カムラの里は魔境だと心の底から思う。by里守 作:クトウテン
「無茶をしすぎです」
小言は、そんな一言から始まった。
またか、とその言葉に対して聞きたくないの意思表明として耳をほじりながら片目を閉じた。
「聞いているのですか」
「はいはい」
「はい、は一回です」
「……はーい」
そんないつもどおりのやり取りをしてから、俺は目の前の小煩い女を見た。
長い黒髪は艶やかな黒髪は真っ直ぐに降ろされ、そこから覗く人ならざる長い耳は、竜人族の証だった。
──ミノト。それが彼女の名前だ。
「いや、あのさ。俺も無理したくないよ? でもさぁ、うちの頭気炎万丈がさぁ」
「里長を頭気炎万丈と呼ぶのはやめて下さい」
それで認識できるあたりお前も相当だぞ、という言葉は飲みこんだ。
「貴方は狩人ではないのだから、そこまで無理する必要はないでは無いですか」
「ねぇな。だから俺も無理は基本しない。するのは必要だからだ。つーかまじでね、人材不足すぎんのよこの里。一人でも欠けられることを考えるだけで吐きそう」
そう。この村の一番の問題。
勿論百竜夜行も大きな問題の一つではあるが、そもそもこの村に潤沢な人材がいればそんなに問題にはならないのだ。
一番はやはり、
カムラの里に置いて、意外な事に百竜夜行での死者というのは、実はそんなに多くない。
というのも純粋に、命を消費して生き残ったとしてもカムラの里の通常運営自体が立ちいかなくなる為、百竜夜行なぞで人口を減らすわけには行かない、という切実な事情からだ。
仮に百竜夜行を退けても、人が死ねば困窮し、
かと言って百竜夜行に人員を割かなければ村が瓦解しその結果すべてがおじゃんになる。
うーん、救いがない。
この村の現状に今日も絶望しながら俺はため息を漏らした。
「まぁ安心しろよ。今後は俺が無理しなくても良くなるはず──だろ?」
なにせそろそろ、英雄が生まれるんだからな。
その言葉を発しようとしたそのときに、集会所のドアが開かれた。
眩しい朝日を背負ったそいつと目が合い、迷う事なくこちらへ歩み寄る。
そうして、拳をこちらに向けた。
「──久しぶり。元気だったかい? 親友」
「久しぶり。元気に見えるならいっぺん死んでくれ、親友」
俺も拳をあげ、ぶつける。
お互い、似たような笑みを浮かべた。
名をヤマト。
いずれカムラの英雄と呼ばれる男との、約一年振りの再会だった。
◆
「で、どうだった修行は」
「え、聞く? 聞きたい? ちょっと3日くらいもらうけどいい?」
「あ、いいや。すまん。やめて、やめろ」
聞いた途端、目からハイライトが消えたヤマトの顔に、こちらも察するものがあり止めにかかる。
「いやぁ辛いとは聞いてたけどね、まさかさぁ。『あ、お前の武器持ってくるの忘れたわ。はは。まいいか。なんか頑張れよ。じゃ』で溶岩湖に置き去りにされると思わなくてさぁ」
「えぇ……? どうしたんだそれ」
「ヒント。エンエンク」
「あっ……(察し)」
「もうエンエンクは手放せないよね」
こいつ騎乗だけで乗り切ったの……?
やらせた方も頭おかしいけどそれで乗り切るお前も十分頭おかしいよ……?
そう思ったが、目が死んでるので本意ではなかったのだろう。言わないでおいた。
「そういえば」
思い出すように俺が言った。
「ヤマト、お前ヒノエに──」
会ったか? その言葉を続ける前に、どこかの焼きまわしのように集会所のドアが勢い良く開かれ、すごい勢いで何かがヤマトを押し倒した。
「ヤッッッッマトーーーー!」
「ごっ……」
言うまでもなく、ヒノエだった。
ミノトと同じ長い黒髪、同様に伸びた耳。
あまりに似通ったその様子は彼女たちが姉妹──それも双子だということを告げていた。
ただ似てない所があるとすれば。
静かに現行でヤマトの顔に押し付けられてるヒノエの胸部を確認する。
……また育ってんな、ヒノエ。それに比べて──と、ミノトの胸部の悲しい状況を見守る。
静かにカウンターからこちらを見ていたミノトが視線を合わせていった。
「殺しますよ」
「何も言ってねぇんだが???」
「邪な念を感じました。極刑です」
「うーん、この」
セメントな対応がすぎる。
それも俺だけに。
嫌われすぎてない??
