ルーカサイト。日本を監視する目的で打ち上げられた三機で構成される対地攻撃衛星。準天頂衛星の衛星コンステレーション。完成すれば二十四時間死角なく日本全土、好きな場所にレーザーを打ち込めることが可能になる。それがルーカサイト計画。
それが涯のいたポイントに撃たれた。存分にその威力を発揮して。画面に映し出される映像にはあまりの熱量によって赤く染まりながらクレーター状に抉れた大地だった。
報告だと涯以外はほとんど全滅と、その中には梟も含まれていた。
それは一週間の訓練の合間のことだ。アルゴとの格闘訓練で無様に床の転がっていた。アルゴ曰く、下地と筋がいいみたいで頑張れば相等いけるとのことで容赦なんぞ放り投げた訓練で意識を吹っ飛ばされていた。その時の俺の口から何か魂みたいなものが抜けかけていたらしい。突然冷たいものをぶっ掛けられ、強制的に目覚めさせられた。
「うわっ!? なんだ!?」
そのことに驚き、飛び起きた。何事!? と原因を探る。だがその前にすっとタオルが差し出す少年がいた。ただし、その傍には明らかに水が入っていた形跡があったバケツがあったが。言いたいことがあるが置いておこう。
「君は……確か……梟くん……だっけ?」
「あ、はい! 覚えてくれていたんでしたね」
そうやって喜んでいた。その様子に釣られてこっちも楽しい気分になってきた。だがそれ以上に
(すげーもみ上げ、どうやったらあんなになるんだ?)
どうやったら奇妙なもみ上げになるのか気になっていた。梟くんの髪型は髪を全て後ろの一点に纏めた所謂パイナップル型だ。だがもみ上げだけはまとめておらずにあって、その形は雷を表す形だった。どうしたらあんな髪型になるのだろう? それにこの子って葬儀社にいたっけ? と考えていた。
そう考えているうちにアルゴが梟くんが次の作戦に参加すると言っていた。それが彼にとって始めての作戦なのだと。
「はい! やっと涯さんと一緒に戦えます!」
それで思い出した……この作戦は失敗に終わる。受け取った戦力はルーカサイトに撃ち貫かれて……その死んだ一人としてこの子は居たんだ。
「模擬戦見られないのは残念ですけど、頑張ってくださいね。集さん」
どうする? この子に作戦が失敗に終わるって言うか? それともルーカサイトは既に起動していて撃たれると言うか?…………いや、言っても無駄だ。信用されない、ここに着てから日が浅い。そんな俺が失敗するルーカサイトが撃たれるからやめたほうがいい、と言って信用されるか? 新参者がどうこう言ったってまともに相手されるはずがない。
「それじゃあ!」
ようやく憧れの人の手伝いが出来ると……その笑う姿はまさに無邪気で屈託のない純粋な笑顔だった。結局、俺はただ笑い返して見送るしかなかった。
涯についていくと聞いていた時点で何も言わなかった。
(俺は……見捨てたんだ。無邪気に笑うあの子を……)
信用のない俺が戦力受け取りに行くとルーカサイトで撃たれると言っても聞いてくれるはずがないと言い訳立てて、出来ない出来ないと言って見捨てたんだ。六本木と同じようなのかも知れない。自分の自意識過剰なのかも知れない。でも一度そう思い始めたら抜け出せなくなる。
(痛っ……血が)
手に痛みがあると見てみれば掌に爪が食い込んだ痕が出来ていた。だけどみんなは涯との通信に気をとられているから気づいてはいない。後ろで見ていたいのりには気づいていなかった。
あの報告から直ぐにルーカサイトをどうにかするために制御施設を襲撃する準備を整えていた。施設の近くに臨時の作戦室で作戦の説明が行なわれている。
作戦を説明している涯は身体中に包帯を巻いていて軽くはない怪我を負っているのが判る。だがそれを無視して気丈に振る舞っているがいのりに支えてもらえなければならないくらいだ。
甲斐甲斐しく支えているいのりにどこか無視できそうで出来ない小さなチクリとしたざわめきがした。
作戦の説明は続いていく、ルーカサイトの攻略にはダムの地下にあるコントロール装置のコアをどうにかする必要がある。しかし、そのコアはスタンドアローンであり。物理的にも隔離されていた。さらには物理的に接触したら即座にアウトになる仕様だ。
だからこそ、それを操作するために城戸研二の重力操作のヴォイドとそれを扱うための王の力が必要なのだ。その作戦では俺と研二を潜入するのに他の被害が五分から三分に跳ね上がっている。それは囮に出た人たちの死ぬ人数が五人に一人から三人に一人になることを示していた。
だけど皆は受け入れている。そんな非道な作戦だろうと皆上等だと言わんばかりだった。でもそれがどこか怖くなっていた。だが俺が何を言おうとも無駄だって位はわかっていた。ただ黙って作戦の内容を頭に叩き込んでいるしかなかった。
あの作戦会議の後、誰もいない片隅で一人、苛立ちを吐き出していた。苛立ちを八つ当たりに近くの木へ殴りつけた。
「くそっ! 何で、あんなに簡単にできるんだよ!」
解っている。葬儀社のみんなは守りたいものの為に命懸けているって。自分の国を守る為にいるってことを理解できる。俺だっていのりを助ける為に死ぬかもしれない状況に自ら進んでいったから。だけど納得いかなかった。三人に一人が死ぬ作戦。それがもっとも成功率の高い作戦であることも知っている。それなのに囮になることが当然としていた人がいた。それがどうしても納得いかなかった。
