レッドが地上に戻るようです   作:naonakki

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第三話

 ……はぁ、流石に疲れたわ。

 

 テレビ出演、ポケモン考古学の学会、ポケモンリーグ関係のイベントの参加等々。

 自宅には帰れず、ほとんど休む間もなく、あっという間に一週間が過ぎた。

 

 流石のシロナも疲れの表情を隠せず、重い足取りで自宅の玄関をくぐる。パンプスを適当に脱ぎ捨て、一人には広いリビングへと進んでいく。

 そして床や机の上に乱雑に積みあげられた考古学関係の書類が散らかっている室内の惨状を目の当たりにして軽く眩暈を感じてしまう。

 疲れている時にこれを見せられるのは心にくる。

 ちなみにこれは決して泥棒に入られてこうなったわけではない。整理整頓をまったくしてこなかった自分のせいである。

 

 片づけは……明日にしましょう。今日はもう何もやる気が起きないわ。

 

 黒のコートとパンツを脱ぎ捨て、ラフな部屋着に着替える。そのままソファに頭からダイブを決め込み、しばらくその体勢でこの一週間で疲れ切った自分の体を労う。

 

 ……久しぶりにお酒でも飲もうかしら。

 

 普段、酒を飲まないシロナだったが、この時は疲労がかなり蓄積していたこと、さらにこの一週間彼女にストレスを与えていたある事が酒を飲ませるという選択をさせた。

 

 

 

 

 

 少し前に何かのイベントで貰ったワインをグラスに注ぎ、くいっとそれを飲み干す。その後も何度かグラスにワインを注ぎ、それを飲み干していく。

 酒にあまり耐性のないシロナの全身にすぐにアルコールが回っていき、その小さく白い顔肌にほんのりとした赤みがさしていく。

 

 「……何よみんなして。そんなに私の実力が信じられないわけ?」

 

 彼女は、この一週間非常に不愉快な思いをしていた。

 別に仕事に不満があるわけではない。忙しいのは今になって始まったことではない。原因は別にある。

 

 それは二週間後に行われるエキシビションマッチについてである。

 

 「そりゃあレッドという人も強いわよ?」

 

 私が一週間ほど前の全国放送で放ったレッドという人に勝てるという発言が発端だった。

 

 なんと世間は動揺したのだ。

 

 「そんな自信満々に勝てると言って大丈夫なのか?」、「流石のシロナでも厳しいんじゃ……。」などと私の実力を疑うような発言が多く出たのだ。

 要は、世間は私ではレッドには敵わないのでは、と見ていたのだ。

 

 私は誰よりも努力をしてきたと胸を張って言えるし、チャンピオンになっても毎日トレーナーとして腕を磨かなかった日はない。この一週間も勿論例外ではない。

 だからこそ私はチャンピオンになれたし、今までも負けたことはない。

 それは世間も認めてくれているものだと思った。

 しかし、世間と私の間には、まだ溝があったようだ。

 その事実が少し悲しかったのだ。

 別に皆に認められたくて努力をしていたわけではないが、少しくらい私を信用してくれてもいいのではないかと。

 勿論私もレッドという人のことを舐めているわけではない。

 トレーナーとしての腕は認めているし、この一週間、なんとか時間を作っては対策だって進めてきた。何度も脳内でシミュレーションも繰り返した。

 

 しかし、そんな私に対して会う人皆が、「本当に大丈夫? 強がってない?」と心配してくるのだ。

 百歩譲って、ポケモンバトルのことをあまり知らない一般人であれば仕方ないのかもしれない。しかし、ベテラントレーナーにすら同じことを聞かれるのだ。

 

 そしてちょうど昨日のテレビ放送でも同じようなことを聞かれた。

 何度も同じことを聞かれてうんざりしていた私は言ってやった。

 

 

 

 「私なら絶対に勝てます。何度もシミュレーションも繰り返し、対策もほぼ完了しています。心配いただくことは何もありません。」

 

 

 

 その瞬間スタジオ内がシンと静まり返ったが、その直後

 

 「シロナさんがここまで言うとは……」、「本当に勝てるんじゃ?」、「無策でこんなこと言えるわけもないもんな」、「きっと何か秘策があるに違いない」、「もしかして今までは一度も本気を出していなかったとか?」「か、かっこいい……」

 

 と、スタジオ内は盛り上がりに盛り上がった。

 後から聞いたところ、世間でも同様の反応だったらしい。

 ここまで言ってようやく私を心配するような見方はされなくなった。

 しかし、盛り上がり方が異常なのだ。

 とてつもない偉業を成し遂げることを宣言したかのようなそんな盛り上がり方なのだ。

 

 ……別にそこまでのことじゃないでしょうに。

 そんなに私って実力がないと思われているのかしら?

