サァァ……と暖かな風が吹き抜け草木がさわさわと音をたてる。
雲の割れ目から差し込む優しい陽光が温かく俺を包み込んでくる。
俺たちは数日かけてシロガネ山を下山し、麓にいた。
久しぶりに見る地上の光景に柄にもなくテンションが上がってしまう。
……やはり暖かいというだけで素晴らしい。
頂上は肌を刺すような寒さだったからな。後あられも降ってないし。
「うーん、シロガネ山を抜け出すとほっとしますね! あそこにいると緊張感があるというか、ピリピリするんですよね~。」
隣でコトネが伸びをしながらそんなことを呟いている。
まあ、分からなくはない。シロガネ山内は獰猛な野生のポケモン達が蔓延っているからな。正式なポケモンバトルと違って、死角から不意を突かれ攻撃されるなんてことも珍しいことではない。
かくいう俺も驚くほどの解放感に包まれていた。
シロガネ山の環境に慣れていたと思っていたが、どうも無意識のうちにかなり気を張っていたらしい。
その為なのか、解放された今、どっと疲れが出てきたような気がする。ちょっと熱っぽい気もする。
コトネは自らのモンスターボールからカイリューを出し、その背に跨る。
「では、早速目的地に向かいましょう!」
目的地……つまりマサラタウンだろう。ようやく帰る時が来たのか。
ということは今晩は久しぶりに布団で寝られるのだ。楽しみ過ぎる。
そんなどうでもいいことを考えていると、コトネがまだこちらを見つめていることに気付く。こちらが見つめ返すと、コトネはもじもじと恥ずかしそうにするとこんなことを言ってきた。
「……い、一緒に乗っていきます? な、なーんて……。」
えっ、いいの!?
コトネの提案に俺はキラキラとした顔を向ける。
しつこいようだが俺はポケモンが好きだ。
マサラタウンにいた頃もよくオーキド研究所に行き、色々なポケモン達と触れ合っていたほどだ。
しかし、ドラゴンタイプのポケモンは存在自体が希少であり、これまでもほとんど出会う機会がなかった。
そういう意味でもワタルとはもっと仲良くなって色々ドラゴンポケモンを見せて貰いたかったんだけどな……。
まあ、なにはともあれコトネという一流のトレーナーに鍛え抜かれたカイリューともなれば興味を引かれないわけがなかった。
「え!? あ、あの、え? ……ほ、本当に乗ります? 一緒に?」
コトネは顔を赤くし、慌てながらそんなことを言ってくる。舌もうまく回っていない。なぜかは知らん。
……まさか冗談だったのか?
上げて落とすとは。コトネ……純粋そうに見えて、とんだ悪魔だ。
ガクリと落ち込んでいると、頭上からまたもコトネの慌てた声が聞こえてくる。
「あ、あぁっ!? いえ、その嘘じゃありません! む、むしろお願いしますというか!」
……コトネ、やはり見た目通りいい子だ。では遠慮なく。
俺は早速、カイリューによしよしと今から世話になる旨を伝えると、コトネの後ろに落ち着く形でその背に跨る。
コトネは「あわわわ!?」と慌てふためいている気もするが、俺の関心はカイリューに奪われていた。
……おぉ、なんて逞しい背中なんだ。それに引き締まった筋肉。……素晴らしい。
「……あ、あぁ。カ、カイリュー! すぐに飛びなさいっ! ダッシュよ!」
ここで何を思ったのかコトネが慌てたようにそんな指示をするものだから、カイリューが急ぎ飛びだってしまう。
急発進のあまり振り落とされそうになり、思わずコトネの細い腰に思い切りしがみついてしまう。
危なっ!? ……死ぬかと思った。
しかし、ここでさらなるトラブル発生。
なぜかコトネが声にならない悲鳴を上げ、慌てまくってしまい、それをカイリューがもっと速く飛べという指示だと勘違いしたのか、さらに速度は上がっていく。
俺は振り落とされないように必死でコトネの腰にしがみつくしかできなかった。
シロガネ山から出ていきなりこれか……。
それにやっぱり体がだるい気がするし……。
俺は一抹の不安を感じながらも必死にコトネの腰にしがみ続けた。
「たった数日でよくここまで人が集まったものだね。」
