余命僅かだから、想いを託していいか? 作:うるち米
「……これまで最善は尽くしましたが……やはり、半年が限界、ですかね」
「……そうですか」
静寂な空間の中、突如として告げられる。いやま、人生誰にだって起こり得る事でもあるし、そもそも病気と知ってからその覚悟自体はできていた。
だが何というか、実際にこうやって現実になると、どう反応していいか分からなくなる。半年が限界と言われている様に、もう明日に死ぬかもしれない。
不謹慎な例えで言うなら、ここからチキンレースといった所だろうか。
最初はほんの些細な出来事だった。俺が勤務するトレセン学園内での業務中、突如心臓部に痛みが走ったのだ。
その時はただの偶然だと思い、数分程放置していたのだが、結局納まらなかった為、勤務終了後にこっそり病院へ駆け込んだ。
その結果――やはり心臓の病気との事だった。医者曰くかなり珍しいものの様で、治るかどうかも定かではないという話だった。
最初は落ち込んだけれど、そうしたって未来が変わるわけでもないので、俺はいつも通り過ごす事にした。担当するウマ娘たちは『昨日は大丈夫?』といって寄り添ってくれたが、俺はつい『何にもない』と嘘をついてしまった。
言える筈がないだろう。『病気だからトレーナーできなくなるかもしれない』って。彼女たちは落ち込み一つで未来が狂ってしまうような存在なんだ。
罪悪感はある。突然何の前触れも無く俺が死んだら、彼女はどうなるのだろうか? そう考えたら、やはり言っておくべきなんだろうと何度も思った。
でも、言えなかった。一言口に出す勇気がなかったのだろう。愚かな話だ、勇気がなけりゃトレーナーなんて勤まらないって言うのに。
「やはりこれって、入院してそのまま死を遂げるんですかね」
「……治療を継続するという事も可能です。もしくは本人次第ですが、それを拒否されるというのでしたら、在宅治療を受けるうえで、今後の生活を過ごす事も可能です。感染するものではありませんので」
「はあ。それなら、やっぱり後者がいいです」
わがままに過ぎない。けれど、やはり俺の担当する
だがその後はどうする? あの子たちはその後も未来へ向けて駆けだしていく事だろう。そんな時に、俺が死んでしまったら、代わりのトレーナーが必要となる。
代役を用意する事は簡単だ。だが突然変更してしまっては、
例えば俺がいる間にトレーナー研修生と称して、代役になる人物を俺のチームに呼び込む。それで暫くの時を過ごせば、突然引き継ぐ事になっても、驚きは多少軽減するだろう。
「了解しました。それでは資料をまとめてお渡しします。その後はその通りに従ってください」
「……わかりました」
***
あらかた話も終わり、トレセン学園方面へと足を進める。向かっていた時と比べて、やはり足が重い。まるで三途の川をかき分けながら歩いている様だ。
今まで曖昧だった死ぬという未来が、もう間近に迫っているんだとようやく確信する事ができた弊害なのだろう。いや、これも気持ちの問題か。
今までは明るく接してきたのに、今後も同じように接すことができるだろうか?
せめて代役に適任となる人が見つかれば、この不安も少しは和らぐと思うのだが、そう簡単に見つかる筈なんてないだろう。
「……ん?」
ようやくトレセン学園の校門が見えてきた頃、その前で一人の男性が学園をじーっと眺めていた。よくよく見れば、それは最近この辺りでよく見かける人物だった。
学園側からは『なんか不思議な人』として半ば不審者みたいな扱いを受けてはいるものの、門前払いをするといった真似はしていない。彼はこれといった問題は何も侵していないのかだから。
「やあ、こんにちは」
「……ぇ、ぁ、ここのトレーナーっすか?」
なりふり構っていられなかったのか、思わず俺は話しかけてしまう。彼もそれにこたえるかのように、一礼を交わす。
口調は軽いものの、根は真面目な優しい人物みたいだった。不審者みたいな扱いをしていたのが申し訳なくなってくる。
「バッチついてるからな。君は?」
「えーっと、まあ、前回初めてトレーナー試験を受けて、結果ギリギリで落ちた男……ってところっすかね」
「ギリギリでもすごいじゃないか。最初でそこまで行ける奴は中々いないぞ」
俺も試験を経てトレーナーとなったわけだが、それでも2回程不合格判定をくらったものだ。それも1回目はかなり酷い結果で。
そんな俺と比べたら彼は相当優秀な人なのだろう。確信はないけれど。俺は咄嗟に鞄から病院で買った冷たいコーヒーを一つ彼に渡し、共に校門前の花壇に腰掛ける。
「眺めてたのは、不合格の悔しさかな?」
「まあ、はい。情けないっすよね、ははは」
「や、そうでもない。実際俺も、最初は君と同じ事してたさ」
これは嘘ではない。というか大抵の不合格者は、その後トレセン学園を眺めては悔し涙一つはこぼすだろう。
そして、その悔しさをばねに、次の試験へと望んでいくのが大抵の流れだ、その時点でやめていく人間は、そもそも才能がないと言われるのが、俺らトレーナー間で囁かれている事だ。
でも、彼からは諦めの瞳は感じられなかった。まだ希望を捨てておらず、次に繋げようとする気力のある瞳だ。最初の不合格で半ば諦めモードに入っていた俺と比べれば、彼のその瞳は眩しいくらいだった。
「なんかそうは見え無さそうっすけど」
「ははは、よく言われる。真面目な顔だから一発合格なんだろ~? ってな。そんな自覚は更々ないけれど。で、君はまた挑戦するのか?」
「勿論っすよ。俺、夢があるんです」
「夢?」
男はスクッと立ち上がり、再びトレセン学園の方へと向き直る。
「小さいころ、俺病気だったんすよ」
「……病気?」
俺の心臓がドクンと波打つ。不思議と今の自分の事を言われている様で、肩を震わせる。
彼はそんな事に当然気づく筈もなく、話をつづけた。
「入院してたんすけど、ある日外出許可が出て。中山レース場に連れてってくれたんすよ。冬頃だから、あれは有馬記念っすかね」
「だろうな」
「そこで見たレースに、震えたんすよ。苦しい顔をしながら目の前のゴールに向かう姿を見て、俺も頑張って病気と向き直らないとって、何度も思って……」
「……成程」
「多分あのレースを見てなかったら、俺はここに立っていないと思うんですよ。病気が治ってすぐ、俺は決めたんだ。トレーナーになって、俺みたいな病気の子を元気づけさせるようなウマ娘のチームを作りたいって……」
今の俺にとって、彼の姿は天から降り注ぐ天使の様に輝いていた。今にも俺を楽園へと連れて行ってくれそうな程に。
俺の心の中では、既に彼の目標を応援してやりたい気持ちであふれていた。寧ろ彼は今、俺を元気づけさせている。半ば夢がかなっているようなものだ。
このチャンスを、みすみす逃させてはいけない。
「そうか。なら一つ、提案してもいいかい?」
「提案……っすか?」
「次のトレーナー試験まではあと1年程ある。その間、俺の推薦枠としてトレーナー研修生にならないか? 俺のチームの下で」
「……え? えええぇっ!?!?!?」
これが、今後最強のトレーナーとなる彼と俺が、最初に出会った話だった。