レッドが地上に戻るようです   作:naonakki

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第一話

 シロガネ山、その頂上に淡い雪がシンシンと降り積もっていた。

 純白に包まれ、物音一つせず、そこ自体が世から隔絶された世界であるようであった。

 

 そこに佇む一人の少年は、眼下に広がるジョウト、カントーを静かに見つめていた。

 

 物憂げな表情を浮かべた少年は、はぁ……と静かに溜息をつく。それは白い息となり静かに大気に消えていく。

 

 

 

 帰りてぇ……。

 

 

 

 少年、レッドはホームシックに陥っていた。

 

 

 

 

 

 このシロガネ山に来てから果たしてどれくらい経っただろうか?

 もう何年もここにいるような気がする。

 

 闘志に燃えまくっていたあの頃が懐かしい。

 ポケモンリーグでのグリーンとの戦いの後、俺はチャンピオンを辞退することにした。

 理由は単純、さらに強くなりたかったからだ。

 当時、最強の称号であるチャンピオンの座についたグリーンに勝利したわけだが、俺はもっともっと強くなれる自信があった。

 そしてそんな自分を見てみたいという欲求に勝てなかった。

 しかし、チャンピオンになってしまうと、色々な仕事があり、修行する時間なんて無くなることは子供ながらに推測することができた。

 色々な挑戦者と戦うことができる環境は捨てがたいが、やはりどうしてもデメリットの方が大きいと感じた。

 それに何より俺は目立つことが嫌いだ。チャンピオンとなり、常に世間の注目の的になるのはごめん被りたかった。

 

 当時、そんな俺のチャンピオンの座を辞退するという発言にポケモンリーグの関係者をはじめとした、多くの人が猛反対した。

 今思えば、ポケモンリーグの運営やら色々大人な事情があったのだろうが、12歳の俺には何も分からなかった。

 

 元々、グリーンと俺の年端もいかない少年二人が、過去に例のない速さで難関と言われているジムリーダー戦を難なく突破しているということで世間の注目を集めていた。

 そして当時カントー最強と言われていたワタルを倒し、グリーンがチャンピオンになった。

 そのことで世間の注目度は一気に爆発した。どの番組でもそのことが報じられ、あのいけ好かないグリーンの顔を見ない日はなかったほどだ。

 

 そして、それから間もなくしてポケモンリーグでの俺とグリーンの戦いが始まった。

 多くの人達が見守る中、長い激闘の末、俺はなんとか勝利を掴むことができた。

 

 再び世間が騒ぐのは当然の流れであった。

 各局のマスコミ、各地の有名トレーナーやら、ポケモン研究関係者……連日様々な人々が押し寄せ、皆が俺を褒め称え、世間にそれを広めていった。

 

 そんな中でのチャンピオン辞退宣言。

 当然ながら世間は混乱した。しかし、さらなる高みを目指したい俺にとってはそんなことはどうでも良かった。

 

 結局俺は「もっと強くなる」とだけ言って、周囲が止めてくるのを押し切り、その場を抜け出した。その時の周りのキョトンとした顔は今でも覚えている。

 

 俺はそのままシロガネ山に向かった。

 そこは、カントーとジョウトの間にそびえる巨大な山であり、最も危険とされている場所でもあった。

 その最たる理由が出現するポケモンの強さだ。厳しい生存競争を勝ち抜いたポケモンたちの強さは、そこらのトレーナーでは手も足も出ないだろう。

 しかし、そこは強さを求める俺にとっては絶好の修行場所だった。連日、早朝から夜遅くまでポケモン勝負に耽った。

 寝て起きて、ひたすらポケモンバトルを繰り返す日々。

 日に日にポケモン達が強くなっていくことを実感し、時が経つのを忘れて夢中になっていた。

 

 少し意外だったのが、追手が全く来なかったことだろうか。ポケモンリーグの関係者から何かしらのアクションがあるかと思いきや杞憂に終わった。

 

 そして気づけば、シロガネ山の頂上に到着していた。たくさんのポケモンとバトルするため、深部へと向かっていくうちに頂上へと着いていたらしい。

 俺はそこを拠点とし、それからさらに激しい修行に明け暮れることとなった。

 

