そこは空気のきれいな山奥なのか上を見上げればたくさんの星空がきらめく夜。発電所の屋上、そこで俺は一人でこれから落ちてくるルーカサイトを落とす為に構えていた。
上手くいかなければ数百万もの命が失われてる重圧に恐怖して手も足もどうしようもなく震えている。怖くて怖くて今すぐにも逃げ出したくなる。でも、これを防げるのは俺以外にはいない。
もうこの一帯からは俺以外の人間は避難しているだろう。いくら方法があるといえばリスクが高すぎるのだから。原作でも涯がやろうとしてたように俺もある程度のアレンジをGHQへこの方法を打診した。予想通り嘘界さんがこの場での最高責任者でもあったため、俺が提案したことはあっさりと受け入れられた。即席で穴も多かったけどなんとかうまく通った。
俺がやろうとしたこと、それは原作では涯がこのボールペンの形をしたマーカーを使用して撃ち落とす。それをこの万華鏡のヴォイドを使い跳ね返すことで地上には影響を与えないといった作戦だ。ある意味単純な作戦。しかしルーカサイトの主力は六本木のときとは跳ね返すものの出力が段違いなのだ。
この万華鏡を使用しても跳ね返せるかすらもわからない。それ以前にマーカーを使った射線に落ちてくるルーカサイトが重なるのだって一瞬なのだ。本当に賭けだらけの穴だらけ。しかし、ここで失敗したら終わりなのだ。
近隣に生息していた生き物すらも危険であると察知したのかすでにここから逃げている。静寂。この耳に入るのは風のざわめきと自分の鼓動だけ、それが自分のことを否応なく伝えてくる。ここにいるのは自分だけしかないのだと伝えてくる。
そう考えているうちに時間はどんどん落ちてくる壁のように迫ってくる。それと共に落ちてくるルーカサイトが俺には裁きの鉄槌のようにも感じていた。傲慢な自分への罰だといわんばかりに。耳につけているインカムが告げるサインは死刑執行人が告げるように時間を告げる。
「集くん。もうすぐ時間です。失敗しないでくださいよ。これが失敗したなら被害は今までの比ではないのですから」
「判っていますよ嘘界さん。それこそ走馬灯がちらついて逆に冷静になるほどにね」
強がりだ。本当ならこの場で蹲って胃の中のものを全てぶちまけたくなるほどだ。でもいつの間にか表には出なくなっていたのが僥倖だ。手が震えていないのが奇跡だと思えるくらいに。
「五」
そして時が来た。インカムから指示される声に従ってボタンをひとつ押す、それだけで嫌な汗が吹き出してくる。巨大な物体が墜ちるという恐怖で吹き出ていく。
「三」
次のボタンを押す。喉が口がカラカラに渇く。うまくいくのかという不安が押し掛けてくる。だがそれで足は震えない。いや、震えたら終わりだと本能が震えさせてくれないのだ。震えた瞬間に終わるのだと知っているのだから。
「一」
最後のボタンを押し込もうとし瞬間、指が止まった。いや、あまりの緊張と集中のあまりにゆっくりとしか認識しているのだろう。まるで走馬灯のような状態だ。ゆっくりとしたその遠くでいのりが駆けつけている瞬間だった。彼女の姿を見た瞬間、ゆっくりとした感覚は消え、ペンのスイッチを押しと同時に万華鏡を発動させた。その後に電気を消したように視界が黒に染まった。
「ここは…………俺は死んだのか……?」
気が付けば真っ暗な空間にいた。真っ黒なくせに明るくも感じる。まるで前に夢で見たようなところだ。いや、それよりもさらに空虚な空間。黒以外はなく、ここでは自分がどうなっているのかもわからない。立っているのか、寝ているのか、それとも浮いているのか……
「はは…………当然だよな……どうするか知っていながら黙っていて……あんな馬鹿なことしたんだから、」
その中でふと死の世界を連想させた。その中でフワフワと漂う俺。もがいてもただ手足をばたつかせるだけだろう。それすらもやろうとする気力すら出ない。
そうやって黒の……なにも存在しない空間に漂って、誰にも知らず悟られずに消えていくのが自分にふさわしい惨めな末路だなと自嘲していた。
全身から力が抜けていく…………違う、抜いているのだ。自分自身でも理解してしまった。俺はここに来て諦めてしまったのだ。自分はここまでだと。主人公にはなれなかったのだと。
最低限の後始末はしたとは思っている。最後の光景では確実にルーカサイトの照射装置は押せたのだから。でもちゃんと跳ね返すことは出来たのかな。心残りはそれだけだろう。ここに来る直前にいのりを見ていたからかもしれない。
だけど……それすらも確認できない。力なく黒い空間を漂う。ぼんやりとしていたからかその中でふと見つけた。それは光すらなかった。むしろ周りと半ば同化していて並大抵では気づかないくらいだ。気づけたことすら奇跡なのかもしれないほどなのだ。そこまで隠れていたのなら大抵は何なのかわからない。見つけた際に見た形はわからない。俺にはそれがどんな形をしているかもわからない。人型なのか、それとも剣の形をしているのか、そうじゃなくて盾の形なのか、意外にも銃の形なのかもしれない……それこそ俺が見たくないのかもしれない。
でも……なんとなくだが……これが何であるか知っている、理解している……漠然としか理解できず、細かいところはわからないけど……らしいなと思う部分とらしくないかなと思う部分を両方持ち合わせたものだ。
ただぼんやりとそれを見ている内に自身でも何かがそれを手を伸ばし…………
その瞬間、意識は急激に現実へと戻される。自分の右手に持った万華鏡が変化していた。銃身はより長く、先端の輪は大きく、そして二重化していた。それから感じる力も増大している。
(視界が狭い……何か被っているのか?)