「……それだけ期待されているってことさ。」
そう会話するワタルとグリーンの視線の先にはモニターがあった。
そしてそこには、ポケモンスタジアムの観客席一面を埋め尽くす人の様子が映し出されていた。
ここセキエイ高原にあるポケモンリーグはかつてない熱気に包まれていた。
大人数を収容できるポケモンスタジアムは既に満員であり、皆何かを期待するようにその時を待っていた。
ほんの数日前だった。
ポケモンリーグから、世間を賑わしていた伝説のポケモントレーナーであるレッドがシロガネ山から帰還することが報道された。
そしてポケモンリーグをあげてレッドを大々的に歓迎すること。
さらに三年前、世間を熱くしたレッドとグリーンによる対決が再び実施されるとも。
開催日は放送からたった数日後であり、あり得ないほどの急な日取りだった。
しかし、これに世間は文句を言うどころか、ようやくこの日が来たかと大歓迎した。
数万人を収容できるポケモンスタジアムのチケットはほんの数十分で完売。チケットにはプレミア価格が付き、元値の十倍以上の価値がつけられた。
運よくチケットを手に入れられた者は急ぎポケモンリーグがあるセキエイ高原へ向かい、それ以外の人々もテレビの前にかじりついていた。
レッドが現れるその時を見逃さないように。
そしてついに、その時が来ようとしていた。
「予定では、後一時間もすればレッドとコトネが到着するはずだ。」
「……あぁ。」
「……緊張しているのかい?」
「ばーか、そんなわけないだろう? ……と言いたいところだが、さっきから緊張しっぱなしだ。肝心のポケモンバトルは明日だってのによ。」
予定では、今日レッドの帰還を大々的に歓迎し、次の日にレッド対グリーンのポケモンバトルを行う予定だ。
対決日をずらすのは、長旅をしてくるレッドに配慮されたものだ。
「ははっ、意外だな。グリーンでも緊張するのか。」
「……うるせぇ。レッドは特別なんだよ。」
……そう、レッドとの対決は特別なのだ。
あの日、レッドがポケモンリーグを去った時から俺は変わった。
「もっと強くなる」
かつてレッドがこう呟いた言葉に俺は頭を殴りつけられたような感覚を覚えた。
俺はチャンピオンになり、皆から褒め称えられ、完全に天狗になっていた。
そしてレッドとの戦いで敗北し、確かに俺は悔しいと感じていた。
しかしそれよりもやり切ったという達成感の方が大きく、現状に大きく満足してしまっていた。
しかし俺の親友でもあり、ライバルのレッドはさらなる上しか見えていなかった。
恥ずかしかった。
それまでレッドのライバルとして対等と思っていた自分を殴りつけてやりたくなった。
だがレッドのおかげで目が覚めた。
俺は俺のやり方で強くなり、ポケモン界を変えていこうと決意した。
レッドが去った後、もう一度ポケモンリーグのチャンピオンに戻るかという話も出たが辞退した。
もう一度チャンピオンになるのは、レッドを倒したその時だけだと心に誓っていたからだ。
しかし、ポケモン界に影響を与えるポジションにいた方が何かと融通が利くと思い、俺はジムリーダーになった。
そして自らが高い壁となり、多くのトレーナー達が強くなっていくことに尽力した。
勿論、トレーナーとして自らが強くなることにも努力を惜しまなかった。
自身を追い込み、確実にレベルアップしているという自信があったが、ある事をきっかけにそれすらも甘かったのだと思い知らされた。
ある日、俺に一つの依頼が来た。
それはレッドがどこに行ったのか探してほしいというものだった。ポケモンリーグとしてもレッドの所在ははっきりと捉えておく必要があるとのことだった。
しかしレッドの目撃情報を整理すると、どうもレッドはシロガネ山にいる可能性が高いと判断されたようだ。
そしてそんな危険な場所に行ける者は限られているということで俺が抜擢されたらしい。
早速俺は、シロガネ山に行き探索を続けた。
そこにいるポケモン達は例外なくとても強かったのを今でも覚えている。
そして、レッドはいた。