 

 

 時は流れ、俺はようやく自分自身の実力を認め、満足することができるようになっていた。

 唯一の心残りが折角強くなれたのに自分の全力をぶつけることができる相手がいないことだった。

 最早、シロガネ山に住まうポケモン達ですら苦も無く倒せるほどに成長してしまっており、満足のいくポケモンバトルはできていなかった。

 地上に帰ってもそれは同じことだろう。シロガネ山に来る前に既にチャンピオンであるグリーンを倒してしまったのだから。

 

 そんな時、転機が訪れた。

 

 一人の少女がこのシロガネ山の頂上にやって来たのだ。

 最初はかなり驚いた。このシロガネ山には長らくいるが自分以外のトレーナーを見るのは初めてだったからだ。

 それに頂上に来たという事は、ここに至るまでの厳しい崖のような道のりや、鍛え抜かれた野生のポケモン達を倒してきたという事なのだから。

 

 赤色のリボンが装飾された白い帽子を被ったその子は、元気溌剌といった感じの女の子だった。

 俺の姿をとらえるなり興奮した様子を見せ、期待に満ちた瞳をこちらに向けてきた。

 そして見た目通り、元気な明るい声でコトネと名乗ったその少女は俺にポケモンバトルを仕掛けてきた。

 何はともあれ、久しぶりのポケモンバトルということで、心が滾った。

 

 彼女は……強かった。

 

 ポケモンリーグで戦った時のグリーン以上の手ごたえを感じた。かつての俺だったら恐らく負けていただろう。

 彼女のポケモンを見れば、どれだけ鍛え抜かれているか分かったし、素早い判断力や勘の良さ、どれをとっても一級だった。

 

 しかし、俺はあの時より遥かに強くなっており、十分な余力を残した状態で彼女に勝利した。

 

 コトネは「そんなぁ……」と負けたことが信じられなかったのか、がっくりとその場に膝を折り、悔しがっていた。

 しかし、すぐに立ち直るとこちらに満面の笑みを向けてくる。

 その表情はなぜか嬉しそうに見えた。

 

 「……負けました、完敗です! 噂通り物凄い強さですね! こんなに強い人がいるなんて信じられませんでした! また鍛えなおして来ます!」

 

 そう言ってコトネはその場を去っていった。

 

 そして彼女の宣言通り、またすぐにリベンジにやって来たのだ。

 今度は「次こそ絶対に負けませんよ!」と、自信満々にやって来た。

 確かに僅かな期間しかなかったにも関わらず、どのポケモンも一回りは強くなっていたが、それでも俺の敵ではなかった。返り討ちだ。

 コトネは、「う、嘘……も、もしかして前は全然本気じゃなかった、とか?」と、俺が本気を出していなかったことをこの時悟り、本気で心からショックを受けているようだった。

 だが、それがコトネの長所なのか最後には「次は負けませんからね!」と嬉しそうに言い、去っていくのだ。

 

 そして、それから何度も何度もコトネはこのシロガネ山の頂上にやって来た。

 その度にコトネは成長していき、いつしかそんなコトネの成長を楽しみにしている俺がいた。

 

 そして、遂に昨日。

 俺は、嘘偽りなく全身全霊、持てるすべての力を出し切り、コトネと対峙した。

 最早手を抜いている余裕はなかった。

 たった一手のミスが許されないような、そんな緊迫したバトルだった。

 正直、ポケモンバトルでの実力自体はまだ俺の方が上だろう。

 しかし、こちらの手持ち構成に対して有効なポケモン構成、そして技構成でばっちり対策をされており、結果的に実力が拮抗した状態を作り上げられていたのだ。

 別にそれに文句を言うつもりはない。

 相手のポケモン構成に対策を立てることは立派な戦略と言える。ただシロガネ山に籠っている俺にはとることのできない戦略というだけだ。  

 

 結果は……ギリギリ俺の勝利だった。

 

 お互いラスト一匹になるまでの勝負だったが、最後にシロガネ山の頂上に立っていたのは、俺のポケモンだった。

 

 

 

 俺はコトネのおかげで全力の戦いを楽しむことができた。

 これほど手に汗を握ったのは、グリーンとの勝負以来だった。

 個人的には大満足だった。

 これでやりたいことは全てやりきった。

 もうここにいる理由もなくなったわけだ。

 

 眼下に広がる美しいカントーの景色を改めて瞳に捉え、はぁと溜息一つ。

 

 

 

 ……で、俺はどんな顔して帰ったらいいの?