  

 ……はぁ、だめね。こんなこと考えていても気が滅入るだけだわ。

 

 気分転換も兼ねて、久しぶりにテレビをつけることにする。

 しかし、その選択が間違っていたことをすぐに後悔した。

 

 「いやーしかし、シロナさんの自信満々の勝利宣言には私も鳥肌が立ちました。」

 「ええ、あんなことを言えるのは、シロナさんだけです。」

 

 すぐにテレビを消そうと、モニターにリモコンを向ける。

 

 「……しかし、レッドさんは高熱で意識が朦朧としている中、あれだけのバトルを繰り広げ、勝利を収めるのですから底知れぬ実力があることは間違いありませんね。」

 

 テレビを消そうとしていた手が止まる。

 

 ……え?

 ……今、なんて?

 聞き間違い?

 熱? 意識朦朧? 誰が? レッド?

 

 意識をテレビに集中させ、音量も上げる。

 

 「そうですね。情報によりますと、あの有名なシロガネ山で三年間命がけの修行をし、つい一週間前に下山。そのままカイリューの高速移動で移動してポケモンリーグ本部があるセキエイ高原に到着。しかし、無理な移動とシロガネ山からの急激な環境の変化により、高熱が出てしまった。しかし、その状況でもライバルであるグリーンさんに勝負を挑み、勝ち、意識を失ったという事ですからね。」

 「……本当に何度聞いても無茶苦茶なエピソードですね。」

 「しかし、そんなレッドさんにあれだけ自信満々に勝利宣言をしたシロナ選手はもっと凄いと言えますね。」

 「ええ、その通りです。本当にエキシビションマッチが楽しみです。」

 「既に世間ではその話題で盛り上がりに盛り上がっていますからね。」

 

 そっと、頬をつねってみる。

 

 ……痛い。

 

 鈍い痛みが頬に伝わり、これが夢でないことを証明してくる。

 酔いが一気に醒めていくのを感じる。

 

 ……ちょっと待って

 あれだけのバトルを高熱を出しながらしていたの??

 

 その後もテレビにかじりつき、情報を整理し、それが事実であることを確認していく。それに伴い、自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。

 

 そして放送が終わり、天気予報へと続いていく。

 しかし、私はテレビの前で硬直し、動けないでいた。

 ちなみに酔いは完全に醒めていた。

 

 あれだけのパフォーマンスを高熱で出していたという事は、万全の状態であったのならばどれだけのものになるのか想像することもできない。

 しかし、私はそんなレッドに対し、絶対に勝てると宣言してしまっている。

 今となっては世間の反応にも納得である。

 そしてこれで負けたら大恥をかくのは目に見えている。

 

 ……もう嫌。

 

 心身ともに疲れ切っていたところにこれである。

 しっかりと確認をしてこなかった自分の愚かしさを呪い、ジワリと目尻に雫が浮かぶ。

 地獄の谷底に叩きつけられたような気分である。

 

 

 

 ……いえ、これは私が望んでいたことじゃない。

 私が全力を出して戦える相手の存在。

 それがようやく現れたのだ。

 

 

 

 常人なら心が折れてもおかしくないこの状況。

 しかし絶え間ない努力を積み重ねチャンピオンとなったシロナはギリギリで折れなかった。

 逆にその目に闘志の炎を煌めかせ、気持ちを昂らせていく。

 

 ……あと二週間。

 やれるだけのことはやってみせる。

 

 早速今からトレーニングの計画を考えるわ。

 やると決めたからには、すぐにやるというのが私のポリシーなのだから。

 

 しかし、勢いよく立ち上がったのはいいものの、体にはアルコールがまだ残っていたようで、意識に反して足がうまく動かず盛大に転んでしまう。 

 床に散らばっていた書類が舞い散る中、全身に襲い掛かってくるあまりの痛みにまたも心が折れかかってしまう。

 

 ……今日は早く寝て、休息をとりましょう。

 

 その晩、シロナはすぐに寝た。

 次の日からの地獄のような厳しい修行に備えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッド! レッド! レッド!