レッドは強力なポケモン達に果敢に勝負を挑みまくっていた。
自らを追い込んでいる、というレベルではなかった。
数十匹の群れにも怯まずに突っ込み、ボロボロになり満身創痍になりつつもそれでも体が動く限り、ポケモン勝負を繰り返していた。
そして、レッドのポケモン達も主の気持ちに応えるように力を振り絞り強力な野生のポケモン達を次々となぎ倒していた。
下手をすれば命に関わるような危険と隣り合わせの状況でレッドは修行に明け暮れていたのだ。
安全な環境下でぬくぬくと努力をし続けていた自分とは大違いであった。
またも俺は、知らない間にレッドと差をつけられていたのだ。
それから俺は、あの時見たレッドの姿をずっと頭の片隅において修行に打ち込んだ。
レッドのように辺境の地へと行き、修行に暮れもした。
ジムを留守にして怒られもしたが……。
しかしそれもすべては、いつかレッドを見返せるようにする為。
……まぁ、それはコトネに先を越されちまったらしいが。今度は俺が力を見せる番だぜ。
その時だった。
「来たぞ! コトネのカイリューだ! ……しかし予定より随分早いな。急いで来たのだろうか?」
ワタルのその声に俺はモニターに視線を移す。するとワタルの言った通り、カメラの一つにコトネのカイリューが映っていた。
そしてそのコトネの後ろには見慣れたレッドの姿も。
……ザワ
ライバルの姿を見た瞬間全身が逆立つような感覚に陥る。
……ようやく、この時が来たか。
「……じゃあ、行ってくる。」
俺はそう言うと、返事を待たずしてレッドの元へ向かった。
俺がポケモンスタジアムに姿を現すと周囲からの大歓声が迎えてくれる。
俺は適当に手を振ってそれに答える。
そしてすぐに上空のある一点を見つめる。
観客達も釣られるようにグリーンの視線の先を追いかける。
その先にいるのは勿論、レッドだ。
遠目だからよく見えないが、なぜかコトネが慌てているように見える。
しかし、ようやく落ち着きを取り戻したのか、徐々に高度を下げこのポケモンスタジアムに降りてくる。
そして、遂にレッドがこのポケモンスタジアムに降り立った。
すぐ横にコトネも降り立つ。
会場中が不気味なほど静まり返る。
そしてなぜか少し顔を赤らめていたコトネが、コホンと短く咳払いし大きく息を吸う。
「皆さん、お待たせしました! ……ご存知の通り、この方が最強のトレーナーであるレッドさんです!」
その瞬間会場中が沸いた。
大地が震えるような圧倒的な歓声。
だがその大歓声の中心にいるレッドは全く動じない。
帽子を深く被っている為、その表情は窺えないが、冷静にこの状況を受け入れているのであることは明白だった。
十代の若者ながら、その貫禄はまさにトップトレーナーのそれであった。
その事実がさらに観客を盛り上げていく。
歓声が少し落ち着いたのを見計らい俺は、久しぶりに見るレッドに話しかける。
「よう、レッド。久しぶりだな? こうしてここで向かい合うのも三年ぶりだ。早いもんだ、全く。」
観客達も静かに俺たちの会話に耳を傾ける。
だが、ここでレッドが予想外の行動に出る。
その行動には会場中の人間が驚き、あちこちからどよめきが漏れ出る。
それはこの俺も例外でなく、レッドの行動に目を見開いてしまう。
レッドがモンスターボールを構えたのだ。
それが意味することはただ一つ。
『俺とポケモンバトルをしろ』
言葉はいらない。この三年間でどう変わったのか見せてみろ。
そう言われているようだった。
「……は、はは、レッド、相変わらずだな。その気持ちは分かるがお前も長旅で疲れているだろう? 今日はゆっくり休んで明日決着をつけようぜ?」
俺がそう言うも、レッドの構えは変わらない。
休息など必要ない、そう物語っていた。
そんなレッドを見て、俺の中で何かが弾け、燃え上がる。
「は、はは、ははは! そうだな、お前はレッドだ! 変な気遣いは不要だったな! ……よし、今すぐ勝負だ! いいよなぁっ、みんなぁ!!!」
再び、いや、先ほどをも遥かに上回る大歓声が、同意を示してくる。
……行くぜ、レッド!!!
