われた時は戻ってこない。そんなこと重々承知だ、それでも言わせろ! なんで結海を殺したぁぁぁああああ!!!」

 喉がガラつく。返事はない。ただいつものように素知らぬ顔で水が流れていくだけ。絶対零度よりも冷ややかな無反応が待っているだけ。

「……あああああ!! 俺のバカヤロー!!!」

 見るな。川に向かって叫び続ける奇人を見るな。

「なんで忘れるんだよ大切な人の命日を!! たかが四ヶ月の一人暮らしで薄情な!! ロクな生活もしてねえでよ!!」

 懺悔。謝罪。どれにも似た何か。もはや誰も聞いていない。

「墓参りにも帰れねえ、生活力もねえ、なんにも打ち込んでねえ! 無理言って上京してんのに勉強すらできねえ!! テメエは何のために東京に来たんだよ! 亡くなった結海の想い、進学したがってたアイツの想いを受け継ぐつもりなら、もっと気合い入れやがれぇぇぇぇええええええ!!!!」

 人生一の大声が反響して自分の耳に届く。そうだ。最近勉強の意義を失いかけていた。俺は勉強する気がねえ。研究する気もねえ。それでも、アイツに胸張れる奴になるため、アイツが好きだった数学をもっと学ぶため東京にいるんじゃねえのか。もっと頑張れるんじゃねえのか。

 水分を失いしゃがれたボロボロの喉を気にせず、今一度限界まで息を吸い込む。

「バカヤローーー!!!!!!!!!」

 

 ほのかに赤かった山際ももう光を失っている。日は完全に沈んだ。

 息絶え絶えの体を夜風がなでる。夏の暑さはこの程度じゃ拭えない。

「……もう一息。頑張るか。」

 橋を後にする。墓参りに帰れなくても、生活力がなくても、できるなにかはきっとある。課題とバイトまみれの日々を明るく照らしてくれるなにかがきっとある。

 次の墓参りに胸を張って行けるよう、ここから頑張ろう。少し楽になった気がした。




 お題小説 2021.5/22
 たくさんのお題をありがとうございました。

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