 

 見渡す限りの大勢の人が自分を冷ややかな目で見下ろし、非難の叫びをあげてくる。

 

 ……やめてくれ。

 悪気があったわけじゃないんだ。

 

 「嘘だな! お前は周りに迷惑がかかると分かっていながら勝手なことをしたんだ!」

 

 ライバルでもあり、親友であったグリーンもそんな俺に侮蔑を帯びた視線を突き刺してくる。

 そしていつの間にか現れたこれまで戦ってきたジムリーダー、四天王たち。

 皆、その目に光はなく、俺に怒りの感情を向けていることだけは感じることができた。

 そしてそれぞれがポケモンを繰り出してくる。

 勝手な行動をした俺を制裁するために。

 

 

 

 ……はっ!?

 

 

 

 意識が一気に覚醒する。

 見覚えのない無機質な天井が目に入ってくる。

 

 全身がびしょびしょになるほどの汗をかいており、荒い息をついていた。

 バクバクッと心臓が激しく鼓動する中、俺はゆっくりと辺りを見渡す。

 そこはどこかの病室のようだった。消毒の匂いが鼻腔を擽ってくる。

 俺はどうやらベッドで寝かされているらしい。

 

 横合いから「……くぅ」という何やら可愛らしい声が聞こえてきた。

 視線を向けるとそこには、コトネがいた。ベッドに突っ伏すようにして寝ていた。

 コトネを見て、そういえばシロガネ山から出てきたんだということを思いだす。

 

 ……そうだ! 

 いつの間にか大衆の前に連れられてきて、俺の勝手な行動を非難されたんだった。

 ……あれ? でもどうなったんだっけ?

 そういえばグリーンと戦ったような……。

 頭は回らないし、視界もぼやける中でさらに周りから非難コールが飛び交うという最悪の状態で戦っていた気がする。

 ……というかあの勝負ってどうなったんだっけ?

 流石に負けたんだろうか? グリーンも強くなってた気するし。

 何とか頭を捻って考えてみたが、それ以上は思い出せなかった。 

 

 そこで改めてコトネに視線を向ける。

 今回、あの場に連れて行ったのはコトネだ。それは間違いない。

 あのカイリューでの移動をそうそう忘れはしないだろう。しばらくはカイリューに近づけない。完全にトラウマコースだ。

 

 コトネのことは、ポケモンバトルを通してある程度理解できているつもりだ。

 コトネからは俺に対する不信感などは感じなかった。

 そのコトネが俺を騙すような形であんな場所に連れていくだろうか?

 自意識過剰かもしれないが、コトネはある程度の信頼を俺に向けてくれていると思っていた。俺自身も真っすぐなコトネには信頼を置いている。

 

 それに今気づいたが、コトネと反対側には見たことのないくらいの花やらフルーツやらの恐らくお見舞い品と思われるものが積みあがっていた。

 そのうちの一つにメッセージカードがついていたが、そこには「元気になってください、レッドさん!」などと書かれていた。とても非難されている者に送るものではない。

 さらに病室を改めて見回すと、そこがかなりの高級室であることが分かる。ベッドが一つしかないにも関わらず、部屋は広くトイレやシャワー室も完備されているようだ。観賞用の植物なんかが置いてあるくらいだ。

 あまりにも好待遇である。

 

 ……どうなっているんだ?

 

 「……うぅ~ん。あぁっ!? レッドさん目を覚ましたんですね!」

 

 コトネが目覚め直後とは思えない大声でそう言うと、うるうるとした瞳を向けてくる。

 

 「……本当に倒れたときは心配したんですからね。」

 

 その様子から、俺の身を心の底から心配してくれていたことが分かる。

 ……まあコトネのカイリューの高速飛行が原因だけど。

 

 「えへへ、でもあれだけの体調の中でも勝負を挑んじゃうんだからあのサプライズを喜んでくれたということですよね? でも今度からは嬉しくても体調にもしっかり気を付けてくださいよ?」

 

 んん? 勝負を挑んじゃう? サプライズ? 嬉しい?

