雪の下には。   作:亜音

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プロローグ

 

 

 この世界が、ある有名なラノベの世界だと気付いたのは小学生になった時だった。

 

 クラスでの自己紹介。

 生前から記憶を引き継ぎ、精神的には四十を超えるおっさんの俺は鬱になっていた。

 周囲は幼稚園・保育所から上がったばかりの子供たち。教室の隅に設置された専用の席から様子を見守る担任教師。

 ムリだ。ムリすぎる。

 そもそも子供らしい自己紹介ってどんな感じだ。将来の夢はお花屋さんになることです! とか言えばいいのか。いやこの年にもなってそれは恥ずかしすぎる。

 

 そうこうしているうちに次が俺の番になっていた。

 まずい。何も思いつかなかった。

 そのくせ今まで何も聞いてなかったせいで参考にできるものがない。

 ――仕方ない。前席のやつの紹介を聞いて、「ぼくもそれが好きです!」と便乗してしまおう。わんちゃん向こうから話しかけてきてくれて友達もできる。神の一手だ。

 

 思考を放棄した俺は、黒板の前に立った少女を見る。

 気が強そうな子だった。まず姿勢がいい。着ている服も高価そうで、詳しくはないが髪もずいぶん凝った編み方をしている。

 入学式という記念日ゆえ、装いは他の子たちもきっちりしていたが、レベルが違う。

 なんというか箔がある。どこまでも自然体というか、普段からそういった格好にしている――そう、お嬢様だ。

 彼女はおそらくいいとこのお嬢様なんだろう。

 

 

「んー……?」

 

 

 ふと、既視感を覚える。

 いや少女と会ったことはない。今日がはじめましてのはずだ。しかし、どこかで少女の姿を見たような。うーんわからない。

 まぁ思い出せないならさほど大事なことでもないんだろう。悩んでいても仕方ない。

 それよりも目先の問題だ。便乗するにしても相手がお嬢様となると何を言い出すか予想がつかない。生け花を嗜んでますとか言われたらもうだめだ。

 頼むから年相応の夢とか趣味とか言ってくれ――そう願って耳を傾けた。

 少女が口を開く。

 

 

「はじめまして」

 

 

 まさかの挨拶から入ってきた。

 あの年で礼儀良すぎるだろ。おじさんちょっと怖くなってきたぞ。育ちがいいとああいうもんなんだろうか。

 その一言に全員が注目したのを確認してから、少女は続けた。

 

 

「私の名前は雪ノ下雪乃です。よろしくお願いします」

 

「あ?」

 

 

 あ、やべ、と思った頃にはもう遅かった。視線が一気に俺へ向けられる。

 失敗した。口に出てしまった。

 とりあえず愛想笑いで誤魔化すが、微妙な雰囲気が漂う。少女――雪ノ下雪乃も完全に停止してしまった。そりゃあ自己紹介中にいきなり「あ?」とか言われたら誰でもそうなる。完全にやらかした。

 

 

「はいはーい! みんなが自己紹介してるときは静かにしようね。雪乃ちゃん戻っていいよ」

 

「え、あ、はい」

 

 

 見かねた担任がそう切り込んで、雪ノ下雪乃は困惑しながらも席に戻る――俺の手前の席へ。

 自然と目が合った。得体のしれないものを見るかのような目だった。ほんますみません。

 

 

「ほら次、どんどん進めるよー。えーっと、エン、エニシくん?」

 

(よすが)です」

 

「あ、ごめんね。じゃあヨスガくん、前出てきて!」

 

 

 それ授業参観で保護者が後ろにいたら怒られる案件ですよ先生!

 ちなみにうちの親は間違いなく怒る。行動力の化身みたいな両親だ。学校に鬼電するどころか乗り込むまである。俺は正直どうでもいいと思っているが、親にとっては大事なことなんだろう。名前の読み間違いが原因でいじめに発展するケースもあると聞くし、最近は保護者も学校も大変である。

 

 それはさておき。

 

 

「さっきはごめん」

 

 

 席を立つ前、背中越しに謝罪しておく。

 急な声掛けに驚いたんだろう。肩が跳ねる。雪ノ下雪乃が振り向こうとするの無視して、俺は教壇へ向かった。

 なにせあの(・・)雪ノ下雪乃だ。何を言われるかわかったもんじゃない。おっさんの心はガラスより脆い。

 

 にしてもどうしよう。

 結局何を言うか決まらなかった。頼みの策はおしゃかになってしまったし。自業自得なので文句は言えないが。

 黒板を見る。「自己紹介で言うこと」がでかでかと書いてある。

 名前、好きなこと、将来の夢。

 加えて子供らしさが必要となると――あ、いいのがあった。

 

 

「はじめまして、四泉(よいずみ)ヨスガです。好きなものはミーチューブ、将来の夢はミーチューバ―になることです!」

 

 

 教室がざわつく。

 声が小さくて聞き取れない。これはどっちだ。少なくとも前世で見た「小学生対象・将来の夢ランキング」を考慮すると好印象のはず。

 小学生みんなヒ〇キン好きなんでしょ。しってるしってる。

 なかなか落ち着かないので担任のほうを見ると目が合った。気まずい。担任は若干目を泳がせたのち、何やら意を決したように、

 

 

「えと、ヨスガくん」

 

「? はい」

 

「――ミーチューブってなにかな?」

 

「えっ」

 

 

 あっ。

 そうだ。この世界にミーチューブはまだ存在しない。いや正確にはもう存在はしているが、まだ一般的ではないのだ。ましてやミーチューバ―なんてずっと先の話だ。

 調べて分かったときには意気消沈するほどだったが、だいぶ前のことなのですっかり忘れていた。

 

 やばい。答えられない。そういう名前の動画サイトがあるんですよとは言えるが、ミーチューバ―の意味まで言えたら完全におかしい。小学生のガキが面白おかしく考えましたで通るか?