 

 

 

 周りの迷惑を考えず、自分勝手な都合でシロガネ山に籠った俺を世間はどう思うのだろうか?

 快く受け入れてくれる?

 そんなわけはない。恐らく非難の嵐だろう。

 世間の反応が容易に想像できてしまう。

 完全な身から出た錆状態であった。

 

 しかし、だからといって一生ここにいるのかと言われると流石に嫌だ。

 シロガネ山に長らく住んでいたこともあり、それなりの愛着も湧いてきたが、それでも俺だって人の子だ。温かい家でゴロゴロもしたいし、フカフカのベッドで寝たいものだ。ここ寒いし。あられ降るし。

 

 ……はぁ、どうしたもんだろうか?

 

 再び深い溜息。

 

 「……あの、どうしたんですか? 景色なんて眺めながら溜息ついて。」

 

 後方から声をかけてきたのはコトネだ。

 振り返ると、キョトンとした表情を浮かべているコトネが目に入る。

 

 なぜここにコトネがいるのかだって?

 昨日、ポケモンバトルに夢中になっているうちに、すっかり日が暮れてしまったのだ。流石に真っ暗の中帰るのは危険とのことで、コトネはこのシロガネ山の頂上で一夜を明かしたのだ。

 

 初めて他人と一緒に迎えるシロガネ山の夜は新鮮だった。

 コトネは色々と自分のことを語ってくれた。どうも結構おしゃべり好きな性格らしい。

 俺が超が付くほどの無口だからそこは助かった。女の子と二人きりで無言が続くとか地獄だからな。

 

 強いとは思っていたが、コトネはポケモンリーグで現チャンピオンのワタルに勝利したらしい。

 他にも色々と話を聞いた。

 どうも他の地方も含め、最近は様々な人がポケモントレーナーとしての力を磨き、どんどん力のあるトレーナーが出てきているらしい。

 昔ならそれを知れば、すぐに勝負を挑みに行っただろうが、今の俺にそこまでの闘志はない。もう既に目標は達成したのだ。

 

 後はグリーンがジムリーダーになったことや、そのグリーンから俺のことを色々聞いたなどの話を聞きながら、いつしか眠りについていた。

 その日は珍しく夜空がとても綺麗に見えた。

 

 ……言っておくが、厭らしいことは何もなかったからな?

 

 「……もしかして、シロガネ山を下りてもいいとか考えています?」

 

 まさかこちらの考えていたことをズバリ言い当てられるなんて思いもせず、大げさに反応してしまう。

 コトネ、まさかのエスパータイプなのか!? 

 

 「えっ!? もしかして本当にそう思っています?」

 

 コトネはそう言いながら、なぜか興奮し、こちらに詰め寄ってくる。あまりに勢いよくきたもので、ついコクリと頷いてしまう。

 

 俺の答えを確認するとコトネは、「よ、ようやくなんですね……何度も挑戦し、昨日色々お話した甲斐がありました。」となぜか感極まったかのように両手を合わせ、こちらを見つめてくる。

 言っている内容の意味がよく分からなかったが、こちらが問いただす前に、コトネはすぐに何やら携帯端末を取り出すと、誰かと連絡をしだした。

 何を喋っていたかは分からないが、連絡を取り終えたコトネは笑顔を浮かべてこちらを見つめてくる。

 

 「さあ、そういうことであれば善は急げです! 早くシロガネ山を下山しましょう! レッドさん!」

 

 そう言ってくるコトネだったが、俺の足は動かない。

 それはそうだ。世間が俺を袋叩きする未来が見えているのに嬉々としてそれに向かう者はいないだろう。

 そんな俺の様子を見たコトネは何かを察したように

 

 「大丈夫です、レッドさん! 皆、レッドさんを待っていますよ! 多分今頃、歓迎会の準備でもしてくれているんじゃないでしょうか?」

 

 歓迎会? もしかして俺の家族とかが俺の帰りを待ってくれているのだろうか?