……だめだ、まじで体調が悪くなってきた。
カイリューのあり得ないほどのスピードでの移動も数時間が経った。
ゆっくりと飛んでくれと伝えたくても、あまりの風切り音でこちらの声は通らない。
俺は相変わらず振り落とされないようにコトネにしがみついてたが、だんだんと意識が朦朧としてきた。
そして俺はいつしかコトネにしがみついたまま気を失っていた。
「……さん、レッドさん!」
遠くの方から声が聞こるような感じがして、俺はうっすらと目を開ける。
……うぅ、頭は痛いし、なんだか肌寒い。
脳内も靄がかかったようにぼんやりとしている。明らかに体が悲鳴を上げていた。
「……あ、やっと起きてくれましたね、レッドさん。すみません、私混乱しちゃって。……あの、そろそろ離してもらえるとありがたいです……私の精神的にも。」
何があったか知らないが、ようやく超高速での飛行は終わっていたようだ。コトネから手を離すと、俺は息を大きく吐く。
やっと振り落とされる恐怖からは解放されたが、体調がどう考えてもおかしい。早く寝たい……。
そう考えながら、また半ば意識を失っていると、いつの間にかカイリューが地上に降り立ったのか、コトネに手を貸してもらいながら俺も地上に降り立った。
……早くベッドに。
しかし、次の瞬間俺の脳内を揺さぶるような大音量が聞こえてくる。
ここで初めて気づいたが、ここはポケモンスタジアムだ。しかもあり得ないほどの人で観客席が埋め尽くされている。
……なんだこれ?
思考が停止した。ぼんやりとした脳みそでこの状況を理解しろという方が無理なことだった。
しかも、これまた今気づいたが、ちょっと離れたところに久しぶりに見るグリーンがいた。
ここで俺は一つの答えにたどり着く。
……まさか、俺を非難するため?
そうに違いない。どうして今こうなったのか理解できないが、やはり世間は俺を許していなかったのだ。
この状況も俺を非難し、袋叩きにするためだ。
であれば、俺がすることはただ一つ。
隙を見て逃げる。
俺がしたことは許されることでないのは理解しているが、それでもこのまま大人しくボコボコにされるのも嫌だ。
俺はいつでもリザードンで逃げられるようにモンスターボールを構える。
その後、グリーンは何かを言ってきていた気がしたが、頭に入ってこなかった。
すると最後に、グリーンは笑ってきた。
今度は逃がさねえよと言われているようだった。
そして、グリーンはポケモンを出してきた。
逃げたければ力づくで逃げてみな、グリーンはそう言っているのだ。
……こうなると最早逃げても無駄だろう。というか最初から逃げるなんて不可能だったのだろう。他にもいっぱいトレーナーもいるだろうし。
……なら、最後まで抵抗してやる。
こんなピンチ、シロガネ山で何度もくぐり抜けてきた。
今回も乗り切ってみせる。
俺は悲鳴を上げる体に鞭打ち、グリーンを迎え撃った。
ポケモンスタジアムは異様なほどの熱量と緊迫感に包まれていた。
目の前で繰り広げられているポケモンバトルに誰もが心を奪われていた。
三年前とは何もかも次元が違っていた。
ポケモンの身体能力、技の精度、威力どれもが、桁違いのものであった。
そしてトレーナーの指示の一手にいくつもの戦略と思惑が重なり、相手を追い詰めていく。
戦局は互角……かと思われたが、グリーンが僅かに押され始める。
グリーンは、必死に打開策を求めるが、レッドの冷静な対応により、それらはすべて無効化されていく。
苦し気な表情を浮かべるグリーンだが、その表情の中に垣間見える笑みが彼が今の戦いを心の底から楽しんでいることが伝わってくる。
そして対するレッドも苦しそうな表情を浮かべ、尋常でない量の汗をかいている。レッドも必死なのだ。必死にグリーンに応えようとしている。
ライバル同士が全力をぶつけ合うその姿に誰もが魅了され、瞬き一つすら勿体ないと言わんばかりに皆がその様子を見守る。
そして、一時間以上にも及ぶ長い試合の末、決着はついた。
「勝者……レッド!!」
大歓声が、観客中から……いや、ここセキエイだけでなく、この試合を見ていた全国各地から歓声が巻きあがった。
結局レッドは最後までリードを譲ることなく、それどころか相手をさらに追い込んでいき、丸々一体を温存した状態で勝利を収めた。
レッドの圧倒的勝利であった。
グリーンは、コトネ、ワタルにも匹敵する最強のトレーナーの一角であることは周知のことであった。
レッドは、そのグリーンに一体温存という形で勝利を収めたのだ。
レッドの強さが本物であることが証明された瞬間だった。
レッド! レッド! レッド!