 

 ……何のことだ?

 

 俺が何一つ理解できずにいるとコトネは「みんなも呼んできます!」とドタドタと部屋を出て行ってしまった。

 

 そしてすぐに色んな人たちが来た。

 ワタルやグリーンをはじめとした先ほどの夢でも出てきたジムリーダーや四天王の方々。他にも色々な人がいるが恐らく著名な方々だと思われる。

 

 「よう、レッド。ようやく目覚めたな。……改めておかえり。ずっと待ってたんだぜ、皆も含めてな。」

 

 グリーンのその言葉に他の人も笑顔を浮かべて「まったくだ」「そうですね」などと、グリーンに同意を示している。

 

「……まあ、体調不良のお前に負けちまったから信じてもらえないかもしれないけど、お前が去ったあの日から俺も必死に努力してきたんだぜ? 俺だけじゃない、皆強くなるために努力してきたんだ。まあ、コトネと戦ったお前なら分かってくれていると思うがな。とにかく、お前のおかげで今のポケモン界は大きく成長できた。俺だって、もっと強くなっていつかレッドに勝ってみせるからな!」

 

 グリーンはまっすぐな穢れのない瞳をこちらに向け、その熱い決意を示してくる。

 

 「あぁ、昨日のレッドとグリーンの勝負にはこちらも熱くなったよ。しかもレッドは体調不良でさらなる力を持っていると来たものだ。昨日の放送を見て全国のトレーナー達も大いに感化されたことだろう。」

 

 ワタルは拳を握りしめ、感動したぞと言わんばかりにキリッとした表情を浮かべこちらを見つめてくる。

 

 「そうそう、そんなレッドに朗報だ。残念ながら俺だと力不足だったらしいからな。とびっきりの対戦相手を用意しておいたぜ? 約三週間後、シンオウ最強と言われている無敗伝説の称号を持つシロナとの対戦だ。俺はレッドが勝てると思っているけどな。」

 「ああ、そうだな。俺もレッドが勝てると信じている。シロナに勝ってこれからのポケモン界を引っ張っていくのが誰かを世に示してほしい。あ、そうそう、レッドがチャンピオンになる手続きはこちらで済ましておこう。来月にはすぐにチャンピオンの座に就けるだろう。」

 

 その後も色んな人たちが俺に語り掛けてきた。

 俺のおかげで自分の甘さに気付けただの、俺のおかげでポケモンの素晴らしさ、可能性を知れた等々。

 

 皆、例外なく英雄を前にしているかのようにキラキラとした視線を向けてくる。

 そこに非難のひの字もなく、むしろ俺を歓迎しているようだ。

 

 

 

 

 

 ……何言ってんだこいつら?

 

 

 

 

 

 は?

 俺がポケモン界を引っ張る?

 チャンピオン?

 シロナさんとやらとの対戦?

 え? 何言っているのまじで?

 俺、世間からどう見られてるの?

 

 変な汗が出てくるのを感じる。

 ちょっと待て、どうしてこうなった?

 非難されるより酷い状況になっていることを直感的に感じ取る。

 俺は、ポケモンバトルをする気もないし、のんびりとした生活を送るつもりだ。

 しかし、そんなことを口にするのが許されないような空気が漂っている。

 

 状況が分からず、結局何も言えないまま時間は過ぎていき、「じゃあ、病み上がりにあまり長くいても迷惑だと思うから」とみんなは出て行ってしまった。

 コトネも「ちょっと用事があるので一旦外しますね」と出て行ってしまった。

 

 ポツンと広い部屋に取り残される俺。

 今俺はどんな表情をしているだろうか? きっと酷いものに違いない。

 

 ……誰か、誰か俺に状況を説明してくれ。

 

 その時だった。俺の祈りが通じたのか、一人の人が部屋に入って来た。

 「うわ……凄い部屋ね。」そんなつぶやきと共に現れたのは、女性だった。

 

 腰まで届く茶色がかった艶のある髪。そしてノースリーブの服装に身を包んでいる。

 

 ……ブルー?