 昨日グリーンとちょくちょく関わりがあるみたいなことを言っていたからそこ経由で家族に連絡してくれたのかもしれない。

 

 ……そうだよ、世間は俺を非難するかもしれないが、家族や町の人は俺のことを歓迎してくれるに違いない。

 まあ長い間留守にしていたからお母さんとかには怒られるかもしれないけど……。

 それでも家族や町の人のことを考えると急に会いたくなってきた。

 

 ……よし、帰ろう。

 

 もうポケモンバトルはするつもりはないが、将来はポケモンに関わる仕事に就き、のんびり生きていくのもいいかもしれない。ポケモンは好きだし、なんやかんやこの数年の経験は大きな財産になるだろうし。

 帰ったら、オーキド博士の下で助手として雇ってもらえないか頼んでみよう。

 ……あ、でもコトネにだけは勝負を挑まれたら流石に応じないとな。これだけ挑まれて、ギリギリの勝負になるようになってから、もうポケモン勝負はしませんって言ったら、せこい勝ち逃げ野郎みたいになるもんな。

 

 そんなことを考えながら俺はコトネの方へと歩み寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通話が切れた後も、端末の電源を切ることができなかった。

 興奮のあまり手が震えているからだ。

 

 夢ではないかと疑うが、紛れもなくこれは現実。

 それを確信するまで時間がかかった。

 それほどまでに、今聞いた内容は彼にとって大きなことであったのだ。

 

 ……それにしても今、この状況でこの連絡が来るとはな。

 

 普段、運命なんて信じないが、この時ばかりは信じたくなってしまった。

 

 ふぅ、と短く息を吐き、電話に出るために退出していた部屋に戻る。

 その部屋内には、大きな円の形をしたテーブルがあり、その周りに数十人の人が座っていた。

 そしてその全員が例外なく人々から認められる凄腕のトレーナーであった。

 カントー、ジョウトのジムリーダー、ポケモンリーグの四天王、そしてチャンピオンであった。

 

 ここはポケモンリーグの本部である。今日はとある議題の為、ここに全員が集められたのだ。

 

 「グリーン、会議中にあまり電話に出ないでほしいのだが。何か急用だったかな?」

 

 若干の不満を含みながらそう言ってくるのはカントーとジョウトの現チャンピオンであるワタルだ。

 

 「あぁ。悪い悪い。……だが急用であることに違いはないぜ? それもこの件に大きくかかわるほどの重要なことだ。」

 「……なんだそれは?」

 

 ワタルを含む全員がこちらを訝し気に見つめてくる。

 俺は、そんな全員の視線を涼し気に受け入れると、言ってやった。

 

 「レッドだよ……あいつが帰ってくるんだよ。今、コトネから連絡があった。」

 

 その瞬間、静寂が室内を覆う。

 全員の目が見開き、驚きながらも事の大きさに声を出すことができない。

 

 「レ、レッドだって!? それは本当か!?」

 

 いち早くそう聞き返してきたのはワタルだ。椅子から勢いよく立ち上がり、こちらに詰め寄ってくる。

 

 「あぁ、本当だ。このことで嘘つくかよ。なんだったらコトネに確認すればいいだろう? 今から一緒にシロガネ山を下山するだってよ。……ようやくコトネの努力があいつに届いたみたいだな。」

 

 次の瞬間室内が、ワッと一気に盛り上がる。

 「ようやくか」、「早く戦ってみたいわ」、「どれだけ強くなったんだろうな」とレッドの帰還を歓迎する言葉があちこちから聞こえてくる。

 

 「おい! 今日の議題だが、もういいよな? 誰を代表にするかなんて議論は必要なくなっただろう?」

 

 俺のその言葉に反対する者はいない。皆、納得したように頷いている。

 

 「……よし、決まりだ! じゃあ、そうと決まれば大々的にレッドを歓迎しようじゃないか。このポケモンリーグをあげてな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三年前。