 

 

「あー、ヨスガくん?」

 

 

 思わず黙り込んでしまった俺にまずいと思ったのだろう。

 担任はまたもや助け舟をくれた。

 

 

「ひょっとして漫画とか描いてるのかな? ミーチューブっていうのはタイトルで、ミーチューバ―はそれに登場するかっこいい主人公とか! どう? 先生あってる?」

 

「っあぁ、そう、そうです! ぼくもかっこよくなりたいなぁって!」

 

「あはは。きっとなれるなれる! 今度良かったら読ませてね。ほら席に戻って」

 

 

 席に着くと、近くの子供たちが笑って話しかけてくれた。「読ませて」が大半だったが。

 

 次の子の自己紹介が始まったのを見てほっと一息。

 よかった。誤魔化せた。先生ほんま神。うちの担任のファインプレーが強すぎる件について。

 今思うとだいぶ恥ずかしいことを言った気がする。

 なにが「ぼくもかっこよくなりたいなぁ」だ。コ〇ンくんぶりの迷演技だった。コ〇ンくんよくこんなの耐えれるな。

 

 そんなこんなで時間は過ぎていき、昼。

 説明会を終えた保護者たちがちらほらと教室の外に現れ始め、「用意ができた人からお母さんお父さんのところにいってね」と先生。たぶんこのまま帰宅コースだろう。

 だいたい想定していた俺はいち早く席を立つ。

 廊下に出てすぐ母を見つけた。そばには知らない女性。どうやら保護者同士でおしゃべりしているらしい。二人して着物なんか着てずいぶん気合が入っている。

 ――ん、着物?

 嫌な予感がした。

 母と談笑している女性。よく見れば誰かと出て似ている。

 いやだめだ。見るな、考えるな。ここはこっそり校舎から出て車で母が来るのを待とうそうしよう――。

 

 だがさすがは我が母である。

 忍び足の俺を目敏く見つけて、呼び止められた。

 

 

「ヨスガ! こっち来て!」

 

 

 行きたくねぇ。

 しかしあんな大声で呼ばれた以上、周りからの視線も痛い。

 仕方なく道を引き返して母の元へ。

 

 

「うちの子です。ヨスガ、挨拶」

 

「……はじめまして、四泉ヨスガです」

 

「あら、礼儀正しい。私は雪ノ下――。雪乃の母です」

 

 

 知ってた。

 

 

「あぁそう、ヨスガ。雪乃ちゃん呼んできて。これから雪ノ下さんとお昼行くから」

 

「は?」

 

 

 おおよそ聞きたくないことを聞いてしまった気がする。

 いや、幻聴だろう。うちの家は決して貧乏ではないが、雪ノ下家と比べたら雲泥の差がある。まさか一緒に食事だなんてそんな。どんだけ高い店に連れていかれるんだって話で母も了承するわけがない。

 とはいえ一応聞き直す。

 

 

「えっと、母さん?」

 

「なにしてんの。はやく雪乃ちゃん呼んできなさい」

 

「はい」

 

 

 一蹴。

 食事に行くというのは聞き違いではなかったらしい。

 そっかぁ。雪ノ下かぁ。そっかぁ……。

 いつか読んだラノベを思い出す。ところどころ辛辣でSっけのある彼女らが、実のところ俺は苦手だった。

 もちろんファンとして関わりたい気持ちもあるにはあるが、メンタルがもたない気がしてならない。俺は捻くれた彼ほど強くはない。なので今後一切関わるつもりはなく、傍観する予定だった。

 再び教室に入る。

 学校が終わったのを察した子供たちが沸き立つ中で、彼女だけが粛々と帰り支度を進めていた。

 

 

「雪ノ下さん」

 

 

 背後から声をかける。驚いたのだろう。肩が跳ねた。

 慌てたように振り向く雪ノ下雪乃をまたもや無視――はせずに、返答を待った。

 

 

「なに、か?」

 

 

 雪ノ下雪乃は困惑した顔で俺を見る。

 得体のしれないやつが相手だとこうなるのも無理はないだろう。

 いやほんと、反省してます。

 

 

「雪ノ下さんとこの親とうちの親、なんか仲良くなったみたいで今からみんなでご飯食べに行くんだって」

 

「――」

 

 

 あからさまに嫌そうな顔をされる。

 不承不承といった様子で「わかった」と零した彼女は、荷物をまとめてさっさと教室を出て行った。

 ぽつんと残される俺。

 ううむ。

 やっぱり嫌われただろうか。

 もとより関わるつもりはなかったとはいえ、こうなると今後がつらい。

 当面の間は席も前後だし、なんなら今から親を交えてのお食事会だ。地獄じゃん。

 

 

「……やはり俺の青春ラブコメはまちがっている、ね」

 

 

 モブに徹していれば原作に影響することもないだろうと思っていたが、雪ノ下雪乃との交流はしばらく続きそうな予感がする。

 ため息。

 まぁ、原作が始まるのはずっと先のこと。

 せっかくの第二の人生だ。まったり気楽にいこう――。

 

 

 

 

 

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