「どうしてこうなった?」
ベルは逃げ遅れた女の子を抱えながらそんな事を呟く。ベルの目の前には山の如く積み上がったモンスターの死体とその頂点にて『戦姫』の風貌を醸し出しているアイズがいた。
ベルは近くにいたギルドの職員に女の子を預け、アイズに近寄る。
「えっと、アイズ?」
「うん。どうしたの?」
ベルがアイズに話しかけた瞬間、アイズは纏っていた雰囲気を霧散させ、すぐさま可憐な雰囲気を纏い直した。
ベルはアイズの様子にホッと胸を撫で下ろし、アイズによるモンスター虐殺中に行っていた『索敵』をアイズに話す。
「地下にいたモンスターが地上に出てきた。どうやら三人の冒険者と交戦しているみたいだ」
「分かった。行こう」
アイズは次の行動を素早く決めて、ベルをお姫様抱っこする。
「アノ、アイズサン? コレハイッタイ?」
「? この方が速いから?」
「いや、そうなんだけど。男としてこれはちょっと恥ずかしいというか……」
「我慢して。行くよ」
「ちょっ、待っ──」
ベルの言葉が言い終わる前にアイズは風を纏い、移動する。
レフィーヤは悔しさを胸に秘める。
醜い食人花はその口から涎を垂らしながら、自身の体を食らおうとジリジリと近寄ってくる。
逃げ遅れた周囲の人々はその光景に立ち竦み、動けないでいた。市民もギルド職員も冒険者も。
レフィーヤは自身の体に動けと念じる。しかし、その思い虚しく、その口は我が身に迫る。
「レフィーヤ、起きなさい!」
「邪魔! どいて!」
仲間達の声は妖精の耳に届く事なく、その美しき体は醜い食人花に汚されようとした時、小さくも大きくもなく、然れども確かな声が天より降りてきた。
「──させないよ」
声の主は閃光の如く食人花を踏み潰す。食人花は地面に叩きつけられ、奇怪な声を発しながら声の主へと牙を向く。
しかし、声の主は慌てる事なくその体を切り裂き、鐘を鳴らす。
「【
その言葉と共に食人花の体は吹き飛んだ。
そして、声の主はレフィーヤの下に近づき、
「ゆっくりで良いから、しっかり飲んで」
レフィーヤはその言葉に従い、口の中に入る液体をゆっくり飲む。
それと共に薄れていた視界は回復して、声の主をその目に映す。
視界に入るのは白い髪に赤い瞳。まるで兎のような顔立ちにレフィーヤはポカンとする。兎のような少年は優しい笑顔を浮かべ、レフィーヤの無事を確認すると、再び食人花に向き直る。いや、正確には空を見上げて、声を出す。
「アイズ! このモンスターに打撃は効かず、斬撃と魔法は有効だ!」
「ん、分かった」
レフィーヤは兎の少年の発言に瞠目する。何故ならば、少年は先程の一瞬の連撃で、新種のモンスターの耐性を見破ったのだ。『技術』が高すぎる。
そんな驚愕も束の間、アイズは纏った風を剣のように形を変化させ、食人花を全て一刀両断し、灰へと変えた。
「すごい……」
そう誰かが呟く。その言葉はその光景を見ていたベルとアイズ以外の全ての人が心に思っていた。
そんな最中、ベルは別の事を考えていた。
先程のモンスター……別の音がまだ地下にある。これは討伐すべきか? だが、僕の短剣は折れてしまっているし、一人で行くのも不安要素が多すぎる。かと言って、誰かに協力を求めるのも……そもそも、僕の発言が信じられるわけないし。
ベルはとりあえず、誰にもバレないように姿を消し、裏路地に入る。
誰にもバレないように心がけていたはずなのだが、生憎神の目を騙す事はできなかった。
ベルの前にはアイズの主神『ロキ』が後ろにはオッタルの主神『フレイヤ』が。
ベルは嘆息し、神からの逃亡を諦めた。
「まさか、女神二人に目をつけられるとは」
「うちらだけじゃないで。他にも目をつけとる奴はおる」
「そうね。少なくとも7年前の『大抗争』を知る神は特に」
神フレイヤから『大抗争』という言葉が発せられた途端、ベルの雰囲気は一瞬にして変わった。
「それで? また、7年前のように『私』を殺すのか?」
「やはり『静寂』のアルフィアなんか?」
「質問に対し質問で返すか……まぁ良い。その質問の答えは『はい』であり『いいえ』だ」
「どういう意味かしら?」
「いつもなら答える義理はないというところだが、私は『敗者』だ。答えてやろう。正真正銘、この体はこの子のものだ。そして、私はただの付属品。言うなれば、この体の持ち主のもう一つの人格だ」
「……最後の質問や。また、『大抗争』を起こす気はあるんか?」
「そうだな、状況によりけりとだけ言っておこう」
その言葉に二人の女神は警戒を最大限まで引き上げる。しかし、次の言葉はその警戒を瓦解させた。
「まぁ、そんな殺気立つな。少なくとも今は『失望』していない。それにあまりこの子に罪を背負わせたくない」
その言葉はまるで子を想う母のようで、同じような立場でもある女神二人はその様子に警戒する事はできなかった。
「なら、最初の質問に答えたるわ。答えは『いいえ』。そっちが何もしないんなら、こっちも何もせん」
「そうね、私も賛成だわ。だから、オッタル。敵意をしまいなさい」
神フレイヤのその言葉に建物の上から監視していた武人は素直に従った。
「用が済んだのなら、私はこれで失礼する。良い加減帰らないと我が主神が煩そうなんでな。──ああそうだ、神フレイヤ。別にお前の趣味にどうこう言うつもりはないが、この子を相手にするならもっと上位の相手をぶつけた方が良いぞ。もうこの子はレベル2だ。生半可な相手じゃ、なんの足しにもならん」
神フレイヤに向けられた言葉には神ロキが反応した。
「なんやて!? レベル2やと!?」
「ああ、そうだ。史上最速、ほんの一週間でな」
その言葉を最後に少年は消えた。
後に残った二人の女神はこれからの世界の在り方に期待に胸を膨らませ、それぞれの眷属の所に向かうのだった。