 皆がリザードンの背に乗ったレッドが空に消えていく様子をポカンとしながら見つめていると、ひとりの男がハッと意識を取り戻し、激昂する。

 

 「なんて自分勝手なんだ!? 強くなるだって?? これ以上強くなってどうするというのだ!?」

 

 彼はポケモンリーグを運営する重役の一人だ。その男の言葉を発端に周りの人間も「まったくだ」と怒りを露わにしている。

 しかし、それに待ったをかける一人の少年がいた。

 

 「……違うんじゃねーか?」

 

 全員の視線がその言葉を発した少年に向けられる。

 少年は多くの大人の視線を浴びて尚、その飄々とした表情を崩さない。それどころか、挑発的に口端を持ち上げると

 

 「レッドはこう言ったんだよ! お前らは弱すぎるってな! 俺みたいな子供にやられるようなポケモンリーグでいいのかってな! だからレッドは、そんなお前らを見てもっと強くなれって意味も込めてああ言ったんだよ! 俺は現状に満足せず強くなる、だからお前らも強くなれってな! レッドは今のポケモンリーグを制覇し、チャンピオンになっても価値なんてない、そう考えたんだよ! ったく、レッドには敵わないぜ。俺もチャンピオンになって浮かれちゃってたからな……。」

 

 そう言うグリーンの言葉には重みがあった。彼自身一時とはいえ、チャンピオンになっていたからこその重みだろう。

 そしてレッドとライバルであり、激闘を繰り広げたグリーンのみがレッドの心の内を読みとれたのだろう。

 

 「なんだと!? このガキっ! いい加減に……」

 「……いや。グリーンの言う通りかもしれない。」

 

 ワタルがそう同調することで周りの大人が信じられないような目でワタルを見つめる。

 

 「確かに最近のポケモンリーグは、広報活動などの分野に注力しており、肝心のトレーナーとしての腕を磨く場を設けていなかったのは事実だ。そんな我々にレッドが失望したということは十分に考えられる。」

 「……言われてみれば、私も最後に訓練をしたのはいつだったかしら。」

 「うむ……。」

 「……確かにいつの間にか向上心っていうやつを見失っていたかもね。」

 

 それに四天王であるカンナにシバそしてキクコも思い当たる節があるのか苦い表情を浮かべている。

 ワタルはそんな四天王の様子を確認し、再度ポケモンリーグの重役たちに視線を向ける。

 

 「……今こそポケモンリーグも変わる時がきたというわけだ。早速、今の体制について見直そう。……次にレッドが来た時にまた失望されないように! レッドはポケモン界の発展になくてはならない人材なのだから!」

 

 その言葉に反対する者はいなかった。

 

 

 

 それからポケモンリーグが打ち出した大胆な方針転換に一瞬世間は戸惑った。

 しかし、そのどこまでも強くなるために切磋琢磨していこうという姿勢が世間にも火をつけた。

 ポケモンリーグを制覇したレッドがさらなる強さを求めて旅に出たという報道もその勢いにさらに拍車をかけた。

 結果的に広報活動に注力していた時以上にポケモントレーナーを目指す人は増え、ポケモンリーグをはじめとした、全てのトレーナーが強くなるために燃えた。

 

 その後、レッドがシロガネ山という過酷な環境下で修行していることがグリーンによって密かに確認され、「本当に修行をしているとは」、「俺たちも負けていられないな」とトレーナー達のやる気は益々加速していった。

 

 

 

 

 そして時はまた少し流れ、ポケモン界が盛り上がりを見せる中、大きなニュースが報道された。

 

 なんとレッド、グリーン以来初の、ポケモンリーグを制覇した者が現れたのだ。しかもそれはまだ幼い少女によって成し遂げられた。

 彼女の名前はコトネ。ポケモン界全体のレベルが上がっている中での快挙であり、皆がコトネに夢中になった。彼女のポケモンが繰り出す洗練された技、力強い動き、それらは他のトレーナーとは一線を画していた。

 また彼女自身の明るい性格、笑顔が多くのファンを生み出し、またもポケモン界に新しい風を呼び込むことになった。

 

 そんなコトネがある日テレビで語ったことが世界に激震を与えた。 

 