まぁ今に始まったことではないし、彼女たちに自分が好かれる光景も想像つかない自分としては今更どうとも思えない。
そしてさらに言うのであれば、彼女たちを救い、導くとすればそれは俺の役目ではない。と言うことくらいだ。
もっと偉大で、強くて、とびきり格好良い、英雄みたいなやつの仕事と相場が決まっている。
「つーかおまえ、あれに混ざらんくて良いのか。姉に取られるぞ、英雄サマが」
「……別に、あなたに言われる筋合いはありません。それに──」
「それに?」
「──なんでもありません」
「……さよけ」
ワチャワチャと状況の収集がつかなくなり始めた頃、その声は後ろから聞こえた。
「ほほ! ようやく帰ってきおったか、ヤマトよ。お帰り、と言わせてもらうゲコ」
ドスン! とテツカブラの幼体に乗りながらそう宣ったのは我がカムラの里のギルドマネージャー。ハンターの管理者の最上位である称号を持つ男、ゴコクであった。
それを見たヤマトの顔にも、笑顔が灯る。…
「マスター! はい、本日戻りました! お元気でしたか!」
「元気も元気、大元気ゲコ! うむ、ヤマトもしっかりと力をつけたようじゃな! まさに気炎万丈! その言葉の体現ゲコ! ほっほー!」
うーん相変わらずの元気さである。
里長のフゲンすらも尊敬するこのゴコクは村の全員からも絶大な信頼を得ており、それはヤマトも同様だ。それどころかヤマトはどこか祖父のようにゴコクを思い、ゴコクも孫のようにヤマトを扱っているためお互いにその仲はいい。
会話の途中、ゴコクはちらりとこちらを見て、それと、と言葉を続けた。
「お主も先の百竜夜行では大活躍と聞いておるぞ! ヤマトと同じく才能に溢れた若き英雄! お主らがおればこの里も安泰ゲコ!」
その言葉は、純然な善意と感謝に溢れたもので、たった一介の里守を正当に評価してもらえる嬉しさと──それ以上のナニカが胸をざわりと撫で上げた。
「──ゴコク様。ありがとうございます。ですが、私はただの里守ですので、ヤマトのような才ある英雄などとはとても並び立てませんよ」
「……ほほ、自身を正しく見つめる事は、誰しも難しいことじゃ。とにかく感謝しておるぞい、今後もよしなにゲコ」
「はい。もちろんです」
その時、ゴーンと外から鐘の音が聞こえる。それは正午を知らせる鐘の音だ。つまり里守としての仕事がある。
「ツー訳で、俺は仕事に戻る。悪いなヤマト、ヒノエ、ミノト。また時間見つけて、話そうぜ」
「あぁ」
『はい!』
親友と、双子の幼馴染からの返答を背中に歩き出す。その歩みは、どこか逃げるようにも感じられた。
◆
「彼はまだ、囚われておるのじゃな……」
「そう、なんですかね」
その背中を見送りながらゴコクが呟いた言葉に、ヤマトは言葉を返す。
いつも明るくて、おちゃらけたような態度で接する親友。
なんの悩みもない、と公言して憚らない。
村の誰とでも気さくに話し、時には怒られ、それすらも笑いに変える彼は、ヤマトにとって憧れの人間だった。
間違っても本人には言わないが、自分の振る舞いに彼の影響がないかと言われれば、ある、と答えるしかないほど。
そもそもハンターを始めたのだって、彼が理由なのだから。
『俺らで最強のハンターになろうぜ』
彼が言ったその言葉が今でも忘れられない。
方や、狩人。
方や、里守。
どうしようもなく立場が変わってしまった2人は、どうしょうもなく同じ目線に立つことはできない。
「責任感の強い子じゃ。誰のせいでもないと言うのに……あまりにも、悲しいほどに強いのじゃよ」
ゴコクは昔を思い出す。
ある日、ハンターを諦め、里守になりたいと言った彼の姿を。強く、昏い目だった。
それは何かを羨望するようで、呪うようで、絶望した顔だった。
もう誰も、二度と失わないように。
たかだか10歳の少年が、土下座をしながらそれを宣う世界こそを、ゴコクは呪うほかない。
「老いたこの身では、もはや見守ることしかできんのじゃ。……だからこそ頼みたい。あやつを呪縛から解き放てるのは、やはりお主らなのだと、そう思うのじゃ」
ゴコクの言葉に、三人が強い意志を秘め、強く頷いた。
『はい!』
それに、やはりゴコクは笑った。
眩しい物を見て目を細める様に。
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