ガラスが割れた風鈴のような綺麗な音を響かせて視界が戻る。その破片は銀の螺旋へと還り何処かに消えた。誰のヴォイドが判らない。いや、理性ではわからないが本能は知っている。だけどそれを追及する前に自分の意識は電気を消したように暗転した。
ルーカサイトの発射する直前からの記憶が飛んでいて何をしていたのか思い出せない。だけど目の前の上空にはオーロラがあった。なんだろうと考えて思い出した。六本木で万華鏡を使った際に起きたプラズマだと。それがオーロラとして表れて夜空を彩っていた。
上を見上げれば広がる光景に見とれていたときに。そのそばにはいのりがそばまで来ていた。
その図型に不覚にもそれはかわいいとかきれいとか月並みの胸の内がほんのりと熱を帯び、鼓動も早まっていく。自分でもわからない。でも…………眼前にある彼女に見惚れている。美しいオーロラすらも彼女を引き立てるための黒子でしかないと思えた。
「い……」
話しかけようとした途端に頬に衝撃が響いた。パチンと音はかわいらしいが強制的に顔が横に向くほどに強烈なビンタだった。いつも以上に無表情に見えるけど彼女は確実に怒っていた。
「いのり?『パチン』え、どう『パチン』い、いのりさん?『パチン!』痛っ!『パチン!』どうして『パチン!!』心なしか強くなって『パチン!!!』」
その怒り具合は何度も叩かれるほどだ。当分は頬には真っ赤な紅葉が残るくらいに。腫れていないのがびっくりするくらいにだ。満足したのかやっと叩くのが止まった。自分をじっと見つめてくる。さっきよりは落ち着いてはいるがまだまだ怒っているようだ。
「どうして…………あんなことしたの?」
「どうしてか…………」
自分でもどうしてああしたのか、今振り返ってみればどうしてこんなことをしたのかはある言葉が見つかった。
「逃げたかった」
自分で言ったことだ。それが言った瞬間ストンと当てはまった。そこから思いがするすると言葉で出てくる。そうだ、俺は逃げようとしたんだ。桜満集という役割から。
「ああ、うん……逃げたかった。俺は逃げようとしたんだ」
ただうまくいかなかった。失敗。挫折。そういった経験を一度もしなかったから。
「たった一回だけの失敗。一回だけうまくいかなくなった。それだけで俺は折れかけた。いや、揺らいだ。俺が考えていたことすら守れてなくて言葉だけだった」
簡単に命を捨てるのはおかしい。それすらも揺らいだ。まるでこの世界に来たようにだ。
心の底ではこうしていれば必ず上手くいくと信じ切っていた。原作で桜満集として居れば原作通りに上手く行くと。確かに違う行動もしていた。けどそれは最善ではないが次善でもうまく行けた。+になることはあれば-になったことはなかったのだから。六本木の時だって、みんなを助けることは出来なかったがそれでも原作よりは助けることが出来たと思っている。谷尋の時だって一方的に分かり合えなかったのがすこしだけ谷尋のことを分かり合えたのだから。
「上手く行かなったこともある。でも……違う、それすらも予定の範囲内だったんだ」
たとえ躓きそうになったとしてもそれすらも原作通りだと無意識で考えていたんだろう。そして涯が諦めてしまったとき、外れたんだと思ってしまったんだ。
「実際は諦めて逃げようしただけなのにな。今思い返せばなにやってんだろ、俺」
実際にあの真黒な場所で終われることに安堵してしまったのだ。望んでしまったのだ。諦めることを。だけどいのりが目を醒ましてくれた。パッチリと目が覚めるほど強烈なものを。
「もうこんな馬鹿な真似をする気はないよ」
容赦なく、もう一発頬を張られた。それほどまでに俺を見ていてくれたんだ。言葉言い表せない何かをいのりは伝えてくれていた。まあ、大分収まったとはいえまだ怒っているようだが。
「まあ、アジトに帰ったらおにぎりでも作ろうか」
そしたらすぐに機嫌が治った。はは、おにぎり優先ですか。でも楽しい気分になれた。
「本当に……疲れた」
またパタンと寝っ転がった。鉄板の冷たさがじんわりと伝わってくる。そのじんわりと伝わってくる冷たさもまた心地いい。いのりがどうしたのかって心配したがただちょっと疲れたから寝っ転がっただけと伝えておく。純粋に誰かに心配されて怒られるのは本当に心地よかった。初めて反省出来た子供のようにほっと出来たかもしれない。張られてヒリヒリする頬に一筋の液体が伝う感触すらも心地よい。
見上げた先にはまだオーロラが残っていて夜空を背景にいのりを見た。
ああ……本当に初めて本心からそう感じる、本当に……
「綺麗だ…………」
その頃、嘘界=S=ヴォルツは一人きりのGHQのトレーラーである画像を見ていた。それこそ食い入るように目をぎらつかせ、視線に物理的な力があればモニターを貫いて余りあるほどに見詰めている。
「素晴らしい…………なんて、素晴らしい。ああ、あのときは違いますがこれも素晴らしい!」
セガイには監獄で見せた光とは違うと感じていた。監獄の時は何があろうとも突き進む力強い美しいさがあった。今回のは違う、これは迷いながらも進む、儚さを含む強さの光だった。だがその光すらもセガイには美しいと感じていた。どちらでもいい。だがもっと見てみたい。もっと感じてみたい。もっと知りたい。まさに恋する少女のようであった。