 「実は今日、かつてのポケモンリーグ制覇者レッドさんとシロガネ山でポケモンバトルをしてきました。……しかし手も足も出ませんでした。彼は本当に強かったです。レッドさんは今でもずっとシロガネ山の頂上で修行を続けているようでした。」

 

 当時、最強のトレーナーとして疑いようのなかったコトネからの衝撃的な報告だった。

 その後はコトネが訓練にさらに力を入れ、他から見ても強くなっていっているのが分かるほど成長していった。

 しかしそれでも毎回コトネから聞かされるレッドとのポケモンバトルの結果は敗北のみ。

 次第に皆の興味の関心はレッドに釘付けになった。

 あのコトネが一度も勝てないとは、レッドはどれほど強くなっているのかと。

 レッドは表に出てこない為、様々な噂が飛び交い、最早何が本当なのかも収拾がつかなくなるほどであった。

 

 

 

 そして、今日ポケモンリーグからの放送で伝えられたことが世間に過去にない盛り上がりを与えることになる。

 

 その内容は、まずレッドがシロガネ山から下りてくることになったこと。

 

 そしてもう一つ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それまで!」

 

 審判のその一声によって、ポケモンバトルが終了したことが告げられる。

 

 ……今回もあまり手ごたえがなかったわね。

 

 はぁ、と短い溜息を吐き、落胆を隠し切れない。

 

 チャンピオンになってからしばらく経つが、ここしばらく満足するようなポケモンバトルができていない。

 今回も久しぶりの挑戦者ということで、期待していたが勝負はあっけなく終わってしまった。

 

 ……どこかにいないのかしらね。

 私を満足させてくれるような強いトレーナーは。

 

 ……それに私もそろそろいい年だし、相手も見つけたいけれど。

 

 普段クールという印象を持たれている彼女だったが、乙女としての一面も密かに持ち合わせていた。

 

 どこかに私を打ち負かしてくれるような男性はいないかしら……。

 

 それが現実的でないことは分かっていた。ここ何年もバトルで負けた記憶はない。だが、付き合うならば自分よりも強い人。自分のことを守ってくれるような人がいいと思うのは女として自然だろう。

 

 ……はぁ、まあいないわよね。

 

 その時だった。携帯端末に連絡が入っていることに気付く。どうもメールが届いていたようだ。早速画面を開く。

 

 「……あら、カントー、ジョウト地方の代表者とのエキシビションマッチの件、対戦相手が決まったのね。……ええと、レッド? あまり聞いたことのない名前ね。確か、グリーン、ワタル、コトネという人たちが候補じゃなかったかしら? 現チャンピオンでもないようだし……どういうことかしら?」

 

 ……まあ、いいわ。誰であろうと全力で戦うのみ。

 

 ……けれど、私をワクワクさせるような強い人であることを祈っておきましょう。

 

 腰下まで伸びた艶のある流れるような金色の髪に宝石のような銀色の瞳。彼女のスタイルの良い細長い体を包み込む黒いファー付きのコート。

 

 彼女の名前はシロナ。

 考古学者としての一面を持つ彼女は、若くしてチャンピオンの座につき、殿堂入り後一度も敗北したことのない、無敗伝説を誇るシンオウ地方の現チャンピオンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はこちらに歩いてくるレッドさんの姿を見て嬉しさの笑みを隠せないでいた。

 

 ……やっと、レッドさんが心を開いていくれた。

 

 その事実に心の内がポカポカと温かくなっていく。

 それが恋心であることは、随分前から気付いていた。

 

 レッドさんは基本無口であるものの、ポケモンバトルを通して、彼のことは色々と理解できていた。彼がこれまでどれほど努力を重ねてきたか、ポケモン達をどれだけ愛してきたかをだ。

 そんなレッドさんと一緒にいると私も頑張ろうと思えた。そしてそんな風に思える人はレッドさんが初めてだった。

 

 レッドさんのことをしっかりと知ったのは、ポケモンリーグを制覇した時だった。

 その時の私は嬉しさと共に喪失感を味わっていた。

 旅自体とても楽しく、毎日が心躍る発見の連続だった。

 苦戦しつつもジムリーダー戦を全て勝ち抜き、ポケモンリーグへの挑戦。こちらも何度も危ない局面になったものの何とかチャンピオンであるワタルさんから勝利を勝ち取ることができた。