どこかの本で誰かが言ったことがある。本当の死は忘れ去れることだと。それはある意味本当のことだと考えている。ここで桜満集になる前の俺を知る人は自分以外いない。そして俺は桜満集であり、その前の俺ではない。それは桜満集でない俺はいない、存在しない。そのことを暗に示していた。それゆえに俺は死ぬのが怖い。実際に死んではないし、いざとなればいのりを助けたときのように恐れを越えていける程度だけど……でも情けないことにその前に一瞬戸惑ってしまった。臆病者と言われてもいいさ、そう罵られるより死ぬ怖さのほうが強いのだから。
「何で……簡単に命を捨てれるんだよ」
気持ちを落ち着かせているうちにいつの間にか近くにいのりがいた。ポツリポツリと雨が降っていたが近づいてくるのを気づかないほどに怒っていたらしい。
「いのり……悪い、もう少し待ってほしい」
納得できない感情がまだ胸のうちを渦巻いている。落ち着きかけているとはいえ、刺激されたら直ぐに燃え上がってしまう程度だ。もう少しだけほっといて欲しかった。折り合いがつくまでの少しの時間が欲しかった。
でもそんな時間はないようで、いのりは悩みながらも話しかけてきた。
「涯を助けて……」
それであのシーンを思い出していた。ああ、そういえばそんなシーンもあったなと…………涯も苦しんでいるだ。いままで自分の作戦によって死んだ仲間のことで悩んでいたんだっけと。気づけば体は今にでも倒れそうなだるさが纏わりつきながらも動いていた。
「どうすればいい? いのり」
トレーラーで涯は治療をしていた。ルーカサイトによって受けた傷は軽くはない。
ふいに物音が聞こえた。誰かいるのかと焦ったがいのりだと判り、彼女なら問題ないと、隠すまでもなく知っている。だから話し始めた。
「久しぶりに堪えた……なんのためにこんなことをしているのかと……」
涯は"葬儀社のリーダー"を演じるのに手いっぱいだった。自分の作戦で死んでいく仲間たちを思い出させる。
「ルーカサイトの攻撃を受けたとき……俺以外にもまだ生きている奴もいた。梟だ、でも……もう助からないとわかっていたが、それを摘み取ったのは俺なんだ…………俺があいつを撃った」
そう、あの時……梟はまだ生きていた。だがそれによって負った傷はあまりにも深く現在の治療技術をもってしても手遅れだった。誰かが居ても出来ることは介錯しかなかった。
「でも笑っていたよ…………あいつは俺が無事でよかったと、死ぬのが自分でよかったと……」
そうするしかなかった。あの状況ではどう処置しようが梟を苦しめるだけであり涯のしたことは彼にとってはもっとも救いがある方法だったのかもしれない。だがそれ以上に涯には笑って自分のために犠牲になったのがつらかった。
「でも"恙神涯"はそんな彼らに報いる存在なのか?……こんな"俺"でいいのか? と疑問に思ってしまうときがあるんだ」
涯には自分がそこまでしてするほどの人間なのだろうか? いつもそんな疑問が付きまとう。みんながついてきているのは葬儀社のリーダーとしての涯だ。それは計算し作り上げられた虚像だ。本当の恙神涯……いや、トリトンは臆病な人間なのだから。
「俺はみんなに信じさせているよりもちゃちな人間だ。本来なら真っ先に淘汰されるようなちっぽけな人間なんだ……」
仕切りが開かれる音がした、視線を向ければ仕切りの向こうにいたのはいのりではなく、集だった。羞恥で顔に血が昇る。隠そうともしたがもう遅い。そしてトレーラー入口にいのりがいた。そういうことかと理解した。
「いい趣味だな……失望したか?」
立ち上がろうとしたけど血が足りずよろけてしまうが集は何も言わない。でも記憶からなくなっていようが集には強がりたかった。
「いや、逆だったら失望通り越して殴り飛ばすところだったよ。自分の作戦で死んだ人たちのことをなんにも思わないような奴だったらね」
「…………はん、こんな外面を取り繕ってみんなを騙すこんなちっぽけな人間が? いつも自信なく狼狽え、人に甘えてしまう人間だぞ?」
葬儀社の若きリーダーと言う仮面を被って。今回の打ち明けた話だっていのりだから話していたようなものだ。他のメンバーが見れば失望するかもしれないのだから。
「ああ、あんたは強いよ、どんなに辛くても命を背負って前に進めるんだ。俺なんてたった数十程度で止まりかけたにさ…………涯は数百以上の命を背負っていながら止まりかけながらも進んでいけるのだから」
集はただ肯定しただけだった。涯の目をまっすぐ見て嘘のない言葉で。それはなりたかった人に認めてもらえたようで。
「そうか……なあ、集……お前にはさ、命を懸けてでも叶えたい願いがあるか?」
喋っていた、十年も前から願い続けてきた想いを少しだけ。その問に集は少しだけ困ったような顔をして。
「あった……って感じだな。昔はそう出来るならば何がなんでもやると思っていたけどさ…………揺らいできたからないかな」
集にもそうした願いがあったのかと、柄になく考えていた。
(ああ、本当に憑依した直後は元の俺に還りたいと何度願った事か……あの時だったらどんな残虐な方法だとしてもやっていただろうな。でも谷尋や祭り、いのりと関わっていくうちにそんな思いも薄れていったんだっけ……いきなり元の桜満集に戻ったらって考えているうちにな)
「そうか、あいつらにそれがある。そのためにも力を貸してくれ……」
「ああ……俺も仲間だと言ってくれた人たちを見捨てたくない。ただ、それだけだ。叶えたい願いとかよりも俺が動く理由だ」
参加してくれることの嬉しさが、だが状況的にそうせざるをえないようにした事によるすまなさが胸を抉っていく。けれど空を見れば雨が止んでいた。