 

 グリーンと同じ幼馴染の一人であるブルーだ。三年ぶりの為、成長しているが幼馴染の姿を見間違えるわけもない。

 ある事情から、俺やグリーンと違って世間にはほとんどその存在を知られていないが、少なくとも三年前までは俺やグリーンともタメを張れる実力を持っていたトレーナーである。

 

 「やっほー久しぶりね、レッド。面白そうなことになっているからこのブルー様がお見舞いにきてあげたわよ?」

 

 ズカズカとこちらに歩いてくるブルーは、ニマニマとした笑みを浮かべている。

 ちなみにブルーは腹黒い。鬼畜の性格の持ち主だ。

 見た目は可愛いから結構モテるのだが、その中身を知った男は皆去っていく、という光景を何度みたか……。

 

 「ふふふ、この美少女ブルー様が来て緊張しているの? まあいいわ、それよりレッドがこんなにアグレッシブに動くなんて意外だったわ。三年前に何があったのよ?」

 

 ブルーはそんなことを聞いてくる。

 ブルーは小さい頃から俺と一緒に過ごしてきたから、今の俺の状況に違和感があるのだろう。

 まあ、当の本人である俺は違和感どころか状況が分かっていないわけだが。

 というかグリーンもグリーンだ。

 一人で盛り上がっているようだが、あいつも幼馴染なら俺がポケモン界を引っ張るなんて言わない性格であることに気付けよ。

 

 だが、これはちょうどいいかもしれない。ブルーになら遠慮なく色々聞くことができる。この女に遠慮なんて言葉はいらないからな。

 

 

 

 

 

 その後、ブルーに俺の状況を色々説明し、逆にブルーからは俺が世間からどう認識されているかを聞いた。

 

 ……なんてこった。

 なぜ、そんな勘違いが生まれてしまったのか。

 俺は、ただシロガネ山で修行をしていただけなのに。

 

 ブルーからすべての真実を聞いた俺は、膝から崩れ落ち絶望した。

 直感通り、非難されるより酷い状況になっていた。

 

 「やっぱりねー、おかしいと思ったのよ。あんたのことだから、どうせ将来はオーキド博士の元で働いて静かに暮らしたいとか考えそうだもんね。」

 

 ……当たっているので何も言い返せない。

 

 だが、こうして俺の事情を知る者ができたのはでかい。それがブルーというのは不満が残るが。

 

 ちなみに今喋ったことを世間に公表するのはどうだろうか?

 俺はチャンピオンにもならず、一切ポケモン界をどうこうするつもりなんてないですと公表するのだ。

 

 「……あんた、そんなことしたら、それこそ暴動が起きるわよ?」

 

 ですよね。

 

 「ま、私は真実を知ってスッキリしたわ。後は頑張りなさい。一応応援しておいてあげるわ。」

 

 そう言うとブルーは、立ち上がり無情にも立ち去っていこうとしてしまう。

 本当にこいつは人情というものがないらしい。

 俺はブルーの腕をがっしりと掴み、逃がさないようにする。

 

 「……何よ? どういうつもり?」

 

 不満気な声でそう言い、振り返ってくる。

 

 ……こんなことをブルーにするのは不本意だが、事情を知って尚、味方になってくれそうな人がブルーしかいないのも事実。

 

 

 

 ……助けてください。

 土下座である。

 

 

 

 プライドなんてクソ食らえである。

 ブルーは能力はある。これは間違いない。味方にしておけば心強いのは間違いない。

 

 「えー嫌よ。面倒くさい。そもそもあんたが碌に説明せずにシロガネ山なんかに行くのが悪いんでしょ?」

 

 ……なんでもしますので。

 

 「ふーん、何でもねえ。まあ確かにあんた有名人だし、うまく利用すれば……。」

 

 ブルーは、そんなことを呟きながら顎に手を当て、何やら思考に耽っている。何を考えているのか怖いが、ここは祈って待つしかない。

 

 「……ま、いいわ。協力してあげる。報酬はそのうち決めるわ。とりあえず協力する間はご飯代と宿代は貰うからね、良いわね。どうせ、昨日のポケモンバトルの報酬金もたんまりもらえるんでしょ? あ、あと見苦しいから土下座はやめて?」

 

 俺にノーの選択肢はない。報酬に何を要求されるか怖いがここは首を縦に振っておく。後、土下座もやめる。

 

 「ふふ、契約成立ね。じゃあ確認だけど、あんたの要求は世間から後ろ指を指されることなく、静かに暮らすことができるようにする、よね?」

 

 その通りです。

 

 「……うーん、とりあえずは三週間後のシンオウチャンピオンとのバトルには勝つところからね。そこであっさり負けちゃうと世間から失望した目で見られるのは間違いないわ。そうなると世間から後ろ指を指されないという目標は達成できないからね。」

 

 そういうものなのか?