 達成感はあったし、とても充実していたと胸を張って言う事ができた。

 しかし、そんな冒険ももう終わりなのかと思ってしまったのだ。

 

 そんな私の様子を見たワタルさんは何を思ったのか、急にこんなことを言ってきたのだ。

 

 「……君はレッドという少年を知っているかい?」

 「レッド……、確か以前チャンピオンになった人でしたっけ?」

 

 私はあまり興味がなかったので知らなかったが、色々なトレーナーが彼の名を口にしていたし、3年前にテレビで嫌というほどその名を目にしていた為、覚えていた。

 ワタルさんは、かつて何があったのか詳細に教えてくれた。

 

 かつて私と同じようにポケモンリーグを制覇したにも関わらず今でも修行を続けていること。現状に満足している私とは正反対であった。

 私はレッドという人がどんな人なのか興味を持ち、シロガネ山に行くことを決めた。

 

 最初はただ会ってポケモンバトルをしてみたいくらいの気持ちだった。

 

 そして私は、圧倒的なまでの差を見せつけられ、敗北した。

 信じられなかった。ショックを受けていたのかどうかも今となってはよく覚えていない。

 しかし、気づけばレッドさんに、また来ると言い、その場を後にした。

 こんな素晴らしいトレーナーがシロガネ山に閉じこもっているべきではないと考えたのだ。もっと世に出ていくべき存在だと確信した。

 しかし、レッドさんを連れ戻すためには、こちらのことを認めてもらえるように力を示し、今のポケモン界に希望を見出して貰うしかなかった。

 それから私は努力した。それまで以上にポケモンに時間を費やし、勉強に没頭した。

 これには、ワタルさんやグリーンさんをはじめとした様々なトレーナーの人が協力してくれた。

 皆も等しくレッドさんに戻ってきてほしいと思っているのだと強く伝わって来た。

 

 そしてようやくあのレッドさんをギリギリまで追い詰めることができた。ポケモン構成で弱点を突き、完璧な戦略まで用意してもなお、届かないのだからレッドさんがいかに絶対的な強さを持っているのかを改めて突きつけられたようだった。

 ……だが次こそはと、ようやく見えてきたゴールに胸のワクワクが止まらなかった。

 

 しかし、そんな私にハプニングが起こる。

 その日夜遅くなってしまったため、シロガネ山の頂上で泊まることになってしまった。

 レッドさんと二人きりというシチュエーションに終始心臓が早鐘のように体中に鳴り響いていた。緊張を隠そうといつも以上に喋ってしまった。

 ……変な子と思われてなければいいけれど。

 でもいい機会だと思い、いかに今ポケモン界が盛り上がり、皆が強くなるために努力し、昔よりレベルがどんどん上がっていることを伝えることができた。

 

 そして今日、レッドさんが何かを思うように溜息をつきながらカントーとジョウトを眺めていたのだ。試しに下山してみてもいいのではと聞くと首を縦に振ってくれた。

 これはつまり、ようやく私がレッドさんに認めてもらったということだろう。

 そして他のトレーナーも努力を続けているということを聞いて、戻ってみてもいいと思ってくれたのだろう。

 

 努力が実を結んだと思えた瞬間だった。

 ポケモンリーグを制覇したとき以上の嬉しさを感じていた。

 

 みんなも今のレッドさんを見れば、その圧倒的強さにきっと驚くだろう。

 

 それでもレッドさんはまだどこかで不安を感じているようだった。

 恐らく、また失望してしまうのではと懸念しているのかもしれない。

 でももう以前のポケモンリーグとは違う。

 皆が日々、努力を重ね、強くなり、レッドさんにリベンジできるその時を待っているのだ。

 そのことをやんわりと伝えると、レッドさんは再び足を動かしてくれた。

 

 ふふ、しばらくはお祭り騒ぎでしょうね。

 

 レッドさんが町に降り立った時のみんなの反応を想像し、心が躍った。

 

 そして落ち着いたその時には……。

 


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