スタジアム内には、レッドコールが響き、レッドの帰還を心から祝福した。
しかし、次の瞬間、そのレッドの体がふらついたかと思うと
ドサリ
音を立てて倒れてしまった。
会場中が凍り付いた。
何が起きたのか理解不明であった。
その中でもいち早く行動を起こしたコトネによってレッドはすぐさま施設内に運び込まれることとなった。
……おかしい。
私はレッドさんとグリーンさんのポケモンバトルを見ていて違和感を覚えていた。
レッドさんのポケモン達の動きがあまりに悪かったからだ。
判断力、戦略、それらすべてに曇りがかかっていた。
レッドさんのポケモン達もそれを感じているのか、動揺がひしひしと伝わってくる。
何度も戦った私だから分かる。
そして、レッドさんのあの表情。明らかにレッドさんに異常が発生している。
しかし、今二人の間に入って試合を止めることは危険極まりない。結局、私はそこで祈りながら見ているしかなかった。
試合後、何とか勝利を収めたレッドさんだったが、急に倒れてしまった。
心臓が止まってしまうかと思った。
すぐにレッドさんに駆け寄り、救護班の人たちに手伝ってもらいながらレッドさんは医療室に運び込まれた。
そして待つこと十分ほど。すぐにジョーイさんが来て、ただの過労であったことが知らされた。
どうもシロガネ山からの急激な環境の変化やらが原因でそうなったのではないかということだった。
心の底から安堵した。
もし、レッドさんが……と考えると胸が締め付けられるようだった。
しかも今回、明らかにあの無理な飛行もレッドさんの体調を悪くするのに加担していた。
私は心の底から反省し、今後は軽率な発言をしないと誓った。
一方で驚いたのが、レッドさんは三十九度近い体温であり、意識も朦朧とした中でポケモンバトルを行っていたらしい。
危険なので今後はやめてほしいが、そんな状態でもポケモンバトルに挑もうとするレッドさんの貪欲さには舌をまいた。
そしてレッドさんの無事はすぐに報道で報じられた。
このポケモンスタジアムにいた人たちも一斉に安堵の息をはき、「よかった」、「安心した」などという声が聞こえてくる。
だが、次の瞬間であった。
……待てよ、じゃあ万全の状態だったらどれだけ強いんだ?
誰が呟いたのか分からない。
しかし、その言葉は不思議と会場中の人間の耳に入った。
……強い。
私の対戦相手であるレッドという人のポケモンバトルがテレビでやっていると聞き、それを見ていた。
これまで戦ってきたどんなトレーナーよりも強いのは明らかだった。
対戦相手のグリーンという人もかなり手練れだが、レッドはそれを上回る強さを持っている。
「勝者……レッド!」
そして、決着はついた。私は慌てるようにテレビを消した。
すぐに次の全国放送のテレビ番組の出演の仕事が控えているためだ。
急ぎ、支度をする中で、先ほど見た試合を頭の中でじっくり解析し考えていた。
そして結論は、あと一歩の実力があれば私と対等に戦えるだろうというものだった。
確かに疑いようのない実力を持っていることは否定しないが、私には僅かに届かない。
勿論、レッドはまだ残り一体を温存していたということもあり、確実ではないが、私はこの考えにある程度の自信があった。
……まあ、後数年も経てばもっと強くなるでしょうからその時に再戦でも申し込むとしましょう。
その後、テレビの放送が始まり、番組が終盤に差し掛かったタイミングでこんな質問を受けた。
「シロナさん、今世間を騒がせているエキシビションマッチの件についてですが、自信のほどはいかがでしょうか?」
「……はい、ちょうどここに来る前、対戦相手のレッドさんの試合をテレビで拝見しました。……私は絶対に負けません。シンオウチャンピオンの名に懸けても絶対に勝ちます。」
この私の言葉に、「おぉ」と周囲から感嘆の声が漏れ出る。
「……流石ですね。あの放送を見ても尚、その自信を崩さないとは。」
「えぇ、確かに彼はとても強いです。ですが、要所要所に付け入る隙はありました。私ならその隙を突き、彼から勝利をもぎ取れると確信しています。」
「凄い自信だ……」、「流石、無敗伝説を持っているだけのことはある」、「あれを見てもそんなことが言えるとは」、「これでこそ我らがチャンピオンだ」
周囲からは、偉人でも見るような視線を向けられ、少し違和感を覚えたが、すぐに番組は終了した。そして私は休む間もなく、次の仕事へと向かった。