 あっさり負けて失望された方が、一時的には色々言われるかもしれないが、長期的に見れば忘れてくれそうな気もするが。

 

 「あんたねぇ、まだ自分の存在の大きさが分かっていないようね? 今あんたには熱狂的なファンが数百万人単位でいるのよ? そんなあんたが不甲斐ない戦いをしたら、その熱狂的なファンが何をしでかすか分からないわよ?」

 

 ……まじか。というか俺のファンとか趣味悪すぎるだろう。

 まあ、そういうことなら仕方ない。

 シロナという人のことを徹底的に研究し、対策を立てるとするか。

 

 「でも、問題が一つあるのよね。」

 

 ここでブルーはその表情に影を落とす。何か深刻な問題でもあるのだろうか?

 

 「シンオウチャンピオンのシロナという女性、かなり強いらしいのよ。先日のあんたとグリーンの戦いを見て、あんたが高熱の状態で戦っていたということを分かった上で、余裕の様子を見せながら絶対に勝てるって言ってるのよね。まあ、一部では強がっているだけなんじゃないかなんて声もあるけど油断はできないわ。」

 

 ……え、まじか?

 

 実は先ほどグリーン達が来ていた時に俺が昨日戦った時の映像を見せてくれたのだ。

 俺の判断力も戦略も酷いもので、まともに戦えていなかったが、それでも十分グリーン相手には戦えていたし、何とか勝利を収めていた。自分で言うのもなんだがチャンピオン級レベルを相手にも十分戦えるだけのものではあった。

 そんな俺が、高熱状態であったと知った上でも余裕で勝てると言っているという事は、かなりの強さを持っていることが予想される。というか普通に負けるかもしれん。

 

 

 

 ……本気にならないといけないな。安寧な暮らしの為に。

 

 

 

 「だから、あんたはまず三週間後の戦いに備えて十分に戦略を立て、修行をする必要があるわ。幸い昨日のバトルであんたは切り札のピカチュウを出していないし、色々戦略の立てようはあると思うわ。報酬をもらう以上、私も修行に付き合ってあげるわ。グリーンなんかよりは強いからね、私。頼りにしてもらっていいわよ。」

 

 おぉ、予想以上に心強いぞブルー。

 報酬に何を要求されるか怖いが、今は頼っていこう。他に頼れる人もいないしな。

 

 「まあ、積もる話は食事でもしながらにしましょうか。もう外を歩いても大丈夫なんでしょ? ちょうどさっき美味しそうなステーキ屋さんを見つけたのよねー。高そうだったから迷ってたけど、もうお金で迷う必要がなくなったからね。」

 

 ブルーは無邪気な笑顔を浮かべ、鼻歌交じりにそんなことを言ってくる。

 

 ……うん、まあ頼るのは程々にした方がいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いけない、予想以上に時間がかかってしまった。

 私は病院内の為、早歩きでレッドさんの元へと向かっていた。

 早くレッドさんと会って色々話をしたかった。

 

 そしてようやく部屋に到着した時だった。

 中から話声が聞こえてきたのだ。なんとそれは女性のものである。

 

 こっそりと中を覗き込んでみると、なんとあのレッドさんと一人の綺麗な女性が楽しそうに話しているではないか。

 

 ……レッドさん、私といるときはほとんど無口だったのに。

 

 心にドロドロとした感情が湧き上がってくるが、当の本人はそのことに気付かない。

 

 「積もる話は食事でもしながらにしましょうか。もう外を歩いても大丈夫なんでしょ?」

 

 そんなセリフが聞こえてきて、私は慌ててその場を後にした。

 




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